「F‐2がいいですっ!」
空母「たから」の飛行甲板にF‐1が翼を休めている。
すでに隆子と龍子は機から降りて、甲板を歩いていた。
「どうです、うまくいったでしょう」
「おお、死ぬかと思った」
「うまくいったでしょう」
「ああ、はいはい、大したもんだ……うん、大したもんだ」
前を歩いていた龍子はちょっと考える風な顔で歩みをゆるめる。
隆子と並んで歩調をあわせた龍子は、
「なぁ、こわくなかったのか?」
「龍子さんは、最初の着艦ってどうだったんです?」
そんな隆子の質問に、龍子は思い出している風だったけれど、
「スマン、わすれた」
「だったら、W基地の滑走路はどうでした」
「!!」
「あそこって道路を使った基地だから、滑走路って細かったでしょ」
「しかし、長さは……」
「あー、それなんですけどね」
「?」
「飛行訓練はレシプロが多かったんですよ」
「それで?」
「着陸訓練で似たのがあったんですよ、だからこのくらいの空母ならばっちりです」
「そ、そうなんだ……うん?」
龍子はちょっと考えると、
「どんな訓練なんだ?」
「フック使っての訓練なんですけど、制限位置までで止まるって内容です」
「なるほど、確かに空母着艦と似てるな」
「でもですね、宮本さんひどいんですよ!」
「?」
「ワイヤーがちょっとゆるいんです、だからウカウカしてるとライン越えちゃうんですよ」
「……」
「ライン越えたら洗濯当番と便所掃除なんです」
「隆子、お前毎日当番だったんじゃないのか?」
「ですよ、ワイヤーの事知ってから、飛ぶ前に自分で調整したんです」
「ふふ、宮本さん便所掃除したのか?」
「まさか! わたしが飛んだ後ダッシュで細工に行くんですよ!」
「宮本さんやるなぁ~」
「ずるいです」
「あはは」
二人がそんな事を話していると、艦橋の方から一台の電動カートが走ってきた。
「龍子さーん!」
隆子はその声を聞いて、
「この声……無線の声ですね」
「そうだ、今日は飛んでなかったが、アレもパイロットだ」
「そうなんですか」
電動カートは二人の前までやって来て止まると、
「龍子さん、お帰りなさい」
「おう、信子、お前、F‐1の整備、手を抜いたろう」
「いえ、そんな事は……」
「これは何だ?」
龍子は言うと、イジェクトレバーを見せた。
信子はキョトンとした顔で、
「それが?」
「お前、脱出できないじゃないかっっ!!」
「でも、龍子さんが後席は適当でいいって言ったじゃないですか」
「え!」
「どうせ後ろに乗らないし……って言ってたじゃないですか」
「だ、だったっけ」
でも、そこに隆子がレバーを持って、
「前の席も、イジェクト取れちゃうんですけど」
ニコニコ顔の隆子に龍子は唇をゆがめ、信子は真顔で、
「あ、バレました?」
龍子のチョップが信子の頭に振り下ろされていた。
ブリーフィングルームに入って、龍子は改めて、
「こっちはパイロットの徳田だ、徳田信子」
龍子は信子を紹介しながら、
「去年の訓練生のトップだ、パイロットだが今は整備方に入って機体に新しいシステムを入れてもらってる」
言いながら龍子は信子の肩をポンポン叩いた。
信子は特に表情を変えるという事もなく、
「徳田信子、少尉です……私の事も名前で信子でおねがいします」
差し出されて手に隆子は握手しながら、
「はじめまして、西郷です、西郷隆子、よろしくおねがいします」
「西郷さんも……隆子でいいですよね」
「はい、隆子でおねがいします」
龍子は挨拶が終わったのを見て、
「じゃ、ちょっとブリーフィングだ、F‐117の事もあるしな」
龍子が言うのに信子はうなずきながらPadを操作して、
「着艦までにデータいただいています、映像はこれです」
