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「撃墜ですっ!」

「龍子さん龍子さん!」

「なんだ、隆子?」

 湯船でのんびりしている龍子に隆子が近付きながら言った。

「そういえば、今回の敵にトムキャットがいました!」

「はぁ?」

「トムキャットですよ、F‐14」

「はぁ?」

 真顔で話しかける隆子に、龍子は本当にわからないといった表情をみせていた。

「あの地球防衛軍みたいな戦闘機とは別に!」

「F‐14?」

 龍子は一度頭まで沈んでから浮き上がると、

「あれはTND」

「TND?」

「トーネード!」

「レモネード?」

 間髪入れずに龍子のチョップが隆子の頭に振り下ろされる。

「い、痛いです~」

「隆子がバカ言うからだろーがっ!」

「なんだか似てません? レモネード」

「似てない」

「でもでも、あれはF‐14じゃないんです?」

「何でトムキャットなんだよ」

「だって翼が動いてましたよ」

「あー!」

 龍子は笑みを浮かべると、

「隆子、翼が動くのってF‐14だけじゃないんだぞ」

「え! そうなんですか!」

「TNDも動くんだよ、ピコピコ」

「そんなー、映画で見たやつって思ったのにー」

「隆子、お前シュミレーターしこたまやってるんだよな?」

「はい、シミュレーターたくさんやりましたよ」

「TNDが敵のミッションは確かあったぞー」

「えー、そうですかー!」

 隆子は言われて、ちょっと考えると、

「多分すぐにやっつけちゃうんです」

「まぁ、すぐにやっつけないと、こわい敵かな~」

「やっぱり強いんですか?」

「TNDの出るミッションは……要撃ミッションでなかったっけかな?」

「?」

「TNDは攻撃機だが、戦闘機としても運用できる」

「F‐2とかストライクイーグルとか?」

「まぁ、そんな感じでいいかな?」

「マルチロール?」

「うーん、まぁ、そんなんでいいかな?」

 龍子は隆子をじっと見ながら、

「シュミレーターで『攻撃機撃墜だぜー』って近付いたら返り討ちにあったことないか?」

「あ! あります、あります!」

「F‐15やF‐18なんかなら、用心もするさ」

「ですよね」

「でも、F‐1だったらやっぱり『攻撃機撃墜だぜー』になるだろ」

「ですね、F‐1だったら攻撃機って思いますね」

「TNDの出るミッションなら攻撃機で登場する……でもF3は空戦もいける」

「うーん、もうちょっと勉強しないとダメですね」

「だな……それに……」

「それに?」

「可変翼だと全部トムキャットって思ってなかったか?」

「だ、だってー!」

「よく考えたらTNDは垂直尾翼1枚だろうが」

「でしたっけ?」

 龍子のチョップが再び振り下ろされる。

 隆子は後ろに避けながら、

「ちょ、叩くのナシです!」

「お前が真面目にやらないからだ!」

「だってトムキャットって思ったんだもん!」

 隆子が嬉しそうに言うのに、龍子はただ苦笑いするだけだった。


 隆子の乗った「えふに」に並んで、今日は信子の乗った「えふに」が飛んでいた。

「隆子さん、準備はいいですか?」

「はい、地上ターゲットの撃破ですね」

「そうです、海上に浮かんでいるターゲットを撃ってください」

「では、行きます、尻尾を立てろ!」

「尻尾を立てるのは敵の時だけですよ」

「はーい」

 降下に入る隆子の「えふに」。

 一瞬首を振って後ろを確認しながら、

「今日は憲史さんが一緒なんですね」

「うん、データを見たいからね」

「憲史さんも飛べるんですよね?」

「うん、予備のパイロットって事になってるね」

 隆子は言いながら、ターゲットを照準の収めてトリガーを引いた。

 海面に水飛沫があがり、ターゲットのドラム缶が弾ける。

「隆ちゃん、たくさんあるから、どんどんやってね」

「はーい」

 隆子は浮いている旗のついたドラム缶を次々に射抜いた。

