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「宣戦布告直前ですっ!」

「隆子、ちょっと来いっ!」

「う……龍子さん、なにか用ですか?」

「隆子、お前、マリーに負けたな!」

「う……」

 食堂で食事の最中だった隆子とマリー。

 そこに龍子と信子が暗黒オーラを背負って登場だ。

 隆子はすぐに、最近ずっと一緒なマリーに目をくれる。

 でも、マリーは知らん顔でカレーを口に運んでいた。

『マリーさん、助けて!』

 視線で、テレパシーで、呼びかけてみた隆子。

 その願いが通じたのか、マリーはちらっと視線をくれる。

 でも、その「一瞬」で目を逸らしてしまった。

「隆子、聞いてるのか、ちょっと来いと言っているのだっ!」

「う……」

 龍子は声が大きいだけだから、まぁ、隆子はもうちょっと粘ってもいいかなって思っていた。

「隆子さん、負けてどうするんですか、折檻です!」

 信子が、ドスの利いた声で言うのに、隆子の背筋は凍っていた。

「隆子、聞いてるのか、さっさと立て!」

「う……だって残したらダメだし」

「あと一口で終わるだろうが、早く食え」

「う……」

 隆子は最後の一口を食べて……そしてお皿を手にダッシュした。

「このクソ女」

 龍子は銃を抜く。

「!」

 食堂全体に広がる緊張感。

 躊躇なくトリガーを引く龍子。

 炸裂音はせず、微かな音とともにBB弾が連射された。

「痛いいたいイタイ!」

「逃げるとは何事だっ! 折檻だっ!」

「わ、わたしやられて、トイレ掃除やったのに!」

「逃げたろう、折檻だっ!」

「だ、だってー!」

 すっと手が伸びてきて、しっかと隆子を捕まえたのは信子。

「いい、隆子さん、撃墜されたならまだしも、空中分解はどういう事かしら」

「だ、だってー!」

 周囲で見守っていた面々は「空中分解」の辺りでヒソヒソ話を始めている。

 信子は隆子をしっかり引き寄せると、

「さ、シミュレーターに乗ってもらうわよ」

 龍子が、

「私が揉んでやる、殺してやる」

「ひいっ! あれ、撃墜されても墜落しても、きついんですよーっ!」

「解ってる、だからやるんだ」

「えー!」

「折檻って言ったろうが、ゴラァ!」


 シミュレーターの中で隆子は泣きそうな顔をしていた。

 信子が一緒に入って中を確かめながら、

「ねぇ、隆子さん」

「は、はい……」

「この間、空中分解したのはどうして?」

「だ、だって、武器、データ違いますよね!」

「ミサイルはなかったから、問題ないんじゃないの?」

「そっちじゃなくて、GUNの方です、銃」

「銃?」

「そうです、このシミュレーターに登録されているのは20mmですよね?」

「普通そうじゃないの? F‐1のそれと一緒で」

「『えふに』は20mmじゃないですよね!」

「え?」

「あれ、きっと7.7ですよ、ゼロ戦なんかで積んでいる小さい方」

「……」

 信子は言われると、端末画面を操作して首を傾げた。

「何でもいいですから、いつものように空中戦をしてください」

「うう……20mmはあんまり撃ったことないんですよね」

「? だってW基地じゃスターファイターに乗ってたんですよね?」

「たまにです、それに20mmは弾が勿体無いから7.7mmに換装してあったんです」

「ああ、よくやるわね、勿体無いから小さいのって」

「バルカンじゃなくて機関銃だから、軽いから機動も変わるんですよ」

「隆子さんって、結構研究熱心なのね」

 隆子は信子の手をしっかと捕まえると、

「だったらっ!」

「だったら?」

「だったらF‐2を入れてくださいっ!」

「……」

「F‐1とか『えふに』とか、弱い戦闘機だとギリギリなんですっ!」

「ふむ……」

「ですから!」

「F‐2は高いから無理、ともかく頑張って!」

「えー!」

「負けたら営倉送りですよ、夕飯抜きです」

「えー! 早く夕飯行ったらカレーの残りが出るのに!」

「勝てば官軍です、さ、早く準備して」

「うう……龍子さんこーゆー時は強そうなんですよね」

「わかってるわね」

 隆子が発進準備をするのを信子はじっと見つめていた。

 カードを挿入して、スティック下のドアを開いてダイヤルを「5」にする。

「ねぇ、隆子さん」

「はい?」

「そのダイヤル、どうして「5」なの?」

「え? 宮本さんが「5」にしろって言ったから、ずっとそうしてますけど」

「えっと……試験の時も?」

「別に、試験の時も、何も言われなかったので「5」でしたけど」

「そう、いいけど」

 信子は一人シミュレーターを出るとドアを閉じた。

 コントロール・ルームに移って、龍子の方のスピーカーをONにする。