ホワイトボードだったところに画像が浮かぶ。
「ガンカメラの映像でちょっと画質悪いですが、敵機の姿がはっきり見えます」
「どう思う?」
「F‐117ですね、退役した筈……なんですけど」
信子は言うと、龍子を見ながら、
「でも、龍子さんの乗っていた機体も退役した機体なんですけど」
「バカ、F‐117だぞ、こっちの再生機とは訳が違う」
「ですね、ステルスの数が多いのは脅威ですよね」
「F‐22やF‐35の数以上にステルスがいるって事なんだぞ」
「それに……」
信子はガンカメラの映像を見ながら、
「操縦は隆子さんなんですよね?」
「あ、はい、わたしです」
「隆子さんは、空戦の経験は?」
「ありません、シミュレーターでは何度も」
「隆子さんの経験や、こちらの機体性能が劣っているしても……」
信子は映像をトントンと拳で叩いてから、
「この戦闘機動はちょっと想定外です」
龍子はうなずき、隆子は首を傾げた。
「どこが想定外なんですか?」
隆子が言うのに、龍子はトホホ顔で、
「おいおい、隆子、F‐117だぞ、あんな動きが出来るって思ったか?」
「え?」
「おまけに最後に逃げる時にはリヒートだぞ」
「え、そうなんですか? あれって戦闘機なんですよね」
隆子は龍子の腕を捕まえて、ゆすりながら、
「わたしだって知ってるんです、Fで始まるのは戦闘機なんです」
「お前なぁ、戦闘機ってあんな動きが……」
「でも、戦闘機なんですよ、Fで始まるの」
「あんな変な形のがギュンギュン……」
龍子は言いながら口ごもると、
「飛んでたな、思った以上に……」
信子が難しそうな顔で、
「それにアフターバーナーだったんですよね」
「ああ、そう、そうだ」
隆子が、
「ほら、公表されてるデータってあるじゃないですか」
「……」
「それと一緒で、あれって敵に知れたらマズイですよね」
「たしかに……」
「わたし、思うんですよ、たいした事ないのに盛ってみたり……」
「!」
「実はすごいのにダメとか言ってみたり……」
「!」
「わたし、小学校しか出てないけど、テストの時『ダメだー』とか言ってて満点とる子とかいるじゃないですか」
「……」
「あれって絶対本当の事、書いてないと思うんです」
「そう言われると、そうかもな」
龍子は神妙な顔をすると、
「ああ、信子、隆子を案内してくれ」
そう言い残して龍子は行ってしまった。
隆子と信子は艦内通路を並んで歩きながら、
「信子さん、わたし、空母ははじめてです!」
「私もです」
「大きいですね~、こんな大きな船は初めてです」
「この空母の事は?」
「ニュースでちょっと見ました」
「そうですか」
「えっと、確か500メートル級なんですよね」
「はい、艦名が決まるまでは500メートル級って呼ばれていました」
「そうなんですか」
「建造されて、すぐに名前が決まったんです」
「えへへ、『たから』ですよね『たから』、宝船!」
「隆子さん、気に入りましたか?」
「なんだか縁起がいいもん」
信子は微笑みながら、
「でも、この艦はすごく大きいんですよ」
「?」
「今、私達は並んで歩いていますよね」
「はい」
「でも、大抵の艦内は、並んで歩くなんて出来ないんです」
「そうなんですか」
「この『たから』は、タンカーを集めてひとつにして作った艦、ちょっと違うんですよ」
言っているうちに、扉の前で信子は足を止めた。
「ここが私と隆子さんの部屋です」
扉の向こうには据付の2段ベットが左右に二つ。
奥の壁側に小さな机が2つあるだけの部屋だ。
「わーい、うれしいな」
「え? 隆子さん、こんな部屋でいいんですか?」
驚く信子を置いて、隆子はひとつのベットに腰を下ろすと、
「この毛布とか、使っていいんですよね!」
