「敵機襲来ですっ!」
「さっき憲史さんとお話しました」
「そうなんですか」
隆子と信子は鍾馗に乗って空母の周辺警備にあたっていた。
「なんで女性パイロットだけかと思っていたんですよ」
「そうなんですか、理由は聞いたんですか?」
「セクハラですね」
「は?」
「女の子だけの飛行隊を作るんですよね、セクハラです」
「はぁ」
隆子が言うのに信子は呆れながら、
「なんで女の子だけの飛行隊かは、ちゃんと聞いたんですよね」
「女の子だから……って言ってました」
「その通りです」
「でも、わたし、戦闘機乗りなんですよ、男も女もないです」
隆子が言うのに、信子は返す言葉がなかった。
でも、その沈黙に、
「かわいいって言われると、悪い気しませんでした」
「はぁ」
隆子の言葉に信子は改めて呆れてしまった。
そこに空母からの無線が割り込んでくる。
『哨戒の2機』
「はい、こちら信子です」
『憲史と坂本が交代に上がるから、そっちは帰艦してよし』
「はい、信子、了解しました」
信子はそう返信しまものの、すぐに、
「こちら信子です、ちょっといいですか」
『はい、どうしましたか』
「燃料もまだあるので、模擬戦よろしいですか?」
高度5000。
隆子は操縦管を押さえながら、チラッと後ろに目をやった。
「あのー、信子さん、模擬戦ですよね」
「そうですよ、嫌ですか?」
「うー!」
「どうしました?」
「いや、W基地でですね、宮本さん……宮本さんは教官で上官なんですけど」
「はぁ」
「模擬戦やって負けたらいつもペナルティだったんです」
「はぁ、便所掃除とか、そんなのですか」
「です」
「別に、私は訓練でやるから、そういった事は……」
「いや、信子さん、わたしが嫌なんです、何も賭けないの!」
「は?」
「もしもわたしが信子さんに勝ったら、F‐2を取り寄せてくださいっ!」
「F‐2好きですね」
「好きです、F‐2がいいです、乗りたいです」
「隆子さんが勝ったら、私がF‐2を取り寄せればいいんですね」
「だって機体を集めるの、信子さんの仕事なんでしょう!」
「機体選定に、ちょっとは発言できる立場ですけど」
「吉井さんに言ってください!」
スロットルを全開に加速する隆子の鍾馗。
信子の鍾馗を置いていく。
小さくなる隆子の鍾馗に、一瞬遅れて信子もエンジンに鞭を入れる。
「安全装置をONにして、トリガーを引けばいいんですよね?」
「ですね」
「わたし、負けません!」
「隆子さん、今、私は隆子さんの後ろに位置してるんですけど」
「わたし、負けませんっ!」
上昇する隆子を追って、信子も上昇する。
信子は照準器の中央に隆子を納めようとしながら、
『何で隆子さんは、この部隊のパイロットに選ばれたの?』
思いながら機体を操っていた。
「たから」の甲板の隅で龍子は艦尾方向を見つめていた。
2機の鍾馗がゆっくりと近付いて来るのが見える。
1機はパスして通り過ぎて行く。
後続の1機がギアダウンして着艦体勢に入った。
着艦、フックがワイヤーをつかんで停止する。
すぐに甲板員が集まって、機体をエレベーターに載せた。
そんな鍾馗のキャノピーが開いて、隆子が身を乗り出した。
「龍子さーん!」
「おー! 隆子だったのか!」
「信子さんと空中戦しましたー」
「おー! どうだった?」
「負けましたー!」
「負けたら便所掃除だ」
「えー!」
そんな声を残して、隆子の鍾馗は下のフロアに降りて行った。
すぐにさっきパスしていった信子の鍾馗がアプローチに入る。
一瞬機体をふらつかせながら、着艦をきめる信子の鍾馗。
着艦を決めた信子は、すぐさま龍子の元に駆け寄った。
「おかえりなさい、龍子さん」
「おう、そっちもお帰り」
「ちょっとドキドキしました、ジェットいないから敵機が来たら叩かれるだけなので」