「龍子さん、確認しました、隆子さんエフェクトを5にしてます」

『おいおいマジかよ、5倍だぞ、2倍でもしんどいのに!』

「隆子さんはアレが普通みたいです……私、アレをどこかで聞いた事があります」

『スパルタにも程があるな』

「でも、龍子さん、今日は5倍にしていますよ」

『うん、実は私も5倍で訓練は聞いた事あるんだ……』

「そう……ですか」

『しかし……試験を5倍でパーフェクトだぞ、神か、アイツは』

「え?」

『試験は成績にエフェクトを掛けたものが得点だ、500って事は満点って事だ』

「そう……ですね」

『それも5倍でだ』

 シミュレーターでは龍子が発進していた。

 通常の5倍のGが龍子に襲いかかって、バイタルをいつも以上に動かしていた。

「大丈夫ですか」

『これだけで死にそうだ……隆子の画面とバイタルをこっちの右画面に出してくれるか』

 言われるままに信子は画面を送る。

 同時に隆子の方がカタパルトで打ち出されていた。

 しかし、いつも5倍で飛んでいる隆子は「普通」といった感じだ。


「はい、終了」

 信子がマイクに語りかけるのと同時にシミュレーターのドアが開いた。

 隆子は拳を突き上げて、

「あー負けたっ! 悔しいっ! カレーがっ! カレーがっ!」

 即座に信子は隆子を捕まえると、

「負けたら営倉です、はい、こっちに来るっ!」

「うわーん!」

 信子に引っ張られて隆子はあっという間に「営倉」と書かれた個室にカンヅメだ。

 ドアをロックしたところで、信子は龍子のシミュレーターの方を見つめる。

 まだ開かないシミュレーターのドアを開くと、汗ダクの龍子が肩を弾ませていた。

「大丈夫ですか?」

「死にそうだ、曲がる度にパンチ食らってるみたいだ」

「隆子さんは元気でしたよ」

「アイツ化け物か!」

 言いながら龍子がよろよろとシートを離れると、

「どっちにしても、隆子の成績の秘密がわかった、腕がいいのも納得だ」

「でも、龍子さんはよく隆子さんを撃墜できましたね」

「そりゃ、隆子とはよく話しているからな」

「?」

「しばらくやってて、手詰まりになるとコブラとかし始めるからな」

「そう言えば、コブラとかやるって言ってましたね」

「あんな派手な技、使いたがるんだよ、ピンと来たら先に減速、機首を上げるのを見越して『ドン』だ」

「見事ですね」

「しかし……」

「?」

「ずっと旋回され続けてたら、こっちが『5倍』で死んでいた」

「もしかしたら、隆子さんは粘って勝つのかもしれませんね」

「とは言っても空中戦の時間なんて知れてるからな」

「でも、そのちょっとした時間でも、体力消耗は大きいですよね」

「しかし『えふに』じゃあ……なぁ」

 龍子は両肩をグルグル動かしてから、首を振って、

「それに隆子は「ほんの一瞬」遅れる」

「?」

「5倍訓練で空中分解させないのは、初動もそれからもなめらかさ勝負だ、でも、その一瞬が命取りの時だってある」

「そう……なんですか」

「5倍訓練はいいが、すぐに耐Gカウントも始まる、躊躇もする」

「その躊躇が命取り……」

「実戦じゃぁ、な」


「やったー、カレーだ!」

 営倉から出た隆子は用意された食事に目を爛々としていた。

 早速スプーンが動き、止まらない。

 3合ごはんのカレーが面白いようになくなっていく。

「おいおい隆子、ゆっくり食え」

「フゴフゴ」

「返事はいいから、黙って食え」

 龍子は隆子の正面でニコニコしながら、しかしすぐに食堂のテレビに目を移す。

 テレビの中ではニュース映像が国連会議の様子を映し出していた。

 あいかわらず吉井がやられているのに、

「なぁ、隆子」

「なんですか?」

「次の戦闘は激しくなるかもしれないぞ」

「いつもミサイル撃たれてるです、激しいです」

「言われれば、そうだな」

 隆子は龍子の口調が、どことなく沈んでいるのに目を上げた。

 ちょうど同盟国大使のしゃべっているところだ。

「わたしがタイガーを撃墜した事になってるんですよね」

「ああ、そうだ」

「わたしのせい? ですか?」

「自爆だからなぁ」

 龍子はうんざりした顔で、

「ありゃ、最初からマリーもエリーも捨石だったんじゃないかな」

「……」

「マリーもエリーも撃墜されたら、戦争のきっかけになるしな」

「うう……どうしようもないですね」

 食堂に信子とマリーが入ってくる。

「ともかくマリーを頼む」

「あの、マリーさんなんですが……」

「うん?」

「龍子さんは知ってるですよね、龍子さんや坂本さんや憲史さんの方がよくないですか?」

「うーん、マリーを個室に監禁して尋問したりしないのは何でかわかるか?」

「あ、それ、ちょっと思っていたんですよ」

「面倒くさいから」

「えー!」

「それにマリーもこの艦を沈めるのが任務って様子じゃないしな」

