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第二十四話・終わりを始めない

 あの時告白なんてしなければ、あの後も彼のアトリエに並ぶ画材や作品群を見せてもらって、気持ちのいい時間をもっともっと過ごせたはずのに。自業自得の後悔の念が何度も何度も襲ってくる。

 昨日、帰る途中でアトリエに帽子を忘れてきたことに気づいたが、戻って彼と顔を合わせる気にはなれなかった。泣き落としをする女と思われたくはなかったので、あの場ではぐっとおなかに力を込めてこらえた。でも、私は自分が思っている以上に感情が顔に出てしまうらしいから、彼に汚い顔を見せてしまったかもしれない。


 いよいよ今週末は文化祭本番で、教室内にも、出し物の準備が並び、クラスメートたちもなんとなく浮き足立って授業に身が入らないような様子だ。私は違う理由で授業に集中できていないけれど。


 どうしてその気になっちゃったんだろう。

 彼のそばにいられるだけでよかった。ううん、そうじゃない。どうせ叶わぬ恋ならば、せめてそばにいたかった。叶わないと知っていたのに言葉が漏れたのは――彼のせい。

 ずるいよ。あんなに優しい笑顔を向けられたら、私は自分のコンプレックスすら忘れてしまう。私は男の子から馬鹿にされているのに慣れきっているから、少しでも優しさに触れられたら、脆くもそれに蕩けてしまう。

 「すき」という言葉が発せられた刹那、私は幸せの空間へと解放され、そしてその二文字は以後の私を縛り付ける。

 どうすればいい? もう一度好きだと言っても、最初のときのような心持ちは、二度と来ない。私を受け入れてくれないならば、言えば言うほど意味のない言葉になる。私はとっておくべき大切な機会をうかつにも捨ててしまったのだ。馬鹿みたい。

 この前読んだ小説、やっぱり共感できない。だって告白したって全然スッキリしないもん。

 振られたのなら、私は新しい恋を探さなきゃいけないの? まさか! それは私が発した「すき」という言葉への冒涜だ。


 ぼんやりと同じことを繰り返し考えてばかりで時間が過ぎ、放課後になってしまった。

 週末は2日とも出かけたせいで、心を休める暇もなく、彼やみんなと顔をあわせなければならない。今日は彼の教室の前を通り過ぎるときに、中をちらりと眺める日課もできなかった。もし目があったら、どんな顔をすればいいのか分からない。暗い顔をしていたら、彼に気負わせてしまうことになる。明るい顔をしていたら、昨日の告白は軽いものだったと思われてしまう。どっちもダメだ。

 美術部はどうしよう。いっそのこと、クラスの出し物の手伝いをして、美術室には顔を出さないようにしようか。文化祭を直前に控えた今の時期なら無理のない言い訳だ。あ、そういえば、お母さんとお父さんに、今日から文化祭までの間、帰りが遅くなると言っておくのを忘れてた。


「和美ちゃん、どうしたの?」と、タマちゃんが声を掛けてくる。

 私は美術部に行くか、クラスの手伝いをするかを決断するためにタマちゃんと二言三言交わそうとした。と、その時。

 キャーッと教室の外から女の子たちの悲鳴のような歓声が聞こえ、私たちは顔を見合わせる。そのまま釣られるように教室を出て歓声の出所を探す。わっ、と先に言ったのは私だったかタマちゃんだったか。

 うん、いや、女の子の歓声という時点で、彼かもと想像したよ。

 薫くんだった。ドレス姿がとっても綺麗。とっても綺麗なドレス姿。

 きっとあれは文化祭の女装コンテスト用のだ。でも女装コンテストって、笑いを取るのが趣旨だったと思うんだけどな。うちのクラスからも男子が一人出場をすることになっているけど、気持ち悪さで勝負するみたいなことを言っていたし。薫くんは綺麗すぎる。基本的に彼は男顔だとは思うけれど、宝塚の男役と言われて信じてしまうくらいには綺麗だ。


