第二十六話・火照(ホデリ)
前話の補足のような話で、短いです。
ホントはね、男子だけじゃなく女子も嫌いだった。
クラスの席替えのとき、くじ引きで決めたのに、その後でトレードにトレードを重ねて結局仲良しグループで固まる女子が嫌だった。クラスの委員を決めるとき、気の弱い、強く断れない子を推薦して賛成多数で押しつけるのがとっても嫌だった。でもそれに関しては私も強く非難できない。私はと言えば、仕事の少ない委員をさっさと選んで押しつけられないように逃げていた。
今日ね、私は。
面倒な事を押しつけたいという以外の理由で、初めて役職を頼まれた。
本気で拒否すれば、副部長にならなくてもいいのだろうとは思う。そこに待っているのはただ、星見さんの失望……そして、薫くんの私への評価が落ちること、か。
ん、ん、ん……。
中学の頃は、逃げてばかりで、そんな子だと思われることが保身の手段だった。期待されなきゃ、失望されることもないから。そうやって低い所から見上げて周りを軽蔑してきたのだ。
でも今は、失いたくないものができた。
この期に及んで、彼の気を惹きたいからなんていう行動原理じゃないよ? でも「好き」という気持ちはまだ健在なんだから、それを原動力にするのはアリかなと思う。
そして立ち止まって踏ん張って受け入れた先にどんな世界が待っているのか。それを想像したとき、私はもう一つ、頼まれたことがあることに気づいた。
「ねえ、お父さん」
晩御飯の席に着きながら、私はお父さんに声を掛ける。
「ん?」
「私、蓬田さんのアルバイト、やってみてもいいかな」
その時のお父さんの目の色の変わり用。それはちょっと私をたじろがせたけど。
「人がいなくて困っているってだけだから、1回きり、人助けをするってだけ」
言葉を続けて自分の決心にもする。お母さんの顔は見ない。助けを期待したら、またこじれちゃう。
「ん……。和美がやるって決めたことなら、それに関して俺は強く言えない。やってみればいいさ」
そう言ってお父さんは目をそらす。そのタイミングで私はお母さんにも許可を求めた。
「そう、それじゃ、明日にでも蓬田さんに電話で聞いてみるわ」
さて、どうなることか。これで、もうアルバイトはいらなくなっちゃったとか返事が返ってきたら笑い話だけど。
次の日もまた星見さんに送ってもらった。帰りの電車の時間をまた忘れたわけではなく、出来るだけ美術部の展示のための時間をとりたくて、あらかじめ打ち合わせておいたのだ。
「俺さ、小学校6年のとき、県の絵画コンクールで最優秀賞もらったことがあるんだ」
星見さんがそんな話を始める。
「へぇ、すごいですね」
「うん、まあその当時は俺って天才だ、とかうぬぼれていたよ。だけどな、浮き浮きして行ったその会場で俺はしたたかに打ちのめされることになったんだ。賞は学年別に分かれているんだけど、4年生の部の最優秀賞が、どう見ても6年の俺のより上手かったんだなそれが」
「4年生……2学年違いってひょっとして」
「ああ。賞を取ったのは『はしもとかおる』っていう息を飲むような可愛い女の子だった」
「え? 女の子!?」
「いやいや、見たときは本当に女の子かと思ったってだけだ。髪も長かったし、ピンクなんか着やがってたからな。性別を誤解したままだったら惚れてたかもしれない」
星見さんはハハハと笑う。ううん、薫くんなら充分にありうることだ。
「小学校の頃のあいつの絵、見たことあるか?」
「いえ……」
「すげえぞ。あの年齢で、デッサンが狂ってないんだ」
「それは見てみたいですね」
絵のほうはもちろん、彼のほうも。想像だけではたどり着けないその当時の彼の姿、一目見たいと心穏やかでいられなくなる。これは恋とは違う感情。
「小学生の頃の2歳差ってのは大きい。こんなちっこい子でも俺を遙かに上回るのか、と俺は世の中の広さを知って、絵を仕事にすることをあきらめたんだ」
「そんなことがあったんですか」
「まあ、その出来事以来、俺はあいつにコンプレックスかかえてきたようなところはある。それを乗り越える気合いがあったら俺ももっと先に進めたんだろうけどな」
「……」
星見さんが薫くんから受けた影響は、私とは対照的なものだった。それが文化祭の打ち合わせの時の態度になったというのは安易な考え方だけど。
でも確か星見さんはあくまで趣味として美術部の活動をしていると言っていたことがある。好きなことだから続けるというのはごく当たり前のことで、考えてみたら私と同じだ。だけど、星見さんはもっと大きい視野で物事を見ている。
家に帰ると、お母さんからアルバイトの日時を教えてもらった。私がヒマになる、文化祭の翌日の代休の日だった。今は展示物を完成させたいという、テンションが上がった状態だからいいけれど、そうでもなかったら、きっとその日まで緊張でストレスを抱えながら生活する羽目になっただろう。
これがきっかけで和美がモデルを目指すとか、そういう展開にはなりません。