「J35ですっ!」
ブリーフィングルームでは龍子が不機嫌だった。
「おいおい、Jが来たらわかりやすいって言ったがJ‐35とはどーゆー事だっ!」
ホワイトボードにはJ‐35「ドラケン」が写っている。
写真は龍子のガンカメラの映像から抜き出したもので、下方向からの画だ。
「かっこいい飛行機ですねっ!」
「……」
「地球防衛軍みたいですっ!」
「……」
「なんて飛行機なんですか?」
「……」
隆子が嬉しそうに言うのに、龍子と信子がうなだれていた。
「あの、龍子さんも信子さんも、どうしたんです?」
「いや、能天気なヤツがいるな~ってな」
ため息まじりに言う龍子に、信子がタブレットを操作しながら、
「隆子さんはJ‐35初めて見たんですか?」
「はい、どんな新型戦闘機なんです? 強そう!」
信子はJ‐35の情報をタブレットに出して、隆子に見せながら、
「あれは新型じゃなくて、もう退役した旧型機です」
「えー! わたし、知らないですよ」
「えっと……」
「わたし、シミュレーターでいろんなミッションをやったけど、一度も見た事ないです」
「ああ……なるほど……J‐35はミッションに出る事はないと思います」
「なんでです?」
「退役した機体でも、もう長く一線から外れているからです」
「でもでも飛んでましたよ」
それを聞いて龍子が、
「そこなんだよ、何で『ドラケン』なんだよってな」
「ドラケンってドラゴンみたいですね」
「そーゆー意味なんだよ」
龍子はいまいましそうな顔で、
「普通攻めて来るならお隣の国だろ」
「そ、そうですね、あの地球防衛軍みたいな戦闘機はどこから来たんですか?」
「O州だよO州、はるばる北を飛んで来たんだよ」
「はぁ」
「たしかUから出撃したんじゃなかったか?」
龍子は吠えながら信子をにらんだ。
いつもの事といった顔で信子は頷くと、
「はい、レーダーではそうなっています」
「って、Uはいつからドラケンの……」
龍子は信子を、信子は龍子を見て固まる。
隆子がピョンピョン跳ねながら、
「二人して、なにっ見詰め合ってるんんですかっ!」
国連の席ではO州連合が、
「我々が派遣した部隊が先刻空母艦載機と交戦状態に入った!」
そんな発言に大使達がざわめく。
「映像も入っている、見ていただこう」
そこにはドラケンのガンカメラの映像が映し出される。
ガンクロスの向こうには龍子のF‐5が写っていた。
「残念ながら迎撃にあがった戦闘機の妨害で、空母の撃沈にはいたらなかったが、再度攻撃をするつもりだ」
吉井の表情はこわばり、青ざめた。
そんな吉井とは違い、殺気に満ちた表情になったのは大国大使達。
でも、そんな大国の大使で一人だけ涼しい顔をしている大使がいた。
O州連合にU基地使用を許した大国大使だ。
「U基地から出撃ってのもあるが、基地に行くまでもだ」
龍子に続いて信子も、
「ですね、U基地まで途中着陸なしにってのは、ちょっと無理ですよね」
二人が語り合うのに、隆子は、
「わたしも仲間に入れてくださいっ!」
「なんだよ隆子、どうした?
