LOVE・エンジェル
穏やかな風が流れ、真ん丸の月が街並みを照らす深夜。
誰も使わなくなった廃ビルの2階の窓から、青白い光が漏れていた。
そこには暗い部屋でノートパソコンのキーボードを叩く青年が居た。
「クフフフ・・・・・・。・・・・・・ついに完成した・・・・・・ーー」
青年は微かに微笑しながらEnterキーを押すと、ノートパソコンのカバーを閉じた。
「・・・・・・これで、やっと僕の夢が叶う・・・・・・ーー」
青年はノートパソコンを残し、静かに部屋を出て行った。
時刻は15時16分。
通行人を上手に避けながら街中を凄い速さで走る青年が居た。
彼の名前は、東條真斗。
待ち合わせに遅刻して急いでいる最中なのだ。
真斗は待ち合わせ場所の喫茶店に着くとテラスでミディアムの髪の先を触りながら何度もスマホの時刻を見つめる女性が居た。
彼女の名前は、池川あゆみ。
真斗と待ち合わせをしている女性だ。
「わりいっ! ・・・・・・遅れた」
あゆみは声に気づいて振り返ると、額に汗を流しながら息を切らせている真斗が立っていた。
「もう、15分遅刻!!
呼び出しておいて遅刻するなんて、どういうつもり?」
あゆみは頬を膨らませ、右手に顎を乗せて頬杖をつく。
「こっちは時間通りに来てるっていうのに・・・・・・」
「だから、ごめんって・・・・・・」
真斗はズボンのポケットからハンカチを取り出して汗を拭きながら、あゆみの前の椅子に座る。
あゆみは呆れた顔で頬杖をつきながら質問する。
「・・・・・・・・・・・・で? 話しって何なの?」
真斗は深く深呼吸をして呼吸を整えると、静かに口を開いた。
「・・・・・・実はさ・・・・・・、俺たち付き合ってもう3年だろ? ・・・・・・だから・・・・・・ーー」
真斗は内ポケットから小さな箱を取り出すと、目を輝かせ真剣な顔であゆみを見つめる。
「俺と結婚してくれ!」
言葉と同時に箱が開けられ、中には小さなダイヤモンドが付いた指輪が入っていた。
「え・・・・・・⁉︎」
突然の告白にあゆみは驚いて目を丸くする。
「・・・・・・返事は今すぐじゃなくていい。
3ヶ月後に答えを聞かせてくれないか?」
「3ヶ月後って・・・・・・?」
「俺明日から出張でアメリカに行くんだ。
・・・・・・解けない事件があるから解決して欲しいって言われててさ〜・・・・・・」
「はぁ? 何それ?初耳なんだけど・・・・・・」
「あれ? 守谷警部から聞いてないか?」
「聞いてません。
・・・・・・てか、 あたし達同じ職場なのに何で教えてくれなかったの?」
あゆみは眉間に皺を寄せて膨れっ面をする。
2人の職業は警察官で、
真斗は警視庁刑事部捜査一課強行犯捜査第三係、警部補。
あゆみは警視庁刑事部捜査一課強行犯捜査第三係、巡査部長に所属している。
真斗は最近数々の難事件を解決して来た為、それがアメリカでも高い評価を受けているのだ。
「いや〜、急な依頼だったからさ〜・・・・・・。
それに3ヶ月後には日本に戻れる予定だしさ〜・・・・・・」
真斗は目をそらし人差し指で頬をポリポリとかく。
再びあゆみの方に視線を向けると、あゆみはまだ膨れっ面な顔をしていた。
この後、真斗は3時間かけて謝罪と説明を繰り返し、あゆみの機嫌を直したのだった。
後に真斗は後悔する事となる。
『3ヶ月後に返事を聞かせてくれ』と言うべきでなかったとーーーー。
3ヶ月が過ぎ、真斗はアメリカから日本に帰って来た。
スーツケースと大きなボストンバッグを抱えて空港を出た真斗は、急いでタクシーに乗り病院へ向かう。
病院に着くと、エレベーターで5階まで上がり、小走りで目的の病室を探し始めた。
真斗は病室の扉の横に付いているネームプレートの名前を見て足を止める。
ネームプレートには『池川あゆみ』と書かれていたのだ。
真斗はゆっくりと病室の扉を開けると、部屋は個室で、ベットの周り付いているカーテンが半分だけ開いていて、ベット上に誰かが眠っている姿が見えた。
部屋に入るとベットの奥が見え、眠っているのがあゆみであることがわかった。
「 ・・・・・・あゆみ」
真斗はあゆみの顔を見た瞬間、脱落したように力が抜け、持っていた荷物をその場に落とし、ベットの隣に置いてあったパイプ椅子に腰を下ろす。
あゆみの後頭部には見たことのない装置が付いていて、左手には栄養剤の点滴の処置がされていた。
真斗はあゆみの右手を持ち上げると、優しく握りしめる。
「・・・・・・・・・・・・っ、・・・・・・こんなことになるなんて・・・・・・・・・・・・。
なあ・・・・・・、あゆみ。3ヶ月前に約束した『答え』を聞かせてくれよ。
俺はお前の『答え』を聞く為に帰って来たんだぞ」
真斗は必死にあゆみに問いかけるが、あゆみは眠ったままで何も反応がない。
今のあゆみの姿は3ヶ月前に比べると痩せ細り、ミディアムだった髪も鎖骨の辺りまで無造作に伸びていた。
「東條戻って来てたのか⁉︎」
後ろから聞こえた声に振り返って見ると、病室の外にがっしりとした太い体型をした中年の男が立っていた。
彼の名前は、守谷和正。
警視庁捜査一課の警部で真斗とあゆみの上司である。
「守谷警部!」
守谷警部は病室に入り、扉を閉めると、表情を曇らせ真斗に視線を向けた。
「・・・・・・東條すまない。池川がこうなってしまったのは私のせいなんだ」
「どういうことですか?」
真斗は立ち上がり守谷警部の側へ近づく。
「・・・・・・まず、今起きている事件から話そう。
今から3ヶ月前、バーチャルレアリティーー通称VRと呼ばれる架空の世界で架空アバターを使用して実際に男女が出会い、恋愛を楽しむという出会い系アプリが大流行していたんだ。
そのアプリの名は、『LOVE・エンジェル』。
だが、2ヶ月前から LOVE・エンジェルに入ったまま1ヶ月以上もアプリから出ない人達が続出するという事件が起きたんだ」
「その事件ならニュースで見ました。
確か、被害者の家族が無理矢理コントローラを外そうとしたら、コントローラから電流が流れて2人とも感電死したとーーーー」
守谷警部は頷き、再び説明を始める。
「そうだ・・・・・・。それで我々警察はコントローラを外さないように被害者を各病院へ搬送したんだ。
何故人々がLOVE・エンジェルに入ったままなのか?