 10個ほど叩いたところで高度が下がりすぎたのに機首を上げる。

「あの、憲史さん」

「何?」

「この機体のセッティングは憲史さんです?」

「うーん、整備と言っても、俺はソフトがメインだからなぁ」

「そうなんですが……この機銃、なにか変ですよね」

「!」

「前に撃った時にも思ったんですよ」

「何に?」

「当たりやすい」

「……」

「射線がぶれないです……でも」

「……」

「全然効果ないんですよね、当たっても当たるだけ」

「隆ちゃんは気付いているんだ」

「あ、やっぱり違うんです?」

「うん、うちの機銃は換装してあるんだ」

 憲史は言いながら、

「ほら、次のターゲット適当に撃って」

「はーい」

「射程は……どうなんだろ、実戦でどれくらい差があるかわからないけど」

「わからないけど?」

「正面きって普通の30mmと撃ち合ったら1秒は早く撃てるんじゃないかな」

「1秒!」

 隆子が驚くのに、憲史は微笑みながら、

「1秒は、そりゃすごいかもしれないけど……ミサイルはもっと手前から撃ってくるからね」

「そうですね、ミサイルだったらもっと遠くから撃ってきますよね」

「だから銃対銃だったら1秒ってだけだよ」

「でもでも、撃ち合いになったら強いかも!」

「さっき隆ちゃん言ってたよね、当たっても当たるだけって」

「あ、でした!」

「直線性はいいけど、その辺もあるからね、過信しないでよ」

「でもでも、当たりますよね」

「だね」

 隆子がターゲットを捉え、射撃開始。

 しばらく会話が止んでいたが、その様子をモニターしていた憲史が、

「この銃の仕様については、龍子ちゃんに聞くといいよ」


 夕闇の同盟国・Y飛行場のハンガー。

 閉ざされたハンガーの中に2機のF‐5タイガーが納まっていた。

 二人の少女がそんなタイガーを見上げている。

 背の高い金髪ロングがそんな機体に手を伸ばしながら、

「先日まではホーネットだったのが、またこれか~」

 一方背の低い、金髪ショートの少女が、

「姉さん……」

「マリーはこっちの方が好きだったかな?」

「本国ではこればかりだったので……」

「F‐16(ファルコン)の方が断然上だろう?」

「でも、これはこれで……」

「まぁ、相手はF‐1だからな、私らの腕ならこれで充分だろう」

 そんな二人に足音が近付いて来た。

 銀髪の男が右手を軽く振りながら歩いてくる。

「やぁ、苦戦しているみたいだね」

「「大佐」」

 大佐と呼ばれた男は二人の前に立つと、

「最初はアグレッサーの腕っこきが女の子とは思わなかったよ、エリー大尉とマリー少尉」

 名前を呼ばれて、二人は敬礼してこたえる。

 背の高い方、エリーが敬礼の姿勢のまま、

「申し訳ありません、たかがF‐1に……」

「もういいから、たかがF‐1、されどF‐1」

 大佐が直れの合図をするのに、二人は敬礼を解いて、

「F‐1のパイロットは割れているのですが、経歴が」

「私も見た、龍子と隆子、信子、桜子……桜子は会議の方に現れているから、他の3人だろう」

「一人ははっきりしています」

「うん?」

「先日のドラケンの部隊から情報が来ています」

「ああ、あのマリガリータちゃんのところか」

「はい、パイロットが『西郷隆子』と名乗ったそうです」

「そう……西郷ね」

 大佐はちょっと視線を泳がせてから、

「西郷隆子は最後に入隊したメンバーで今期の成績最優秀者だ」

「最優秀者」の辺りでエリーとマリーが小さくうなずく。

「あの空母の情報はまだわからない事が多い……しかし仮にも同盟国だ、ちょっと圧力をかければわかるだろう」

 と、マリーが顔の高さに手を挙げる。

「何かな? 少尉」

「今まで出撃していて……」

「うん?」

「我々はあの空母を沈める……のが、最終目標なんでしょうか?」

 大佐は口元に微かに笑みを浮かべると、

「私も上からの命令で動いているからね……あの空母は均衡を破るには充分だ、排除するなら沈める事になるかな」

「はぁ……」

