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番外編その3・薔薇のつぼみ

「マリア様がみてる」とは関係ありません。

 全ての授業とHRが終わり、カンナは鞄を持って席を立ち上がった。

 今日の放課後のパーティーはめいいっぱい楽しんでやろう。

 カンナは美佳の席の方を見ずに教室を出る。既に彼女よりも早くHRの終わった親衛隊のメンバーがカンナを待っていて会釈をした。


「それじゃ、帰りましょうか」

「はい! 宇佐美さん!」


 一旦家に帰って着替えてからパーティー会場のレストランへ行く予定だ。カンナは親衛隊のリーダーと待ち合わせの場所と時間を確認する。彼女は私生活を見られたくなかったので、決して自宅付近を待ち合わせ場所にはしない。


「……っていうのはどうでしょうか?」

「そうね、それはわたしにふさわしい趣向かもしれないわ」


 親衛隊の一人の質問に答えるためにカンナは振り向いて答える。


「あっ、宇佐美さん。前!」

「きゃっ!」「ひゃっ!」


 カンナは前方の廊下の角を曲がってきた女子生徒に気づくのが遅れて衝突し、同時に小さな悲鳴を上げてよろめいた。彼女は親衛隊に支えられすぐに体勢を整えたが、もうひとりの女子生徒の方はそのまま床に尻餅をついてしまった。

 カンナが彼女に声をかけようとしたとき、脇から大声で怒鳴りつける声が発せられカンナは言葉を呑み込んだ。


「馬鹿野郎! 危ねーじゃねーか!」


 親衛隊のメンバーだった。幼さを残した顔立ちであることから1年生のようだ。


「ご、ごめんね。勇ちゃん」

「宇佐美さんに怪我があったらどうするんだ」

「ごめんね……」

「まったく、ノロマのボケがぁ……」


 ぴくん。


 女子生徒の顔を見ていたカンナの目蓋がかすかに震えた。そして、身体中がたちまち熱を帯びる。カンナは怒りを込めて足音を立て、一歩踏み出した。そして座ったままの女子生徒に手を伸ばす。彼女は勘違いしたのか、ごめんなさい、と顔を伏せた。


「別にあなたが謝る必要はないわよ。ほら。手を貸してあげるから立ちなさい」

「すみません」


 今の言葉はありがとう、という意味のようだ。

 彼女を立ち上げさせると、カンナは怒鳴りつけた男子生徒をキッと睨みつけた。


「どういうつもりよ!? 女の子が倒れたのならまず助けようと手を差し伸べてやるのが礼儀でしょ?」

「え、あ、そのオレ、いえ僕は…」

「それとも何? 貴方、わたし以外の女の子にはいつもこういう態度とっているの?」

「あの、そうじゃなくて、僕はこいつと…」

「ああ、不愉快だわ。女の子をそんな風に扱うような人に、わたしを祝ってもらいたくはないわね。パーティーは中止よ、中止。わたし一人で帰るわ」

「宇佐美さん!」


 親衛隊の中にどよめきが走る。親衛隊の一人が大またで歩き出したカンナを引きとめようと駆け寄った。


「う、宇佐美さん」

「ついてこないで。怒るわよ」


 大げさに彼を振り払う仕草をするとカンナは速足で歩き出した。背後がうるさくなったがそれを無視した。


 ――ちょっと怒りすぎたかしら。


 今日は昔のことを思い出しすぎたためか、感情が過敏になっていた。

 デリカシーのない男子の犠牲になる女子生徒の姿に、カンナはつい自分を重ね合わせてしまった。

 あれから必死の思いで自分を変え、男子からはチヤホヤされるようになった。向こうから下手したてに出られたカンナは、自己の中に眠っていた新たな側面を目覚めさせるようになった。見下した態度をとることが心地良く、そして相手もそれを望んでいるかのように思えた。そうやって過去に復讐し過去の惨めな思いを忘れることを覚えた。

 けれど忘れていられるのは一時的なもので、今日のようなことが起こると自分のことのように腹が立ってしまう。しかもその相手が、自分が何を言っても従ってくれる親衛隊だったとなれば尚更だ。