その原因がわかれば何とか対処できるかもしれないと考え、LOVE・エンジェルに入り潜入捜査することになったんだ」
守谷警部は眉をひそめて、悲しい目であゆみを見やる。
「そこで潜入捜査に協力したいと池川が立候補してくれたんだ・・・・・・。
LOVE・エンジェルの中は未知で、どんな事が起こるのかわからない、危険な場所だと忠告したんだが・・・・・・。
池川は『助けを待っている人がいるのに放っておくことなんて私には出来ません!』と言われてしまってな・・・・・・」
真斗はあゆみを見て微笑する。
「ハハッ、あゆみらしいです」
「・・・・・・だが、無理にでも止めるべきだった。
まさか、池川も被害者と同じ状態になってしまうなんて・・・・・・・・・・・・」
守谷警部は右手を強く握りしめて、悔しそうに唇を噛む。
「守谷警部、何か手はないんですか?
このまま何もせずに黙っているなんてできません!」
真斗は力強く守谷警部を見つめる。
「・・・・・・実は、そのことについて今日君に病院へ来てもらったんだ」
「?」
コンッ、コンッ。
病室の扉をノックする音が聞こえる。
「失礼します」
声と同時に扉が開けられ、眼鏡をかけた青年が入って来た。
「完成したのか⁉︎」
守谷警部は期待の顔で見つめる。
「はい。完成しました!」
「そうか!」
守谷警部は一瞬嬉しそうに微笑み、真斗に視線を向ける。
「そうだ・・・・・・東條。
こちらは科学捜査官に所属している佐々木浩二君だ。
佐々木君。彼がさっき話していた東條だ」
佐々木は満面の笑みを浮かべて真斗に近づく。
「会えるなんて光栄です。
あなたのお噂を耳にしてからずっとお会いしたいと思っていたんです。
遊園地で起きた爆破予告事件を解決した時の事とか、是非聞かせて」
「ゴホンッ」
守谷警部の咳払いが佐々木の言葉を遮る。
「ああ・・・・・・佐々木君。そう言う話は後でしてくれ」
「す、すいません! つい興奮してしまって」
佐々木は顔を赤く染め、中指で眼鏡の枠をクイッと持ち上げた。
「東條。こっちに来てくれるか?」
守谷警部は病室を出るとすぐ隣の病室の扉を開けて中に入って行った。
真斗も守谷警部の後に続き部屋に入ると、部屋の真ん中にベットが置いてあり、隣にテーブルが2台、その上にはパソコンが3台とヘルメット状の装置が置いてあった。
「これは何に使うんですか?」
真斗はヘルメット状の装置を指差して尋ねると守谷警部はニヤリと口角を上げて笑う。
「これでLOVE・エンジェルの中の様子を見るんだ」
「え⁉︎ LOVE・エンジェルの中の様子を見ることができるんですか?」
「佐々木君説明してくれ」
真斗の後に続いて部屋に入って来た佐々木はヘルメット状の装置を手に取った。
「これは僕が開発した夢記録装置(Dream Recorder)と言って略してDRと呼んでいます。
これを頭に付けて夢を見ると見た夢を記録して録画することができるんです」
佐々木はDRを頭に被り、パソコンを起動させる。
「まあ、夢でなくても僕が見た映像を録画する事もできるし、パソコンに繋げば見た映像をそのまま画面で見ることもできるんですよ」
佐々木の説明通りにパソコンの画面に今佐々木が見ている守谷警部と真斗と部屋に置いてある家具が映し出された。
真斗は映し出された映像を見て首を傾げる。
「・・・・・・でも、これで本当にLOVE・エンジェルの中の様子を見ることができるんですか?
