「GirlsWingですっ!」
空母「たから」の艦首付近、バリヤーで止まったタイガーがいた。
龍子と隆子がジープで現場に向かう。
同時にリフトの憲史と坂本も急行した。
並走しながら坂本が、
「龍子ちゃん、自爆とか考えなかったの?」
「あんまり」
「ここんところ、敵がポンポン着艦決めて、まずいんだけどなぁ~」
タイガーの後ろでジープは止まり、リフトは機首の方に回り込む。
「坂本ー、キャノピー開かないぞ」
龍子の言葉にしばらくしてから、
「あ、本当だ、どうするかな」
リフトでコクピットに付けた坂本と憲史が開けよう開けようと格闘していた。
と、必死している坂本と対照的に、憲史の表情は浮かない。
隆子がそんな表情に、
「憲史さん、どうしたんですか?」
「い、いや……龍子ちゃん、エリーが乗ってるって知ってたろう?」
隆子は龍子を見ると、腕組して見上げている龍子が、
「知ってると思っていた、無線でわからなかったのか?」
「俺、聞いてなかったから」
「さっさとエリーを出せよ」
「俺、出したくないな~」
嫌そうに言う憲史に、龍子と坂本は小さく笑う。
隆子が怪訝そうな顔で、
「あの龍子さん、エリーさんって……憲史さんの知り合いなんです?」
「そうだよ、うん」
キャノピーがゆっくりと上がる。
坂本が手で持ち上げると、コクピットからエリーが飛び出した。
「ケンシー!」
飛び出したエリーは憲史に抱きつき、キスしようとした。
顔を背けてマウスツーを避ける憲史。
エリーはかまわず憲史の頬に唇を押し付けた。
「あの、龍子さんっっ!」
「どうした? 隆子?」
「あわわ、キスしてますよ!」
「エリーは憲史が好きだからなぁ」
「ふふふ二人の関係はなんなんです?」
「前の戦争でさ、エリーはベイルアウトした時、憲史に助けられたんだよ」
「はぁ」
「で、その時憲史に惚れたって寸法さ」
「そう……なんですか」
隆子は言いながら、憲史の首に腕を回すエリーを見た。
またキスしようとして、避けられるエリー。
隆子は眉をひそめながら、
「龍子さん!」
「なんだ?」
「止めなくて……いいんでしょうか?」
「まぁ、エリーが好きなんだから、いいんじゃないか?」
「だって、憲史さんですよ」
「?」
隆子は目を細めて、憲史の顔の真似をしながら、
「だって、憲史さん目が細くて、お世辞にも男前じゃないです」
「お前、はっきり言うな……だとして、なんで止めるんだ?」
「だって、エリーさん美人ですよ」
隆子が言うのに、龍子は目をエリーに戻した。
憲史にじゃれ付くエリー。
長い金髪が揺れる。
「あれだけの美人さん、憲史さんにはもったいないです……いや……」
「いや? なんだ?」
「間違ってます、エリーさん不幸になります」
「隆子もはっきり言うなぁ」
龍子は笑いながら、
「あれはあれで……」
そこまで言って、言葉が続くことはなかった。
「確かになぁ、美女となんとやらだなぁ」
ブリーフィングルーム。
信子が壇上で席に着いている面々に目を配っていた。
一番後ろの席で龍子と隆子が進行を見守っている。
前の方の席にはマリー、ヘンリエッタ、マルガリータ、エルザが座っていた。
「さて、皆さん揃いましたね」
信子は降りてきたスクリーンを避けてから、ブリーフィングルームの明かりを落とした。
「4人の方には、空母に着てからシミュレーターを受けてもらってます」
それを聞いて4人が小さく頷くのに、
「ヘンリエッタさん……慣れましたか?」
「ゲームは~大好き~」
「そうですか、よかったです……マルガリータさんはどうですか?」
「うむ、まだ信子から言われた時間数乗っていないが、大分慣れた、もうすぐ時間もクリアする」
「そうですか、それは心強いです……エルザさんはどうですか?」
「私も、もうすぐ規定時間になりますわ……ただ、ゲームはあまり好きでなくて……」
「そう……ですか」
信子はちょっと唇をゆがめながら、
「マリーさんは?」
「ゲームみたいで……好きかも」
「マリーさんは隆子さんと一緒に飛んだりしてるんですよね」
「うん」
「だったら、大分シミュレーターにも慣れてますね」
「うん」
信子が合図をすると、後ろで見守っていた龍子が手元のリモコンを操作した。
スクリーンにニュース映像が映し出される。
「先日の会議での映像です、吉井司令が演説で語られています」