「わたしにもわかるように言ってくださいっ!」
そんな隆子の言葉に龍子が、
「あの飛行機がここに攻めて来るには、間にいろんな基地とか国があるって事だ」
「はぁ」
それを聞いて隆子は小さく頷くと、
「あの、龍子さん」
「なんだ、隆子」
「なんでお隣の国の戦闘機じゃないんでしょう?」
「そこだよそこ、Jとかフランカーとか来ると思っていたらドラケン」
信子もコクコク頷きながら、
「これだけの空母です、もっと隣国からの偵察機が来るものと思っていました」
龍子が不機嫌な顔で、
「それが開けてみたらどうだ、F‐117にドラケンだぞ、想定外だ」
「あ、わたし、ナイトホークもドラケンも好きですよ、ナイトホーク、カクカクてかっこいいし、ドラケンって地球防衛軍みたいだし!」
がっくり肩を落とす龍子と信子。
ムスッとした顔で龍子が
「なぁ、隆子」
「はい、なんでしょう?」
「お前、w基地でスターファイターに乗ってたんだよな」
「たまにですよ、普段は鍾馗か隼で実習でした」
「お前、F‐104好きだろ」
「好きです!」
「地球防衛軍みたいだからだろ?」
「龍子さん、わかってくれますか!」
「お前って子供だなぁ~」
「ば、バカにしてますねっ!」
「子供ー!」
「もうモウもう!」
「やーい、地球防衛軍っ!」
「もうモウもう!」
隆子は龍子をポカポカ叩いていた。
そんな隆子に龍子はニコニコしていたが、信子が、
「しかし、どうしてO州連合はここまでケンカ腰なんでしょうか?」
「うん……わざわざ遠い所を、なんでこうまでして……だな」
青空に点々と浮かぶ白い雲。
隆子の乗った鍾馗が上昇していく。
「信子さん、どう思いますっ!」
鍾馗の後を隼がついていく、パイロットは信子だ。
「どうしたんです、隆子さん」
「龍子さん、バカにしていました」
「ああ、さっきの?」
「です、F‐104ってすごいんですよ」
「はぁ」
「w基地でスクランブルかかると、すぐに出撃できるんです!」
「はぁ」
「それを『子供ー』ってむかつくっ!」
「隆子さん、隆子さんってすぐ『地球防衛軍』ですよね」
「!」
「そこが子供って言うんですよ」
「むー、だって地球防衛軍みたいじゃないですか」
「地球防衛軍って……●ルトラマンとかですよね」
「ですです」
「F‐104って『やられ役』ですよね?」
鍾馗のコクピットで隆子はがっくりしてから、
「信子さん、勝負ですっ!」
「は?」
「F‐104はすごいんです、怪獣と戦うんです!」
「はぁ」
「今から模擬戦やりましょう、わたしが勝ったらごはん奢ってくださいっ!」
「はぁ」
隆子はフルスロットルで加速、ロールして旋回。
「わたし、鍾馗で練習してるから、負けませんっ!」
隆子が言うのに、隼のコクピットの信子は呆れた笑みで、
「私が勝ったら、私が奢ってもらいますよ?」
「わたし、負けないもん、鍾馗好きだしっ!」
「はいはい、約束しますよ」
「ま、負け……」
空母「たから」の飛行甲板でうなだれる隆子。
信子はやって来ると、
「私が勝ったから、ごはん奢ってもらいますね」
「うう……負けた、隼に負けた」
「あの、隆子さん」
「はい……」
「この間より逃げ方が甘かったですけど」
「だって、鍾馗の方が速いから、すぐに振り切れるって」
「!」
「もう旋回していいって思って旋回してるのに、まだ信子さんの隼は後ろに!」
「えっとですね」
「?」
「隼と鍾馗のエンジン、オリジナルじゃないですよ」
「え?」
「機体も着艦できるように強化してあるし、エンジンも別物」
「え?」
「鍾馗も隼も1700馬力くらいの別物エンジンですよ」
「え!」
「だから、オリジナルみたいに鍾馗が隼を置いていくなんて、もっと時間かかります」
「えー!」
「知らなかったんですか?」
「先に教えてください、反則です反則!」
「いや、聞かれてないし、わかるでしょ? 鍾馗乗ってたんですよね」
「うう……調子いいなとか、エンジン音違うなって思っていたけど」
「気付いていたなら、私の勝ちで」
「うう……」