見たものをそのまま映すだけならビデオカメラと変わりないですかよね?」
「東條さん。人は何故目で見たモノを認識できるかご存知ですか?」
質問を質問で返された真斗は一瞬動揺するが、すぐに思考を切り替えて質問の答えを考えた。
「・・・・・・えっと・・・・・・確か、目で見た情報を脳が認識しているから・・・・・・だったかと・・・・・・」
確信のない真斗の回答を聞いて佐々木は口角を上げる。
「はい、大体はその通りです。
もう少し細かく説明すると、人が物を見た情報は目の網膜に投影され、網膜の視細胞が情報を電気信号に変えて、視神経に乗せて脳に送っている為、人は目で見た物の色や物質を認識できるんです。
この現象は夢を見る時とLOVE・エンジェルに入っている時でも同じ原理で人は物を見ているんです。
このDRは網膜の視細胞が作った電気信号を読み取る事ができるのでDRを付けてLOVE・エンジェルに入ればLOVE・エンジェルの中の様を映像化することができるんですよ」
佐々木はDRを頭から外すとパソコンのキーボードを叩き映像を見せてくれた。
「LOVE・エンジェルの中の様子はまだ録れていませんが、僕の夢の様子が録れることは実証済みです」
パソコンの画面に映し出された映像を見ると、巨大なドーナツやキャンディなどのお菓子が辺りを埋め尽くし、まるでお菓子の森の様だった。
その森の中心部の巨大なプリンの上で10人分くらいありそうな大きなパフェを佐々木が嬉しいそうに食べていた。
「・・・・・・こ、これはかなり大きいパフェですね・・・・・・・・・・・・」
佐々木は少し恥ずかしそうに顔を赤く染めて微笑する。
「ハハッ・・・・・・。僕甘い物が好きなのでたまにこんな夢を見るんですよ」
守谷警部は軽く咳払いをして真剣な眼差しで真斗を見る。
「まあ、メルヘンチックな夢は置いといて・・・・・・話しを戻そう。
東條。このDRを装着してLOVE・エンジェルに入り、被害の原因を見つけてくれないか?
・・・・・・これは強制ではない。断ってくれても構わん」
守谷警部は目をつぶり、ため息を溢す。
「・・・・・・DRを装着しても安全は保証できんからなあ。
失敗すれば池川や被害者たちの様になってしまうかもしれん・・・・・・」
「守谷警部。任せて下さい!
俺が必ず原因を見つけてみせます」
真斗は瞳を輝かせて守谷警部を見つめる。
真斗の中では、LOVE・エンジェルに入れば被害者と同じ様になってしまうかもしれないという不安はあるが、被害者がアプリから出てこない原因がアプリの中にあるのならそれを見つけてアプリの外にいる人達に情報を伝え、少しでも早く事件を解決したいと思う気持ちが高まっていた。
守谷警部は頷き、真斗がLOVE・エンジェルに入る準備を進めるよう部下に指示を出した。
LOVE・エンジェルに入る準備が進められて行く中、真斗はあゆみの居る病室であゆみの様子を伺っていた。
(このまま、やつれていくあゆみの姿なんて見ていられるか)と心の中で呟き、あゆみの手を強く握りしめた。
真斗がLOVE・エンジェルに潜入するための準備が完了して、真斗は佐々木からDRとLOVE・エンジェル内での操作機能について説明を受けていた。
「DRを頭に被って寝るだけでいいんですか?」
「はい。後は僕が操作しますので。
LOVE・エンジェルの中では目の前にモニター画面が表示されるので、各画面をタッチすればアイテムを使用したり、リンクを切ってログアウトしたりできます。
一般的なゲームとほぼ同じ感覚なのでそれほど難しい操作はありませんよ。
「・・・・・・ゲームなんてあまりやらないから実感湧かないな〜」
「東條、もし危険を感じたら直ぐにリンクを切って出てくるんだぞ」
守谷警部は心配そうな眼差しで真斗を見つめる。
「わかってますって。
絶対原因を見つけて事件を解決してみせますよ」
真斗は微笑みDRの電源を入れるとベットに横たわり、静かに目を閉じた。
佐々木はパソコンのキーボードを叩きDRの録画機能を設定し始める。
守谷警部は真斗を見つめてため息を吐く。
「はぁ〜・・・・・・。代われるものなら代わってやりたいものだ・・・・・・」
「そういえば、どうして警部は真斗さんを選んだんですか?」
「こういう事件には東條が適任だと思ったからだ。
今までこういった奇妙な事件をいくつも解決してくれたからな。
・・・・・・それに・・・・・・・・・・・・私はゲームみたいなものは苦手なんだ」
守谷警部は視線を下に向けて手で額を覆い、恥ずかしそうに呟いた。
「テトリスだって上手く操作できないんだ・・・・・・」
「そうなんですか・・・・・・テトリスが・・・・・・・・・・・・」
佐々木は守谷警部の返答に困り、しばらく気まずい沈黙の空気が流れた。
「あ! 警部見て下さい」
佐々木が声を上げてパソコンの画面を指差した。
画面にはLOVE・エンジェルの中の風景が映し出されていた。
「成功です警部!」
「ああ。後は東條が原因を見つけてくれるのを期待しよう」
その頃、真斗はLOVE・エンジェルの中にリンクしていた。
真斗の髪が風に揺れるのを感じてゆっくりと瞼を上げる。
すると目の前には広い草原が広がり、少し離れた所に街が見た。
「・・・・・・ここがLOVE・エンジェルの中なのか?」
自分の手の感覚や匂いなどの五感全て現実と同じ感覚に、本当にアプリの中なのかと首を傾げていると、背後から声が聞こえる。
「ヨウコソ。LOVE・エンジェルへ!」
真斗は振り返て後ろを見ると小柄なロボットが居た。
背丈は真斗の腰くらいで、丸い顔に丸くクリクリした目が2つ、頭の上には羽の様な耳が付いており、身体には腕が2本付いているが足は無く、地面から少し離れて浮いてる。
「アナタノ名前ヲ教エテ下サイ」
「・・・・・・俺は真斗。東條真斗だ」
真斗が答えるとロボットの目が光り出し、レーザーが出て真斗の頭の先から足のつま先までを照らす。
「東條真斗。登録完了シマシタ」
ロボットの目からレーザーが消える。
「真斗サン。ヨウコソLOVE・エンジェルヘ!