壇上で語っている吉井の映像をみんなで見つめていたが、
「あの、よろしくて」
「はい、エルザさん」
「吉井司令は「GirlsWing」結成と語られていますが」
「そうですね、私もこの映像で知りました」
「我々の事ですよね」
「ですね」
「女性を見世物にしている気がしてなりませんわ!」
「ですね」
信子が頷くと、ブリーフィングルームに吉井が入ってきて、場がこわばった。
そんな吉井が合図するのに、照明が明るさを取り戻す。
「私が吉井です、よろしく、エルザちゃん」
「エルザちゃん……」
「私の夢はね、女の子ばっかりの飛行隊なんです」
「そ、それは!」
「先日、そちらのヘンリエッタちゃんが強行着陸して、旗を掲げましたね」
いきなり名前が出たのに、ぼんやりしていたヘンリエッタがガタガタ音をさせた。
「あなた方O州連合の方々も、我々空母の側にいるという事です」
「う……」
「この空母の事をよく思わない人間もまだたくさんいます」
「……」
「そんな連中からあなた方を守るために、この部隊を結成したわけです」
「吉井さんが女の子だけの飛行隊を作りたかっただけだよな、夢だったんだよな」
龍子が呆れた口調で言うのに、すぐさま吉井は銃を抜き、引き金を引いた。
銃を出した時点で前席の4人の表情がこわばり、発砲音がないのに眉をひそめた。
「龍子ちゃん、黙らっしゃいっ!」
「うお!」
ペイント弾で染まった龍子はびっくりして後ろに倒れていた。
吉井はエアガンを前席4人に向けて、
「そうです、私の夢です、逆らうヤツは撃ち殺します」
エアガン……わかっていても銃口を見せ付けられて緊張する3人。
ヘンリエッタだけが、
「えー!」
聞いて、躊躇なく引き金を引く吉井。
ヘンリエッタは真っ赤に染まって、後ろに吹き飛ばされた。
「痛いー!」
「そうです、ニセモノでも当たれば痛いんですよ、わかりましたか!」
「うう……親にもー撃たれたー事ないのにー」
よろよろと席に戻るヘンリエッタに、吉井はエアガンを突きつけて、
「あなた方に選択の余地はないんです、従うしかないんです!」
マルガリータがヘンリエッタのペイント弾の痕を拭いながら、
「我々はO州連合の指揮下にあって……」
「私は命令書を持っているのですよ」
吉井が懐から出した封筒。
それはマルガリータやエルザの見慣れた、母国の命令書の封筒だった。
「にせも……」
ヘンリエッタが言いかけたとき、再びエアガンが微かな音を立てる……ヘンリエッタが後ろに吹き飛び、激しい音をさせた。
「あなた達に選択の余地はないんです、従ってもらいます」
吉井が残った3人にエアガンを向ける。
3人はただ、小さく頷くしかできなかった。
シミュレーターの前に並んだマルガリータ達。
龍子がクリップボードを眺めながら、
「さっきの吉井さんだが……」
真っ先に噛み付いてきたのはエルザだ。
「なんですの、あの方は!」
「……」
「エアガンで脅すなんて!」
「エルザ、いいか……」
「なんですの……龍子」
「この艦には、もうエルザやマルガリータや、O州の旗が、飾ってある」
「飾ってある……飾って……」
「そんな事が、気にいらないヤツがいる……わかるな」
龍子の言葉に、エルザ達はゆっくり頷いた。
「マリー……お前の国がよく思っていないのはわかってる」
龍子が言うのに、マリーの表情は暗い。
そんなマリーの肩を龍子は軽く叩きながら、
「しかし、お前はどうなんだ? そんなに嫌じゃないだろう?」
「うん……」
「まぁ、命を助けられたからってのもあるだろうが……」
「龍子がいるし」
「まぁ……マリーとは長いかな、付き合いは……」
龍子はマルガリータ達に目を戻すと、
「ともかく、吉井さんが言ってた「GirlsWing」って部隊は、我々を守る為でもあるんだよ」
「??」
「女だけの飛行隊……ちょっちはくだけた感じだろう」
「そうですか?」
エルザが首をかしげているのに、龍子は微笑みながら、
「男ばっかの飛行隊よりは、ずっと華やかだろう」
「女性をバカにしている感じがしてなりませんわ」
「そこで、このシュミレーターに乗ってもらってるわけだ」
「??」
「このシュミレーター、もう大分乗って、慣れてきたろう」
マルガリータ・ヘンリエッタはコクコクと頷いたが、エルザは渋い顔で、
「ゲームみたいで、正直ちょっと不安ですわ」