「え、ええ……」
「この敷き布団も使っていいんですよね!」
「え、ええ……」
「わーい!」
「あの、隆子さん……」
「?」
「こんなお布団でいいんですか?」
信子は向かいのベットに腰を下ろして、薄い敷き布団をつまみながら、
「まぁ、どこもこんな感じと言えば、そうなんですけど」
「やっぱり軍隊はいいですね!」
「……」
「わたし、最初は陸軍に志願しようと思っていたんです」
隆子は靴を脱いでベットに倒れこむと、毛布をかぶって、
「本当は……空軍がいいな~って思っていたんですよ」
「それで?」
「でも、中学校の先生に相談したら、お前の成績じゃダメだって言われたんです」
「でも、最後には空軍の試験を受けたから、ココにいるんでしょ?」
「はい……実際わたし、成績ダメだったし」
「どうして空軍に?」
「願書、出すだけ出してみたんです」
「!」
「そしたら試験受けて、即W基地配属で」
「そうなんですか……」
「試験の結果って即日なんですね」
「筆記はマークだから採点すぐなんですけど……面接とかあったでしょ?」
「はい、5人で受けました、わたしニコニコしてるだけでしたけど」
「そ、そうなんだ……」
すぐに隆子は神妙な顔になり、ムクリと起き上がると、
「あの……信子さんに告白します」
「告白? 何を?」
「さっきも言ったと思うんですけど、わたしは小学校しか出てないんです」
「あれ? でも、試験を受けるときに中学の先生に相談って言ってませんでしたか?」
「中学はまだ卒業してないんです」
「歳は……」
「15です」
「それは……」
信子の表情が曇るのに、隆子はちょっとオドオドした表情で、
「だって、願書には名前と住所と住民票だけでよかったし!」
「た、たしかにそうですね」
でも、信子は笑みを浮かべると、
「私も15です」
「え!」
「でも、私は中等部から軍の学校なので」
「う~!」
唸る隆子を見て、
「でも、もう入隊しちゃってるから、いいんじゃないですか」
「そ、そんなものですかっ!」
「上の人がOKしているんだから、別に居ていいですよ」
それを聞いて隆子は胸を撫で下ろすと、
「話せてよかった~、隠しているつもりはないけど、言わないとって思っていたから」
「そうですか」
隆子は横になって体を伸ばしながら、
「それと……わたしの乗ってきたF‐1なんだけど」
「F‐1がどうしたんですか?」
「ずっとアレに乗るのかなって」
「……」
信子は考えながら、
「あれは急いで再生した機体なので、アレでは……」
信子は最後の方で言葉を濁しながら、
「そうですね、龍子さんにも伝えておきたかったから、ハンガーに行きましょうか」
隆子と信子は龍子と合流して最下層の甲板に向かった。
エレベーターの中で信子は、
「『たから』は極秘裏に建造された空母で、艦載機までは手が回らなかったんです」
そんな信子の言葉に龍子はうんざりした顔で、
「ああ、知ってる」
「予算も限りがあるので、たいした機体は集められませんでしたが……」
「あのあのっ!」
「はい、隆子さん、どうしました?」
「わたし、F‐2がいいですっ!」
「!」
「わたし、仕事で原木運びしているとき、F‐2にあこがれてたんです」
隆子はニコニコ顔で、今にも踊りだしそうな雰囲気。
「F‐2が空中戦してるの、見たんですよ、その原木運びの時」
「は? 空中戦?」
龍子はびっくりして声を上げたけど、でも、はしゃいでいる隆子を見て真顔に戻ると、
「ダメだっ!」
隆子の頭にチョップ一閃。
重い音をさせた一撃に隆子は首を縮めながら、
「な、なんでですか~」
「ダメだっ!」
「F‐2はたしか、F‐15なんかと一緒で現役のはずですよ~」