「でも、これだけ堂々としてるんだ、撃沈でもしたらそれこそ戦争だ」
「でも、昨日は117が来ましたし」
「それもそうだなぁ~」
龍子は甲板から海を眺めながら、
「しかし、敵が動くのを前提にこの空母が造られたのも、本当だがな」
伸びをしながら龍子は、
「で、何だ、用があるんだろ」
「隆子さんの事です」
「……」
「吉井さんから資料もらって、知っているには知っています」
「私もだ」
「龍子さん、どう思います?」
言いながら信子はクリアファイルを龍子に差し出す。
そんなファイルをチラ見して、
「私も見たからそれはもういい」
「龍子さんはどう思うんですか」
「吉井さんは帰っちゃったし……私も聞きたかったんだよ」
「聞かなかったんですか?」
「百式のパイロットが憲史や坂本なら聞けたんだがなぁ」
「何で聞かなかったんですか!」
「信子、聞けるか?」
「!」
「司令部付特別補佐代行待機空曹……舌噛みそうだぞ」
「……どう思います?」
「司令部付はいい、空曹もいい、特別補佐代行待機ってなんだ?」
「……どう思います?」
「知らん!」
「龍子さん、もう一つあります」
「あのな、隆子が中学出てないとか、どーでもいいぞ」
「私もですからね」
「ここで卒業すればいい、通信教育でなんとでもなる」
「これ、やっぱり見てください」
信子がクリアファイルを押し付けてくるのに、龍子がため息まじりに受け取った。
「これ、見たって」
「成績は見たんですか?」
「だって、吉井さんが選んだんだろう、成績なんてどうでもいい」
「見たんですか?」
「……」
信子のいつになく低いトーンに、龍子はクリアファイルから書類を出した。
問題の試験の成績を見ながら、
「一応成績優秀者を選んでって吉井さんも桜子も言ってたぞ」
「吉井さんはともかく、桜子さんもですか!」
「ああ、吉井さんは素人って思うが、桜子はパイロットだし」
「桜子さんは3期前のTOPですよね」
「この部隊の隊長だしな」
渋い表情を浮かべる信子に、
「なんだ、信子、吉井さんや桜子を信じられないのか?」
「い……え……」
「私は吉井さん、信じてないな~」
「では、龍子さんは桜子さんは信じているんですか?」
「まぁ、な、3年前の卒業試験、私が担当したし」
でも、そう言った龍子の表情が一瞬で曇った。
「なんだ、こりゃ!」
「わかりますか?」
「おいおい、なんだこりゃ!」
龍子は隆子に成績を指差しながら、
「実技200点満点なのに500点ってなんだよ」
「そうなんですよ、おかしいですよね」
「むちゃくちゃ変じゃないか!」
龍子は隆子のプロフィール、成績を改めて確かめながら、
「桜子何やってんだ、あいつ陸が長くて脳腐ったんじゃないのか?」
「ペーパーの方が200点満点で40点、普通なら落とされます」
「なんだ、この実技500ですべてチャラってか?」
龍子は信子を、信子は龍子をじっと見た。
「しかし信子、あの隆子が……そんなに付き合いが長い訳じゃないが、不正をするようには思えないんだが」
「私も、ちょっとの間しか一緒じゃなかったですが……F‐2好きなだけで特に……」
龍子は思い出したように、
「さっき隆子が模擬戦やったって言ってたぞ」
「!」
「信子、どうだったんだ、インチキしてるように見えたか?」
「それは……」
「どうだったんだ?」
「それはガンカメラの映像あるので、そっちを見て……」
「だから、信子の感想はどうなんだ」
信子は唇を結んで、こわばらせた表情の後、
「W基地で鍾馗に長く乗ってたので、鍾馗の操縦は長けていると思っていました」
そんな言葉に龍子は飛行時間を見て、
「W基地ではレシプロを軸に……ジェット燃料がなかっただけかもしれんが」