「空中戦やってる最中に計器をじっと見る事なんてないだろ」
「それはそうですけど……」
「じゃぁ、今日も訓練だ、乗った乗った」
ヘンリエッタは楽しそうに、マルガリータは神妙な、エルザは不服そうな顔で乗り込む。
一人残っていたマリーも、龍子が乗るように手を振るのに、シミュレーターに乗り込んだ。
そんなマリーの後ろに龍子は立って、ドアに手をかけて、
「マリー」
「はい?」
「お前の姉も空母に来た」
「はい……」
「さっきも言ったが、お前の国はこの空母の事をよく思っていない」
「龍子……」
「うん?」
マリーはコクピットに納まって、計器を確かめながら、
「私は……前の戦争の時は、ただ、見てるだけ」
「それに、あの時は車椅子だったな」
「うん」
エリーは一通り確認を終えてから、
「でも、前の戦争の時の事は……勉強している、調べている」
「何だ? 何が言いたい?」
「この空母の名前は「たから」……前の戦争で龍子が乗っていた空母も「たから」」
「!」
「どうしてこの空母の名前は、前の戦争の空母の名前と一緒なの?」
「……」
「前の戦争の時と同じ名前なんて、感じ悪くない?」
「その事だが……私はこの空母建造に関わっていないから、わからない」
「でも……龍子は知ってるよね」
マリーがまっすぐ見つめてくるのに、龍子は目を逸らさなかった。
しばらく無言のまま見詰め合っていた二人だったが、龍子が根負けして、
「本当に知らないんだ、吉井さんが全部、知ってる」
「……」
「でも、マリー、私もなんとなくわかるんだ、どうして同じ名前なのか」
「そう」
「で、話、戻すぞ、お前とエリーの事だ」
「?」
「お前の国はこの空母を目の仇にしている、撃沈か、鹵獲か、なんにせよ、だ」
シミュレーターのドアを閉じながら、
「お前たち二人が、お前たち二人の国からの攻撃を避ける鍵になる」
閉じられるシミュレーターのドア。
一瞬真っ暗になった中で、マリーは深いため息をついた。
「私達に、何が出来ると……」
ヘンリエッタはスティックを操作しながら、
「な~!」
そんな声に、ちょっと間を置いてからコントロールルームの信子から返事。
「どうしました? ヘンリエッタさん?」
「な~!」
画面の中では進路が丸印で表示されていて、その中をひたすら通過していくだけだ。
「この~訓練~つまらん~」
「つまりませんか……」
「敵を~撃ちたい~」
目標の丸印がなくなって、ミッションが終了する。
いつの間にか、エルザやマルガリータの機体と合流していた。
マルガリータがヘンリエッタの声を聞いて割り込んで来る。
「ヘンリエッタ、わがままを言うな」
「だって~」
「何が不服なのだ」
「つまらん~通過するだけ~」
「ヘンリエッタ、このミッションの意味、わかっているのか!」
「さぁ~」
「これは展示飛行のミッションだろう」
「……」
「進路に従って正確に飛ばねば、展示飛行は成功しないのだぞ!」
「しかし~やっぱり~つまらん~」
信子が笑いながら、
「今までは通過するだけのミッションでしたからね」
「なんだ~」
「今度は通過するタイミングと少々のアクロバット要素も入りますから、もっとゲームらしくなりますよ」
「本当か~!」
「では、今のまま編隊飛行を続けてください……すぐに次のターゲットが表示されますから、また通過してください」
「通過~する~だけか~」
「3機がタイミングをあわせてターゲットを通過しないとポイントになりませんよ~」
コントロールルームの信子は、微笑みながら次のミッションを開始した。
「あの……」
エルザが他のメンバーに聞こえないように聞いてくるのに、
「どうしましたか?」
「私、このコクピットにはちょっと……」
「?」
「このコクピットには……HUDには、速度や燃料の表示しかなくて」
「はい、ですね」
「他の計器はなくて?」
「他の計器はなくて?」
問題のミッションを終えて、シミュレーターを出た4人。
エルザがムッとした顔で信子を見ていた。
「皆さんがこの空母に来られてから、皆さんの機体に手を入れさせていただきました」
「!」
空母の最下層の甲板にはドラケン・TNDと一緒に「えふに」もいた。
信子は4人をリフトに乗せて、自分はハンドルを握りながら「えふに」に寄せて行く。
「これは隆子さんの「えふに」です」
脇に寄せて、リフトを上げる。