「そんな、本気で落ち込まないでも」
あまりの落ち込みように、信子はそれ以上声をかけられなかった。
そんな二人のもとに、憲史が駆けて来ると、
「信子ちゃん、龍子ちゃんが呼んでるよ」
「はい、龍子さん、何の用か言ってました?」
「きっと要撃機の装備の事と思うよ、この間は武装無しだったからね」
「わかりました、ちょっと電話します」
携帯を出して、龍子に電話をする信子。
最下層のハンガーで待ち合わせの約束する。
その間、憲史は隆子が固まっているのを見て首を傾げていた。
電話が終わるのを待って、
「ねぇねぇ、信子ちゃん」
「はい、何です、憲史さん」
「隆ちゃんどうしたの」
「私が勝負に勝ったから、へこんでいるんです」
「信子ちゃん強いんだから、ちょっとは手加減してあげたら?」
「ごはんかかってましたから」
「そうなんだ」
「憲史さん、なぐさめてあげてください、こんなにへこむなんて思ってなかったから」
「わかったよ~」
最下層のハンガーに降りた信子は龍子と合流した。
「どうしたんですか、今まで龍子さんが出撃前に打ち合わせなんてなかったのに」
「お前らが遊んでいる間に、吉井さんに連絡したんだ」
「はぁ」
「ドラケンの連中は本気のようだ」
「!」
「隣国の方がケンカ腰になるって思ったが、ともかく吉井さんは注意してくれって事だった」
「はぁ……でも、ドラケンですよ」
「ドラケンだが、追ってTNDも来てるそうだ」
「TNDはちょっと厄介そうですね」
「まぁ、何が来てもF‐1とF‐5しかいないし、実際何機いるんだ」
「え?」
「いや、F‐1とF‐5、2機しかいないんじゃないのか?」
「え!」
「私は見た事ないぞ、飛べる機体」
「ああ、はい、今まではそうでした」
「え、本当に2機しかいなかったのか!」
「ですね、あのF‐1を飛べるようにしたのと、急いでF‐5をでっちあげたので2機しかいなかったんです」
「本当に……いなかったのか……」
「飛べるのが……ですね」
信子は微笑みながら、
「でも、すぐに稼動するエンジンはそろっていたので、換装すれば終わりです、もう機体はそろってます」
「そうなのか!」
「F‐1もF‐5も双発ジェットですよね」
「?」
「双発は生存率にもかかわりますが、整備でどうしても手間がかかります……アッシーとして見るのも考えたんですが、最初にF‐1を復活させてF‐5も仕上げた段階で双発は厳しい事がはっきりしたんですよ」
「おいおい、なんだか嫌な予感がしてきたぞ」
「はい、これ、F‐20」
「うわ!」
まず最初に見せられたのはF‐5を単発にしたF‐20。
嫌そうな顔をする龍子をよそに信子は、
「F‐5からF‐20はオリジナルでもあった流れなので、それほど苦労しませんでした」
「おいおい、どうせ『積んだだけ』なんだろ」
「そうですが、F‐5もどうせオリジナルじゃないですから」
「……」
「先日飛んでもらったF‐5はエンジン以外はオリジナルですが、こっちは大半の部品を新品にしてあるし、構造もオリジナルより改善しています、F‐20といってもオリジナルとはまた別物なんです」
「どうせ積んだだけだろ」
「まぁ、そうですね」
「……」
「それと、F‐1も単発にしました」
「はぁ?」
「ほら」
と、言って信子が指差した先に、ぱっと見F‐1の「それ」があった。
正面から見ると確かにF‐1。
でも、エンジンは単発になり、尾翼の取り付け角が微妙に変わっていた。
「F‐1は前々から出力不足に悩んでいたので、これで別物に変わりました」
「おいおい、F‐1もかよ!」
「はい、これは結構いけますよ、憲史さんがテストで飛んでいます」
「本当に大丈夫かよ~」
「素が低すぎたんです、これでJ‐35とも互角に渡り合えます」
「えー!」
「何です、『えー!』って」
「だって積んだだけなんだよな」
「憲史さんがテストで飛んでいるから大丈夫です」
「本当かなぁ」
でも、そんな疑いの目で見ていた龍子の顔が、パッと明るくなった。
「おい、信子、これ、飛べるんだよな!」