「鍾馗と隼、零観で訓練してたみたいです、鍾馗はダントツで乗ってます」
「あそこはF‐104だったから、鍾馗が操縦感近いからだろう」
龍子は言ってから、すぐに首を振って、
「そんなんじゃなくて、どうなんだ、お前の感想を聞きたいんだよ」
「微妙……です」
「うん?」
「切れっ切れです、こわいくらいにシャープにロールします、鍾馗に乗り慣れてるのがわかります」
「うん? しかしさっき隆子は負けたって言ってたぞ」
「ロールの後が重いんです、速度が速いのかもしれません」
「なら、軸線にのせるのは簡単じゃないか」
「それが思い出したように急旋回するんですよ、一瞬すごい勢いで」
「は?」
「捉えた……って思ったら『スッ』と逃げるんです」
「すごい……のか?」
「ゾッとしました、最後の最後にやっと捉えた感じです」
「そうか……500点の謎はともかく、腕は本物みたいだな」
隆子は海風の吹き抜ける甲板を走っていた。
艦橋の前を通り過ぎるとき、龍子が立っているのを見て足を止める。
「おいおい、ランニングは終わりか?」
「もう4キロ走ったからいいんです」
「4往復したのか?」
「はい、あとは待機します」
「まぁ、次の哨戒までは時間あるしな」
「龍子さんは走らないんですか」
「私は朝イチで走った」
龍子は思い出したように、
「隆子はいつもどこにいるんだ?」
「わたし、部屋かブリーフィングルーム、食堂とお風呂しか知らないです」
「まだ艦内は不慣れなんだな、探検しろよ」
「迷いそうで」
「この艦、でかいからなぁ」
龍子は隆子を手招きすると、
「ランニングは甲板を走ればいいし、天気が悪い時は下の格納甲板を走ればいい、あとはシュミレーターとかある場所、教えとく」
「あ、シミュレーターあるんですか! あれ、わたし大好きです!」
「ゲームみたいなもんだからな」
「でも、結構きついですよね~」
「隆子、ゲーム好きだろ」
「えへへ」
二人はエレベーターに乗ると下階へ向かった。
4つ降りたところで、
「新しい機体も用意してある、見ていくか」
「新しい機体……F‐2じゃないんですよね」
「隆子、信子に負けたんだろ」
「うう……鍾馗なら負ける気しなかったんだけどなぁ」
「信子もなかなかの腕だからな」
開かれるドアの向こうにF‐5がいた。
「これが新しい機体だ」
「あ、これ、この間、見ました」
「エンジン換装したんで、次からはコレで出る」
しかし、そこに憲史が走ってきて、
「龍子ちゃん、どうしたの?」
「ああ、隆子を案内して」
「出撃かと思った」
「警報鳴ってないだろ」
「だなぁ~」
「隆子に新しい機体を見せておきたかったしな」
と、憲史が困った表情を浮かべて、
「そのF‐5なんだけど」
「?」
憲史が言うのに、龍子と隆子が首を傾げる。
「その、F‐5は1機で打ち止め」
「!」
「安かったから買ったけど、整備に手間がかかるから1機しか組んでないの」
「なんだよ、1機だったらどうするんだよ」
憲史は隆子を見て、
「隆ちゃん、ごめんけど、F‐1でいい?」
憲史はF‐5の機体を撫でながら、
「整備の都合で運用機体、ちょっとまだ」
「おいおい、憲史、大丈夫かよ」
「新しいのは新しいのでちゃんと準備してるから」
「不安だなぁ~」
「隆ちゃん、F‐1でいい?」
「いいですよ、F‐1、思った以上に乗りやすくて」
「隆ちゃんはW基地じゃ104だったんだよね」
「F‐104よりよく曲がります、遅いけど」
「ふふ、そう言ってもらえると助かるよ」
憲史は龍子に向き直ると、
「なので、しばらくはF‐1とF‐5で出てもらいます」
飛行甲板にはF‐5とF‐1が並んでいた。
F‐1には隆子が収まっていて、整備の憲史が脇でコクピットを覗き込んでいる。
「隆ちゃんはこっちでよかったの?」