コクピットにはちょうど隆子が座っていた。
「あ! 皆さん、どうしたんです!」
「隆子~」
「ヘンリエッタさん、どうしました?」
「さぁ~連れて~来られた~」
リフトを運転していた信子が声。
「隆子さん、コクピットを見せてあげてください」
「はーい」
隆子はコクピットを出ると、まずヘンリエッタと交代した。
エルザとマルガリータも、その時すでに気付いていた。
「このコクピットは!」
マルガリータが険しい目をしながら、液晶画面が並んだだけのコクピットを見入っていた。
下から信子が、
「隆子さん、起動できますか、画面出ないとわかりにくいと思うから」
「はーい」
信子の指示に隆子はヘンリエッタにスイッチを指差してみせる。
「START」のボタンを押すと、ボタンが緑に光って、映像が現れた。
「おお~ゲームと~一緒~!」
画面にテンションの上がるヘンリエッタ。
しかし、シミュレーターの画面とちょっと違うのにマルガリータが、
「隆子……画面が少々違うようだが?」
「ああ、画面が違う事ですね、カスタマイズ出来るんですよ、メーター見づらいから、見やすくしたんです」
「……」
「わたしは速度計が大きくないと嫌だから、速度をアナログで大きくしてます」
「速度……」
「燃料計は隅っこに棒グラフで、普段は壁紙はナビとコンパスで、戦闘時は正面・後方映像にしてます」
「そうか……」
コクピットでスティックやレバーをガチャガチャしているヘンリエッタ。
エルザが唇を歪めながら、
「隆子さん……こんなおもちゃみたいなコクピットでよろしくて」
「?」
「ゲームみたいですわ」
「あ、エルザさんの機体みたく、メーターないのが不安なんですよね」
隆子の言葉にエルザだけでなく、マルガリータも頷いた。
そんな二人にニコニコしながら、隆子はヘンリエッタに手を差し出してコクピットから引っ張り上げる。
交代でマルガリータに乗ってもらっている間に、隆子はエルザに向き合いながら、
「わたしの飛行訓練した基地で、教官の宮本さんも同じ事を言ってました」
「……」
「でも、そんな宮本さんも、すぐに慣れたみたいでしたよ」
「でも、あなたはあれだけの計器でよろしくて?」
「わたしも最初はメーターのたくさんついている機体に乗って……ほんのちょっとだけ訓練を受けました」
「……」
「でも、W基地では……W基地ってわたしが訓練を受けた基地なんですけど、すごい田舎で道路が滑走路な基地なんですけど、メーターが壊れて動かないのなんて当たり前だったんです」
「ど、どんな飛行機で訓練したのです?」
その言葉に答えていいのか、一瞬下の信子に目をやる隆子。
信子が微笑んで頷くのに、隆子も頷いてから、
「言っていいみたいだから……普段はプロペラ機の隼や鍾馗だったんですよ、ジェットはF‐104」
「隼……スターファイター……」
「だから、メーターなんかもポンコツで、ピクリともしないのがあったんですよ」
「……」
「でも、宮本さんも言ってましたよ……空中戦になったら見るのなんて、ほんのちょっとだって」
「!」
隆子はコクピットのマルガリータに手を差し出して、引っ張り上げると、
「皆さんがシミュレーターで訓練したりしている間、わたしは憲史さんや坂本さんと一緒に、みなさんの機体を改造していました」
「!!」
「みなさんの機体も、同じコクピットになってますよ」
「「何っ!」」
嫌な顔になったのはマルガリータとエルザ。
ヘンリエッタは嬉しそうな顔になり、マリーはちょっとさみしそうな口調で、
「私の機体は?」
「F‐1とF‐5が1機ずついるから、F‐5もありますよ……エリーさんのF‐5も改修済んでいるので、マリーさんエリーさんはタイガーになるのかな?」
「なるのかな?」
首を傾げるマリー。
隆子は下にいる信子に目をやる。
リフトが降下して、
「マリーさんとエリーさんについては、タイガーでなくF‐20に乗ってもらいます」
リフトを前進させる信子。
暗い格納庫の奥にはタイガーも、タイガーに似たF‐20もいた。
エルザが嫌そうな顔で、
「私のTNDもあのコクピットに?」
「はい、液晶を前にしただけで、オリジナルも残ってますけど」
「何故、そんな事を?」
「ヘンリエッタさんとマルガリータさんは「えふに」に乗りましたよね」
信子の言葉に頷く二人。