「しかし、あれだけ巨大な空母だ、出来ることなら『知りたい』上は思っているだろうね」

「そう……ですか」

「まぁ、二人には次からタイガーで出てもらうから……苦労かけるね」

 それだけ言うと、手をヒラヒラさせながら大佐は行ってしまった。


「新しいデータを入力してあるから、シミュレーター試しておいてね」

 信子の言葉で隆子と龍子はシミュレーターに乗る事になった。

 ゲーム機みたいな機械を見ながら、

「隆子は今も毎日乗ってるのか?」

「やる事ないですから」

「そうか……これって結構きついんだよな」

「えー、楽しいですよー」

「隆子は前向きだな」

「わたし、飛行機好きですから」

 龍子がうんざりした顔で胸からIDカードを外すと、

「よーし、じゃあ、隆子と遊ぶか」

「えへへ、龍子さんとは遊んだ事ありましたっけ?」

 二人は機械のコクピットに納まりながら、

「私? 隆子と?」

「ええ、これって通信機能あるじゃないですか」

「ああ、だな」

「訓練でよその基地の人と遊ぶ事、あるんですよ」

「訓練で遊ぶってなぁ……まぁ、ゲーム感覚だが」

 隆子は機械のドアを閉じると、ロックの表示を見てから自分のIDカードを挿入する。

 画面がデータを読み込んでいる表示の間に、各部のチェックをし、最後にレベル調整のダイヤルを「5」に合わせた。

「私は隆子と遊んだ事は……」

 龍子はドアを閉じると、過去の履歴を確認しながら、

「隆子と遊んだ事はないみたいだな」

「残念~」

「まぁ、リアルで一緒に何度も飛んでるがな」

「そうれすね、実戦も経験してるし」

「そうだな~、あんまり嬉しい経験じゃないが」

 龍子はレベルを見て、嫌な顔をしながら「2」に合わせる。

 それからキーボードを引っ張り出して来て、ミッションの内容を決めた。

「隆子、今回は飛行習熟にしておくから、敵機はナシだ」

「えー! つまりませんね」

「お前、これってゲームと思ってるだろ」

「だってゲームじゃないですか」

「まぁ、そりゃそうだがな」

 龍子は苦笑いしながら、

「『えふに』のデータが入ったから、ともかくお試しだ」

「はーい」

 隆子はコクピットで発進準備を終えると、左前の龍子の機体を見つめた。

「こっちは準備OKでーす」

「よーし、じゃあ行くかー!」

 龍子の機体が動き出すのに合わせて、隆子もスロットルを開いた。

 距離を保ちながら一緒に離陸する2機。

「ふふ、出るのは普通に基地なんですね」

「ああ、面倒だから発艦なしな」

 龍子はそれでも加速Gにうんざり顔で、

「このシュミレーターになってから、結構しんどいんだよな」

「え? 何がですか?」

「うーん、隆子は前のシュミレーター知らないから、わかんないかな」

「前のシミュレーターってどんなのなんですか?」

「画面は変わらんなぁ」

「どこが変わるんです?」

「Gだよ、G、わかるか?」

「じー? ジー? G?」

 隆子はコクピットで首を傾げていた。

「ばーか、GはGだよ、ほら、旋回する時グッと来るヤツだ」

「ああ! はいはい!」

「お前、G、知らないわけないよな?」

「すっかり忘れてました!」

 って、龍子はコクピットでちょっと青くなっていた。

「おいおい、隆子、お前、本当にゲーム感覚じゃないだろうな?」

「え? なにがですか?」

「隆子、本当にG、わかってるよな?」

「ええ、旋回とか加速の時のグッと来るのですよね」

「そうだよ、それだよ」

「わかってますよ~」

「不安だな……」

 隆子は龍子から離れないように機体を操りながら、

「あ、龍子さん、疑ってますね」

「Gって言われてすぐに解らないなんてなぁ」

「あの、お尻が切れる方の痔かと思いました」

「後でチョップだ」

「えー!」

「ふざけた返事をするからだ」

「いや、W基地にいた時ですね」

「?」

「宮本さんがぶつぶつ言ってたんですよ、痔の時はつらいとか」

「宮本さんか……そうか」

