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ユカリに与えた力は、6つだ。
まずは彼を私たちの住む世界に適応させるためにまず必要な3つの力。
まず一つは言霊を読み、相手の意志を理解する力だ。
これは全言語自動翻訳と言ってもいいかもしれない。だが、言霊は言葉ではない。それ自体がある種の魔法なのだ。少なくとも、ユカリが住んでいた世界のような、ただ、人と人が意思を伝え合うためだけに存在するわけではない。
だが、やはり言語ではある。
むしろ人だけではなくありとあらゆるものに向けた言語たるといえよう。
例えば、誰かに向かって「手を上げろ」と言えば、その人はその状況や気分次第では手を上げてくれるかもしれない。
だが、言霊は抵抗力のないものに対してその行為を強制することができる。
もし、私がユカリに言霊についての力を与えていなければ、瞬く間に悪しき心を持つものの操り人形と化していただろう。
言霊に抗うにはまず、発された言霊について理解しなければならないのだ。
私の世界では多くの動植物たちが悪意ある言霊に抗う力を持っている。
しかし、力あれば、そこに大小が生まれる。抗う力の小さいものは、それをはるかに上回る大きな力には逆らうことができないのだ。
故に、この精霊王である私から言霊の力を授かったユカリはどのような言霊からも束縛されることはなくなった。
さらに言えば、私は彼に対し、言霊によって弱きものを虐げることをしてはならないと何度も言った。
ユカリはそれについて、うんざりしたように言っていた。
「わかってるって。俺は弱いものいじめをするために来たわけじゃない。世界を救いに来たんだ。だろ?」
初めからそんなつもりはないと、彼はこの話になるたびに言っていたが、私には安心できなかった。
魔族も、私を裏切った精霊たちも、最初は皆同じように言っていたのだ。
大きすぎる力はそのものの心を変えてしまう。
私は過酷な環境で暮らし、喘いでいた魔族たちにそこで生き抜くに十分な力を与えた時、彼らがその力に奢れるなど思ってもいなかった。
その時の彼らはまさに純真そのものだったからだ。
目の前の過酷な現実と真摯に立ち向かっていた。
それがどうだ?
力を与え、その環境に苦もなく過ごせるようになった途端。彼はその環境に別れを告げ、もっと過ごしやすい環境へと移り住んだ。
そして、そこに住んでいたか弱きものたちを虐げ始めたのだ。
だから、私はユカリには魔族たちに与えた力。炎と雷の力は与えなかった。
私はユカリに全てを焼き尽くす、無情の悪魔と成り下がってもらいたくはなかったのだ。
そして二つ目の力。
それは意のままに空を翔る力だ。
何しろ、私の世界は彼の住む世界と違い起伏が激しい。
それだけではなく、宙に浮き、陸を渡っているだけではたどり着けない島々が無数にある。
だというのに、彼は空を飛ぶ翼を持ち合わせていなかったのだ。
私は彼に翼がなくとも空を飛ぶことができる力を授けた。
そしてその扱い方を自ら伝授した。
彼はこのことについても物覚えが随分と良かった。
彼は「空を飛ぶのがこんなに気持ちいとは知らなかった」と笑っていた。
そしてこの世界では絶対に必要な三つ目の力。
風霊を吸い取る力だ。
我らは食事をすることで体を保つための力を蓄える。
そして呼吸をすることで、体に樹間する血液に注ぐ酸素と風霊を取り込む。
風霊は酸素と同じようにその血液に溶け込み、、私が彼に与えた他の八つの力のような、特殊な力を使うために費やされる。
それがなければ私がどれだけユカリに力を与えたところで、扱うことができないというわけだ。
しかし、こればかりはユカリにはよく伝わらなかったようだ。
特に何も変わった気がしない、とキョトンとしていたのを覚えている。
この三つの力が私の世界で彼が生き抜くために最低限必要な力だった。
そして彼にはあと三つの力を与えた。
強靭な肉体と、再生の力。
夢の世界を渡る力。
風霊の流れを読む力。
最後の二つの力については、ここで説明するつもりはない。
彼にも最初は説明しなかった。
その時が来れば話すことにしよう。
ともかく、これが私が彼に与えた力の全てだ。
もしかしたら、それだけかと思われるかもしれない。
たった一人で世界を救うには物足りないと感じるかもしれない。
しかし、どれだけ強くなったところで一人は一人なのだ。
私は初めから、彼を真っ正面から敵と戦わせて、相手を討ち亡ぼすことなど期待していなかった。
私が考えていた筋書き通りであれば、この六つの力は過不足なく、最適なものだったのだ。
何よりも言霊の力の偉大さには言及しておいたほうが良いだろう。
この力はどんな時でも、どんな用途にも役立つのだから。