「隆ちゃん……わたしF‐1好きですよ」
「ふうん、F‐2が好きって聞いたけど」
「F‐2入れてください」
「F‐2高いからな~」
憲史は言いながら、コクピットのパネルからコネクターを引き抜いた。
「機体の調子はいいみたい」
「ふふ、早く飛びたいです」
「隆ちゃんは飛行機好きなんだなぁ~」
「大好きです」
「でも、本当にF‐5じゃなくてよかった?」
「龍子さんの乗ってるのですよね、あれってすごいんですか?」
「F‐1よりはいいかも」
「F‐1カッコウいいのに」
「俺もF‐1好きだけど、F‐5の方が戦闘機かなぁ」
「そうなんですね」
「龍子ちゃんと一緒に上がったら、哨戒して、帰りに残った燃料で模擬戦やってくるといいよ」
「F‐1よりも、あっちの方が強いんですよね」
「うーん、だね」
「もしも龍子さんに勝ったら。F‐2入れてもらえます?」
「本当にF‐2好きだね、吉井さんに言ってみるよ、龍子ちゃんに勝てたら」
「約束ですよ~でも!」
「でも?」
「この間みたいに敵が来たらどうするんです」
「!!」
「ステルス、117」
憲史は隆子の顔をじっと見て、
「この間は、ナイトホーク逃げていったんだよね」
「はい」
「多分燃料切れとは思うけど……」
考え込む憲史に隆子は不安そうな顔で、
「あの時は武器、なにもなかったんですよ」
「うん、敵が来るなんて思ってなかったし……」
憲史はにっこり笑みを浮かべると、
「今回も武器らしい武器は積んでないよ」
「えー!」
「だって敵は来ないつもりだし、武器なんて積んだら燃料もね」
「銃くらい積んでください!」
「今度ね~」
「今度って……じゃあ、敵が来たらどうするんですっ!」
「だから来ない事になってるんだってば!」
「だってこの間はステルスが!」
「あ、そうだった……」
にらむ隆子、憲史はそんな視線に顔色ひとつ変えずに、
「俺、正式に敵機と交戦って聞いてないから、知らなかった事に!」
「また敵が来たらやられちゃいますっ!」
真剣な隆子に、憲史もうなずいてから、
「武器は積んでないけど、燃料は増槽も満タンでたくさん積んでるんだよ」
「……」
「この間、レーダー照射したら逃げ出したって言ってたから、それは生かしてある」
「つまり、この間と同じようにしろって言うんですよね?」
「うん、レーダーでおどかして、敵機の後ろを付きまとえばいいよ」
「すぐばれませんか?」
「ミサイル撃たれるって思ったら逃げないかな、逃げるでしょ」
「でも、ミサイルもガンもないから撃墜できませんよ」
「この間の敵はF‐117だったんだよね、ナイトホーク」
「はい」
「どこから飛んできてるかわからないけど、作戦時間はそんなにないと思うんだ」
「相手の燃料切れを待つんですか」
「うん、それがいいと思う、そうして」
「撃墜できないんだ、残念」
「隆ちゃん、結構撃ちたがり?」
「わたしだってシミュレーターやってるんですよ、撃たれたら死んじゃうんです!」
「え? シミュレーターやられたら『GAMEOVER』なだけだよ」
「いやいや、実戦だったら死ぬでしょ!」
「あー! そういう事ね!」
憲史は笑いながらキャノピーを閉じると、
「隆ちゃん、F‐1も結構するから、生きて帰ってきてね」
「憲史さん、武器ないんですよね!」
「敵を追っ掛けまわして!」
憲史はF‐1を離れた。
すぐにカタパルトに運ばれるF‐1。
隆子の機体が準備位置についたとき、先に位置についていた龍子のF‐5が打ち出されていた。
国連では大国の大使達は沈黙を守っていた。
巨大空母「たから」に批難の声を荒げているのはO州連合の方。
「海洋覇権の意思がなければ、なぜそんな巨大な軍艦が必要なのかっ!」
責められているのは吉井だ。
「我が国は、この巨大戦艦を排除し、大海の平和を取り戻すつもりだっ!」