 龍子は振り向き、隆子が付いてきているのを確かめてから、

「よーし、私に付いて来いっ!」

 旋回を始める龍子の機体。

 全速、加速しながらの旋回で龍子の体はシートに押し付けられる。

「待ってくださーい」

「置いていかれたら、あとで折檻だ」

「えー!」

 後ろを確認する龍子。

 隆子の機体はさっきより離れていた。

「折檻だからなー」

「待ってくださいよー」

 龍子は龍子で旋回Gに苦しめられていた。

『このシュミレーター、これがなー』

 新開発のシミュレーターにはGの再現がされて、実際の飛行とかわらない負担が体にかかった。

『それもファクターのオマケ付きだからな』

 通常の2倍のGの中で操縦中の龍子。

 HUDに警告の表示とカウントダウンが始まる。

 旋回Gの数値と耐久時間のカウントダウン。

 龍子は気持ちスロットルを戻し、スティックを戻した。

「隆子、大丈夫かー!」

「もうすぐ追いつきまーす」

「おいおい、本当に大丈夫かよ」

「大丈夫でーす」

 スロットルを戻している龍子の機体に追い付いてくる隆子。

「はーい、追い付きましたよ」

 隆子のコクピットでは、さっきからカウントダウンの表示が出たり消えたりを繰り返していた。

 5倍のGに隆子は顔色一つ変えずに、ただHUDの表示に気を揉んでいた。

『「えふに」も無理して旋回すると分解しちゃうか~』

 隆子は龍子の機体をじっと見つめながら、スロットルを操作する手を微妙に前後させる。

『でもでも旋回はF‐104よりずっといいです!』

 追い付いた隆子は、

「これからどうするんです?」

「いや、ちょっと待て」

「?」

「誰か入ってきた」

「乱入してきたんですね」

 そんな事を二人が話していると、

「龍子さんも隆子さんも、頑張ってるなって」

 信子の声だった。

 途端に隆子と龍子のコクピットに警告が鳴る。

「せっかくだから、私が敵をやります」

 言うが早いか、警告ブザーが早まった。

「龍子さん、後ろからミサイルっ!」

「信子撃ってきやがった!」

 龍子は迷わず急降下。

「ついて来いっ!」

「はいっ!」

 降下していく二人の「えふに」。

 後を追って4発のミサイル。

「龍子さん、4発来ますっ!」

「信子撃ちまくりだな」

 まっすぐ降下していく龍子。

 隆子は一度ロールしてミサイルと信子の機体をを確認していた。

「信子はイーグルだ!」

 二人の「えふに」はぎりぎりで機首上げする。

 普通にスティックを引いているだけ。

 でも、通常の倍のGが龍子を襲い、5倍のGが隆子にのしかかった。

 唇をゆがめる龍子。

 隆子は表情をこわばらせていた。

 水平飛行に移った「えふに」。

 飛来したミサイルが曲がりきれずに地面に激突する。

 隆子が土煙を確認して、

「ふりきりましたっ!」

「バカっ! 信子撃ってくるぞっ!」

「はいっ!」

 隆子はペダルを踏んで横に逃げる。

 さっきまで隆子がいた位置に銃火が降り注いだ。

「龍子さんっ!」

「何だ、さっさと逃げるぞっ!」

「今……チェックしてるんですけど……」

「おいおい!」

「武器……ありますね」

 そんな無線に信子が、

「そちらにミサイルはありませんよ」

 隆子は画面に「GUN」の表示を確かめてから、一度トリガーを引いた。

 短く連射される機銃。

「機銃はあるみたいです!」

 隆子の言葉に龍子は、

「バカ、銃でイーグルが落ちるかっ!」

 信子も笑みを含んだ声で、

「『えふに』でイーグルの後ろがとれますか?」

 隆子は地面すれすれ、景色を確かめてから、

「龍子さん、信子さん、わたしがイーグルやっつけたら、便所掃除ですよ!」

「「は?」」

「W基地でいつもやってたんです、わたし勝ったら二人は便所掃除ですよ!」

「……」

 隆子は言うと、旋回しながら高度を上げた。

 フルスロットルでのGが隆子の表情をゆがめさせる。

 首を振って後ろを確かめた。

