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5話「黒の双璧」

「……朝か」



 昨日、風呂から上がった後、ベッド下で裸で寝ていたフェルを持ち上げてベッドにちゃんと寝かせた後の記憶がない。

 きっと旅の疲れで意識が落ちてしまったのだろう、勇者様達といる時は最低限の睡眠だけを取ってすぐに魔物狩りに興じていたし。

 思えばこんなにのんびりとした朝を迎えるのは久しぶりだ、仲間達とはぐれた後に関しては魔物に追われ続きで寝る暇さえもなかった。


「……んっ」


 可愛く寝息を立てるフェルの髪を撫でる。

 今のんびりしてられるのはこの子のおかげなのだ、少し変わってるけど出会って良かったと思う。



「……なんだよ」



 ナデナデしすぎて起きてしまったようです。

 フェルは起き上がると猫のような仕草で伸びをし、半目で僕の顔を凝視する。



「な、なにかな」


「喉乾いた」


「うん?」


「喉が、乾いた」


「そっか」


「血が欲しい」


「そっか……」


「……」


「……」



 ダッシュ、寝起きの体操は健康に欠かせないよね!

 と飛び出したのは良かったが、なんとフェルの驚異的な瞬発力、跳躍力により僕は空中で彼女にしがみつかれてしまった。



「わー待って待って待って!」


「やだ」


「お願いだから少しは待って!? 使い魔契約(ギア・スレイブ)を使って無理やり命令するよ!?」


「やってみろ」


「くっ! ゆ、“床に手をついて待機のポーズを取れ”!!」



 魔力を使った呪言スペルを使うと、彼女は僕の言った通り床に手をつき犬で言う所の待てのポーズを取った。



「か、身体が勝手に……」


「はあ。言っただろ、君は僕の使い魔なんだ。僕の命令に背く事は出来ないし僕に危害を与える事も出来ない」


「……喉が乾いたんだよ」


「わかってるよ! でも、僕の血は駄目だ」


「じゃあなんの血なら良いんだよ!? もう喉が乾いて乾いて死にそうなんだよ助けてくれ!」


「そ、そんな事言われても……」


「うう、ウゥゥゥゥゥゥ……!!」



 ヤバイかもしれない、フェルの手足の爪が鋭利に伸び牙を剥き出しにして威嚇いかくしてる。

 翼も興奮している為か脈が浮き出ててとてつのない速度で振動してる、トンボが飛び立つ前と酷似した動きだ。



「分かった、分かったよ! 血、血を持ってくれば良いんだろ!?」


「ウゥゥッ!! 今スグ欲シイ!!」


「それ僕の血をくれって事だよね!?」


「グゥルルッ!!」



 いよいよ獣のような唸り声を上げ始めた、理性があるとは思えない形相だ。


 ……仕方ないか。


 彼女に掛けている拘束に魔力を最大限に回し、いつでも吸血から逃れられるようにして彼女の口元に首を近付ける。



「……少しだけだからな」


「グルルルルッ、ウゥゥ!」


「痛っ、手加減しろよ……!」


「……」



 勢い良く首を噛まれたから普通に痛かったが、吸血を始めてから彼女の興奮は収まった。


「フェル?」


「……」


「……胸揉んでもいい?」


「……」


 また瞳が赤くなっている、意識は完全に吸血に向いているようで何をしても全く興味を示さず、淡々と僕から血を奪っていく。



「フェル、そろそろ」


「……」


「フェル!」


「っ! ぷはっ。……ごめん」



 口を離したフェルが謝ってきた。

 首元の傷口から血が溢れていくのを指で押さえ、絆創膏を探す。



「謝らなくていいよ。君は吸血鬼なんだ、その事を忘れてた僕が悪い」


「でも、血が……」


「大丈夫、気を使ってあまり吸わなかったんだろ? 貧血症状は出てないよ」


「そか……」


「どう? 喉は潤った?」


「ああ。死体の血を飲んだ時よりも潤った。それに、美味しかった」


「そっか。……君は、定期的に血を飲まないと今みたいに人格が破綻してしまう。それを何とか抑えることって出来そう?」


「多分無理だ。さっきのは理性で抑えるという次元の苦しみじゃなかった」


「そう……だよね」



 困ったな、吸血鬼の体質か……。

 きっと毎日、毎朝、いやもしかしたら数時間おきにこんな症状が起きてしまうかもしれない。

 僕が血を与えたのは応急処置に過ぎない、いつでも血を与えられるように血を詰め込んだ袋でも手に入れたいところだ。



「……いや、よく考えたらツテがあるじゃないか!」


「うわっ、びっくりした。何だよいきなり」


「君の吸血衝動をどうするかを考えてたんだよ。そしたらね、一つ解決策とは行かずとも有効な案が浮かんだのさ。君の暴走を止められる案がね」


「へえ。その案ってのは、また俺に何か施す感じなのか?」


「いや違う。君は定期的に血を与えなければならない。なら、血さえあればいいんだ」


「そうだな」


「血を詰め込んだ袋が大量にあれば、この問題も解決する」


「血を詰め込んだ袋? ……何、非常食とか携帯食みたいな感覚で人間を買い取ろうって魂胆?」


「違うわ! 非人道的すぎでしょ!?」


「じゃあ何だよ?」


「まあまあ、それは後日の楽しみさ」



 *



 ヴァーレ神父が誰かと電話する為に席を外した。

 暇だ、せっかくこんな強力な身体を手に入れて危険極まりない世界に転生したってのに何の刺激もない。


「はー、いい天気だな」


 太陽が照りつける陽の下に出る事が出来ないのはやはり窮屈だ、日中は気軽に外をふらつく事すら出来やしない。


 ボウッ!