ワタシハ、ナビゲーターノアポロ。
アソコニ見エル街ハ『エンジェルタウン』ト言ッテ、男女ガ出会イ愛ヲ育ム場所デス」
アポロはお腹部分の収納スペースを開けると、中から1枚のカードを取り出して真斗に渡した。
「エンジェルタウンデハ、コノカード二貯マッタポイントデ生活シテ下サイ。
食ベモノヲ買ッタリ、ショッピングヤ観光スポットへ行ッタリト、イロンナコトニ使用デキマス。
ポイントハ毎日0時ニ千ポイント貯マリマス。
沢山ポイントヲ貯メタイ場合ハ、カジノヤアルバイトヲスレバ一気ニ貯メル事モデキルノデ、是非挑戦シテミテ下サイ。
デハ、コレカラ街ヲ御案内シマス」
足の無いアポロは重心を前に倒して前進したり、後ろに倒してブレーキをかけたりしながら動き出した。
それはまるで起き上がり小法師が自動で動いている様に見えた。
真斗はアポロの後ろを歩き、アポロの説明を聞きながら街の各店を眺めた。
街には可愛らしい建物の店が沢山並び、雑貨店でグッズを見ている女性や喫茶店のテラスで男女がのんびりとコーヒーを飲んで居たりと、現実の世界と変わらない雰囲気が流れていた。
(・・・・・・現実世界と変わらない感じだな・・・・・・。
でも、メニュー画面のモニターも表示されてて、ログアウトボタンもちゃんとあるのに、何で皆この世界から出ようとしないんだ?
・・・・・・まさか、現実の世界に戻りたくないって訳じゃないよな・・・・・・・・・・・・)
そう思いながら真斗はアポロの後に付いて行くと、アポロは街の裏通りにある一軒のアパートの前で立ち止まる。
「真斗サン。ココガ今日カラ真斗サンガ住ム家ニナリマス。
部屋ハ、303号室ニナリマス」
「え⁉︎ ここに住むのか?」
「ハイ。部屋ニハ必要ナ家具ガ揃ッテアリマスノデ、御自由ニオ使カイ下サイ。
部屋ノ鍵ハオ渡シシタカードヲカザセバ入レマス。
デハ、何カ質問ガアレバイツデモ私ニ聞イテ下サイ」
そう言い残すと、アポロは一度お辞儀をして今来た道を戻って行った。
1人取り残された真斗はとりあえず街を探索しに行くことにした。
本来の目的『LOVE・エンジェルに入った人達は、何故アプリから出ないのか?』その原因を見つける為、街にいる人達に聞けば何かわかるかもしれないと考えたのだ。
街に着いた真斗は不意に店のショーウィンドウに映る自分の顔を見て、現実の世界での自分の顔と同じであることを確認した。
「・・・・・・そういえば、佐々木さんが言ってたな。
LOVE・エンジェルのアバターは 俺の記憶が作った形になるって・・・・・・。
ということは、ここに居る人達は皆現実世界と同じ顔ってことなのか・・・・・・?」
ショーウィンドウを見ていると後ろを通る女性の姿が見えた。
「なっ⁉︎」
真斗は驚いて振り返る。
真斗の瞳に映った女性は紛れもない、あゆみの姿だった。
あゆみは真斗に気づかずに歩いて行く。
真斗は走り、あゆみの腕を掴んだ。
「待ってくれ。あゆみ!」
「きゃっ⁉︎」
ビックリしたあゆみは悲鳴を上げて後ろを振り向く。
それと同時に真斗は掴んでいたあゆみの腕を離した。
「な、何なんですか?」
「あゆみ心配したんだぞ。
いったい何があったんだよ?」
「どうしてあたしの名前を知ってるの?
あなた誰? もしかして・・・・・・ストーカ⁇」
「ーー・・・は? 何言ってんだよ。
俺だよ、真斗だよ。
早くこのアプリから出よう」
真斗は自分があゆみの恋人であることとこの世界が出会い系アプリの中であることを説明する。
「あんたがあたしの彼氏? ここがアプリの中?