「F‐2はダメだ、高いから」
「えー!」
エレベーターが止まり、ドアが開く。
「わぁ!」
一番目の前に止まっているのはF‐5だった。
「数をそろえるので、F‐5とA‐4を買っています、今はエンジン交換とシステム載せ換え中です」
って、説明している信子をよそに、隆子はダッシュでF‐5の前でピョンピョン。
「か、かっこいいっ! 映画で見ましたよ! 映画で! やられ役だったけど!」
隆子はさらに奥に駐機しているA‐4の前に行って、難しい顔をすると、
「むむ、これはシミュレーターで戦った事あります、すばしっこいヤツです!」
はしゃぐ隆子を見て、
「なぁ、信子」
「なんですか、龍子さん」
「私は寄せ集めって思ったけど」
「はぁ、ですね、かなり安い部類です」
「あいつの喜びようを見てると、なんだか宝物に見えてきたよ」
「私もあんなに喜んでもらえるとは思ってなかったです」
隆子はダッシュで戻ってくると、
「で、F‐2は?」
龍子はためらうことなくチョップを振り下ろした。
「しかしな、信子」
「はい、龍子さん、なんでしょう」
「F‐117もだが、『J』とか来たらF‐5でいいのか?」
「龍子さんはF‐1乗ってみてどうでした?」
「うん?」
「龍子さんはオリジナルには乗った事ないんですよね」
「まぁ、な、オリジナルのF‐1なんて何年前だよ」
「エンジン装換した機体の最高速度はマッハ2を越えます」
「そりゃ、新しいエンジンだからだろ」
「F‐5もA‐4もエンジンが別物になると、最高速も加速も改善されます」
「別物って言いたいのか?」
「ですね、F‐1がF‐117となんとか渡り合えたのは、きっとその辺もあると思うんです」
信子は目の前のF‐5の機体を撫でながら、
「相手が『J』であれなんであれ、今はこれしかないんです」
「死にたくなかったら、ともかく生き残れ……か」
「ですね、それに」
「それに?」
信子は龍子と隆子を交互に、2・3度見たところで、
「こっちのパイロットは凄腕ですから」
一瞬龍子は笑みを浮かべたものの、
「でもな、イジェクトレバーが飾りは簡便な」
「艦内を案内しますね」
「よろしくおねがいします」
隆子は信子と一緒に歩きながら、
「あの、信子さん」
「はい?」
「信子さんはパイロットで、整備もやるんですか?」
「整備は整備でちゃんといるんです、私は機体整備の管理とか、そんな感じです、マネージャー?」
「信子さん、信子さんにお願いしたらいいんでしょうか?」
「なんですか?」
「信子さん、F‐2なんとかなりませんか?」
「ふふ、隆子さんF‐2好きなんですね」
「わたし、空中戦やってるの見た事あるんです、だからです」
「それってさっきも聞きましたけど……私、F‐2の空中戦って聞いたことないんですけど」
「え?」
「それって見間違いか何かじゃないんですか?」
「いえ、絶対ですよ、わたし、丸太のいかだで川を下ってる時に頭の上で空中戦だったんですから」
「……」
信子は隆子を見たがウソをついているような感じではなかった。
「何年前です?」
「えっと、小学校6年の時です」
「ここ3~4年ってとこですね」
「はい」
「隆子さんは確かK県出身ですよね」
「はい」
「私の勉強不足? この国で空中戦なんて……」
でも信子は急に真顔になると、
「でも、ついさっき隆子さん達は空中戦したばかりですよね」
「こっちは丸腰だったけど」
「それでもF‐117は撃ってきたから、交戦ですよね」
考える、記憶をたどる信子。
隆子はそんな信子の腕を捕まえて揺すると、
「F‐2、なんとかなりませんか、エフツー!」
「本当にF‐2好きなんですね」
「格好いいし!」
「ふふ」