「はい、憲史さんがテスト飛行してますから」
「おい、色、変えられるか」
「色ですか?」
「そうだ、色、こんな灰色じゃないのがいい」
「緑ですか、深い緑」
「そんなゼロ戦みたいないのじゃない」
「じゃあ、何色ですか?」
「青だよ青、F‐2の色!」
「はぁ、ペンキありますけど」
「よーし、命令だ、色を塗るんだ、青で、F‐2の色で」
「いいですけど、色なんて関係あるんですか?」
「バーカ、隆子を乗せるんだよ、こいつに」
「?」
「あいつF‐2、F‐2ってうるさいだろ、F‐2なんか絶対来ないって」
「それはそうですが」
「これを青く塗って、あいつを乗せるんだ」
「はぁ」
「いいから青く塗るんだ、命令だ」
「わ、わかりました」
定期便のヘリが飛来して、一つのダンボールを置いていった。
憲史がそれを手にすると、ブリーフィングルームへ。
「ちわー、隆ちゃんいますかー?」
憲史が入ってみると、そこには龍子と信子がドラケンの写真を見ながら難しい顔をしていた。
「作戦会議?」
そんな声に龍子が振り向き、
「おお、憲史、ちょっと来い」
「はいはい」
「憲史はドラケンをどう思う?」
「いい戦闘機」
「いや、じゃなくてな」
「じゃあ、何?」
「いや、わざわざ遠方から飛来してって事だ」
「そりゃ、巨大空母けしからん……だから制裁」
「い、いや、普通はお隣の国が反応するもんだろう?」
「……」
憲史はすぐに返事をせずに、写真と一緒にホワイトボードに貼ってある地図を見て、
「吉井さんからいろいろ聞いてるんですよね?」
「まぁ、な」
「Yで行われている国際会議で吉井さん炎上してるみたいだけど」
「炎上って言うか?」
「まぁ、造っちゃったものはしょうがないって感じで」
憲史は小さくため息一つつくと、
「俺はこの空母の事、全然知らないでいきなりだったけど、龍子ちゃんは知ってたんじゃないの?」
「!!」
「前の戦争からして、龍子ちゃん特別扱いだし、吉井さんとも親しいよね」
「!!」
「こんな火種、どうして作ったか、龍子ちゃんの方がくわしいんじゃないの?」
憲史の言葉に黙り込む龍子。
信子も責める目で龍子を見つめていた。
「龍子さんは、この空母建造に関わっているんですか?」
「うう……ちょっとは話を聞いていた」
「私にも黙っていたんですか?」
「だって信子はその時いなかったし」
「せめて、任命されたときにでも話して欲しかったです」
「いや、私も吉井さんから話を聞いただけで、こんなのが三日そこらで出来るなんて思ってもなかったんだ」
憲史は荷物をテーブルに置いてから、
「そこは俺も聞いてるよ、この空母、三日で造ったんだよね」
「実際には三日じゃないが……パーツを一気に組み上げたのが三日」
「秀吉の一夜城みたいな」
「まぁ、ヒントはその辺」
憲史はドラケンの写真を手にして、
「温度差じゃない?」
「温度差?」
「O州連合はこの空母を危険と思っている」
「……」
「でも、同盟国や隣国、その他大国はそう思ってないんじゃないのかな」
「!」
「O州連合はこの空母が危険だから、即破壊」
「では、他の国は?」
「どうせタンカーを寄せ集めて造ったのなんてすぐにバレちゃうから、その辺のノウハウが知りたいんじゃないのかな?」
「!」
「空母を普通に造るととんでもない値段だけど、これなら『寄せ集め』だしね」
「大国はそのノウハウを知りたいと?」
「『たから』みたいに500メートル級の空母をポンポン造って……前の戦争だってそうだよね」
「……」
「だから隣国は沈めにこないでも、遠くのO州連合は沈めに来るんじゃないのかな」
「そうか……」
「俺、びっくりなんだけど……」
「?」
「龍子ちゃん、本当にそこら辺までしか噛んでないみただね」
「何だ?」
「火種になるのに、どうして造ったかって事」
「……」
「龍子ちゃんは吉井さんから聞いてるとばかり思ってたよ」
「!」
「坂本も俺も、龍子ちゃんは吉井さんから何か聞いてるんじゃないかって思ってたんだよ」