はっ、何言ってんの? あたしの彼氏は亮だけ。
女を口説くならもっとマシな嘘吐きなさいよ!!」
あゆみは怒りながら早歩きで去って行く。
真斗は困惑したままその場に立ち尽くして居た。
あゆみの後を追うこともできたが、声をかけた時、あゆみは眉間に皺を寄せて身体が震えていた。
おそらく本当に自分のことを忘れているのだと感じた真斗は、そんなあゆみの後を追うことはできなかった。
今のあゆみとの会話で真斗の中に疑問が残り、真斗は街に居る人達に質問を始める。
『ここが出会い系アプリの中であることを知っていますか?』
この質問をする度に街の人達に笑われて軽くあしらわれてしまう。
だが、真斗の中の疑問が確信へと変わった。
「街の人達と話してわかったことが2つある。
1つは現実世界の記憶が無いこと、もう1つはLOVE・エンジェルを現実の世界と思っていること。
だから皆アプリから出ないのか・・・・・・?
・・・・・・いったい何が起こっているんだ?」
LOVE・エンジェルに入った人達がアプリから出ない理由がわかったが、何故皆の記憶が消えて、自分だけが現実の世界の記憶を覚えているのか? 更なる疑問が生まれた。
真斗は原因が何なのか街を探索してみるが、手がかりになる様なものは何一つ見つけられず、店の前にあるベンチに座り休むことにした。
「ハァ〜・・・・・・。あゆみは今頃何処で何をしてるんだろう?」
原因を見つけることも重要だが、あゆみに自分のことを思い出させるためにはどうすればいいのか。 そればかり考えてしまう。
「・・・・・・くそっ・・・・・・何でこんな事になるんだよ。
こんな事になるんなら、あの時プロポーズの答えを聞いておけばよかった・・・・・・」
もしあの時、あゆみからプロポーズの答えを聞いていたら何と言ってくれただろう。
自分を受け入れてOKしてくれていただろうか?
いつも仕事のせいにしてあゆみと過ごす時間や大事な話を先延ばしにしたりして来た。
こんな自分をあゆみは何て思っていたんだろう・・・・・・・・・・・・。
(あゆみの気持ちが知りたい・・・・・・ーーーー)
真斗はあゆみのことを考えれば考える程、事件のことよりも、あゆみのことで頭がいっぱいになっていく。
「・・・・・・・・・・・・どうしたらあゆみの記憶を取り戻せるんだ?」
頭を抱え悩んでいると、聞き覚えてのある機械音が聞こえてきた。
「真斗サン。ドウカサレマシタカ?」
顔を上げると、目の前にアポロが居た。
「体調ガ悪イノデスカ?」
「いや、大丈夫。何ともないよ」
「ソウデスカ?・・・・・・
デハ、何カアレバイツデモ言ッテクダサイ。
皆サンの安全ヲ守ルノモ私ノ役目デスカラ」
「ねえ、見て! あれ亮様じゃない?」
「え? あっ、ホント、亮様だ!」
道を歩いていた女性2人が声を上げ、白いスーツ姿の男性を指差していた。
近くにいた他の女性たちも、その話を聞き亮様と呼ばれる男性の周りに集まり出した。
「きゃー! 亮様!!」
「そのスーツ似合ってますよ」
「ありがとう。皆の洋服もとても似合ってるよ」
「これからお屋敷でパーティでもするんですか?」
「うん。今日は彼女とダンスをしようと思っていてね」
「いいな〜」
女性達が次々に質問し、その質問に笑顔で受け答えする亮。
真斗はその様子を唖然として眺めていた。
「・・・・・・なあ、アポロ。
亮様って何者なんだ?」
「亮様ハ、コノ街ノ街長デス。
亮様ハ貯メタポイントデ、コノ街ニ遊園地ヲ作ッタリ、恋人達ガ喜ブイベントヲ模様シタリシテクレルンデス。
オ姿モ素敵ナノデ、沢山ノ女性ファンガデキテシマイ、今ジャアイドル的存在ニナッテイマス」
「亮! お待たせ〜」
集まる女性達から少し離れた所にあゆみが笑顔でやって来た。
あゆみは淡い水色のヒールとフワフワのフリルが付いたドレスを着て、ダイヤのネックレスを身につけていた。
今までドレスを着たあゆみを見るのは初めてだった真斗は、その美しさに見惚れていた。
「とてもステキだよ、あゆみ」
亮は目を細めて優しく微笑む。
あゆみは言われた事もない言葉に一瞬動揺して頬を赤く染め、にっこりと微笑む。
「・・・・・・ありがと♪」
周りにいた女性たちは羨ましそうに2人の姿を見つめていた。
亮は周りにいる女性たちに視線を向ける。
「そうだ! 皆もうちでダンスしないかい? 」
「え!? ・・・・・・いいんですか?」
「お邪魔じゃないですか?」
女性たちは戸惑いながら、あゆみの方に視線を向ける。
「平気だよ。 むしろ大勢の方が楽しいし。
あ、そうだ!