 イーグルが弧を描いてバックに付こうとしていた。

 隆子の目に、イーグルの背中がはっきり見えた時だった。

『今だっ!』

 エアブレーキとスロットルで速度をあわせる。

 隆子は高度と速度を一瞬目で拾ってから、イーグルをにらんだ。

 HUDにいきなり「警告」表示。

 一瞬「5」の数字が現れたが、すぐに消えた。

 隆子の視界がゆがむ。

 通常の5倍のGが隆子の体を絞っていた。

 涙が頬をぬらす。

 でも、隆子はイーグルから目を離さない。

 イーグルの信子と、「えふに」の龍子は驚いていた。

 隆子の「えふに」がもう向きを変えていたのだ。

 その隆子のコクピットでは、

『分解しないでっ!』

 警告は鳴りっぱなしだ。

 旋回して天地さかさまのコクピット。

 隆子はスロットルを戻して、スティックを戻した。

 慣性と重力で旋回を続ける「えふに」。

 鳴っていた警告が消えた。

 隆子はイーグルをにらみながら、トリガーに指をかける。

「ビンゴ!」

 短く「えふに」の銃が火を吹いた。


 隆子は便所掃除に汗を流していた。

 そんなトイレに憲史がやってくる。

「あ、隆ちゃん、掃除やってるんだ、どうしたの?」

「負けたんです」

「?」

「負けたんです」

「どうしたの?」

「シミュレーターで撃墜されちゃって」

「そうなんだ……使っていい?」

「はい、どーぞ」

 憲史は隆子の掃除している所から一番遠い所に立つと、

「負けたら便所掃除?」

「賭けたんですよ」

 憲史は用を足しながら、

「あ、俺、見てたよ」

「モニターしてたんですか?」

「うん、見てたよ」

 憲史は身体を揺らしながら、

「バカだなー」

「えー!」

「『えふに』でイーグルに勝てるわけないじゃん、バカ」

「うう……正面から撃てば勝てるって思ったのに!」

「ばーか、ばーか!」

 隆子は掃除を止めて、憲史の後ろに立った。

 さっきまで便器を洗っていた柄付きタワシを構えて、

「バカじゃないもん!」

「や、やめ、そればっちい!」

「バカじゃないもん!」

「や、やめてー!」

 隆子は憲史のズボンにタワシをグリグリ。

「本当にやりやがった!」

「大丈夫です、ちょっと外したって言えば誰も笑いませんよ」

「悪魔っ!」

「ふん、バカじゃないもん!」

「グリグリしないで~」


「お迎えありがとう」

 着艦した百式司偵から降り立った吉井は手をヒラヒラさせて、

「どうしたんだい、エース二人がお出迎えとは」

 すぐにジープで寄せたのは龍子と信子。

 龍子は助手席から降りながら、

「吉井さん、会議はどうしたんですか?」

 龍子が疑ってるような目で聞くのに、

「いつも責められてるんだ、うんざりだよ」

「だからって、ポンポン帰ってきていいんですか?」

 吉井が、龍子が、信子が見上げる。

 上空をイーグルが雲を引いて飛んでいるのが見えた。

「どうやら敵じゃないようだね」

「吉井さんが帰ってくる度にスクランブルがかかるんだよ」

「で、どこから敵が飛んで来るんだ?」

「……」

 黙り込む龍子に吉井は、

「これ、情報だ、いよいよ戦争だ」

「!!」

 吉井の差し出した書類・写真を覗き込む二人。

 信子が書類を受け取り、龍子は写真を手にした。

「なんだこりゃ!」

 龍子は口をパクパクさせる。

 信子は書類を見ながら、

「これって本当なんですか?」

「会議会議で、そっちはあんまり話題にならないからね」

「ちょ、ちょっと吉井さん、B29はどうなん?」

「私が今乗って来たのは百式」

「う……」

「訓練で鍾馗や隼」

「う……」

 信子が険しい顔で、

「しかし同盟国ですよ?」

「そんなの関係ないさ」

「同盟国なんですよ?」

「戦争って時に、そんなのよくある話だよ、信子ちゃんは歴史、勉強してるだろう」

「そ、それはそうですが……」

「信子ちゃんは中卒、歴史、勉強してるよね」

「……」

 吉井は腕組して海を眺めながら、