 試しに人差し指をそっと太陽光にかざしてみると、5秒ほどで火がつき燃え上がった。炎上する人差し指を口に突っ込み唾液で火をかき消す。


「やあお待たせ。そろそろ移動するよ」


 自分の指を燃やして遊んでいたらヴァーレ神父が電話を終え戻ってきた。

 丁度口に指を突っ込んだタイミングで入ってきてよかった、もし燃やしてる所を見られたら何かしら注意を受けそうだ。



「移動するって、どこに行くんだ?」


「まずは君の服を買わないとね。いつまでもそのボロ布を服代わりにするのは嫌でしょ?」


「いや別に」


「そこは嫌がる所だ! もっと言えば目を光らせて『ほんとっ!?』って言った後に素に戻って恥ずかしそうに赤面しながらうつむく所だ……!」


「そうか」


「ふう、思った通りの反応だね。まあいいや、お金は下ろしてきたから好きな服を選ぶといいよ」



 *



 宿を出てから近くの服屋に寄ると、意外にもフェルが目を光らせてトテトテと足早に服を眺めて回っていた。


「わあ、見ろよ神父! これめっちゃフリフリだ!」


「あはは、そうだね」


 やっぱりあんなんでも女の子なんだなあと確信する。

 でも興奮しすぎてふとした瞬間に翼が生えないか心配だよ、街の人は異形の化け物に寛容じゃないからね。


「なあなあ、神父神父!」


「ん? どうしたんだいフェル?」


「これ、欲しいやつあったらどうすればいいんだ!?」


「試着はするかい? 自分に合ってるかどうか、試しに着てみて見るってのだけど」


「したいしたい! どれが俺に合ってるか見てくれよ!」


「おっけー」



 ははっ、なんだか純粋な女の子みたいでかわいいなあ。


 意気揚々とフェルが入った試着室の前に椅子を置き着替え終わるのを待つ。

 中から聞こえる鼻歌が彼女がどんなにこの時間を楽しんでくれてるのかを教えてくれる、連れてきてよかったなと思える至福の時間だ。



「神父ー、いるー?」


「いるよー」


「じゃーん!」



 カーテンを開けたフェルは、シンプルであり純真さを前面に感じさせる純白のワンピース姿だった。

 ふむ、悪くない。穢れを知らない無垢な子供である事をこれでもかと見せつける良い衣装だ。



「どう、似合ってるか!?」


「うん、バッチリ似合ってる」


「ほんとかっ!?」


「ほんとほんと」



 ていうか今更こんな事言ったら変だけど、フェルは容姿こそ整ってるんだからサイズが合えばどんな服でも着こなしてしまう気がする。

 フェルは他にも気に入った服があるようで、カーテンを閉め再び着替え始めた。


 服か。

 そういえば僕はルチア教会に勤めていた頃から黒いキャソック以外の服を着た事がなかったな、たかだか身に付ける物に金を使う事が馬鹿馬鹿しく思ってたし。

 しかしこうしてフェルが服選びを楽しんでるのを見ると、自分に合う服を探すのは楽しそうに思えてくる。

 後で僕も何か新しい服を選んでおこうかな。



「じゃーん!」


「お、おお!」



 突然カーテンを開けるフェル。

 その格好は裸オーバーオールで何だか先ほどの衣装に比べると180度くらい方向性の違う、痴女じみたファッションだった。



「どう!?」


「えーと、その服はね、多分多くの場合中に何かしら服を着る物だと思うんだ」


「そうなのか? ……じゃあ、今の俺の着方は間違ってるのか?」