「あはっ。似合ってるねえ、嘴本くん」

「……」


 タマちゃんが半笑いで私にそう言うが、同意はしないでおく。綺麗ではあるんだけど、なんていうかな、やっぱり彼には男の子でいてほしいというか。彼の周りにいる女の子たちははしゃいでいるけれど、あれで嬉しいのかな。


「ああ、関根くん」

「!」

 目が合ってしまった。彼とどんな表情で顔を合わせればいいのかわからなかったのに、ぽけーっと彼の顔に見とれていたせいで捕まってしまった。

「あ、え、何?」

 彼の視線の他に、ちょっとチクチクするような視線がいくつか集まる。ううん、そんな目で見ないで。心配しなくても私は薫くんの特別な人なんかじゃないんだから。

「これから彼女たちとコンテストの打ち合わせをするんだ。美術室に行くのは遅くなる……ひょっとしたら行けないかもしれない。星見さんに伝えておいてくれないか」

「う、うん、わかった。伝えておく」

 彼が、昨日のことなどなかったように話しかけてくるものだから、普通に言葉を返すことができた。そして放課後の私の行き場所も決まった。

 私に気を使って普通通りにしてくれたのだろうか。それとも告白されるのには慣れてるから気にしていないだけなのだろうか。たぶん後者だろうけど、それでも気負うことなく言葉を交わせたことには彼に感謝。

 私はタマちゃんに、美術部に行くことと、クラスの出し物を手伝えないことを軽く謝って美術室に向かった。


 美術室に入ると、私が土曜日登校する原因になった、久しぶりの姿があった。

「敷島さん、身体、大丈夫?」

 小林さんやセナちゃんから、敷島さんは最近、学校には来ているけれど具合が悪いから、ということですぐ帰っていたことを聞いている。

 でも、ただ、そう声を掛けただけなのに、振り返った彼女の目つきは、さっき薫くんの周りにいた女の子たちのそれよりも厳しく、私は身が竦んだ。

「うん、大丈夫だよ。休んでてごめん」

 返した声は普通だった。だったらどうしてそんなに怖い顔で睨むの?

 と、そんな微妙な空気の中で、私は制服の肘の当たりを掴まれる。

「和美ちゃん、ちょっと」

 セナちゃんだった。彼女に誘導され、廊下に出る。

「なに?」

「あのね、和美ちゃん。羽織ちゃん(敷島さん)ねえ、この間薫サマに告白して振られたの。だから元気なかったの」

「え、そ、そうなの? でも、どうしてそんなこと私に」

 振られた話なんて周りに広めるものじゃないのに。

「だから、羽織ちゃんが告白したのって、和美ちゃんのせいでもあるんだよ?」

「え、どうして?」

「……だってさ、最近和美ちゃん、薫サマにすごいアプローチかけてたでしょ?」

「え、そんなことは……ないと思うけれど……」

 冷や汗が出る。確かに最近、彼とはいろいろあったけれど、人前でこれ見よがしに近づいたことはなかった……はずだけれど。

「そう? でも、美術部でも話しかける回数とか増えてなかった?」

「そ、そうかな?」

 私は浮かれてついついそうしていたかもしれない。

「うん、でね、羽織ちゃん、あせっちゃってさ、勝負に出たんだよ。……その結果が結果だったからショックで美術部に顔を出せなくなってたんだよ?」

「そうなんだ……」

 だから私が声をかけたとき、カタキとばかりに睨みつけたのか。うむむ。なんか敵を作っちゃってるなあ、私。

 でも、少しわかったことがある。

 薫くんはすごいモテるから、一人の女の子との距離がちょっとでも縮まるとたちまち諍いの元になってしまう。だから彼は「ボクの美はみんなのものだ」なんて遠回しに言ったんだ。でも、もし彼のほうから誰かを好きになったらどうするんだろう。

 ああ、なんだろう。私も彼に振られたことに変わりはないのに、特別に嫌われているわけではないことにホッとしている。いじましいなあ。

 結局その日、彼は美術室に来なかった。



 家に帰って居間のドアを開けた途端、お父さんの怒鳴り声が飛び出してきて、私は思わず反射的にごめんなさいと謝った。


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