「ですね、目つきでなんとなく……わかります」

「でも、マリーがなにか重要な事をしゃべったら、報告書を書け!」

「えー!」

「命令だ!」

 やって来た信子がニコニコしながら、

「あらあら、どうしたのかしら?」

 そんな信子の言葉に隆子はキリリとした目で信子、マリーを見て、

「マリーさんっ!」

「?」

「余計な事は言わないでください、レポート提出しないといけないので!」

 龍子と信子、マリーも力無く笑った。


 U基地の宿舎ではマルガリータが命令書を受け取っていた。

「?」

 封筒を開けると、命令書とさらに封筒が出てくる。

 マルガリータが書類に目を通していると、そんな彼女の背後からヘンリエッタが覗き込んだ。

「出撃後に開封せよ……か」

「開けちゃおう~そっちの~封筒も~!」

「ちょっ……ヘンリエッタ、余計な事は……」

「どうせ~出撃したら~開けちゃうん~だろう~」

「……」

 マリガリータはマリガリータで、出てきた封筒の内容が気になっていた。

 出撃後に開封っていうのは、直前まで内容がわからないという事だ。

「へへ~ん!」

 ヘンリエッタは封筒を「ヒョイ」と奪い取るとヒラヒラさせながら、

「どんな~命令と~思う~」

「ちょっと……ヘンリエッタ」

「どんな~命令と~思う~」

「……」

 周囲を見回した。

 同じO州から来たエルザはいない。

 エルザとは、同じO州連合のくくりではあるものの、命令系からすると、ちょっと違った。

 マルガリータは厳しい目になると、ヘンリエッタをちらっと見て頷く。

 そんな視線の意味に気付いて、ヘンリエッタは力無く笑うと、

「そうやって~いつも~責任を~押し付ける~のはなぁ~」

「お前が奪ったんだろう」

「ちゃめっけ~出した~だけなのに~」

 ヘンリエッタは一度封筒を照明にかざしてから開封した。

 また、1枚の命令書が出てくる。

 ヘンリエッタが、マリガリータが覗き込んだ。

「空母を~入手せよ~……はぁ?」

 ヘンリエッタは奇声を上げ、マルガリータは呆れた。

「そんなの無理……」

「だよ~なぁ~」

「撃沈ならまだしも、入手ってどうしろと!」

「だよ~なぁ~」

「ヘンリエッタ、そんな返事よりも、マシな返事はないのか!」

「だって~なぁ~」

 すると血相を変えてエルザがやって来ると、

「あの……ちょっとよろしくて?」

「?」

「封の切られた……蝋封の外れた命令書が……」

 言葉が終わっても口がパクパクしているエルザ。

 手にしている封筒は蝋封がきれいに剥がれている状態だ。

 さらに中身がちょっとはみ出ている辺りが誘っている感ひしひし。

 マルガリータはジト目で、

「見たのか?」

 エルザは頷くばかりだ。

 それを聞いてヘンリエッタがエルザの手から封筒を取る。

 エルザも別に取られて……取り返すような事はしなかった。

 さも楽しそうに命令書を開いて見るヘンリエッタ。

 マルガリータも一緒になって命令書を覗いた。

 二人は命令書を読み終わって目を合わせると、マルガリータの持っていた命令書をエルザに見せる。

「!」

 エルザは見せつけられた命令書を見て、肩がプルプル震えて止まらなかった。

「わわわ私、白兵戦なんてした事ありませんっ!」

 叫ぶエルザに二人は笑う。

 ヘンリエッタがお腹を押さえながら、

「エルザは~真面目~バカ~?」

「だ、だって!」

 マルガリータが呆れ顔で、

「あの空母を奪取なんかできるものか! たった3人で!」

「そ、それはそうですけれども!」

「こんな命令を真に受けるなよ」

「し、しかし私、それでしたらどうしたらよいのでしょうか?」

 エルザの言葉に二人も固まる。

「ヘンリエッタ、どうしたのか?」

「さぁ~」

「命令された以上は、あの巨大空母を入手せねば……」

「出来る~わけ~ない~じゃん!」

 うんざり顔で言うヘンリエッタ。

 最初はマルガリータもエルザも厳しい顔をしていたが……

 次第に二人も考える顔になり、そしてため息をついていた。

「どうしたものかしら?」

「確かに……」

 しかし一番「テキトー」そうなヘンリエッタが、

「あの~空母に~旗を掲げれば~いいんじゃ~?」

「!」

「それなら~次の出撃で~ワタシがなんとか~しよう~」

「え!」

 マルガリータもエルザも、ヘンリエッタの言葉に嫌な顔になっていた。

 エルザが目で、

『マルガリータさん、彼女はあんなふうに言っていますが、大丈夫ですの?』

『う……たまらなく不安』

『そ、そんな!』

 ジト目をエルザによこしてみせるマルガリータ。

『エルザも解るだろう、ヘンリエッタがあんな事を言う時はロクな事にはならない』

『そ、そんなはっきり……』