「そんな筈がないじゃないか。むしろ大いにアリ、裸オーバーオールこそ大正義だよ。もう購入決定だね」


「ほんとか!?」


「ほんとさ」


「やったぁ!」



 おー、横を向くとおっぱいぽっちが見えそうだこと。ナイスチラリズム。


「あ、でもこれ購入決定って事は他は……」


「まだ着たい服があるならいいよ、お金は結構沢山下ろしたからさ。遠慮する事ない」


「じゃあ、次で最後!」


 カーテンをシャッ! と閉め着替え始める。

 きっとさっきのワンピースもオーバーオールも、あとこの後絶対買わないといけない下着類やその他諸々を合わせると相当な額になる。多く見積もって金を下ろした事は正解だったな。



「神父、これが本命、なんだけど……」



 カーテンを開けたフェルのラスト衣装は、黒いフリフリのドレスだった。

 さっきやたらと反応していた服だな、やっぱり気に入ってたんだ。



「それが一番気に入ってるの?」


「う、うん。一応……」


「へえー、まあこの服可愛いもんね」


「えっ? 可愛い?」


「……違うの?」


「あー、可愛さとかは別にどうでもいいな。ワンピースとオーバーオールは動きやすさ重視で選んだ」


「ええ……」



 さっきまで女の子みたいだなって、可愛いなって思った僕の純情を返してくれ。



「でもそれ、別に動きやすそうに見えないよ? 絶対のスカートの内側のフリフリとか、下半身の可動域を減らしてると思うし」


「これは、違う……」


「違う?」


「うん。これは……神父とお揃いだから」


「お揃い?」


「そう」



 黒いゴスロリのドレスと僕の黒のキャソックがお揃い?

 試しに立ち上がりフェルの隣に立ち試着室の鏡で自分達を見てみる、しかし鏡にフェルの姿は映らないので鏡の前にフェルを立たせ虚像の中の自分と見比べる。



「……確かに」


「だよな! お揃いだよなー!」


「うん、お揃いだね」



 お揃い感は特になかった、あえて言うならカラーリングが一緒なぐらいだ。

 しかし、彼女は一番気に入ってるのが今のドレスだし、自分の判断で僕の服とお揃いだと思って選んだんだからその意思を尊重してやるべきなのだろう。



「他には欲しい服はないの? 一応着替えように何着か持ってても」


「ううん、ない。荷物は少ない方が冒険するのに楽だろ」


「確かに」



 軽トラを買ってあるからその荷台に荷物は乗せるしそれで移動するし関係ないんだけどね……。


 彼女が選んだ服と下着や諸々を買い店の外を出る、フェルは太陽光に当たると燃えてしまうので買っておいた日傘を差し街中を歩く。



「あー、しまったな。手袋とか買っておくべきだったわ」


「あはは、日傘があるからいいじゃないか」


「良くねえよ。日陰から手が出せないとか不自由すぎる」


「でも手袋なんかしてたら暑いでしょ?」


「確かに……今でも普通に暑いしな」



 そりゃこの炎天下の中でゴスロリ姿だからね、そんなフリフリした服を着てたら暑いはずだよ。


 昨日のうちに手配しておいた店で軽トラの鍵を受け取り、荷物を乗せてフェルを隣に乗せエンジンを掛ける。

 フェルは「普通の車もあるのか!? この世界よくわからねえな!」と言っているが、君の言ってることの方がよく分からないとツッコミを入れたいところだ。

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