演説がヒートアップする。
しかし、大国の大使面々の表情はピクリともしなかった。
O州がどんなに声を荒げても、空母「たから」は、はるか彼方なのだ。
「すでに飛行隊を派遣してあるっ!」
今まで仮面をかぶっていた大国が、一国を除いて顔色を変える。
「国連の、他国が沈黙していても、我が国は行動をもって、この災いの元凶を排除するものであるっ!」
いまだに顔色を変えない大国の大使。
そんな彼を、他の大国大使はにらみつける。
演説しているO州連合大使に目もくれずに。
「龍子さん、敵とか出ませんよね」
「どうした、隆子、不安か?」
隆子と龍子の2機は北進して領海に沿って飛んでいた。
眼下には暗い色をした海が広がっている。
「さっき整備の憲史さんと話したんでしょ」
「ああ、憲史、うん」
「今日も武装は積んでないんですよ」
「何、坂本は何も言ってなかったぞ!」
「え、何も聞いてないんですか?」
「エンジンの調子は絶好調とだけ言ってた」
「龍子さん、ちゃんと聞いてくださいよ!」
「いや、出撃面倒くさいから、そればっかりで」
「龍子さんって戦闘機のパイロットなんですよね?」
「もちろんだ」
「武器なくて平気なんです?」
「なんだ、隆子、武器と平気(兵器)で掛けてるのか、小話か」
「そんな気はないです!」
ちょっとの間無線が途絶えて、それから龍子の不機嫌そうな声。
「本当だ、弾が出ない、ミサイル無いのは知っていたが……」
「敵が出たらどうします?」
「出るかなぁ~、そんな事ないと思うんだが」
「だってこの間はステルスが出たんですよ」
「そうだな~」
龍子はまたちょっと黙ってから、
「隆子はニュース見てるか?」
「はぁ、天気予報とか見てます」
「今、この国で国連会議やってんだよ」
「え、そうなんですか!」
「そのタイミングでこの空母だろ」
今度は隆子が黙り込んで、
「わたし、鈍感でわかってないかもしれないけど、ケンカ売ってるって思われてるとか?」
「そりゃそーだろ、同盟国にだって黙ってたんだ、怒るわ」
龍子はケラケラ笑った後で、
「会議はネットでライブされてるけど、吉井さんタジタジだぜ」
「そうなんですか……困りました」
「おお、どうした、隆子、なんで吉井さんが困ってるとお前が困る?」
「だって吉井さんが責められて機嫌が悪くなるとF‐2が来ません」
「いや、F‐2来ないよ、高いから」
「いや、吉井さん機嫌が良かったら、きっとF‐2来ます」
「いや、F‐2高いから来ないってば」
「そんな事はないです、吉井さん機嫌よかったら、持って来てくれます」
「ないと思うがなぁ~、隆子、本当にF‐2好きだなぁ~」
「龍子さん、龍子さん」
「うん?」
「わたしの誕生日にF‐2とかないですかね、もうちょっとしたら誕生日」
「ない」
そんな二人の会話に別の無線が割り込んできた。
「龍子さん、隆子さん」
無線の向こうは信子だった。
ちょっとノイズの入る無線が続く。
「情報筋から、対岸U基地から攻撃機が出たそうです」
「!」
「そちらが今、一番近いです、要撃してください」
「!」
そんな無線と同時にデータリンクで情報が送られてくる。
隆子と龍子はモニターを見ながら、
「隆子、行くぞ」
「了解です、でもでも!」
「なんだ、怖気づいたか!」
「わたしの機、武器ないです!」
「あ、そうだった!」
思い出したように龍子は信子に、
「こっちは武装がない、どうしろと!」
しかし、さっきまで繋がっていた筈の信子から返信はなかった。
「信子め、黙まりきめやがって、あとで折檻だ」
「龍子さん、どうします?」
「U基地から出たって言ってた、同盟国じゃないから、今回もブラフだ」
隆子の右前を飛んでいたF‐5がアフターバーナー。