これからダンスパーティを開こう。
君たちのパートナーにも参加してもらって、皆でやろうよ。
ねえ・・・・・・、いいだろ? あゆみ」
亮は笑いながら同意を求める様に、あゆみに視線を向ける。
「・・・・・・う〜ん、でも、あたし・・・・・・ダンス苦手だから・・・・・・、大勢の人の前で踊るのはちょっと・・・・・・ーーーー」
あゆみは視線を下に向け、ヒールのつま先を地面に突っついて恥ずかしそうにしている。
亮は左手であゆみの右手を掴むと肩の高さまで持ち上げ、あゆみの腰に右手を回して、身体をぐいっと引き寄せた。
「大丈夫。
僕がちゃんとエスコートしてあげるから」
亮とあゆみの鼻と鼻がぶつかりそうな程、顔が近づく。
「・・・・・・ちょっ、・・・・・・亮・・・・・・っ」
あゆみはさらに顔を赤く染める。
「ちょっと待ったぁぁ!!」
女性たちをかき分け、真斗はいまにもキスしそうな2人を止めに入る。
「それ以上あゆみに近くな」
亮とあゆみは距離を取って離れ、向かってくる真斗に視線を向ける。
あゆみは真斗を見た瞬間、目を細め表情を曇らせる。
「なっ・・・・・・、あんたあの時の⁉︎」
「あゆみの知り合い?」
亮はあゆみの顔を覗く。
「全然知らない人。
つーか、むしろストーカー」
「・・・・・・ストーカー?」
「そう、こいつ何故かあたしの名前知ってるし、いきなり腕を掴まれたんだ」
「へー、そうだったの・・・・・・ーー」
亮は真斗に視線を向けると、にやりと口角を上げて笑を溢す。
「サイテー!」
「いきなり女性の腕を掴むなんて・・・・・・ーー」
周りに居た女性たちは真斗を目を細めて白い目で見ながら、罵声を浴びせる。
「い・・・・・・いや、・・・・・・俺はストーカーじゃなくて、本当にあゆみの知り合いっていうか・・・・・・俺は、あゆみの彼氏なんだよ」
真斗は女性たちの威圧感に困惑しながら、あゆみとの関係を説明するが全く聞き入れてもらえず、説明すればするほど、あゆみの怒りが増加されていった。
「まだそんなこと言ってんの!」
あゆみは声を上げて真斗を睨みつける。
「コンニチハ、ミナサン!」
背後から機械音と共に声が聞こえ、皆は一斉に後ろを振り返る。
そこには可愛らしく手を振るアポロが居た。
「こんにちは、アポロ」
「アポロって、いつ見ても可愛いわ〜」
女性たちは真斗をそっちのけでアポロに笑顔を見せて挨拶をする。
アポロは女性たちの間を抜けて亮の前まで近く。
「亮サマ。コチラノ真斗サンハ今日エンジェルタウン二移住シテコラレタ方ナノデス」
「やっぱりそうか・・・・・・」
亮は小さく頷くと、真斗に視線を向けて微笑む。
「東條真斗さん。ようこそエンジェルタウンへ。
僕は一応この街の街長をしている神木亮です」
亮は真斗に手を伸ばして握手を求める。
真斗は困惑しながらも手を伸ばし亮と握手を交わす。
「えっと・・・・・・よろしく・・・・・・?」
亮は握手を終えると笑顔で女性たちに視線を向ける。
「ほら皆んな、真斗さんは今日移住して来たばかりでこの街のことは不慣れなんだ。
これから僕が教えてあげるから大目に見てあげてよ」
「・・・・・・仕方ないわね〜・・・・・・」
「今日来たばかりだもんね〜」
女性たちは互いに頷き合い、真斗を許すことにした。
女性の1人が亮に尋ねる。
「じゃあ今日のダンスパーティは無しなの?」
「うん、ごめんね。僕の仕事だから。
明日パーティを開くから是非参加してよ」
「うん。明日ね」
女性達は明日が楽しみと話しながら去って行った。
「じゃあ、このドレスも無駄になっちゃたね」
あゆみはドレスを軽く持ち上げてひらひらと揺らす。
「何言ってるの?
あゆみとは今日一緒にダンスするよ?」
「え、でも仕事があるんじゃ・・・・・・?」
「もちろん仕事が終わってからね。
そんなに時間もかからないと思から・・・・・・待っててくれるかい?」
「・・・・・・わかった」
亮は手をあゆみの前に出して手を乗せるように合図をする。
あゆみは少し照れくさそうに手を乗せる。
「さあ、真斗さん。行きましょう」
「え? いや〜俺は別に・・・・・・」
「知りたいんだろ? この世界・・・・・・LOVE・エンジェルについて・・・・・・」
亮はニヤリと口角を上げて微笑し、あゆみと手を繋ぎながら歩き出した。
真斗とアポロは2人の後に付いて行くと、2人はコンクリートのブロック塀に挟まれた大きな鉄格子の門扉の前で立ち止まり、亮が内ポケットからカードを取り出して、門扉の横に付いているカードリーダにカードをかざし、門を開ける。
門の中は土間コンクリートの道が約80メートル程続き、その奥には大きな洋館があった。
その洋館は、まるで女性が憧れる王子様が住んでいる様な建物で、庭には綺麗に手入れされている芝生が敷き詰められ、青い薔薇がいくつも植えてあった。
いくつか階段を登り、屋敷の扉を開けると玄関と言うよりは広間に近い程の広い部屋があった。
赤いカーペットが敷かれ、二階に続く階段があり、天井にはシャンデリアが吊るされていた。
また、部屋の隅には花瓶に飾られた薔薇が飾られており、部屋中に薔薇の香りが漂っていた。
「あゆみ。リビングで待っててくれるかい?」
「うん。なるべく早く来てね」
亮はあゆみの手を離し、真斗に視線を向ける。
「では、真斗さん。こちらへどうぞ」
亮は階段の横を通り、奥に通じる通路へ歩いて行き真斗は渋々亮の後に付いて行く。
その様子をあゆみとアポロは扉の前で見送っていた。
「ねえ、アポロ。
ちょっとだけ、あたしのダンス見てくれる?