『絶対だ、嫌な予感がする』

『で、でしたら止めてください』

『し、しかし、私もエルザも、手が無いだろう』

『それはそうですけれども……』

『案外、いい結果が出るかもしれないしな』

『マルガリータさん、責任取ってくださいよ』

『任せろ!』

 マルガリータは胸を張って答えた。

 でも、内心は、

『責任なんて、どうやって取ればいいというのだ』

 開き直っていた。


「エリー、1時間後に出撃だ」

「!」

 大佐の言葉にエリーは席を立った。

「今、U基地からドラケンを主力とした攻撃隊が出撃した」

「例の……部隊ですね」

「そうだ……今回は本気らしい、吉井が血相を変えて空母に戻った」

「しかし大佐、何故1時間後なのですか?」

「ドラケンの方は3機しか確認されていない」

「はい……」

「3機で撃沈できるはずもない」

「それは……」

「そこでこちらは、ドラケンが仕留め損なったところを止めを刺す」

「……」

「今回もタイガーで出撃してもらう、バックアップに電子戦機をつけるから、接近は容易な筈だ」

「はぁ……」

「1時間後の出撃は、空母『たから』の再出撃の時間を考慮してだ」

「空母からは迎撃機はない?」

「わからん、パイロットの数も飛行機の数も確かな情報はないからな……」

 大佐はテーブルに腰掛けると、

「ドラケンが打撃を与えた後に、こちらが止めを刺す……もしもドラケンが失敗したならこちらも失敗する」

 言いながら大佐は1枚の写真を出して見せる。

「コレが……わかるか?」

「!」

「前の戦争でも活躍した……」

「局地戦……核……」

「タイガーにはこれを積む……必ずあの空母を撃沈せよ」

「大佐……この間の話では、上層部はあの空母を手に入れたいと……」

「これか?」

 大佐は空母「たから」の写真をチラチラさせると、

「この空母を我が国が手に入れたとしよう……」

「……」

「他の国が黙っていない……情報を開示しろと、引き渡せと言い出すだろう」

「あの空母を手に入れれば、それは火種という事ですね」

「そうだ……あの空母に関しては、S港で補修を受けたタンカーがN港へ回った後、湾口に架かる大橋をクレーンにした『何か』で、タンカーを一つにした」

「空母の事は……知ろうと思えば知れるわけですね!」

「同盟国だからね」

 大佐は空母の写真をテーブルに置いて、人差し指でトントンと音をさせながら、

「空母の事は、後々情報を手に出来る、それをこちらで造るのは造作もない事だ」

「いつでも造れる……だから沈めてしまう……と」

「そうだ、できるな」

「核で……」

 エリーの言葉に大佐はニヤリとして、頷いた。

 前の戦争で使用されたのと同型の局地戦用核兵器。

 エリーはその写真を見つめながら息を呑んだ。

 その兵器……実際に使用された現場に彼女はいたのだから。

「これを……使う……」

 敵・味方なく落ちていく戦闘機。

 一瞬で吹き飛び、焼ける大地。

 エリーは唇を歪めた。


 スクランブルに駆け出す龍子と隆子。

 そんな二人にリフト車が合流する。

 坂本の乗ったリフト車は隆子を拾うと、持ち上げながら「えふに」に寄せた。

 隆子がコクピットに移ると、計器と機体動作を確認。

 すぐに坂本も上がってきて、端末を機体に繋いでから、

「敵はドラケンの部隊だから」

「わたし、あの戦闘機、好きなんですよね」

「ふうん、何で?」

「だって地球防衛軍みたいじゃないですか」

「地球防衛軍ねぇ」

「やっぱり撃墜しないとダメなんでしょうか?」

 隆子の言葉に坂本は吹き出した。

「え、隆子ちゃん、撃墜する気?」

「え? だってそうじゃなきゃ、こっちがやられるじゃないですか」

「いやいや、こっち、F‐1……じゃなくて『えふに』だよ『えふに』」

 坂本は機体チェックを終えるとキャノピーを下ろしながら、

「『えふに』でどの敵を撃墜するんだよ」

「わたし、タイガーを撃墜した事になってるんですけど」

「まぁ、F‐5くらいなら、ねぇ」

 坂本は言うと、キャノピーを閉じて、トントンと叩いた。

 それからサインボード……ベニヤ板で作った黒板に「無理しろ」の文字が書かれたのを見せ付ける。

「なんです? それ?」

「出撃前の景気付け」

「『無理しろ』とは?」

「『えふに』で出撃なんだから、普通勝てるわけないじゃん」

「えー、わたし、やる気なんですけど」

 言ったものの、隆子はちょっと視線を泳がせて、

「でも……あのドラケンは好きだから、あんまり落としたくありません」

「はいはい」

「TNDもトムキャットみたいに翼がピコピコ動いて好きです」

「はいはい」

 坂本はリフトを下ろすと、そのまま「えふに」の前輪に車を寄せてエレベーターに牽引していく。