弾けるように加速するのに、隆子も遅れてついていく。
「龍子さん、うまく騙せますかね?」
「騙せるさ、後ろからレーダー照射されれば、誰だっていい気はしないっ!」
「ですよね、きっとうまくいきますよね」
「しかし、今回の敵は何かわからん、『J』辺りだとよかったんだが……」
「『J』? 『J』ってなんです?」
「『J』は『J』だ」
隆子はちらっとモニターの表示に目をやると、
「そろそろ見える筈です」
「ミサイルが来るぞ」
龍子の言葉と同時にアラーム。
「いきなり撃ってきやがった、隆子、落ちるなよ!」
「了解ですっ!」
ロールして降下を始める龍子。
隆子も後に従いながら、背後に迫るミサイルに冷や冷やしだす。
「おーい、隆子」
「なんですか、龍子さん」
「チャフもフレアもない時のミサイルのよけ方は知ってるんだよな」
「シミュレーターでやりましたから」
「うん、それでいい、あのゲームよく出来てるから、あの調子でいい」
急降下をしている隆子は、苦笑いを浮かべて、
「あの、わたしのF‐1、そろそろ限界です」
「は? なんだ、限界って!」
「そろそろ機首上げしないと『ドボン』なんです」
「おお、そうだ、ミサイルの距離はいいか」
「はい、じゃ、離れます!」
スティックを引いて機首を上げる隆子。
少しロールを交えながら、機体をひねりこんでいく。
傾いた機体が海面に迫った。
『ちょっと遅かったかも!』
隆子は思いながらも、まだ残していたスティックの引き代を使い切る。
海面まで5メートルといったところで水平飛行。
速度が落ちたF‐1にミサイルが届く。
その瞬間に隆子はアフターバーナーを吹かし、同時に増槽を落とした。
加速の衝撃波とタンクの着水で上がる水柱。
ミサイルはそんな水柱に呑み込まれてしまった。
『ゲームならここで終わりなんだけど~』
隆子はスティックを戻して、高度をそのままに加速し続ける。
ちらっと上を見た。
一瞬「チカッ」っと何か光るのが目に入り、機体を右にバンク、スティックを引いた。
右前方の空間が揺らぐ。
たまに混じった閃光弾が線になって通り過ぎる。
『よーし、反撃っ!』
垂直上昇、機首を敵機に向けて加速。
『それ、フォックス3!』
トリガーを引いた。
でも、反応は「無搭載」の表示とブザーだけだ。
『わーん、武器積んでないんだった!』
追って来た敵機と交差する隆子。
音速以上で交差する筈なのに、敵機のコクピットが止まっているように見えた。
敵のヘルメットが隆子の方を見ているのがはっきりわかった。
「隆子、無事かっ!」
「はい、なんとか!」
「一発目はかわせた、敵の後ろに付けるか?」
「わかりません、龍子さんはどうなんですか?」
「やってみる、武器がないのがばれる前に、なんとかするぞ!」
「了解ですっ!」
隆子は海面に目をやりながら、さっき交差した敵機を探す。
でも、先に目に入ったのは龍子のF‐5と敵機だった。
後ろを見てみても、さっきの敵機は見つけられない。
レーダーに目をやっても、捉えきれていない。
キャノピー越しに改めてF‐5に絡む敵機を見た。
『あっちが近いよね』
すぐに龍子に絡む敵機に向かう隆子。
途端にレーダー照射されて警報が鳴る。
「龍子さんっ!」
「なんだ、今、取り込み中だっ!」
「龍子さんの背後はわたしがやりますっ!」
「なっ!」
「こっちの後ろ、龍子さんから見えますかっ!」
「おおっ! 後ろに回りこんでるぞっ!」
「警報鳴りっぱなしです、こっちの後ろ、頼めますかっ!」
「おおう、任せろ、こっちからはっきり見えるぞ」
隆子は敵機を捉えると、すぐさまトリガーを引いた。
「フォックス2!」
トリガーを引いても、ミサイルは出ない。
でも、照射されたレーダーに面白いように敵機の動きが乱れた。