あたしダンスってやったことがないの」
「イイデスヨ。
ヨロシケレバ、私ガダンスノアドバイスヲシテアゲマショウカ?」
「アポロってダンスできるの?」
「ハイ。アマリ長時間ハデキマセンガ、基本ノ動キナラデキマス」
そう言うと、アポロはあゆみから少し距離を取って、ヒップホップやブレイクダンスなどを披露してくれた。
「アポロすご〜い」
「アリガトウゴザイマス」
あゆみはアポロに何種類のダンスができるのかなど話をしながら広い部屋に移り、ダンスの練習をするのだった。
その頃、真斗は屋敷の一番奥の部屋に案内されていた。
部屋の中は6畳程の広さで、正面に窓があり、壁側には本棚が置かれ、部屋の中央には丸いテーブルと椅子が2脚、置かれたいた。
一瞬普通の応接室の様に見える部屋だったが、今まで見てきた部屋と雰囲気が微妙に違うと感じる真斗だった。
「さあ、こちらへどうぞ」
亮は手の平を椅子の方へ向けて真斗に座る様にすすめる。
真斗は違和感を感じながら椅子に座る。
「さてと・・・・・・、まずは何から話しましょうか?
この街については既にアポロに聞いていたんでしたよね?
それなら女性と会話するアドバイスを教えますよ。
さっきの様に気まずい空気を作らないためにね」
亮はくすくすと鼻で笑う。
「俺は別に! 女と恋しようなんて・・・・・・」
鼻で笑われてイラついてしまった真斗は、つい本音が溢れてしまう。
LOVE・エンジェルにいる人達は恋愛をするために来ているのに、恋愛をしに来たのではないと言うことは場違いな発言だと思い、すぐに真斗は口を噤む。
「なるほど・・・・・・。
知りたいのは女性との恋愛についてではないと?」
首を軽く傾げて見つめてくる亮と目が合い、真斗は唾を飲み込んで少し間を空けてから、亮に質問した。
「神木さん・・・・・・あんたはいったい何者なんだ?
どうして俺とアポロが話した内容をあんたが知っているんだ?」
亮は一瞬動揺の色を見せたが、すぐに口角を上げて薄く笑う。
「フフッ、僕が真斗さんとアポロが話した内容なんて分かるわけないじゃないですか」
「いいや。
さっき女性達に囲まれていた時、あんたは確かに俺のことを『東條真斗さん』と呼んだ。
俺はアポロには正式名称を教えたけど、俺もアポロも俺が『東條真斗』だってあんたには言ってない。
なのにどうしてあんたは俺の名字を知っていたんだ?
普通のユーザーがNPCのデータや情報を知ることなんてできないはずだろ?」
亮は無表情になり、一度目を閉じて一呼吸置いてからニヤリと笑い、ゆっくりと拍手をした。
「素晴らしいですね。流石、東條真斗さんです。
真斗さんには特別に教えてあげましょう。
実はこの世界、LOVE・エンジェルを作ったのは僕なんです」
「‼︎」
真斗は予想外の自白に驚く。
「そして、皆の記憶から現実の世界の記憶を消したのも、この僕です」
「どうしてそんなことを?」
「クフフフ・・・・・・。
僕の夢を叶えるためです」
「夢・・・・・・?」
亮は嬉しそうに自分の夢について語り始める。
「僕はね。LOVE・エンジェルを好きな人とずっと一緒に過ごせるハッピーな世界にしたったんですよ。
現実の世界では仕事や金の話しばかりで、好きな人と楽しい話をしている時間が少ないんです。
よく言ますよね? ゲームやネットの世界では現実の世界の話はタブーだって。
だから僕は皆の中から現実の世界の記憶を消したんですよ。
この世界には仕事もお金も必要ない。
だからこの世界では皆が笑って幸せに暮らして行ける」
自分勝手な話しを続ける亮に段々腹が立って来た真斗は、右手を強く握りしめ、その拳でテーブル強く叩き、椅子から立ち上がる。
「そんなの勝手すぎだ!
あんた現実の世界で皆の身体がどうなっているのか知ってるのか?
皆病院に運ばれて、植物人間の様になってるんだ。
このアプリのせいで死人も出ているんだぞ!」
亮の表情が険しくなる。
「はっ、現実の世界がどうなっていようが僕には関係ない」
「なっ・・・・・・」
「どうせ人間はいつか死ぬんだ。
・・・・・・でも、現実の世界で辛い日々を送りながら死ぬより、この世界で死ぬ方が幸せだと思いませんか?」
真斗は声を荒げ、亮の胸ぐらを掴んだ。
「あんた人の命を何だと思ってんだ‼︎」
亮は胸ぐらを掴まれたまま、鼻で笑う。
「クフフフ・・・・・・。
同じことを言うんですね?」
「?」
「あゆみさんも同じことを言ってましたよ」
「あゆみが⁉︎」
あゆみの名前を聞いた途端に胸ぐらを掴んでいた真斗の手が緩み、亮は真斗の手を払い、皺になった服を伸ばす。
「まったく・・・・・・警察官という方々は綺麗事を並べるのが得意ですね」
「警察だって知ってたのか?」
「ええ。知っていましたよ」
亮は真斗の耳元まで近づく。
「最近現実の世界でご活躍されている東條真斗警部♪」
「最初から全部知ってたのか・・・・・・」
真斗は後ろに下がり亮から距離を取る。
「・・・・・・あゆみさんが警察官であることも知っています。
僕はね。この世界に居る人全ての個人情報を把握しているんです。
それと・・・・・・ーーーー」
亮は真斗の瞳に視線を向ける。
「今現実の世界で真斗さんの目を通してこの世界を見ている警察の方がいることもね」
何もかも知られている現状に、真斗の顔が青ざめて行く。
「真斗さん。どうして僕がこんな話しをしているかわかりますか?」
「・・・・・・っ、俺の記憶も消すのか?」
「ん〜・・・・・・。それもありますが・・・・・・。
僕は確信しているんです。
警察はLOVE・エンジェルを止めることはできないと」
自信に満ち溢れて笑っている亮を見て、真斗は恐怖を覚え、このままではマズイと感じた。
「・・・・・・っ」
真斗はすぐにこの世界から逃げようと、メニュー画面のログアウトボタンを押下する。
「・・・・・・?
