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番外編その2・雪の日の回想

 その日、カンナは眼鏡の矯正をしてもらうために商店街の眼鏡屋へと向かっていた。雪が降っていた。

 途中で偶然にクラスメートの鷹野貴一と出会う。彼とは中学の3年間全て同じクラスで、気さくに会話のできる友達だった。

 貴一が「よぉ」と声を掛け、カンナが「はぁい」と返す。彼も商店街に用事があったので二人は途中まで一緒に歩くことにした。

 他愛ない会話を続けていた二人だったが突然カンナが悲鳴を上げた。

 道には薄く雪が積もり、彼女はうっかり足を滑らせてしまったのだ。彼女のお下げ髪がぴょん、と跳ねた。


「危ないっ」


 あわてて貴一はカンナの身体を抱き支える。


「大丈夫か? 宇佐美?」

「あ、ありがとう……」

「……」

「……」


 二人は自分達の身体が密着していることに気づき、顔を赤くするとお互いに身体を離しかける。しかしカンナは離れてしまう直前で留まり、真剣な顔をすると貴一のコートの袖を掴んだ。


「鷹野くん」

「な、何だよ?」

「大切なこと、言っておきたいの」

「え?」

「わたし……鷹野くんのことが好き」


 ちょうど裏通りを歩いているときで、二人の周りには人気がなかった。

 カンナはこのチャンスを逃したくなかった。


「……」


 とても長い沈黙がおとずれる。実際には一分と経たなかったのだろうが、カンナにとっては胸のつまるような時間だった。

 貴一は黙りこくったまま怖いくらいの瞳で地面を見つめ続けた。カンナは彼が口を開くのを待つ。


 ――お願い。鷹野くん! わたしのこと嫌いじゃないなら鷹野くんもわたしのこと「好き」って言って!


「……宇佐美」

「うん」

「ふざけるなよ」

「え……?」


 意外な返事にカンナは戸惑う。普段の彼はこんな荒い口の利き方はしない。彼は袖を掴んでいるカンナの手を払うと怒りと悲しみの混じった声でカンナの方を見ずに続けた。


「俺だったら簡単にOKするとでも思ったか?」

「えっ?」

「三好と桜庭」


 カンナの身体はその二人の名前を聞いてぎくりと硬直した。


「どうして……どうして知ってるの!?」


 それはカンナがかつて告白したことのある男子の名前だった。


「そういう話題になったんだよ。修学旅行のときに」


 修学旅行の夜に、男子だけが集まって好きな女の子の名前を言い合うことはよくあることだが、さらに彼らはその流れで自分に告白したことのある女の子を暴露していったのだという。


 ――それって酷くない!?


 胸がぎゅ、と痛んだが声には出せなかった。


「そりゃ、俺はとてもじゃないがモテるタイプの男じゃないさ。あいつらと違ってカッコ悪いし、運動神経もイマイチだし。だけど俺にだってプライドはあるんだぜ?」

「……っ」

「馬鹿にするな。俺は『滑り止め』なんかじゃない!」


 受験生のせいか、口から出たのはそんな喩えだった。


「そ、そんなつもりじゃない。わたしはっ!」


 言葉が繋げなかった。その二人に告白した頃、カンナにとって貴一は仲のいい男子ではあっても恋愛対象ではなかった。ただ何となく側にいて安らげる人。カンナがそんな彼の事を好きだと思うようになったのはつい最近のことだった。


「俺、先に行くわ。じゃあな」


 逃げるように貴一は駆け出した。


 ショックでしばらく呆然としていたカンナだったが、やがてふつふつと怒りが湧いてきた。


 ――酷い。酷すぎる。

 ――必死の思いで告白した女の子のことをペラペラ他人に喋ってしまうなんて。

 ――いくら何でもやっていいことと悪いことがある。


 そう思うと、それまで憧れの対象だった彼らの顔がとても憎たらしいものに見えてきた。カンナは時々男子が自分の方を見てニヤニヤ笑っていることがあったことを思い出し怒りを再燃させた。


 ――わたしの名前が二度出てきたとき、さぞかしいいネタになったでしょうね。

 ――哀れな女のレッテルを貼って笑いものにしたんでしょうね。

 ――わたしは自分でもあんまり可愛くない女の子だということは分かっている。

 ――だから振られてしまうのは仕方が無い。

 ――だからって!


 カンナは拳を握り締めた。雪の粒が拳に当たって解けて水滴になった。

 その水滴の中に一際大きなものを見つけたときカンナはそれが自分の悔し涙だと知った。


「あれ? 宇佐美さんじゃない。そんなところでどうしたの?」

「えっ?」


 声のした方を振り返ると、そこにいたのは――。

 クラスメートの蓬田美佳だった。


 ……………………。


「サイテー。男子、そんなことしてたんだ」


 カンナは美佳に喫茶店に連れてこられた。

 校則違反なのでカンナは落ち着きなく当たりをキョロキョロ見回していたが美佳は慣れた態度で紅茶を二つ注文した。

 ふたりは特に親しい間柄ではなかったが、美佳が優しく事情を訊ねてきたのでカンナは少しずつ話し出した。


「宇佐美さん、プラス思考で行こうよ。そんな女の子の気持ちを踏みにじるような奴とくっついたって幸せになんかなれないって」

「ん……」

「だいたいね、男子はガキなのよ。アッタマ悪くて乱暴でガサツで」

「ガサツ……うん、そうよ。この間も廊下で男子とすれ違うときちょっとぶつかっちゃったんだけど、謝りもしないでヘラヘラ笑いながら逃げてくの」

「ああ、わたしのときなんか……」

「そう言えばこんなことも……」


 それから二人は男子の悪口に花を咲かせた。カンナの気持ちもそれで少しは晴れた。


 喫茶店を出るとカンナは美佳にありがとう、と言ったが美佳は横に首を振った。


「ねえ、宇佐美さん。男どもを見返してやりたいと思わない?」

「えっ?」

「うんと綺麗になって、今度は男の方から告白させるのよ」

「それは……そんな風にできればいいかもしれないけど、わたしには無理よ」

「そんなことないよ。例えばさ……」


 うつむくカンナに対し、美佳はニヤリと笑ってみせた。


「ねえ、もうちょっとわたしに付き合わない? 最近ナチュラルメイクに凝ってるんだよね~」


 美佳はカンナの手を引っ張って歩き出した。よろけたカンナは、不自然に一歩踏み出したが、それが大きな一歩になるということにはまだ気づいていなかった。

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