「この件はまだおおっぴらになってない」

「だってB29ですよ」

「爆弾積んで飛んで来るんだよ、充分戦力だ」

 吉井は視線を二人に戻すと、

「とは言っても、まだ飛んじゃいない」

「……」

「写真は29だが、52だって集っている」

 龍子が苦々しい顔で、

「吉井さん、この空母造ったのって、これの為ですか?」

「察しがいいね、龍子ちゃん」

「戦争の引き金……だったんですか?」

「まだ始まっちゃいない」

「我々は……」

「まだ始まってないって言ってるだろう」

「……」

 すると、何も言えずにいた信子の背筋がピンとする。

 スクランブルの警報が鳴り響く。

「ほら、すぐに出る!」

 吉井が言うのに、龍子と信子は嫌な顔をして駆け出した。


「龍子さん、遅いです」

「おう、悪かったな」

「敵機はもう大分近付いているみたいです」

 そんな隆子の言葉に、さっき吉井が言ってた言葉を思い出した。

「まだ、敵機って決まった訳じゃない」

 格納庫までの通路で、龍子は苦々しい顔で早足だ。

「わたし、一番にコレ、貰いました」

「うん?」

 隆子の差し出すクリップボード。

 龍子は受け取ると、一瞬足が止まりそうになった。

「なんだコレ」

「敵機はF‐5です、タイガー」

「ああ……」

「絶対敵機です、絶対」

 自信満々に言う隆子。

 さっきは「敵機って決まった訳じゃない」言った龍子もうなずいた。

「龍子さんも思いますか?」

「嫌な予感がする、同盟国じゃアグレッサーじゃないか?」

「アグレッサーってなんです? 強そう!」

 龍子は隆子の頭に軽くチョップを決めると、

「敵役やってくれる部隊だよ」

「敵役なんですか~」

「ある意味トップガンより面倒かも知れない」

「結局スゴ腕って事なんですよね?」

「まぁ、な」

 二人はエレベーターに乗り、飛行甲板まで上がった。

 まだ二人の「えふに」は見えなかったが、すぐにエレベーターに乗って競りあがって来る。

 龍子はそんな「えふに」の翼に搭載されているミサイルをじっと見つめた。

『吉井さんは「まだ始まってない」って言ってたな』

 しかし、やって来るタイガーを撃墜したら、引き金になる……龍子は思っていた。

「えへへ、ミサイルあるからうれしいな」

「隆子……」

「あのミサイルって、敵のミサイルをやっつけてくれるヤツですよね」

「ああ、そうだった!」

「正面きって、いきなりミサイル回避だと、結局後ろを取られちゃうんですよね」

 それを聞いてようやく龍子にも笑みが戻った。

「なんだ、隆子、あれがあると、ミサイル避けなくていいってか?」

「ふふ、わたし、ひそかに練習してるんです、伊達に毎日シミュレーター乗ってません」

「便所掃除が何言ってるんだか」

「うう……それ、言わないでください」

「やーい、便所掃除ー!」

「わーん!」

「言い出しっぺは隆子じゃないか」

「だってー!」

 龍子は隆子の肩に手をやると、ぎゅっと力を込めた。

 隆子が痛そうな顔をするのに、

「やられるんじゃねーぞ」

「わかってます!」

「落ちる時は、私の見えないところで頼む」

「え? なんで! わたし、落ちないですっ!」

「見えないところで頼む、見えたら助けに行かないといけないし」

「むー! 龍子さんもやられないでくださいね、助けに行かないといけないし」

「便所掃除が言うなぁ~」

「便所掃除便所掃除言わないでください!」

「はいはい、死ぬなよ」

「はいっ!」


 Y基地のブリーフィングルーム。

「いよいよ出撃だ、準備はいいか?」

 ホワイトボードの前に立つ大佐に、エリーとマリーは敬礼する。

「途中、空中給油を受け、T海峡東で交戦となる」

 天井から地図が降りてくるのに、大佐は問題の地点をレーザーポインターで示した。

「500メートル級空母「たから」の艦載機は今までの出撃でおおまかに判っているが、何か隠し弾を持っているかもしれん」

 大佐はまず、エリーの前に歩み寄った。

