番外編その1・学園の女王様
番外編です。和美は登場しません。
夢を見ていた。
3年前、中学3年の冬、3度目の失恋をしたときの記憶を。
ひとり残されたその身体に、ちらちらと小雪が降っていた。
それは心の痛みを癒すにはいささか優しすぎて物足りなかった。
「あれ? 宇佐美さんじゃない。そんなところでどうしたの?」
「えっ?」
声のした方を振り返ると、そこにいたのは――。
夢はそこで途絶えた。
カンナはゆるゆると覚醒し、そしてぶるっ、と震えた。
――寒いっ。
11月も半ばになっていた。肌寒い日と暖かな日が数日周期で交代していたが今朝は冬の始まりを知らせるかのように冷え込んだ。
――だから雪の夢なんて見たのね。
布団は恋しいけれど、夢の内容はすぐにでも忘れたい。カンナは起き上がって着替えを始めた。
宇佐美家では両親が仕事で忙しい為、食事の準備は長女のカンナがすることになっていた。料理をしていれば暖かくなってくるのはありがたかった。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
「んー? お姉ちゃん忙しいんだけど」
小学6年生の弟の陽一が台所にやってきてカンナの背中をつんつん、と突付いた。
朝食を終えるとカンナは母親以外の家族の食器を軽く水で洗って、食器洗い桶の中に入れておく。後は母親がやってくれる。
母親の仕事は夜間なので昼間と午後は時間が空いているのだ。
「お姉ちゃんってば!」
「もう、どうしたの?」
カンナは少し苛立ちながら振り向いてしまった。
しかし次の瞬間、彼女は自分の態度を反省した。
陽一だけではなく、そこには小学1年生の妹のユリカも並んで立っていて、二人は同時に歌いだした。
「ハッピーバースディ トゥーユー♪ ハッピーバースディ トゥーユー♪ ハッピーバースディ ディア カンナお姉ちゃん♪ ハッピーバースディ トゥーユー♪」
「……」
「お姉ちゃん、18歳の誕生日おめでとう!」
陽一とユリカは、包装紙とリボンで包まれた箱を片手で半分ずつ持ってカンナに手渡した。
じわっと目頭が熱くなった。
今日が自分の誕生日であることは憶えていたが、弟たちがプレゼントをくれたのは初めてだった。
「あ、ありがとう。嬉しいわ」
「お姉ちゃん、泣いてるー」
ユリカが指摘する。そんな妹にカンナはうふふと笑ってみせた。
――嬉しい不意打ちだった。
通学中のカンナの頭の中でまだ弟たちの歌声がリフレインしている。
吐く息が白い程に外は寒かったが、プレゼントの手袋をはめた両手はとても暖かかった。
あんまり嬉しかったので、うっかり次の角を曲がる前に、ゆるんだ顔を引き締めることを忘れるところだった。
――っと、顔を上げて。
――顎を反らして。
――髪をかきあげて目つきを変える。
――さあ、わたしは女王様。
「おはようございます! 宇佐美さん! そしてお誕生日、おめでとうございます!!」
角を曲がったところでは、十人の男子生徒が待ち受けていた。
十人分の声は結構な音量で、通勤通学中の人たちは驚いて振り返るほどだった。
彼らは、カンナと同じく中央高校に通う、彼女に好意を寄せる男子達が集って結成した『宇佐美カンナ親衛隊』のメンバーだった。
「おはよう。皆さん。お祝いありがとう。今朝も元気そうね」
「はい、いつも宇佐美さんの美しいお姿を拝見しているおかげです。今日の誕生パーティー、僕らの気持ちを受け取ってください」
彼らは今日の放課後、あるレストランに予約をいれていた。
「ふふ。楽しみにしているわ」
カンナは、スッ、と鞄を持った手を伸ばす。
今日のかばん持ち役の男子が丁寧にそれを受け取る。
そしてクイーンとそのガーディアン達はぞろぞろと学校へ向かうのだった。
「それじゃ。ごきげんよう」
教室に着き、鞄を返してもらうとカンナは親衛隊に優雅に微笑んで見せた。
「はい。失礼します」
カンナはふふん、と笑って自分の席に着こうとした。その時。
「バッカみたい」
小さく、呟くようにだがハッキリ聞こえるようにその声の主は言った。女の子の声だった。
反射的にカンナはそちらを睨みつけた。
高校に入って約3年、自分への女子たちの陰口は幾度となく聞いてきた。
もう慣れてしまったようなものだが腹が立つことには変わりない。
――蓬田さんね…!
その蓬田美佳はカンナと目が合うと、べぇ、と小さく舌を出して馬鹿にしてから目を逸らした。
せっかく今朝はいい気分だったのに台無しにされてしまった。
――何よ。
――わたしが予想外にモテたんでやっかんでいるだけでしょ。
――ふん……、だ。
カンナは美佳に恩があるので本気で彼女を憎めない。
けれど高校に入ってからこれまでの間にすっかり仲は悪くなってしまった。
――あなたはわたしの過去を知っているから、わたしを嘲笑っているのでしょうね。
カンナの意識は今朝夢に見た時間へと遡っていった。
続きます。
本編の続きはもう少しお待ちください。