番外編その4・小さなケンカ
「あんた、最近は男だけじゃ飽き足らず女の子にも手ェ出してるんだ」
美佳の言葉でカンナの顔にみるみる血が上った。
「そういう品の無い表現はやめて頂けるかしら?」
「まあ、今のは単なる挑発だけどさ」と、美佳はぬけぬけと嘯く。
カンナと美佳のクラスは自習時間だった。最近ではまともに口もきいていなかった美佳がどういうつもりかカンナにからんできた。教室内は皆が好き勝手に勉強しているかおしゃべりしているか寝ているかだったので、二人に特に注目している者はいなかった。
「あの娘を2代目『学園の女王様』にでもするつもり?」
「そんなことあなたに関係ないでしょ」
カンナは突き放したように美佳に言い放つ。美佳はからかい口調をやめ、真剣な顔になった。
「……あたしさあ、確かにあの時あんたに綺麗になって男を見返してやれって言ったけど今はそれを後悔してる」
「何よ今さら。自分から持ちかけたクセに。わたしは満足しているわ」
「言っておくけど、わたしに言わせればあんたはあの頃より綺麗になってなんかいない。むしろ悪くなっているわ」
「!」
「わたしは本気でそう思っているからそう言ってるだけ。あの頃のあんたは確かにパッとしない女だったけど、目はキラキラ輝いていた。振られても振られてもめげない強さは持っていた。でも今のあんたは、男にちやほやされればされるだけ、目の輝きを失ってしまったのよ」
「このっ……!」
「ハッキリ言ってあげようか。あんたは取り巻きの男がいなくなるのを恐れて恋の出来ない女になってる」
「なっ!」
カンナは平手を振り上げた。しかし美佳の頬を張る前に美佳自身の手でそれを止められ膠着状態になり二人はにらみ合った。
「あたしはあんたのことが嫌い」
「わたしだってあなたのことは嫌いよ」
「でも、あんたはあの娘のことは好きなんでしょ?」
「……またそっちの方向に話を持っていこうとするわけ?」
「カンナ! マジな話よ。聞いて。あの娘を見ている間だけは、あんたの目は昔みたいに優しいんだよ。それに自分で気づいてる?」
「……」
「そんなに好きなら、いつまでもあの娘を生殺しの状態にしておく訳にはいかないでしょうが」
「真実が、何だっていうのよ? 生殺しって何よ?」
「気づいてないとは言わせないからね。あの娘の視線が、あんたの親衛隊の中の一人の男の子に注がれているってこと」
「……それは……知ってるわよ」
「でもその男の子は彼女を見ていない」
「……」
「残酷なことをしてるって気づかない? それとも彼女を『学園の女王様』にして恋を忘れさせる?」
「……知った風な口を聞かないで。だから……わたしは……真実と一緒に行動していたのよ。あの娘が彼の側に少しでもいたいと思っていると思ったから」
「バカじゃないの?」
「あなたに馬鹿呼ばわりされる筋合いはないわ」
美佳の手を振り払うと彼女は押し黙った。
2学期の期末テストが終わるとカンナと真実は前から約束していたデートに出掛けた。
しばしショッピング街をぶらついた後、一息つくためにとある喫茶店に入った。ちょうど二人用の席が空いており、カンナと真実はそこに向かい合って座った。
「もうすぐ今年も終わりですね」
「そうね。年が明けたらセンター試験、そしてすぐ本試験、それが終わったらもう卒業ね」
カンナは既に来春からプロとしてモデル事務所に所属することが決まっていたが、両親から浮き沈みの激しい業界だからいざという時のために大学で勉強しておきなさいと言われていた。
「早いですね。わたし、お姉さまと別れたくないです」
「そうね」
出会ってからたった一ヶ月なのにカンナも同感だった。
――でも、わたしが卒業したら親衛隊も解散。その時、戸中くんは真実の方を向いてくれるのかしら?