『ぶつける気でいきますよ~』
逃げる敵機の背後に張り付く隆子。
その隆子のコクピットの中でも警報が鳴り続けていた。
かまわず飛び続ける隆子の背後に、射線を合わせようとする敵機。
敵機のコクピットでは、HUDの中心にF‐1を捉えて、今、まさにトリガーを引こうとしていた。
そんな視界にいきなりF‐5が割り込んで来る。
一瞬のレーダー警報音。
通り過ぎるF‐5に、敵機のパイロットは目で追った。
パイロットと龍子の視線が合う。
マッハを超える一瞬が切り取られたように止まって見えた。
敵機のパイロットが、F‐5の龍子が、首を振る。
でも、2機はあっという間にすれ違い、見えなくなっていた。
隆子はレーダーを確認すると、敵機は北に向かって飛んでいくのがわかった。
「帰るようだな」
「龍子さん、うまくいったんでしょうか?」
「みたいだな」
「待ってください、龍子さんっ!」
隆子はレーダーに新たな点を見つけていた。
「敵機です、南から!」
「南ってどこから飛んでくるんだよ!」
「だって南に点が!」
「うん、確かに光ってる」
「龍子さん、どうします?」
「いや、信子も飛んでいる筈だし」
「信子さんなんです?」
隆子が言ってると。レーダーの点が2つになった。
「ちょ、ちょっと龍子さん、2機になりましたよ!」
「こりゃ、やっぱり友軍じゃねーな」
「いきなり2機になりましたよ、新型機ですかね?」
「バーカ、こっちのレーダーがチープだから近付いて2機ってわかったんだよ」
「そうなんだ」
言いながら、隆子はレーダーに映る2つの点がミサイルの距離になるのを感じた。
「ミサイル来ます!」
「ああ、だな」
龍子はちょっとあってから、
「なぁ、隆子」
「なんですか?」
「どうして今のタイミングでミサイルが来るって思ったんだ?」
「うーん、南からって言うなら同盟国の戦闘機かな~って」
「隆子、お前案外しっかりしてるのな」
「なんでです?」
「なんつーか、一応勉強してるんだなって」
「勉強とかしてませんけど、シミュレーターで同盟国と戦うミッションもかなりやったから、敵機のレンジはわかってるつもりです」
「そうか、ミサイル、来るぞ!」
「はいっ!」
しかし、2つの点が近付いても、レーダー照射はない。
静かな時が過ぎていたが、レーダーの点はどんどん接近してきた。
「龍子さん、見えます、F‐16と……F‐18です」
「ああ、だな」
「どうします?」
「見える距離まで来てどーもこうもない」
「撃ってくるでしょうか?」
「だったらこっちはやられるしか」
「うわーん」
しかし接近してきた2機は横に並んだ。
隆子のF‐1にはF‐16が。
龍子のF‐5にはF‐18が付いた。
隆子は前を飛ぶ龍子とF‐18を見ながら、ちらっと隣についたF‐16に目をやる。
向こうのパイロットもこっちを見ているのがわかった。
龍子が切り出した。
「おいおい、一体何の用だ?」
すると一瞬、間を置いてからF‐18のパイロットが、
「応援に来たんだが」
「ちょっと遅いなぁ」
「しょうがないだろう、遠くから上がってきたんだ」
「ふん」
無線を聞いて隆子と龍子はちょっとびっくりしていた。
無線の向こうの声……女だった。
「敵機も消えたみたいだし、こっちも引き上げる」
「今度は敵がいる時に来てくれよ」
バンクして離れていく2機を隆子と龍子は見送りながら、
「あの、龍子さん」
「なんだ、隆子」
「わたし、あの2機、なんだか知ってるような気がしました」
「私もだ」
龍子は笑うと、
「あれはきっと、この間のF‐117だ」
「わたしもなんだかそんな気がするんです」
「私達も帰るぞ、燃料キツキツだ」
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