 隆子は翼に積まれたミサイルを見て、

「やっぱり撃墜しないとダメなんでしょうか?」

「だから『えふに』じゃ撃墜できないってば」

「でもでも、ミサイル、今日は4発も積んでいます」

「むー、ミサイル直撃できれば撃墜できるかな……散弾当たってもダメージは与えられるかなぁ、でも撃墜はどうかなぁ」

 エレベーターで飛行甲板に出た隆子は、艦橋に立つマリーと吉井を見つけた。

「坂本さん、吉井さんがいますよ」

「うん、今回の攻撃、連中が本気なのに飛んで戻って来たのさ」

「うわ、本当に今回は厳しいんでしょうか?」

 坂本はそんな隆子の言葉を笑い飛ばした。

「『えふに』で飛ぶんだから、いつも厳しいじゃん」

「そう言われるとそうですね」

 隆子は吉井と目が合った。

 吉井はにこやかな顔で小さく何度も頷いてくれる。

 その隣で無表情で手を振っているマリー。

 隆子も手を振って返すと、マリーはびっくりした顔になって、ちょっと手の振りが大きくなった。

「じゃあ、隆子ちゃん、頑張って『無理しろ』」

「はーい、頑張りまーす」

 隆子はちらっと落とした視線。

 坂本の乗ったリフトが離れて行った。

 カタパルト要員が手をクルクル回すのに頷いて返す。

 隆子はスロットルを全開にして正面を見据えた。

 艦首に付けられた赤信号が光る。

 すぐに青信号になって、「えふに」が打ち出された。

 一瞬は沈み込む「えふに」も、すぐに勢いを取り戻して上昇して行った。

 先に上がっていた龍子と合流した隆子は、

「龍子さん、吉井さんがいましたよ」

「ああ、なんだか今回は本気らしい、うん」

「今までは本気ではなかったんでしょうか?」

「かもなぁ……なんだかんだで攻撃されてないしな」

 龍子は隆子の横に着けると、

「今回は信子も後で上がってくる予定だ、一機も空母に近づけるなよ」

「むう……できればいいんですが……」

「さっきの坂本との話、聞いてたぞ、お前、ドラケン好きだろ、ためらうなよ」

「むう……頑張ります」

「頑張るんじゃねーよ、撃つんだよ」

 龍子がアフターバーナーを吹かして加速するのに、隆子も加速する。

 データリンクが接近してくるドラケンの距離をカウントダウンし始めた。


 レーダー上でミサイルとミサイルが接近し、消滅する。

「龍子さん、第一波、破壊」

「まだ来るぞ!」

 第二波、第三波が迫り、そして消える。

「全弾撃破!」

「よーし、隆子、ここからが本番だ!」

 すべてのミサイルを撃破し、ドラケン本体が迫ってくる。

 龍子が叫んだ。

「尻尾を立てろっ! 上だ!」

「はいっ!」

 龍子の「えふに」が機首を上げるのに続く隆子。

 アフターバーナー全開でドラケン部隊に迫った。

 ドラケン1機とTND1機が捻りこむように隆子達に機首を向ける。

 龍子の「えふに」が残っていたミサイルを発射。

 機首を向けていた2機が回避行動をとった。

「龍子さん、もう一機が逃げますっ!」

「バカ、逃げてるんじゃねぇ、空母に向かってるんだっ!」

 1機のドラケンは隆子達に全く関心がないように別方向に飛んでいた。

「隆子っ!」

「はいっ!」

「こっちは今のでミサイル撃ちつくした!」

「はいっ!」

「隆子はまだ残ってるな?」

「はい、あと一発残ってますっ!」

「アイツを追えっ!」

「わかりましたっっ! でも、龍子さんはっ?」

「いいから行けっ! 空母が沈んだら帰る家が無くなるっ!」

「わかりましたっっ!」

 隆子は空母に向かうドラケンに機首を向けながらも、龍子のミサイル回避に入ったドラケンを一瞬射線に捉えた。

 短く放たれる「えふに」の機銃。

 撃たれたドラケンの機体に命中して、火花を散らした。

 しかし20mmバルカンから換装された7.7mmでは当たるだけだ。

「うおっ! 隆子、当たったぞっ!」

「でも、なんだか全然効いてませんっ!」

「ほ、本当に機銃、積み替えてあるんだな……」

「龍子さん、今まで気付かなかったんですか?」

「機銃で撃墜なんて考えもしてなかったからなぁ~」

 隆子は気にしないで、空母に向かうドラケンを追った。

 アフターバーナーを吹かしてみたけれど、ドラケンも同じだ。

 隆子はHUDに表示される距離があまり縮まらないのに唇を歪める。

 レーダー照射して、ロックオン。

『今ならまだ、届く!』

 ドラケンとの距離はジリジリと詰まっていた。

 ほんのちょっとだが、「えふに」の方が速い。

 しかし空母までの距離を考えると追い付く前に空母にゴールを決められてしまう。

『まて……よ?』

 さっきドラケンを撃った時を思い出す。

 搭載されている7.7mmは当たった。

 20mmと撃ち合うなら1秒は先に撃てるとも言っていた。

『勝負になるかもっ!』