憲史はにこやかだけど、信子はにらむように龍子を見ている。
そんな二人の視線に龍子は、
「いや、巨大空母を造る話は聞いていた……冗談と思っていたがな」
「その先は、本当に知らないみたいだけど」
「憲史の言う通りだ、そこから先は知らない」
龍子は考える顔で、
「私もこんな火種をどうしてって思ったんだ……どうしてだろう?」
「ともかく隆ちゃんの荷物、よろしくね」
「龍子さん、何ですか~」
隆子は呼び出しを受けてブリーフィングルームへ。
そこには龍子が腕組して立っていた。
隣には信子も真顔で立っている。
「隆子っ!」
「はいっ!」
「お前っ! これは何だっ!」
さっき送られて来たダンボールを示す龍子。
隆子はW基地から送られて来た物だとすぐに解った。
「わたしの荷物ですね!」
「そうだ、お前の荷物だ」
「ありがとうございます、待ってたんです~」
「ばかもーんっ!」
「は?」
「バカ者っ!」
「は?」
「お前、この中身は何だっ!」
「えっと、私物で、大したものでは」
龍子はダンボールを開き、そして中から「一枚」取り出した。
「これは何だっ!」
クマさんパンツを高々と掲げる龍子。
信子は顔を伏せ、隆子は耳まで真っ赤だ。
「これは何だっ!」
「ぱぱぱパンツです!」
「そんなのはわかってるっ!」
「いいいいちいち掲げないでくださいっ!」
「これは何だと言っているのだっ!」
「だだだだからパンツなんですってばっ!」
龍子はワンポイントのクマを隆子に見せつけながら、
「これは何だっ!」
「くくくクマですっ!」
「バカ者ーっ!」
龍子はクマさんパンツを握り締めて、
「お前は何だ、隆子ーっ!」
「え、えっと、隆子です、西郷隆子」
「バカ者ーっ!」
「わ、わかりませーんっ!」
「お前は戦闘機乗りなのだぞっ!」
「え! そっち!」
「それをお前は、クマさんパンツだとーっ!」
「ぱぱぱパンツくらいいいでしょーっ!」
「けしからーんっ!」
「えーっ!」
「軍人は褌だっ!」
「……」
龍子は腰に手をやり、ズボンを下ろす。
白い脚に白い褌。
信子はちょっと赤くなった。
でも、隆子は苦々しい顔で見つめている。
「軍人は褌だっ!」
「嫌です、絶対褌なんて嫌ですっ!」
「何だとーっ!」
「かわいくないもんっ!」
「なっ!」
「絶対褌なんか嫌です、褌穿くくらいならノーパンですっ!」
「なっ!」
クマさんパンツを握り締める龍子。
「ちょっと……待ってください」
割り込んできたのは、今まで黙っていた信子だった。
「龍子さんはちょっと吉井さんに情報確認しててください」
「おいおい、信子、何だ、私が邪魔か」
「いいから、ちょっと席を外してください」
言いながら龍子を追い出してしまった。
信子はドアロックをすると、隆子の前に戻ってきて、
「ちょっと、隆子さん、昔、何かあったんですか?」
「……」
「クマさんパンツはともかく、褌にちょっと……」
「褌なんて絶対嫌です、信子さんは穿いてないでしょう?」
「はい、私もパンツです」
信子は言ってから、隆子を覗き込むようにして、
「まぁ、別に海軍でも空軍でも褌って事はないからパンツでいいの」
「ですよね」
「でも、隆子さんすごく嫌がってたでしょ」
「……」
「普通冗談で流しちゃうような話なのに、本気で嫌がっているように見えたから……」
「わたしが小学校に上がってすぐに……」
「小学校に上がってすぐ?」
眉をひそめる信子。
隆子はため息一つついてから、
「小学校に上がるまでは、わたしは実家の畑や、海側の親戚の家の漁師を手伝っていたんです」
「実家の畑、漁師……」
「はい、まだ小さかったから、家の手伝いだったんです」
「それで?」
「小学校に上がったら、体も大きくなったので」
「えっと、隆子さんは今でも小さい方と思うんだけど」
「小学生の背丈になったって事です」
「はぁ、別に背の順で後ろとかじゃないんですよね?」
「はい、背の順でも前の方だったけど、それでも小学生なので」
「はぁ……」
「わたし、それからはずっと原木運びの仕事をするようになったんです」
