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幸田露伴「荷葉盃」現代語勝手訳(9)

 其 九


 木工助爺(もくすけじい)が連れ帰ったお春を見るなり、與助(よすけ)理由(わけ)もなく無茶苦茶に我が子を叱り、罵ったが、お小夜が母に新三とお春とが喧嘩したあらましを話すのを聞いて、ますます怒り、

「新様が自分達の元のご主人様の坊様だと以前から言い聞かしていたから知っていたろうに、この(あま)め」と、叩こうとしかねない様子で、散々に言い懲らしめていたが、お静が止めたので、拳骨(げんこつ)の一つや二つは頭上に加えられるくらいであったけれど、それ以上は口汚くは叱らないで済ませ、

「いや、もうとんだ長居をいたしました」と、律儀にお辞儀をして、木工助とお勘にもそれぞれ告帰(いとま)の挨拶をしたが、その間、お春は口にこそ出さないが、二の腕の痛みに堪えられず、そっと袖をまくってみると、歯形がありありと残っており、血が流れるまでには至らないが、肉はほとんど噛み取られかかっていた。さすがの気丈夫者も、歳が歳だけに、顔色を変えたものの、それ以上自分の父親に訴えることもできず、そのまま袖を下ろして覆い隠したが、それをお静は目敏(めざと)く見つけて、綺麗な水で塵、埃を洗い流してやり、そして、眞里谷家は元々医者の家なので、蓄えてある内から何やらの薬を塗り、包帯を施して、帰るに当たって膏薬を少々、菓子を一包、それに、とりわけ女の悦ぶ鹿の子の小布(こぎれ)花簪(はなかんざし)などを与えてやれば、

「恐れ入ります、恐れ入ります」を何度も繰り返しながら、與助親子は悦んで帰って行った。


 謝礼を取って教える程でもないが、小川の雑魚(ざこ)(あさ)り、軒下の犬の子をからかったりして、大事な幼少期を無駄に過ごさないようにと、お静の好意により、近所の牛太(ぎゅうた)丑松(うしまつ)等五、六人を預かり、お小夜と新三を自家(うち)教育(しこ)むついでに、読み書き算盤のあらましを優しく教えてやれば、特に規則というものは無いので、厭だと思う時は来ないけれど、大抵毎日二、三人ないし五、六人の子どもは面白半分で自ら進んでやって来る。しかしながら、お春と争ったその翌日は、毎日欠かさず来ていた新三郎は遂に来ず、明日は、とお静が心待ちに待つも、その翌日もまた姿を見せなかった。


 盆の時期なので、他の子ども達も来ないのが多く、遊び相手を待ち焦がれたお小夜は淋しさに堪えられず、新三の家に行くと言い出せば、『新三に会えば、必ず家に連れてきて遊ばせるように』と従者(とも)のお勘にも言い含めて出してやった。

 一日会わなかったので、仲の良い二人は余計に親しくなって、互いに遊びがいつもより面白く、それに加えて、何事も新三郎の言うままになる知恵遅れの三太郎というおどけ者も仲間に入れば、詰まらないことにも笑い興じて、お小夜の家の方に向かって歩き始めるけれども、付添のお勘が迷惑に思うまで、ゆるゆると遊びながら歩いて行くのであった。


 三太というのは、眞里谷の家の小作人である三蔵(さんぞう)という者の子どもで、生まれつき知恵の遅れた子なので、歳こそ上だが、日頃新三の(もてあそ)び物となっており、木に登れと言えば木に登り、田に下りよと言えば田に下りるという、悪気などは全く無い人物で、新三の機嫌を損なうこともなく、いつも後について遊んでいる。お小夜、新三と共にお勘に(まも)られながら、今、三太の家の前を通り過ぎようとする時、それを見掛けた三太の母が真っ黒な藁屋の中から大声を上げて、

「お勘殿、ちょっと寄って行きなされ、三坊も新ちゃんと一緒に一寸(ちょっと)こっちへ来い、好いものをやるぞ」と、呼びかけた。


つづく

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