 隆子はミサイルを発射する。

 放たれたミサイルは煙を引きながら真っ直ぐ飛んで行った。

 それまで真っ直ぐ空母に向かっていたドラケンがいきなり機首を上げる。

 ミサイル回避行動をとるドラケン。

 旋回、捻り込み、あらゆる機動でミサイルを振り払おうとしていた。

『追い付いたっ!』

 隆子は回避行動をしているドラケンの背後をとる。

 距離はあったけれども、照準にドラケンの機影を収めた。

 一瞬ためらったものの、トリガーを引く隆子。

 仕様で短く連射される「えふに」のGUN。

 しかしその弾はドラケンの周囲に振りまかれる。

 弧を描いて飛んでいたドラケンの軌跡がぶれた。


「何だッ~!」

 ドラケンを操っていたヘンリエッタは叫ぶ。

 銃弾がコクピットをかすめていくのを感じながら、ヘンリエッタは首を振る。

 ミサイル回避しているうちに「えふに」に追い付かれていた。

「何だ~何だ~??」

 しかし「えふに」の機影はまだずいぶん小さい。

 そんな「えふに」がまたチカチカ光った。

「来る~っ!」

 ドラケンを捻り込むヘンリエッタ。

 すれすれで、また銃弾が通り過ぎて行った。

「どう~なって~るんだ??」

 ミサイル接近の警報が鳴り響くなか、ヘンリエッタは操縦管を倒し続ける。

 激しく目が動き、ミサイルと「えふに」の動向を確かめた。

「!」

 ミサイル・アラートが消えると同時に機体に何かが弾ける音がする。

「当たった~……違うな~っ!」

 砕け散ったミサイルの残骸を確認したヘンリエッタ。

「!!」

 破片が機体に弾けるのとは別の、銃弾が刺さる音が連続した。

「もう~来た~のかっ!」

 機体を捻り込むヘンリエッタ。

 旋回しながら微かに見える「えふに」。

 まだまだ小さく見える機体がチカチカ光った。

「撃った~……」

 コクピットの横に穴が開いて、硬い音。

「当たった~っっ!」

 目で「えふに」を追う。

「えふに」が光る度に、周囲に銃弾が過ぎる音。

 たまに機体に穴が開いた。

「あの距離で当ててくるのかっっ!!」

 ヘンリエッタは操縦管を倒し続けた。

 しかしミサイル満載の機体は重い。

 空母までの距離を確かめた。


 隆子はドラケンを追いながら、

『当たるけど、全然効いてないな~』

 追い付いてしまえば、ドラケンの動きは鈍かった。

『おかしいなぁ~、シミュレーターだと元気なんだけど』

 今日の日に備えて、ドラケンやTNDとシミュレーターで何度も戦った。

 隆子のカンだと、もう退役したドラケンは、きっとスペシャルで改造しまくりな機体だと思っていた。

 でも、目の前のドラケンの動きは鈍い。

『ミサイルだ……』

 弧を描くドラケンを追いながら、トリガーに指がかかった。

「!!」

 レーダー照射の警告は一瞬で、すぐにミサイル警報になった。

「しまっ!」

 絶対命中な距離までTNDが迫っていた。

 発射されたミサイル着弾まで2秒。

「間に合わないっ!」

 しかしすぐに警報は消えた。

 微かに衝撃波が機体を振るわせるのに後ろを確かめる。

 炸裂したミサイルが見えた。

「隆子さん、ボンヤリしないでっ!」

「信子さんっ!」

「後ろのは私がやります、早くドラケンを落として!」

「はいっ!」

 遅れてやってきた信子のF‐1が割り込んでくれた。

 F‐1とTNDが交差するのを見て、隆子はドラケンに目を戻す。

 トリガーを引いた。

 でも、今度は読んだように回避する。

『当たっても……効いてないし……』

 隆子のミサイルはさっきので終わりだった。


 ヘンリエッタはコクピットで息を荒げていた。

『また~撃って~きた~!』

 弾の通り過ぎる微かな音が聞こえた。

『ミサイル~あったら~とても~』

 迫ってくる「えふに」にヘンリエッタはぎりぎりの回避行動を続ける。

 しかしもう、限界を感じていた。

『面倒~くさく~なってきた~なぁ~』

 いつものモードまで戻って来たヘンリエッタは、肩から力が抜けてリラックス。

 確かに背後に「えふに」はいるし、銃弾は飛んで来る。

 でも不思議と落ち着きを取り戻した。

『要するに~旗を~掲げれば~いいんだろ~』

 チラッと搭載されたミサイルを見てから、回避行動を止めた。

 でも、空母に向かうのはやめていない。

 無線のスクランブルを切ってから、

「西郷~、西郷~っ!」

 ヘンリエッタは呼びかけた。

 するとバックに付いていた「えふに」が横に並んで、

「ヘンリエッタさんですか?」

「そうだ~」

「あの、帰ってもらえませんか?」

「ダメだ~」

「えー、こっちが困るんですけど」

「ワタシだって~困ってるんだ~」

「なにが?」

「トイレ~」

「この間は紙オムツで出撃してるって言ってませんでしたっけ?」