「信子さんは機体調達に関わっているんですよね」
「……機体選別にコメントする事はできますね、でも、最後にOKを出すのはこの艦隊の、部隊のTOPです」
「誰、ですか? 龍子さん?」
「龍子さんは航空部隊の隊長さんです」
「じゃあ?」
「吉井さんです、吉井司令、この艦隊の司令官さんです」
「じゃあ、その人にお願いしたら、F‐2乗れるんですね!」
「今は居ませんけど、たぶん近いうちに帰ってきますよ」
「今はどこかに行ってるんです?」
「国連の会議で演説している……演説じゃなくて説明してます、この空母の事を」
隆子はちょっと眉をしかめると、
「ここに来る時、テレビでちょっと見ました、おじさんですか?」
「ですね、おじさん……年配って言った方が丸くないです?」
「はい、ええ、ちらっとだけど、演説してるの見ましたもん」
「じゃあ、吉井さんに直接話す機会があったら、お願いしてみたらいいと思います」
「やったぁ!」
「ふふ、、本当にF‐2好きなんですね」
「でもでも、吉井さんっていい人なんです?」
「どうしました?」
「だって、龍子さんは『高いからダメ』って言ってたから、偉い人に言っても同じかなって」
「F‐2は高いですもんね……でも、F‐15とかフランカーとか言わなかったから」
「F‐15って見た事あるけど、すごく大きくてカクカクしてますよね」
「そうです? 戦闘機はあんなものかと」
「ともかくわたしはF‐2が好きなんです、F‐2がいいです!」
「ふふ……」
信子は微笑みながら、しかしちょっと考えるようなふうで、
「隆子さんは……」
「?」
「F‐1は嫌いですか?」
そんな言葉に隆子はニコニコ顔になって、
「F‐1いいですね、すごく乗りやすかったです」
「そう……なんですか」
「W基地にあったジェットはF‐104だったから、F‐1はずっと乗りやすかったです」
「F‐104と比べるとそうでしょうね」
信子は何度もうなずきながら、
「じゃあ、しばらくはあのF‐1しか飛べる機体はないので、よろしくお願いします」
「でもでも、今度は武器、ちゃんと載せてくださいね!」
「はいはい、今度はちゃんと武装しておきます」
二人の会話に艦内放送が割り込んできた。
ついついスピーカーを見上げる隆子と信子。
「吉井さん……が来るみたいですね」
「隆子さん、早速会えるから、F‐2おねだりしてみたらいいですよ」
「わーい、F‐2、買ってもらえるでしょうか?」
隆子がピョンピョン跳ねながら言うのに、
「うーん、ダメな方に1万円賭けます」
「うわ、やっぱりダメなんですか~」
飛行甲板に上がった二人は龍子の横に並んだ。
「おお、やっと来たか、司令のお出ましだ」
「龍子さん、吉井さんって一番偉い人なんですよね」
「まぁ、なぁ」
「F‐2をおねだりしようと思ってます」
「ふふ、ダメな方に1億円だ」
「言いましたね、絶対F‐2ゲットです」
「できたら私は破産だ」
他にも飛行甲板に上がってきた船員が整列し、艦の後方に目をやる。
隆子や龍子・信子も青空を見つめた。
青空に小さな点が現れ、次第に飛行機の姿がはっきりしてくる。
隆子が機影を見つめながらつぶやいた。
「えっと……プロペラ機なんですね、百式ですね」
「おお、隆子、見えるのか?」
「まぁ、百式はW基地にもいましたから」
双発のプロペラ機は、姿がはっきり見えるようになってから、微妙に機体をふらつかせながらアプローチしてくる。
最後には落ちるようにして甲板に着艦を決めた。
ワイヤーが伸びて機体が急減速、そして止まる。
すぐにカートが出迎えに走り寄った。
操縦士とテレビで見た白髪の男が降り立つ。
二人はカートに乗ると隆子達の方にやってきて、
「出迎えご苦労」
