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3話「珍しくもない話」

 吸血鬼を名乗る少女、フェルメールとの出会いから二時間弱。

 僕はフェルメールに守られながら魔物の巣食う森を抜け、しばらく歩いたところにある小さな村、アラクタ村にやってきていた。



「おー、これが異世界の街並みか。古風というかRPG感がすごいな」


「小規模の村に過ぎないから街という表現は少し違うな。今日は宿をとりあえず宿を借りて、衣服の用意と今後の説明をさせてもらうよ」


「おう、悪いな」



 ……なんか出会った時からそうだけど、フェルメールの口調、ぶっきらぼうな男性にしか思えないんだよなあ。

 この子の言葉や口ぶりから封印が解けてまだ間もないと思うんだ、身体の使い方がよく分からないとか言ってたし、にも関わらず何故こんなに饒舌じょうぜつ流暢りゅうちょうに男言葉で喋るのだろう。



「おい神父」


「で、出来れば名前で呼んでほしいかな」


「ヴァーレスク神父? 長えよ、ヴァーレ神父でいいか?」



 そもそも神父を付けずに呼べばいいんじゃないか? それは。



「構わないよ。で、どうかしたのかい? フェル」


「ああ。契約の件だが……」



 何となくフェルメールという名前を圧縮してフェルと呼びやすいあだ名で呼んでみたが本人から特に反応は無い、なんか期待してたレスポンスが来ないと寂しいものだ。

 この子、少しドライ過ぎないか? もう少し年相応の可愛い所を見せてほしいよ、笑ったり泣いたりしてほしいものだよ。



「……なあ!」


「うわっ!? いてっ!」



 考え事をしていたらいつの間にかすぐ目の前に移動していたフェルが顔をズイッと近づけて来た。

 あまりにも唐突にくるものだから腰を抜かしてしまった。



「ちゃんと話を聞いてくれよ! ボーッとしやがって」


「ご、ごめんごめん! で、何の話だっけ?」


「だーかーらー! 契約の件なんだけど、俺とお前は奴隷とご主人様って関係でこう、魔術的に繋がってるんだろ?」


「うん、まあそうだね」


「だったら、俺らは互いに離れた位置で行動をしたり出来るの? って話だよ」


「へ? ああ、まあそれは可能だよ。契約接続ペアリングは物理的な距離では解除される事はない。あ、でも僕がピンチに陥った時や君の力を借りたい時に召喚術を発動すると、君はどこで何をしていてもそれに応え空間転移させられる事になってるね」


「……っ! そ、そうか」



 僕の回答を聞くとフェルは少し顔を赤らめ俯いた。

 きっとお風呂やお手洗い問題大きく関わってくる質問だったのだろう、確かに契約状態とはいえそういうプライベートな部分はあまり他人に干渉されたくないものだ。



「ちなみに、僕が夜伽やとぎのお供が欲しくなった際に呼び出された場合、君にはこの契約のシステムの都合上それを拒むことは出来なくなっている。基本的に僕の命令や指示に沿う行動しか出来ないようになってるからね」


「夜伽? ってなに」


「へっ!? あ、いや」



 そっか、そういう所はちゃんと未知の世界なんだね。

 しまった、聖職者の立場よりも個人的な性癖が今現れてしまった、危ない危ない。

 フェルが無知なおかげで逆に正気に戻れたよ、ふう。



「まあ諸々の説明は宿に着いてからにしよう。君も早くその暑苦しそうな布を脱ぎたいでしょ?」


 黒い布を被り目元しか見えてないフェルに問うと黒い影がウンと頷いた。

 森を抜ける途中、フェルの身体が太陽光により燃える吸血鬼発火現象は確かに確認出来た、アレは見ていても痛ましい光景だ。

 しかし不思議なものだ。聖なる者が陽の光を嫌うのは分かるが、まさか実際に浴びる事で浄化される事もなく発火するだなんて。



 *



「だーっ、暑かった」


 宿に着き部屋を借りるとフェルが布を脱ぐ。中からさらに太陽光を遮光する為に身体を包んでいた翼が現れた。

 フェルは抑圧された翼を思い切り伸ばし「ううぅん」と呻る、非常に気持ち良さそうだが全裸だ。



「フェル。その翼って、ある程度形状は変えれるようだけど、背中に仕舞う時ってどうしてるんだい?」


「ん? んー、特に考えずに背中の、肩甲骨の内側にある根っこみたいな所に力を引っ込める感じで力入れると勝手に翼が入ってくよ。動かす事に関しては手足とそんなに変わらないかも」


