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前日譚そのいち

 熱中症には気をつけよう。


 今日は7月7日、七夕だ。

 都内で一人暮らしをしている俺は毎年この時期になると街のショッピングモールに繰り出して『幼女のお嫁さんが欲しい』と短冊に書く習慣をつけている。

 しかし今日、よりにもよって今日この日、俺はむせ返るような熱気と湿気、それによって来る暑苦しさと息苦しさにやられていた。


 というか、死んでいた。



「暑い……暑い暑い暑い暑いッ! 死んでからも暑いってどうなってんだよこのやろう!!!」



 六畳間のこじんまりとした、アナログテレビとちゃぶ台と座布団しかない部屋で、俺は部屋の外にいる神様とやらに文句をぶつけるつもりで叫んだ。



「仕方ないじゃないか。君の死因は熱中症なんだから。死者は次の行き先が決まるまで死んだ時の痛みや苦痛が保存され続ける。なら君は、僕が行き先を決めるまで死ぬ直前の熱気に当てられ続けるのが道理なのさ」


「冗談じゃねえよなんで死んだ後までも苦しまなくちゃいけないんだよ!! 死ねない分余計タチ悪いし!!」


「まあまあそう言わずに、飲みなよ」



 部屋に入ってきた10歳くらいの瞳の中に星がある少年が、麦茶のペットボトルと紙コップを出してきた。

 受け取り麦茶を注いで口にすると、僅かに熱が和らぐ。



「……てか神様がこんな子供のような姿をしてるとはな」


「それはどういう意味だい?」


「いや、神様と言われれば基本、髭もじゃのおじいさんを想像するだろ。少なくとも俺はそうだ」


「ん〜、僕はあくまで神だから、人間と違って決まった姿を持たない。僕を神たらしめるのは君達の文化圏の人間が僕という存在を崇め奉ってるからであって、そしてこの姿は昔どこかのお坊さんが僕は『わらし』の神として決めあてがったからであって、好きでこんな姿をしてるわけじゃ無いんだけど」


「……また暑苦しくなってきた。無駄話してないでさっさと決めてくれよ!」


「何を?」


「俺の行き先をだよ!! 分かってやってんのか!? あんたが俺に切符を渡さないと永遠にこの苦痛から逃れられないって言い放ったのはあんた自身だぞ!? サドには程があるだろ死ぬぞマジで!!」


「死んでるんだよなあもう」


「揚げ足取ってないでさっさと決めろおおおおお!!!」


「と言ったって……ねえ」


「なんだよ!? 天国とか地獄とか、他にも色々あるんだろこういうのって!!」


「そこまで選択肢が潤沢なら今ここで悩んだりしてないよ。結構君みたいな人間は選別が難しいんだ」


「はあ!? それってどういう」


「まず第一に、君は善人じゃない。かといって悪人でもない。ここで天国と地獄の選択肢が消える」


「……へっ? いや、善人でも悪人でもないって。そんなどっちつかずの奴がいるのか!?」


「善悪を推し量るはかりなんて万能な物はエジプトとかギリシャとかにしかないのさ。日本こっちの裁定は神の独断……というのも公平性に欠けるからポイント制になってるんだ。例えば、轢かれそうな子供を助ければ善にプラス10ポイント。万引きをしたら悪にプラス10ポイント、って具合にね」


「それで!?」


「君は善も悪も0ポイント。何もしてこなかったわけじゃないんだろうけど、どっちも同じ数値だったから0にならされたんだろうね」


「くっ……じゃあ今のこの状況を見て判断しろや!! どんなに苦しい思いをしても耐えて耐えてあんたの裁定を待っている!」


「今現在の我慢強さも、神への不遜ふそんも、死後に起きた事だからカウントされない」


「えぇ……」


「で、話は続けるけど、天国にも地獄にも行けない人間には現世に幽鬼となって留まってもらうか、生まれ直すか、無に帰すって選択肢がある。これは死者本人に決める権利があるんだけどね」


「幽鬼になって留まるか、生まれ直すか無に帰す……?」


「分かりやすく言うなら、オバケになるか、転生するか、消えるか、だね」


「そんなの転生するに決まってるだろ!!」


「決まってはないと思うけど」


「いやいやいや! だって幽霊にはなりたくないし、消えるとか言葉が簡潔過ぎて怖すぎんだろ!? 明らかに塩梅だろ!!」


「人とは限らないよ」


「……えっ?」



 神がちゃぶ台の下からホワイトボードを出して落書きを始めた。

 様々な動物の落書きだ。



「転生っていうのは完全に運任せ。来世が犬かも知れないし猫かも知れないし、カニかも知れないしイモムシかも知れないし。もしかしたら冬虫夏草とうちゅうかそうに養分を吸い取られる虫かも知れないし、絶滅寸前の恐竜になるって可能性もあるね」


「……そっちの生涯も終えたら人間同様ここに戻ってくるのか」


「そうだよ」


「なら決まりだ。俺は転生する」


「そっか。了解了解、ちょっと待っててね」



 俺は立ち上がる、選んだのは転生だ。

 神曰く多くの人間が無に帰す事を選び、少数が心残りから幽霊になる選択を選ぶ。

 転生、生まれ直しを選ぶのは稀なケースらしい。



「はいおまたせ〜」


「……何を持ってるんだ?」



 一度部屋から出た神が木箱を持ってきた。

 上蓋が無く、中には様々な大きさの木のブロックが入っている。

 そのブロック一つ一つには俺の知らない言語が記されていた。



「転生するならここから好きなブロックを三つ選びな。その三つで来世が決まるから」


「そうなのか?」



 言われる通りに適当にブロックを三つ取り出す。

 いずれも何が書いてあるのか読めないが、神はそれを受け取ると作業を片手間で行うような手際で書かれている文字をノートにメモする。

 そういえば、俺が転生すると宣言してからあの干物になりそうな暑苦しさが吹き飛んでいた事に気付いた。



「ふむ。出ました」


「出た? 何が。結果がか?」


「無論」


「なんて出たんだ? 俺は一体来世は何に」


「アスファルトの割れ目に根付いたチューリップ」


「……えっ?」


「アスファルトに咲く花のように」


「おい冗談だろ」


「じゃあ、楽しい余生をどうぞ堪能くださ〜い」


「おい? おいっ!? えっ、マジか!? マジで言ってるのか!? 花に生まれ変わるの俺!? ねえ、ちょっと!?」



 俺の叫びも虚しく、六畳間の空間は突然消滅し一人闇に取り残された。

 やがて、身体を包む抱擁感と急な倦怠感に襲われ、俺は意識を保てなくなる。


 最後、人の身に思った事は、PCに入ってるポルノ作品を消すの忘れてたという、割と本気めの失敗とそれに対する後悔だった。

プロローグなのに二話に分けて投稿するのはどうなんでしょう……。良いのかな。

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