「原木運び?」
「えっと、丸太を川に流して運ぶのって知ってます?」
「ああ、はい、あれを?」
「はい、最初は『イカダ』だったけど、学年が上がると上流で丸太一本乗るようになったんです」
「小学生ですよね」
「えへへ、稼ぎはよかったと思いますよ、お父さんもお母さんも喜んでいたから」
「大変な仕事よね?」
隆子は一度胸を張ってみせてから、
「原木運びの仕事をしている子はわたしくらいでした」
「そうなんだ、危ない仕事と思うんだけど」
「危ないから、わたしだけだったんだと思います、子供でやってたの」
「でしょうね」
「その仕事、褌だったんです」
「え? 何で?」
「危ない仕事で、骨折ったりとかするんですよ」
「……」
「で、そんな時に褌やさらしを使うんですよ」
「実際に使った事は?」
「わたしは骨をやった事はないけど、ロープの代わりに使った事とかあります」
「そ、そうなんだ」
「最初はなんともなかったけど、ある日仕事が終わって直で学校に行ったんです」
隆子はため息をつくと、
「その日の授業、体育あったんです、着替えで褌みんなに見られて」
「いじめられたの?」
「いえ……」
「?」
「みんな見て見ぬ振りなんです、わたしの仕事わかってるから」
「そうなんだ」
「でも、視線がわかるんです、気を遣ってるのも」
隆子はダンボールからネコさんパンツを取り出すと、
「だからせめてパンツくらいかわいいのって決めたんです」
「そう」
「プリントのパンツはダメですか?」
「別に、禁止じゃないわ」
「じゃあ、いいですよね」
「まぁ、そうね」
「わたし、絶対褌嫌ですから、褌なんて言われたら、ノーパンの方がマシですっ!」
「隆子さんは、そんなに気にする方じゃないかなって思ってた」
「?」
「悪いけど、そんなにおしゃれって感じでもないし、ファッションにもね」
「わたし、働いてばっかりだったから、本当に褌と羽織くらいだったんです」
そんな二人だけのブリーフィングルームのドアが開く。
「ちわー、隆ちゃんいる?」
ダンボールを手にした憲史だ。
すぐに隆子を見つけると、
「ああ、居たいた、もう一つダンボール着てるよ、重いの、中は何?」
ニコニコ顔でやって来る憲史に、信子はふくれて、
「中身、判ってますよね」
「そりゃ、一応軍艦だから荷物開けるよね」
離れない憲史、信子はにらんでいたが、隆子はすぐにダンボールを開ける。
中身は銀色の缶詰だ。
途端に隆子の表情が明るくなる。
「きゃー! 缶詰!」
すぐに憲史も一緒になって、
「隆ちゃんっ!」
憲史は隆子よりも先に、そんな缶詰一つを取り出すと、
「俺、ウィンナーとハンバーグがいいっ!」
「憲史さん、おいしいの、知ってますね!」
「ふふ、陸軍に知り合いいるからね」
「ウィンナーとハンバーグはおいしいからあげません、鶏飯をあげましょう」
隆子は楕円の缶詰を手にニコニコ。
憲史はすばやくウィンナーとハンバーグの缶詰だけを掴めるだけ掴むと、
「鶏飯はヤだ、これだけ貰って行く!」
「あーっ、泥棒ーっ!」
信子はダンボールを覗き込んで、
「何? この缶詰?」
「非常食です、おいしいんですよ~」
「何? このパッケージ? どこの?」
缶詰はパッケージなんてなくて「ハンバーグ」とか「鶏飯」「赤飯」文字だけだ。
「陸軍さんの非常食なんです、廃棄になる時もらって、W基地では普通に食べてました」
「えっと、たしか袋に入ったクラッカーとかポテトサラダとか、レーションだっけ?」
「あ、それってきっと新しいのですよ、地方はずっと缶詰」
「へぇ」
隆子はニコニコ顔で「鶏飯」「赤飯」「白飯」の缶を手に、
「龍子さんにもおすそ分けしましょう!」
「隆子さん、さっき嫌いな褌を押し付けようとした龍子さんに?」
「だって缶詰おいしいですよ」
「でも鶏飯はおいしくないみたいな……」
「20分茹でるのが面倒なだけなんです、開けてレンジならすぐです!」
「憲史さん避けてたし」
「うう……確かにイマイチかも」
でも、隆子は鶏飯の缶詰を手に、