 それから銃を指差すのに、エリーが渡した。

 大佐は受け取った銃を確かめて返す。

 そしてマリーの銃を受け取ると、銃弾と動作を確認してから、

「今のところ「たから」の艦載機はF‐1、F‐5、A‐4だ、どれも退役したような機体ばかりだ」

「F‐5」の辺りでエリーは力無く笑う。

『こっちもタイガーなんだけど』

 大佐は今一度マリーの銃を確認してから返すと、

「向こうは『F‐1改』を出して来るだろう、今までの戦闘で『F‐1』よりも空中戦の能力が高いのがわかっている」

「……」

「しかしミサイルで先制すれば問題ないだろう」

 エリーがちょっと眉をひそめて、

「大佐、今回の出撃は我々2機と思うのですが」

「そうだ、2人だけで出撃となる」

 大佐は微笑みながら、

「空母までは攻撃してくる敵はいないだろう」

「いえ……途中はともかく空母からは上がってくるでしょう」

「うむ」

「迎撃機は撃墜できると思います」

 エリーの言葉にマリーもうなずく。

「空母はとても沈められません」

 エリーの言葉に大佐はニヤリとすると、

「一撃でいい、ミサイルを当ててくれれば」

「!」

「同盟国は、我々が撃って来ないと思っている」

「でしょう!」

「我が国は、あの空母を手に入れたいのだよ」

「!」

「たった数日であれだけのモノを造ってしまう……欲しいのだよ、あの空母が」

 大佐はニコニコ顔で、でも、鋭い眼光で、

「他の国に捕られても困る、他国がポンポン巨大空母を造られてはな」

 大佐はパンパン手を叩いてから、

「では、二人の活躍を期待するよ」

 エリーとマリーは敬礼し、ブリーフィングルームを後にした。


 隆子はレーダーとリンクされてくる情報を見ながら、

「龍子さん、来ます、2機」

「隆子、一対一でやるぞ、いいか?」

「え? いいんですか? そんなので?」

 隆子はてっきり2機で1機をあたるとばかり思っていた。

「隆子は例のミサイルでミサイルを落とすんだろう?」

「当然です、ミサイル回避は大変ですから」

「そしたら、あとは正面からぶつかり合う事になる、格闘戦だろう」

「……」

「敵は強い、私はお前を助ける事は出来ん」

「自分でなんとかしろ……と?」

「まぁ、そんなところだ」

「わたし、勝てるでしょうか?」

「ふふ、隆子はけっこうやれるよ、きっと勝てるって」

 リンク情報が警告してくる。

 そろそろ敵機のミサイル射程に入る頃だ。

 すぐにミサイル発射の警告に切り替わった。

「私が撃つ、次のミサイルは隆子に任せる」

「わかりました!」

 龍子がまず、ミサイルを撃った。

 しかし画面には敵機の2射目が表示される。

「2発目、来ますっ! 撃ちますっ!」

 隆子は一瞬躊躇して、ミサイルを発射した。

 途端に敵の3発目が確認。

「え!」

「私が撃つ」

 龍子の機体からミサイルが発射された、気持ちためらっているように思えた。

「龍子さん、わたしもう残り1発です」

「こっちは撃ちつくした」

「大丈夫でしょうか?」

「なるようにしか、ならん!」

 画面の中で最初の1発目が当たる。

 敵のミサイル反応が消えた。

 2発目も命中。

 3発目も命中。

「全部命中しました!」

「よーし、空中戦だ! 尻尾を立てろっ!」

「龍子さん龍子さん!」

「何だ、隆子っ!」

「ミサイル、撃っちゃっていいですか?」

「!」

「こっちが撃ったら、敵は回避行動して後ろを見せますよ!」

「よーし撃て、しかし爆発しないようにな」

「えへへ、そこはぬかりなしです」

 隆子はすぐにミサイルの信管設定をすると、トリガーを引いた。

 飛んでいくミサイルに反応するように、レーダーの点が動く。

 そして敵が視界にも入ってきた。

 隆子のミサイルは1機のタイガーに吸い寄せられていく。

 しかしもう1機はノーガードだ。

「隆子は突っ込んで来る方をやれっ!」

「はいっ!」

 隆子はすぐさま機銃掃射。

 しかし突っ込んで来るタイガーは逃げなかった。

