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幸田露伴「荷葉盃」現代語勝手訳(7)

 其 七


 昼食の時、お静はお勘に言い付けて、そこら辺りに新三が居るはずだから、連れてきてお春やお小夜と一緒に仲良く食べさせよと、新三を探させたが、

「お帰りになりましたか、お見えになりません」と、お勘が言うのでそのままにして置いたのだが、お小夜はそれを小耳に挟んでか、箸を置くと直ぐするりと抜け出して、かくれんぼをして遊んだ時、一緒に隠れた記憶のある藪蔭や門の戸の蔭などあちらこちらを探した末、立ち枯れした大榎(おおえのき)の幹に身を寄せたままいつまでも動かずに居る新三を見つけた。そこで、出し抜けにワッと叫んで驚かせれば、その声でそれとは知りながらも、新三はなおも拗ねて、樹にしっかりと顔を埋めるようにして抱きつくと、それを左の肩に右の手を掛けながら横顔を覗き込む。新三は覗かれまいとして反対を顔を向ける。右向けば右から、左を向けば左から差し覗かれ、新三はもう叶わないと、『ばあ』と、言いながら急に振り返れば、今度はお小夜の方がかえって驚き、二足、三足よろよろと後退りして眼をパチクリさせ、新三と顔を見合わせ、見合わした途端、どちらも同時にふっと笑い出す。それで互いに心が解け合い、手を取り交わし、何か語り合いながらお小夜の家の方へ歩いて行こうとすると、ふと、(はしばみ)の梢に何か物音が聞こえる。


 見れば、蜻蛉(とんぼ)の小さいのが、非常に大きい網を張っている色の美しい女郎(じょろう)蜘蛛(ぐも)に捕らえられて、今や露の命。()()えに羽を(たた)いて身をもがくけれど、断つことができず、無慈悲の(いと)に尾を(から)められ、脚を(くく)られ、やがて死んでしまうような状態であった。

「あれ、可哀想に。蜻蛉が死ぬ。新ちゃんあれを助けて」と、お小夜は空を指し示すが、同じように梢を眺めながら、新三郎は笑い顔で、

「やあ、面白い、蜘蛛の奴が勝つか、蜻蛉が負けるか。いい気味、いい気味。小夜(さあ)ちゃん黙ってみておいで、今に蜻蛉が食われてしまう」と、さも面白そうに言えば、お小夜は堪えられない顔つきで、

「だから助けてやろうというのに、ああ、あれ、片羽根が捲きすくめられた。棒を捜して、蜘蛛の巣を()って助けてやりたい」と言うが、新三は少しも表情を変えず、

「構わなくても好いよ。見ておいで、蜘蛛は身体が小さくても中々強いものだからきっと蜻蛉を逃がしはしない」と、言うその時、突然物陰から草履(ぞうり)を投げる者がいて、丁度上手く巣の真ん中に当たったので、蜻蛉も蜘蛛も諸共(もろとも)地面に()ちた。


つづく

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