そしてカンナは美佳と口論したときのことを思い出していた。
――わたしがしようとすることはただのおせっかいかもしれない。でも、卒業までに真実には一度でいいから何かしてやりたい。
「ねえ真実、戸中くんの事、好き?」
「んんっ!!」
カンナのストレートな質問に、真実は吹き出しそうになるのを堪えて慌てて口元を押さえた。
「突然何を言い出すんですか、お姉さま」
「好きなの?」
「……勇ちゃんは……勇ちゃんとは幼馴染みですから、わたしの気持ちは……その……」
「好きなのね?」
「………はい」
真実は耳まで真っ赤になった。
「でも……勇ちゃんは今、お姉さまに夢中じゃないですか。だからよしましょうよ。そんな話」
あまりにも分かりやすい作り笑いを見せる真実にカンナは眉をしかめた。
「馬鹿ね。彼がわたしへ向けている感情は全然質が違うわよ。ほら、テレビに出てくるアイドルに向けられるようなものよ。安心して。わたしが卒業したらすぐに醒めるわ。だから……」
カンナは真実を力づけるつもりでその言葉を口にした。
「お姉さま……!」
真実は一瞬うつろに目を見開いた。
「真実?」
彼女はカンナと目を合わせるのを嫌がって意図的にうつむいた。
「いくらお姉さまでも、怒りますよ」
「え……?」
いつもと明らかにトーンの違う低い声。カンナは背筋がぞくっとした。
「どうせすぐに醒める想いだから……本気じゃないと思って親衛隊にしたんですか? そんなの……そんなのって勇ちゃんに凄く失礼なことだと思います!」
「真実!」
「勇ちゃんが初めて夢中になった人なんです。お姉さまは。親衛隊の一員になったときは本当に嬉しそうでした。
お姉さまにとっては、言い寄ってくる男の人たちが多すぎて存在が薄く見えてしまうのかもしれませんけど、決して想いまで薄いわけじゃありません! だから……今の発言だけは……許せません」
「ちょっと待って。わたしそういう意味で言ったんじゃなくて……わたしはただ、仲を取り持ってやりたくて…」
「わたしは、勇ちゃんが幸せならばそれでいいと思ってます。たとえ勇ちゃんの幸せのファクターにわたしが組み込まれていなくてもいいんです。わたしの『勇ちゃんのことが好き』っていう感情は変わりません。でもお姉さまがそんな風に思ってたなんて……悲しすぎます」
うつむく彼女の目から雫がこぼれ落ちた。
「ごめんなさい。お姉さま。わたし、今お姉さまの顔、見られません」
真実はバッグから財布を取り出すと不器用にジャラジャラと小銭を取り出してテーブルの上に置いた。そして、ごめんなさい、ともう一度呟いて喫茶店を出て行った。
これまで男達を愚弄してきたことは自分が承知の上でやってきたことだったが真実の涙には胸が痛んだ。
次の日、真実がカンナのところに来ることはなかった。
――やっぱり、わたしから謝るしかないか。
家に帰るとカンナは真実の家に電話をかけた。真実の母親らしき婦人が出たので、挨拶をして真実に替わってもらった。
「はい。真実です。お姉さま?」
「そうよ。迷惑だったかしら?」
「そ、そんなことありません」
「昨日のこと、謝っておきたくて」
「いえ……わたしこそごめんなさい。酷い言い方しちゃって」
「ううん。わたしももっと気をつかうべきだったわ。悪かったと思ってる」
「……あれからずっと自分の想いを整理していました。わたし、勇ちゃんの幸せのため、なんてカッコいいこと言っちゃって本当はずっと我慢していたんです」
――そうね。それが自然な心の働きよね。
「お姉さまにも凄く嫉妬していたんです。その気持ちを押し殺すために自分もお姉さまのいいところを見つけよう、お姉さまを好きになろうって自分に言い聞かせてきたんです」
――そっか。この娘、本当に……本当にどうしようもないお人よしなのね。
真実が自分を好いてくれた理由が分かったが、カンナは彼女が愛しくなるばかりだった。
「だからお姉さまの言葉を聞いて、自分が我慢してきたことがものすごく無意味な気がして……」
――やっぱりこの娘には何かしてあげないと。
「真実」
「はい」
「それじゃ、お互いに悪かったということで。仲直り」
「はい♪」
「実はね、今度の学校のクリスマスパーティー、わたし、招待状を貰っているの。だから真実、一緒に行きましょう?」
「え? は、はい。わたしでよければ」
「ん」
ほっとしてカンナは真実のために一計を案じた。