 隆子はどんどん迫るタイガーに照準を合わせ続ける。

 トリガーを引く。

 途端にタイガーが「チョン」と避ける。

『ううっ……読まれてる?』

 すれ違う隆子の「えふに」と「タイガー」。

 ほんの一瞬、隆子は敵のパイロットと視線が合ったような気がした。

「逃がさないっ!」

 すぐに反転して追いかける隆子。

 タイガーもターンしながら向きを変えようとしているところだった。

 ミサイルが来ない……思っていた隆子の方が「ちょっとだけ」動きが先を行っている。

 照準と重なるタイガーに、隆子はすぐにトリガーを引けない。

「龍子さん、いいですかっ!」

「こっちも忙しいっ!」

「撃って……いいんですか?」

「さっきから撃ちまくってるだろうがっ!」

「敵を撃墜して……いいですか?」

「!」

 隆子の言葉に龍子はすぐに返事を出来なかった。

 スティックを操作する隆子は照準からタイガーを逃さない。

「龍子さんっ! 返事をっ!」

「……」

「タイガーよりこっちの方が上ですっ! でもっ!」

 追っているタイガーが急旋回を決める。

 でも、隆子は離れない。

「長く抑えられませんっ!」

 龍子はコクピットで唇を噛んで、

『どうする?』

 龍子もタイガーを抑えていた。

 さっきミサイルで回避した方だ。

 後ろをとって、さっきから照準に収め続けている。

 龍子も「えふに」が上なのは感じていた。

 でも、敵のパイロットの技量も感じていた。

『いつまでも……抑え続けられない……』

 龍子は旋回Gの中、トリガーに指がかかる。

 さっきから何度もチャンスはあった。

 でも、龍子も撃てずにいた。

「隆子……撃て! 撃墜せよ!」

 言いながら、作戦前に見せられた爆撃機の写真が脳裏をよぎる。

『もしかしたら……これか……』

 目の前のタイガーを落とせば、火種はさらに大きくなる。

 龍子は爆撃機の群れが飛来するシーンを思い浮かべ、背筋が凍っていた。

「龍子さん、行きますっ!」

「撃墜せよ」の龍子の言葉に隆子はやる気になっていた。

 さっきからガンサイトにタイガーを収め続けている。

 でも、本能がトリガーを引かせなかった。

 旋回しているからとか、距離とか、そんなものでなく……

 まだ撃っても当たらないのが、なんとなく解っていた。

『ゲームとは違うーっ!』

 シミュレーターでもコンピューターの敵は結構簡単だ。

 どんなAiやデータで飛んでいる敵でも落とせた。

 でも、シミュレーターでも相手が人間だと違う。

「人間」相手の戦いは格段に難しい。

 隆子はタイガーの姿をにらみながら、トリガーを引く瞬間を待った。

 ロールと旋回を繰り返しながら逃げるタイガー。

 その背中を隆子はさっきから観察している。

『ミサイルだ』

 まだタイガーが一発ミサイルを抱えているのが見える。

『ミサイルで動きが鈍いんだ』

 完全にバックをとっている隆子。

 タイガーがこっちを振り切れない理由に隆子は冷静になっていく。

『待てば必ずっ!』

 その時、旋回していたがぶれた。

 旋回を止める。

 機体を安定させようとしていた。

「フォックス・スリー!」

 言った途端にいきなりタイガーが機首を持ち上げる。

 減速するタイガーの姿がどんどん大きくなっていく。

 隆子の顔色が無くなった。

 衝突を避けてスティックを押す隆子。

『やられるっ!』

 オーバーシュートした隆子のコクピット。

 すぐに警報が鳴り響いた。

 タイガーのパイロット・マリーは「えふに」をロックオンして、

「フォックス・ツー!」

 爆発したのはタイガーの翼だった。


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NCP2.5(2016)

(C)2016 KAS/SHK


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