「空は飛べるのかい?」


「いや……それはまだ試してない。ていうか怖い」



 なるほど、ある程度は扱いに慣れてきたがまだ翼の使い方はよく分かっていないのか。

 僕も人間だし翼を動かす原理なんて分からないから説明出来ることはないが、彼女には是非とも飛行する手段を得てほしいものだ。

 空を飛べれば機動力が上がり行動範囲も上がる、そしてフェルの戦闘能力があれば僕の仕事が完遂する可能性も上がるだろう。



「ヴァーレ神父。宿に着いた事だし教えてくれ。これから俺はどうしたらいいんだ?」


 考え事に想いを馳せていたら丁度その話題をフェルが振ってきた。


「そうか、まだちゃんと仕事内容を説明していなかったね。……いや、その前にこれを着なさい」


 正面に向かい合って話そうとするが、どうしても少女の裸という方に意識が行ってしまって話なんか出来なかった。

 僕は壁に掛けてあった宿のレンタルの服をフェルに渡す。


「……これ、大分丈が合わないけど」


「ないよりはマシでしょ?」


「別に、見えて困る所は翼で隠すからいいだろ」


「隠れてないからこうして解決案を提示したんだよ。しのごの言わずに早く着なさい」


「はあ、分かりましたよ」


 フェルは渋々といった感じで服を着用する。

 丈は彼女の言う通り絶望的に合っておらず、下はすぐずり落ちるし上もぶかぶかで動きにくそうな事この上ない。



「それじゃ説明するよ」


「どうぞ」


「えーっと、まず君は封印が解けたばかりというか、意識を覚ましたのはつい最近の事なんだよね?」


「数時間前の話だな」


「うん。にわかにも信じがたい話だけどまあそれは事実として受け取るとして。なら今のこの世界の状況を把握出来てないと思うんだ。まずはそこから説明していくよ」


「頼む」


「まず、この世界はかなり荒廃が進んでいる。200年から300年前までは人類の文明がかなり進展してて僕ら人間にとって住みやすい世界だったんだけど、僕らが発達していくにつれ、人はいさかうようになったんだ」


「よくある話だな」


「そうだね。君達吸血鬼や魔物を一度は絶滅にまで追い込んだ人間の絆は崩れてしまった。文明の発達の抑止となる別種族との争いや侵略開拓、暴力という自己顕示力の誇示など様々な理由で人は散り散りになった」


「全くもってよくある話だ。……という事は、今でも世界の各地で戦争が起きてるのか?」


「いや、種族間や国同士の戦争はもう無くなったよ、停戦という形ではあるけれど。世界の荒廃に帰結するに至ったのにはまた別の理由があるんだ。それが、つまる所僕らが拘束するか殺害するかの二択に迫られている問題の対象なんだけど」


「へえ、なんだよそれ」


「ソレを、人は邪心十司卿じゃしんじゅうしきょうと呼ぶよ」



 文字に書いてフェルに見せる、フェルはすぐにはその文字が分からなかったようだが、数秒だった頃に「あーなるほど」と言葉にして納得の意を唱えた。

 本当に読めたのだろうか。



「じゃあその、邪心十司卿ってやらが悪者なのか? それが世界を滅ぼすに近い事をしてると」


「その通りだ」


「なんじゃそら」


「人知には理解出来ず、その上で凶悪であり為す事が必ず多くの死をもたらす力。もしくはそれに類する悪行を成した者に与えられた、悪魔の力を持つ者という意の通称さ」


「通称? 何、その世界を滅ぼしてるのは人間なの?」


「そう」


「へー。そんなんを退治すんの?」


「そう。仕事内容自体は単純明快でしょ?」


「……人間なのに、世界をぶっ壊しかけてるの?」


「ああ。正確には、各地に世界人口を著しく減らす災厄を振りまいてる犯罪者が十人いる。だから十司卿なんだが、そいつらを見つけ出し拘束するか殺害するのが僕らの仕事さ」


「……」



 フェルが考える素振りを見せる。

 今更この仕事の無理難題さを理解したのだろう、きっと顔をあげれば「俺、やっぱり降りるわ」とでも言ってくるのが予想出来る。

 そう言われたら僕はもちろんダメと答える、その為にも使い魔契約を結んだのだ。

 へへへ残念だったな、断る事は出来ないのさ。



「ま、余裕だな」


「はっはー残念だったね! 君は僕の使い魔だから逃げる事は出来ないのさ!」


「は? 逃げるって何の話だよ」


「へっへっへー。……へ?」


「あ?」



 ………………。


 ……え? この人、今余裕とか言った?



「俺死なないし。不死身のアドバンテージがあるなら人を一人ずつ殺してくのもわけないだろ」


「いや、いやいやいや! それは相手の力を見くびりすぎだよ! 邪心十司卿は十人とも化け物なんだって! そんな簡単に始末出来るのならもうされてるしここまで大事にはなってないんだって!!」


「ソレ、お前は本物見た事あるの?」


「え? ないけど……」


「だったら相手のレベルなんか分からないだろ。今散々上げてるけどもしかしたら思ったより弱かったりするかもしれない」


「……逆もまた然りだと思わないのかい?」


「仮にそうだとしても俺は死なない」


「そういう問題じゃないんだけどなあ……」



 とんでもない事を言い出すなあ、しかも冗談じゃなく本気で言ってるみたいだし。

 その勇気と世間知らずさには流石に脱帽せざるを得ない。



「ま、深く考える事はないんじゃないか。そういう無理難題を俺はこれまで何度も味わってきたんだ」


「え? 覚醒したのは数時間前だって」


「それより前の話だよ?」


「?」


「お前先風呂入ってこいよ。俺ちょっとフロントに行って俺の丈に合うのあるか聞いてくるからさ」


「あ、ああ」



 フェルの奴、よく分からない事を言って消えてしまった。


 無理難題を何度も味わってきた、意識が覚醒するより前に。


 この言葉を意味をよく理解出来ないまま、僕は部屋に隣接しているシャワールームへと入った。

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