龍子・信子が敬礼し、一瞬遅れて隆子も敬礼した。
白髪の男は隆子を見て、
「新人の……えっと……」
「西郷隆子です」
「そうそう、西郷さん、私が責任者の吉井です」
それまでにこやかだった吉井だが、すぐに厳しい顔になると、
「西郷さん……そうそう、隆子さんがいいかな?」
「はぁ……」
「龍子さんも信子さんも、女性は名前で呼ばれる事が多いからね」
「はい、隆子でお願いします」
「で、隆子さん、交戦したというのは本当ですか?」
「交戦……」
隆子はそこで口ごもると、龍子に目をやった。
「司令、その件は私が報告しますので」
「龍子さん、隠し事は無しでおねがいしますよ」
「もちろんです」
「龍子さんは書類を起こすのを嫌がって、肝心なところを無かったことにするからですね」
「……」
「面倒くさがらずに、全部、詳細、話してもらいますよ」
「わかっています」
そっぽを向く龍子に吉井は苦笑いすると、隆子に向き直ってから、
「隆子さん」
「はい、なんでしょう?」
「私の事は『司令』なんて言わずに『吉井さん』でお願いします」
「え! その! いいんですか!」
「はい、練習、吉井さん」
「よ、吉井さん……」
「よく出来ました」
「吉井さん、お願いがあります」
「うん? 何ですか?」
「わたしはパイロットです」
「知ってます、成績優秀でこちらに配属されたと聞いています」
「成績の事は、わたし、結果を見てないからわかりませんけど」
「で? 何ですか?」
「わたし、F‐2がいいです、せっかくだし!」
「!」
「吉井さん、F‐2、なんとかなりませんか?」
隆子の申し出に吉井はニコニコ顔で、
「F‐2は高いから、ちょっと無理ですね」
隆子は膝をついて、
「うう、やっぱりダメなんだ」
「隆子さん、どうしてF‐2がいいんです」
「わたしが子供の頃……ってここ3年くらいなんですけど……空中戦を見たんです」
「!」
「その時戦っていたのがF‐2なんです」
吉井は一瞬は厳しい表情をしたものの、すぐににこやかな表情に戻ると、
「そうですか、そんな事が……隆子さんはK県出身でしたね」
「はい」
「その事は、これから話さないでもらえますか?」
「!」
「軍事機密……って事です」
「あ、あの、わたし、結構いろんな人に話しちゃったような気がします」
「これからは話さないでください」
「は、はいっ!」
「でも、話しちゃったんですね」
「うう……やっぱり厳罰ですか? 営倉ですか?」
「しゃべってしまったのなら、F‐2はあきらめてください」
それだけ言うと、吉井は手をひらひらしながら行ってしまった。
ニコニコ顔で龍子がやって来ると、
「どうだった、F‐2、買ってもらえるのか?」
「うう……龍子さん何うれしそうな顔してるんですか~」
「その様子だと、ダメだったみたいだな」
「わーん、F‐2がよかったのにー!」
朝、隆子は体をゆすられるのにまぶたを開いた。
「隆子さん、起きてください」
「あ、信子さん、おはようございます」
「起きてください、身支度はいいですから」
「は、はい……まだ早いと思うんですけど」
時計を見れば朝の4時。
「起床は6時ですもんね、ちょっと緊急です」
「?」
隆子は信子の後に続いて部屋を出ると、甲板に向かう。
階段を上がる時点で、上が騒がしいのがわかった。
朝陽が昇るちょっと前、水平線が浮かび上がっている。
「スクランブルじゃないですよね」
「着替えてないでしょ」
「ですね」
二人が甲板に出ると、先日降りてきた百式司偵が発進位置につけようとしていた。
牽引される百式を二人が見守っていると、吉井が手を振りながらやってきた。
「やあ、信子さん、隆子さん」
「おはようございます」
「朝早くにありがとう」