「うん~」

「だったら基地に帰って用を足し……」

「もう~3回~いっぱいなんだ~」

「うえ……」

「もう~、もらしたら~、あふれる~」

「あの……出したら交換してくださいよ~」

「起きて~すぐに出撃だったから~」

 隆子はジト目でドラケンを見て、

「嘘ですよね、面倒で換えてなかったんですよね」

「いいだろ~ピンチなんだ~」

「爆装した飛行機を近づけられるわけないですよね」

「コレで~どうだ~」

 ドラケンのミサイルが全部切り離された。

「トイレ~借りる~」

「えー!」

「この前~貸してくれるって~」

「ダメって言いましたよね?」

「モウダメだ~モレる~」

「あわわ……」

 隆子は横を飛んでいて戸惑っていた。

『こんな状況シミュレーターでもなかっし!』

「トイレを借りに来ました、どうします?」なんてミッションはない。

『大体敵機を近付けたらいけないよね?』

 隆子が思った時、空母からの無線が入ってきた。

 声の主は憲史。

「隆ちゃん、どうしたの!」

「えっと、ドラケンの人が、トイレ貸してくれって……」

「はぁ?」

「武器も全部捨てちゃって、借りる気満々ですっ!」

「武器なくても、空母に突撃されたら大事だよ?」

「で、ですよね……」

「撃って! 撃墜!」

「でも、当たるけど全然効いてないくて」

「あー!」

 無線の向こうの憲史の声は、それはあきらめの声だった。

 空母に近付いたドラケン、着艦のアプローチに入った。

「隆ちゃん早く止めて!」

「でもでも!」

「銃がダメなら説得するんだっ!」

「どうしろと!」

「着艦フックなかったら降りれないとか!」

「ナイス! 憲史さん!」

 しかし、二人が会話しているのにヘンリエッタが、

「着艦フック~あるから~」

「なんで無線が聞こえてるんだ??」

 憲史が割り込みにびっくりしていると、

「西郷の~無線~通常だし~」

「隆ちゃんっ!」

「あ、ごめんなさい、スイッチどっちも入れっぱなしでした」

「バカー!」

 憲史の悲鳴に似た声の後、冷静に、沈んだ声で、

「隆ちゃん、離れて、対空砲火でやっつけるから!」

「ちょ! トイレ借りに来てるのに撃っちゃうんですか!」

「そうだ~」

「ヘンリエッタさんは黙ってて!」

 憲史が、

「いや、敵だし」

「ひどい~トイレ~借りに~来てるだけ~なのに」

 憲史は、

「だって、敵だし」

 でも、憲史は一瞬黙ってから、

「隆ちゃん、ドラケン好きだから落としたくないんだろ?」

「う……だって地球防衛軍みたいじゃないですか」

「そうだ~」

 空母の対空火器がドラケンに向けられる。

 隆子は「えふに」をスッとドラケンに近付けた。

 沈黙が続くのに、隆子もヘンリエッタも生唾飲みまくりだ。

「こちら、司令の吉井だ、隆子ちゃん、なんて事してくれるかな!」

「吉井さんっ!」

「帰ってきたら龍子ちゃんに言って折檻」

「う……」

「ヘンリエッタちゃん」

「!」

「着艦していいよ、確か命令だと『空母の確保』じゃなかったっけ?」

「!!」

 吉井の無線の後ろで憲史がブーブー言っているのが聞こえたが、

「早く降りておいで、ヘンリエッタちゃんの後に隆子ちゃんね」

 それだけ言うと、回線が切れてしまった。

「よ~し、着艦だ~」

「あの、ヘンリエッタさん」

「なんだ~」

「船の中で暴れたりしないでくださいね」

「トイレ~借りる~だけだ~」

「そんな事、ないですよね?」

「西郷~」

「あ、わたしの事は隆子でいいです、船の中じゃみんな隆子って言ってますし」

「じゃあ~隆子~」

「はい?」

「空母の~トイレ~どこ?」

「そんなの降りてから聞いてくださいっっ!」


 憲史は銃を手に艦橋を出てすぐの所だった。

「うわ、本当にドラケン、降りてくるよ!」

 ゆっくりと艦尾に近付くドラケン。

 ちょっとよろけるようにしながら、飛行甲板に着地する。

「あ、上手じゃん!」

 着艦フックをひっかけて減速するドラケン。

 憲史は思い出したように銃を戻すと、リフトに乗ってドラケンに向かった。

 しかし、憲史が向かうよりも先にドラケンのキャノピーが開くと、ヘンリエッタは高さをものとせず「飛び降りた」。

「うわ! 飛び降りるかなっ!」

 憲史は急いだけれども、リフトのスピードはゆっくりだ。

 降り立ったヘンリエッタと憲史の目が合う。

 ヘンリエッタは着地を決めた姿勢のまま、憲史を取り殺しそうな目で見つめるばかりで、ピクリともしない。

 憲史はそんなヘンリエッタのそばまでリフトを寄せたが……ヘンリエッタは瞳に涙を溜めて、

「わーんっ!」

「は?」

「もれちゃった~!」

「は!」

 ヘンリエッタはキッとした目で憲史をにらむと、