 ――わたしは間違ってない。


 カンナは気晴らしにデパートに寄ってウィンドウショッピングをすることにした。


 ――あ、そうだ。今日の晩御飯のこと、連絡しておかなきゃ。


 カンナはデパートの入り口のそばの公衆電話へ向かう。


『はい、宇佐美です』

「もしもし。あ、ユリカ? お姉ちゃんです」

『うん』

「今日ねえ、高校の人とお姉ちゃんのパーティー無くなったから」

『えーっ。じゃあ、普通のごはん?』


 弟達には今日は自分はパーティーに出掛けるから出前をとっていいよ、と告げていた。

 カンナや弟達の誕生日は宇佐美家のご馳走の日であり、みんなその日を楽しみに待っているのだ。


「お姉ちゃんがご馳走作ってあげるから。お姉ちゃんの誕生パーティーはうちでするからね」

『ホント? じゃあ、それでいい』


 現金な妹がおかしくて愛しかった。

 カンナはそこではた、と気づいた。


 ――そっか。あの子達、今晩わたしが遅くなることを知ってたから朝のうちにプレゼントを……。


 胸が暖かくなる。その後、カンナは陽一に電話を換わってもらうと、今日の晩御飯(誕生パーティー)用の買い物を手伝ってくれるように頼んだ。


 デパートのあちこちの売り場にはクリスマスツリーが飾られていた。


 ――ああ、あと一ヶ月ちょっともすればクリスマスなのよね。


 そしてカンナはそこから学校主催のクリスマスパーティーのことを連想した。


 ――今年のクリスマスには何を着ていこうかしら。


 中央高校の理事長は、日本でも有数の富豪、宝源寺ほうげんじ家の人間である。理事長の邸宅は高校からそう遠くない場所にあり、毎年豪華なクリスマスパーティーが開かれる。それには中央高校の生徒も自由に参加してよいが、校内には、招待状を直々に送られる生徒もいる。その選定基準は定かではないが、成績が優秀であったり、部活で活躍したり、クラスのまとめ役をしていたりと、いい意味での有名人に送られるのは確かなようだ。招待状をもらうのは、中央高校生徒の名誉でありステータスであるとも言えた。

 カンナもまた1年時、2年時とそれを受け取っている。今年ももちろんもらえるだろう。校内のカリスマがそろう中、いかに自分を目立たせるか、カンナはそれについて思いを巡らせた。


 ――そうそう、ユリカにクリスマスプレゼント用意しなきゃ。


 クリスマスパーティーに参加する代償として家族とのクリスマスは放棄しなければならないのが少々心苦しいが、彼女は家族というしがらみから抜け出すことにも密かな快感を得ていた。そのかわり両親がする妹へのプレゼントの相談には彼女も加わっている。


 ――お父さん、今度こそボーナス出るかしら。出てほしいけど。


 カンナの足は洋服売り場からおもちゃ売り場へと向かっていた。

 宇佐美家にはサンタクロースのプレゼントをもらえるのは10歳まで、というホームルールがある。

 これは3人のきょうだいがいるため生活にあまりゆとりがなく、プレゼント代が馬鹿にならないのでカンナの両親が考え出した苦肉の策だった。


 ――そう言えばユリカったら昔『サンタさんは世界中の子供達にプレゼントしてお金大丈夫かなぁ』なんて言ってたっけ。

 ――お母さんかわたしが家計簿を見ながらため息ついているのを聞いてたからあんなこと言ったのよね。

 ――いちおう、陽一にはサンタクロースの正体について口止めしているけれど。

 ――子供の夢を壊しちゃまずいわよね。


 腕時計を見てみると随分時間がたっていることがわかり、カンナは駆け出した。


 ――早く帰って準備をしないと。あの子達がお腹を空かせて待っている。





 次の日の親衛隊の朝の挨拶には元気がなかった。


「宇佐美さん。昨日は不愉快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした」


 一斉に彼らは頭を下げた。


「今度からは……気をつけることね」

「はい」

「ところで、当の彼は?」

「戸中は責任を取ると言って親衛隊の活動を自粛しています」

「そう」


 それくらいのけじめをつけてもらえれば、彼らを許す口実にはなるだろう。

 そして親衛隊のリーダーがせめてプレゼントだけでも、と昨日渡す予定だった誕生プレゼントの箱をカンナに差し出した。カンナはあくまで尊大な態度を崩さずそれを受け取った。


「ありがとう。プレゼントにはお礼を言っておくわ。でも今日いっぱいまでは、わたしを一人にさせて。昼休みや放課後には来ないでちょうだい。まだ完全に許したわけではないから」

「はい、承知しました……」


 落胆する親衛隊を後に、カンナは彼らと反対側の歩道を歩き出した。



 昼休み、カンナは今日の昼食をどこでとるかしばし考えを巡らせる。なんだかんだ言っても結局のところ独りの昼食は寂しい。と、そこに元気な女の子の声が聞こえてきた。


「宇佐美先輩!」

「えっ? あ……」


 カンナが顔を上げると、教室の入り口のところに一人の女子生徒が立っていた。昨日学校でぶつかった娘だった。彼女は3年生の教室だと言うのに怖じることなくカンナの席の側までやってきた。