吉井は隆子の手を取ってニコニコ。
隆子はそんな吉井に、
「えっと、もう行っちゃうんですか?」
「国連で演説しないといけないからね、この空母の事で」
「そうなんですか」
「隆子さん、今回こっちに戻ってきたのは、隆子さんに会うためだったんですよ」
「え!」
「隆子さん、空母でやっていけそうですか?」
「はい! F‐1で着艦もやったから大丈夫です」
「ほほう、F‐1で着艦、そうですか」
「でも、F‐2だとすごくうれしいです」
「秘密をしゃべったからダメです」
「えー!」
「ふふ、しばらく頑張って、予算がついたら考えますよ」
「絶対ですよ! F‐2お願いしますっ!」
「はいはい」
吉井はポンポンと隆子の頭を叩くと、
「隆子さん、いろいろ苦労するかと思いますが、頑張ってください」
言うと、吉井は百式に乗り込んだ。
すぐにプロペラの回転が上がり、隆子と信子は身を寄せ合って風圧に耐えた。
さらにエンジン音が高まり、カタパルト要員がバリアーに入った。
信号が変わるのと同時に射出される百式。
白く染まっていく空に百式は舞い上がった。
どこからともなくF‐1が現れると百式に寄り添うように編隊飛行。
2機は南の空に消えていった。
「F‐1に龍子さんが乗ってたんでしょうか?」
「はい、龍子さんは百式の護衛にあがってもらいました」
「吉井さん、F‐2買ってきてくれるかなぁ~」
「ふふ、隆子さんはF‐2好きなんですね」
「F‐2! F‐2! え・ふ・つー!」
と、信子は思い出したように、
「隆子さんはW基地でどうしてました?」
「え? 信子さんなにを?」
「えっと……隆子さんはW基地で飛行訓練はしてたんですよね?」
「もちろん、航空隊志望ですから」
「プロペラ機とか、乗った事あります?」
「あ、はい、乗ってました」
「そう、何に乗ってたんですか?」
「鍾馗です、二式戦」
「鍾馗ですが……そうですか」
「ほら、W基地はF‐104だったから鍾馗がいいだろうって」
「なるほど……他には乗った事ないんですか?」
「あとは隼ですね」
「どっちが好きですか? 隼と鍾馗?」
「うーん、わたしは鍾馗が好きでした、早いから」
「そうなんですが、隼は小回り利くじゃないですか」
「うーん、でも、やっぱり速い方がいいです」
「じゃあ、私と一緒に哨戒に出ましょう」
「!」
「鍾馗もありますから」
「!」
甲板には深緑に塗られた鍾馗が2機、並んでいた。
「うわ、なんだか違う感じ!」
「どう違うんですか?」
「W基地の鍾馗は無塗装で銀色でした」
「ふふ、一応迷彩なんですよ」
「この色だとゼロ戦みたいですね」
「ゼロと二式戦じゃ全然違いますよ」
「でもでも信子さん!」
「?」
「ジェットの時代にプロペラ機なんて、どれも一緒じゃないです?」
「そ、そんな事言ったらダメですよ」
隆子と信子がそんな事を話していると、鍾馗の陰から整備員が出てきた。
「おー、信ちゃん」
目の細い男とリーゼントの男が声を掛けてきた。
すぐに信子が、
「二人を紹介しますね」
電源ケーブルを持っている目の細い男を、
「こちらは竹田憲史さん、憲史さんって呼んでください」
「ども、憲史でーす」
「はじめまして、西郷隆子です」
ニコニコしながら手を差し出す憲史に、隆子も握手で応えた。
信子はリーゼントの男の人を見ながら、
「でもって、こっちの不良さんが坂本武士さんです」
「坂本です、よろしく~」
でも、すぐに坂本は唇をゆがめると、
「おいおい、リーゼントだと不良とか思ってないか、信ちゃん」
「不良じゃないですか、リーゼント」
「髪が乱れるから固めてるんだろ、おしゃれなんだろ」
「軍におしゃれもなにもないじゃないですか」