「お前か~! 撃てと~言ったのは~!」

「えーっと、そうだけど……」

「お前の~せいで~漏らしちゃったんだ~! わ~んっ!」

「……」

「早く~着艦させて~くれたら~間に合った~のに~っ!」

「飛び降りたから漏れたんじゃないの?」

「わ~ん! この男が~女に~恥を~かかせてま~す! わ~ん!」

「わ~ん」を何度も聞いて、憲史は呆れ顔になっていた。

『ウソ泣きだよな』

「あ~今~ウソ泣き~だって~思ったな!」

「うん」

「ひどい~少女が~失禁して~泣いているのに~そんなふうに~思って~いたのか!」

「うん」

「わ~ん! ここに~女に恥をかかせて~喜んでいる~男がいま~す! わ~ん!」

「面倒くさいなぁ~」

「コラ~ 早く~シャワールームに~連れて行くとか~したら~どうなのだ!」

「はいはい、わかりましたよ」

 憲史はうんざり顔でヘンリエッタを抱き上げた。

 刹那、ヘンリエッタは銃を抜いて、憲史の頬に銃口を押し付ける。

「バカ~ひっかかった~な!」

「……」

「強行着陸した~パイロットを~ホイホイ信じるとは~バカ~」

「……」

 憲史が黙って立ち尽くしているのに、ヘンリエッタはその顔が向いている方向を見た。

 吉井がニコニコ顔でやってくるのが見える。

「ヘンリエッタちゃんかい?」

「む~、誰だ~!」

「ふふ、テレビによく出てるから知られてると思ったんだけど……」

「誰だ~」

「本当に知らないの? 最近会議のライブでよく映ってるつもりだったんだけど……」

「ワタシは~アニメしか~見ない~」

「そうか、そうなんだ」

 吉井はため息まじりにつぶやくと、

「私はこの艦隊の司令で吉井です」

「吉井~……ふむ~……」

 ヘンリエッタは銃口を憲史に押し付けながら、

「この艦は~ワタシが~いただいた~」

「!」

「艦橋に~上げる~のだ!」

「何故?」

「ワタシが~この艦を~いただいた~証を~揚げる~為だ~!」

「ふむ、旗を掲げるわけですね」

「そうだ~でないと~この男は~死ぬ~」

 吉井はニコニコ顔で懐に手を入れる。

 その仕草が銃を取り出すように見えて、ヘンリエッタの表情はちょっと戸惑った。

 でも、ヘンリエッタは銃口を憲史から離す事はなく、よけいグイグイ押し付けながら、

「この~目の細い~男が~死ぬぞ~」

 続いて「えふに」が着艦を決め、すぐに隆子がやって来た。

 ヘンリエッタが、吉井が、憲史が、隆子を見つめる。

「この~目の細い~男が~死ぬぞ~」

 隆子が叫んだ。

「やめてくださいっ!」

「!」

「その銃で憲史さんを撃ったら……」

「撃つぞ~殺すぞ~いいのか~」

 隆子は拳を震わせながら、

「後片付けが面倒だから、撃ち殺すのはやめてくださいっ!」

 憲史が、ヘンリエッタが、がっくり肩を落とした。

 同時にヘンリエッタの手から銃もこぼれ落ちてしまう。

「わ~ん、ワタシの~銃がー!」

 吉井はとぼとぼと、呆れた笑みを見せながら歩み寄ると、まず銃を拾った。

 それから胸元から一通の封筒を取り出して見せながら、

「ヘンリエッタちゃん、この封筒、見た事ある?」

「それは~わが軍の~使っている~封筒~」

「命令入ってるヤツだよね」

「そ、そうだ~何故~持ってる~!」

「はい」

「!!」

「私はいつも会議で、あなたの国に絞られているからね」

「……」

 吉井は銃をヘンリエッタに返した後、

「大使の人が、君の名前を挙げて、きっと旗を掲げに来るって言ってましたよ」

「!!」

「その大使の人がコレを……って」

 吉井はポケットからまた折りたたまれたハンカチ……布を出してヘンリエッタに渡した。

「掲げる国旗、持ってきてますか?」

「バカにするな~ちゃんと~持って~きたのだ~」

 言いながらも吉井の差し出した国旗を受け取るヘンリエッタ。

 ポケットにしまいながら、返ってきた銃を改めて憲史に押し付けて、

「ワタシを~艦橋に連れて~行くのだ~」

 憲史は銃口をグイグイ押し付けられるのに眉をひそめながら、吉井をじっと見て、

「吉井さん、銃返したらダメじゃないですか!」

「あ、そうだった、返しちゃった」

 吉井はキョトンとした顔で憲史とヘンリエッタを見ながら、

「ま、憲史ならいいか、死んでも」

 そんな言葉に憲史はまた脱力していた。

「後片付けが面倒だから、そこで撃たないでくださいっ!」

 隆子の言葉に憲史はさらに落ち込んでいた。


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NCP2.5(2016)

(C)2016 KAS/SHK


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