「龍子さんにおすそ分けに行きましょう! きっとめずらしがって喜ぶはずです!」
「はいはい、龍子さんは……」
信子は携帯を取り出すと、ちょっと操作してから、
「自室にいるみたいですね、行きましょう」
二人が向かう先は龍子の部屋。
と、言っても隆子・信子の隣の部屋だ。
「えっと、信子さん」
「なんですか?」
「信子さんもわたしよりは上官と思うんですが……」
「え、えっと……そうですね、私が先ですし」
信子は階級の事を言われて返事に困っていた。
隆子の階級「司令部付特別補佐代行待機空曹」なんて初耳だし、きっと変だ。
「えっと、隆子さんはW基地じゃ階級は何だったんですか?」
「は? そんなのあるわけないじゃないですか!」
「え?」
「しいて言うなら『訓練生』です」
「なんて呼ばれてたんです?」
「基地じゃ『西郷』でしたよ」
「まぁ、階級で呼んだりはしませんね……確かに」
「あ、話がずれました、信子さんは上官と思うし、龍子さんはもっと偉いですよね」
「ですね、龍子さんは大尉さんです」
信子は言いながらドアをノックした。
でも、中からは返事がない。
ドアを開けようとしても開かない。
「ロックしてるみたいですね」
「ですね」
信子はめがねをすり上げながら、厳しい目になってカードを取り出した。
セキュリティにカードをかざすと、カチンと金属音がする。
「あ、で、ですね」
「何、隆子さん?」
「龍子さんの部屋って私達の部屋の隣じゃないですか」
「はい、ですね」
「きっと中も一緒ですよね?」
「です……ね」
「龍子さんは偉いのに、どうしてなんです?」
「龍子さんはちゃんと部屋をあてがってあったんです」
「上官さんの、立派な部屋なんですよね?」
「まぁ、個室のちょっとした部屋ですけど」
「それがなんでわたしなんかと同じ部屋なんです?」
隆子の言葉にドアロック解除までは厳しい目をしていた信子も、表情を和らげて、
「龍子さんは確かにこの飛行隊の隊長です」
「ですよね」
「でも、現場が好きなんですよ、きっと、そして上官上官したのが、苦手なんだと思います」
「はぁ」
信子は微笑むと、
「私も龍子さんの部下になったときはびっくりしました」
「ですよね」
「でも……」
「でも?」
「龍子さんは『ぐーたら』だから、私がいないとダメです」
「え?」
「隆子さんは起きている龍子さんしか知らないでしょう」
「まぁ、です」
「朝は弱いし、起きてからは時間かかるし」
「ぐーたら……」
「だから上層部も私に龍子さんの部屋の鍵を渡してるんだと思うんです」
言いながらさっき部屋の鍵を開錠したカードキーを見せる信子。
「私に言わせると、鍵のかかった部屋っていうのがおかしいんですけどね」
扉を開ける信子。
「龍子さん、ちょっといいですか……」
隆子も手にしている缶詰を思い出して、
「龍子さん、おいしい缶詰が届きました、おすそ分けです!」
でも、部屋の中を見た二人の動きが凍った。
体をくの字にして……
お尻を突き出したポーズの龍子……
クマさんのワンポイントのパンツを穿いている……
二人の視線に気付いた龍子。
神妙な顔で直立すると、パンツを確かめながら、
「おお、信子、隆子、どうした?」
「「……」」
隆子も信子もすぐには言葉が出なかった。
龍子はパンツの上げたり下げたりしながら、
「なかなかいいな、パチッとして」
「「……」」
「最初はくしゃくしゃで何だと思ったが、なかなかいいな」
「「……」」
「隆子、これ、もらっていいか? たくさんあったから、いいだろ?」
「「……」」
龍子は伸びをしながら、
「なんだか新鮮な、懐かしい気分だ、わくわくする!」
下半身パンツな龍子がくるくる回る。
クマさんワンポイントのパンツも回る。
床には脱ぎ散らかされた褌。
信子は扉を閉じ、カードでロックした。
「わわわわたしのパンツ!」
「隆子さん許して、あのパンツはもう龍子さんのモノよ」
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