「むー!」
「それより、ちょっといいですか?」
信子は坂本を引っ張って離れると、なにか話し始めた。
残された隆子と憲史は、そんな二人を見ていたけれども、
「そうそう、隆子ちゃんはW基地だったんだよね」
「はい、何で知ってるんですか?」
「そりゃ、こっちに配属される人のデータは見るよ、W基地なら手伝ってくれる?」
「?」
「レシプロ機の始動、できるよね」
「あ、はい、たすきで引っ張って回すんですよね」
「いや、電気で回すから、W基地ワイルドだね」
「えー、あれが正式な始動って思ってました」
隆子は電源をセットする憲史を見ながら、
「竹田さんは……」
「あ、俺の事は憲史でいいよ、憲史で」
「え! 憲史さんもいきなり名前なんですか?」
「うん……ほら、龍子ちゃんもそうだけど、おんなじ苗字の人がいるんだよ」
「はいはい、さっきの坂本さんがいるから、龍子さんは龍子さんなんですね」
「まぁ、だね、竹田って経理の方に武田って人がいるから、俺は憲史なんだよ」
「じゃあ、憲史さん、憲史さんは整備なんです」
「うん、そうだよ、たまに操縦もするけど」
「うわ、飛べるんですね」
「一応予備のパイロットだよ、坂本もね」
「そうなんだ……」
隆子はちょっと考えてから憲史に、
「あのあの!」
「なに?」
「なんで憲史さんや坂本さんがパイロットじゃないんです?」
「うん? なんの事?」
「わたしや信子さんや龍子さんがパイロットじゃなくてもいいじゃないですか」
「あー! はいはい!」
憲史はニコニコ顔で、でも相変わらず細い目で、
「隆子ちゃんは、こんなでっかい空母が出来たらどう思う」
「船酔いしなくていいですよね」
「隆子ちゃんって軍人向いてないよね」
「わたし、飛行機が好きで空軍に入ったんで」
「そっか~、で、こんな空母が出来たらどう思う、隣の国とか」
「さぁ?」
「本当向いてないよね、軍事的緊張とか考えた事ない?」
「あ! なるほど! でも!」
「?」
「さっき吉井さんを護衛で龍子さんがF‐1に乗っていきました、そしたら今度はジェットじゃなくて鍾馗ですよ、鍾馗、飛行機載ってませんよね」
「……」
「飛行機のいない空母なんて豪華客船、船酔いしなくてわたしうれしい!」
「隆子ちゃん、本当軍人向いてないよね」
「えー!」
「他人が見たら『すごい飛行機積んでるかも』って思うかもしれないじゃないか」
「あ!」
「だって他の人はこの空母の事、知らないんだし」
「ですね! そっか! そーなんだ!」
「だから吉井さんは女の子の飛行チームを作りたがってるんだ」
「えー! セクハラ?」
「女の子の飛行チームだったら、ちょっとは柔らかくなるだろ」
「やっぱりセクハラですね」
「ともかく、吉井さんは女の子だけの飛行チームを作りたがってるの」
「そうなんですか……でも、戦闘機のパイロットにはかわりないんですよ?」
「吉井さんは女の子版ブルーインパルスを作りたいんだよ」
「むー、セクハラ」
「さっきからそればっかりだね」
憲史は鍾馗のプロペラにロープを引っ掛けると、
「始動した事ある?」
「あ、はい、W基地でいつもやってました、結構しんどいですよね」
「一人でよく掛けれたね」
「気合で!」
憲史はクスクス笑いながら、
「でさ、女の子版ブルーインパルスなんだけど」
「セクハラ」
「かわいい娘じゃないとダメなんだよ、表に出る仕事だし!」
「!」
「それでもセクハラって思う? 隆子ちゃんかわいい!」
「わたし、かわいい! それならOK!」
隆子は笑顔でロープを引く。
鍾馗のエンジンはあっさり掛かった。
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