・・・・・・っ。なんでログアウト出来ないんだ?」
何度押下しても何も起こらない現状に、真斗は焦りの色を見せる。
「出来ませんよ」
「⁉︎」
真斗は押下する手を止めた。
「この部屋の中ではログアウト出来ないようになっているんです」
「くっ、俺の記憶を消すつもりか?
消される前に、大声で叫ぶぞ。
そしたら、叫び声を聞いたあゆみが駆けつけて来るはずだ。
駆けつけて来たあゆみは俺の様子がおかしいことに気づいてきっと騒ぎになる・・・・・・」
真斗は記憶を消されないように話を伸ばして何か逃げ道がないかと頭の中で考えるが、何も浮かばない・・・・・・。
「クフフフ。随分とご自分に都合のいい内容ですね。
お忘れですか?
この世界は僕が作ったということを」
亮は微笑みながら、真斗にジリジリと近づいて行く。
「当然、この空間も作り変えることができるということをね」
パチンッ!
亮は指を鳴らすと、部屋の背景がブロックノイズの様になり、一瞬でシェルターのような硬い質感の真っ白い壁に変わった。
「防音効果のある部屋に作り変えました。
大声を出しても絶対に外には漏れませんよ」
ジリジリと近づいてくる亮から離れるために後退りしていると、真斗の背中に壁が触れた。
「なあ・・・・・・、聞かせてくれないか?
何であんたはあゆみと付き合ってるんだ?
あゆみが警察官だって知ってたんなら、むしろあゆみを遠ざけていた方があんたにとって都合がいいんじゃないのか?」
「・・・・・・!」
亮は一瞬動きを止めて、動揺の色を見せる。
「・・・・・・それについては、話すつもりはありません。
どうせあなたの記憶を消すんです。
知る必要がないでしょう?
・・・・・・そうだ、真斗さんにもプライバシーを守る権利はありますからね。
真斗さんが見ているものを覗き見されるのは不愉快でしょう。
その目の通信は切らせてもらいますよ」
亮は右手の親指と残りの4本の指の間隔を広げて、真斗の目を覆い隠すように顔をガッシリと掴かんだ。
「や、やめろ・・・・・・」
真斗は亮の手を振り払おうとするが、壁に抑え付けられているせいで、直ぐに振り払うことができない。
再び指を鳴らす音が聞こえる。
パチンッ!
「うわああああああーーーー」
全身を電気が流れた様な激痛が走り、真斗は悲鳴を上げる。
亮が抑えていた手を離すと、真斗はその場に倒れた。
真斗は朦朧とする意識の中、亮の声が微かに耳に届いた。
「・・・・・・でも、この世界を見るための装置を作った警察の方の実力は素晴らしい・・・・・・。
その実力を評価した上で、真斗さんの行動を上から見守る権利を与えましょう」
瞼が重くなり、真斗は暗い闇の中に落ちて行った。
その頃、真斗の行動の一部始終をパソコンの画面で見ていた守谷警部達は愕然としていた。
佐々木はテーブルを叩き、 悔しそうに唇を噛む。
「くそっ! 真斗さんまでやられるなんて・・・・・・」
「佐々木君。落ち込んでいる暇はないぞ。
東條は身を貼って原因を突き止めてくれたんだ。
ここからは私達が事件を解決して東條達を助けるんだ」
「助けるって言っても・・・・・・」
守谷警部は画面に映っている亮を指した。
「まずは、この神木亮について調べるんだ。
神木亮という名前が本名かどうかはわからないが・・・・・・。
こいつを捕まえることができれば、LOVE・エンジェルを止めることができるかもしれんだろ?」
「!
そうですね」
佐々木は頷いて、明るい表情を見せる。
「よし!
こいつの身元は私達が突き止める。
佐々木君は東條の様子を見守りながら、神木亮の犯罪歴などがないか調べてくれ」
「はい!」
そして、守谷警部は警官を集め神木亮の身元や素性を調べ始めた。
これで事件解決の為に一歩前進できると期待していた守谷警部だったが、心の中では亮の言っていたことが妙に気になって仕方がなかった。
『警察はLOVE・エンジェルを止めることはできない』
その言葉がどういう意味を示しているのか?
神木亮の真の目的は何なのか?
謎は深まるばかりだったーーーー。