「昨日はありがとうございました。わたしは1年C組の明石っていいます。明石真実です」

「そう。ま、気にしなくていいわよ。当然のことでしょう? ……ああ、わたしの昼食、広げてよろしいかしら?」

「あ、すいません。どうぞ。……嬉しかったです。宇佐美さんに手を貸してもらえて」

「あそこで手を差し伸べることができないなんて……。全く、あの人達のことではわたしの方が恥ずかしいわ」

「それで勇ちゃんに親衛隊を辞めさせたんですか?」

「『勇ちゃん』?」


 それが昨日、真実をなじった親衛隊メンバーであると思い当たるのに2秒近く時間を要してしまった。


「ああ、彼、彼ね。『勇ちゃん』って、彼、あなたの知り合いなの?」

「あ、はい。戸中勇はわたしと幼馴染なんです」

「そう……って別にわたし彼を辞めさせた訳じゃないわよ。彼はじしゅ……」


 カンナの言葉が終わらぬうちに彼女は訴えだした。


「勇ちゃんをあんまり怒らないでやってください。元はと言えばわたしが悪いんです。わたしってば、どん臭くさくて、いつも失敗ばかりしてて、勇ちゃんにもいつも怒られてばかりなんです。そう、いつものことですから大げさに取らないで下さい」

「……」

「お願いします! 勇ちゃん、高校に入ってから宇佐美先輩のことを知って、本当に幸せそうなんです。親衛隊の活動をしているあいだの勇ちゃんの目って活き活きとしていてるんです。わたしに免じて勇ちゃんを許してやってください」


 ――そういうこと。この娘、彼のことを。


 どことなく自虐的な言動はカンナの癇に障ったが必死なことは伝わった。


「わかったわ。わたしから彼に言っておくから」

「ありがとうございます。よかったぁ」


 胸に手を当てる仕草はなかなかに可愛かった。


「実はわたしも宇佐美先輩のことは前から憧れていたんです」

「え?」

「美人だし、センスもいいですし」

「そ、そう?」


 同性から容姿について褒められたのは久し振りだった。ちょっとキレイだからっていい気になるな、という匿名の手紙をもらったことはあるが、イヤミのない、同性からの褒め言葉はなんだかくすぐったい気持ちだ。


「それにプロポーションも抜群だし。やっぱり、何か特別なことなさっているんですか?」

「特別って何よ」


 真実の視線が自分の胸に刺さっているのを感じてカンナは顔を赤らめ身体を捻って避けた。こっちのほうは高校に入ってから勝手に膨らんだものだ。別に努力したというものでもない。


「あわわ、そっちのほうじゃなくて。今のは、つい目が」


 否定のためにわたわたと手と顔を振る仕草があまりにも可愛いのでカンナはクスッ、と笑ってしまった。真実も照れ笑いをする。そして二人はそのまましばし雑談に興じた。


「ほら、このおかず1個あげるわよ」

「わ。ありがとうございま……ごくん」


 やがて昼休みも終わる頃になって、真実はそれじゃ戻ります、と小さく頭を下げた。


「わたし、前から宇佐美先輩とお近づきになりたいとって思っていたましたけど、思っていたよりずっと話しやすい人で嬉しかったです。それじゃ」

「ええ、それじゃ。……あっ、待って」

「はい?」


 去る前に、一言だけ。


「よかったら、明日の昼休みも一緒にお昼いかがかしら?」

「!」


 その笑顔。


「はい。喜んで。明日はちゃんと自分のお弁当を持ってきます」


 カンナは無意識のうちに自分が小さく手を振って去っていく彼女を見送っていることに気づいた。なんで初めて会ったばかりの1年生のコとこんなに楽しく話せたんだろう。


 ――あの娘が自分の過去と重なったから?

 ――なんてね。分かってる。わたしが、女の子との無駄話に飢えてたのよ。


 男の子達は一生懸命カンナを楽しませる話題を考えてくれる。

 でもやっぱり、女の子同士だからこそ盛り上がれる話題というのもあるのだ。

 カンナはクラスメート達が自分の方を珍しそうな目で見つめていることに気づいたが無視することにした。


 中央高校の名物である「宇佐美カンナとその親衛隊」の図に変化が現われたのはそれからまもなくのことだった。カンナの隣には、地味な――カンナの隣にいるから地味に見えるのかもしれないが――容姿の1年女子が寄り添う姿が付け加えられた。


「ほら真実、ちゃんと顔上げて、胸張って歩きなさい」

「はい、お姉さま」

「わたしの隣を歩くからには、それなりの様式ってものが必要なのよ」

「はい。おねーさま」


 ――宇佐美カンナが女王様なら、明石真実は王女様か。

 ――いやいやお嬢様キャラに、取り巻きが付くのは漫画でもお約束だ。遅すぎたくらいだ。


 彼女たちについて様々な噂が流れた。

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