「シミュレーターもそれなりにこなしているので……「えふに」で飛べと言われたら、とりあえずは出れますよね」
「!!」
「もちろん二人のドラケンと「えふに」とでは飛行特性が大きく違います……でも、とりあえずは出れますよね」
マルガリータが難しい顔で、
「コクピットを同じにして、誰でも乗れるようにしようってのか?」
「はい」
信子はリフトをTNDに付けながら、
「でも、飛行特性は慣れてもらわないとダメです、TNDのように可変翼なんて特にです」
信子がリフトを上げて、TNDのコクピットが見えてくる。
計器もだが、操縦管もスイッチも、改修されていた。
「私の……機体が……」
呆然とするエルザに、信子はニコニコしながら、
「今はすごく嫌かもしれませんけど、きっとわかると思いますよ」
そんなシリアスな空気をよそに、ヘンリエッタがコクピットに飛び乗っていた。
「一度~乗ってみたかったのだ~」
「あー、ずるい、ヘンリエッタさん! わたしだって乗ってみたかったのに!」
「えへへ~」
「トムキャットみたいに翼がピコピコ動くのがかっこいいのに!」
盛り上がるヘンリエッタと隆子。
マルガリータとエルザは不安な顔になっていた。
飛行甲板には発進準備を終えた百式司偵が暖機している最中だ。
微かに白煙を吐くエンジン。
整列する龍子達の前に吉井が現れた。
少女達が敬礼するのに、吉井も敬礼を返しながら、
「お見送り、ありがとう」
吉井は全員に目を配ってから、
「これから議場に戻る、会議終了後に展示飛行をする事を発表するので、しっかり練習するように」
吉井はそれだけ言うと百式に乗り込んだ。
憲史の操縦する百式が位置に付くと、信号に合わせて発進する。
百式は飛行甲板を離れた一瞬沈み込むも、すぐに高度を戻し、上げ始めた。
行ってしまう百式に手を振りながら、
「さーて、鬼も帰った、ゆっくりするか」
龍子が伸びをしながら言うのに、マルガリータやエルザが噛み付いた。
「会議が終わるまで時間ないぞ!」
「そうでしてよ!」
龍子はうんざり顔で、
「お前ら、毎日まいにち、いつもイツモ、シュミレーターであきないか?」
「……」
「吉井さんが出る直前まで練習してたじゃないか」
「それはそうだが……」
「それはそうですけれども」
「今日は休みだ、休み!」
龍子が手をヒラヒラさせながら行くのに、マルガリータとエルザは苦々しい顔になる。
一緒にいた信子も、
「ずっとシミュレーターやってもらったから、今日はお休みにしましょう」
「しかしだな……」
マルガリータがちょっと不安気な顔で、
「あのターゲットをくぐるだけのゲームなんだが」
「それが?」
「あのゲームでさえ、満足にこなせてないんだぞ、不安だ」
マルガリータの言葉に信子が微笑んで、
「議場をパスする時にしっかり編隊がとれていればいいです」
「そんなものか?」
「あとのループも、しっかり編隊がとれていれば、ちょっとくらいはいいんですよ」
「しかしだな」
「マルガリータさんは真面目ですね」
「あれでも一応アクロバット飛行なんだろう?」
まだ不安気なマルガリータに、
「後でデータを再現して見せますから……あれだけ飛べれば充分と思いますよ」
湯気で真っ白な浴室に、ヘンリエッタは目を爛々としていた。
「おお~でかい風呂~」
「ヘンリエッタさん、待って~」
「ふはは~でかい風呂~」
飛び込もうとするヘンリエッタを捕まえる隆子。
「待ってって言ってるのにっ!」
「はなせ~」
「そのまま入ろうとしたでしょ!」
後ろから抱きしめている隆子に、ヘンリエッタは目を細めて、
「知ってるのだ~」
「?」
「隆子たちの国では~風呂は~裸で入るのだ~」
「そうですよ……ヘンリエッタさんもシャワーの時は裸ですよね?」
「もちろんだ~だから~裸~」
「いや、裸なのはいいんですよ、かかり湯してから入ってください」
「はぁ?」
「かかり湯、知らないんでしょ、湯船に入る前に体を清めるんですよ!」
「こまか~い」
「いいからかぶるんですよ!」
隆子はヘンリエッタを座らせると、ザブンとお湯を浴びせかけた。
「あちち!」
「でしょ! 湯加減を見るのもあるんですよ!」
「熱いではないか~!」
「それは、ごめんなさい」
そんな隆子・ヘンリエッタに続いて龍子・マルガリータも続く。
「なぁ、龍子」
「何だ?」
「お前の国は、本当に風呂が好きだな」
「うん?」
「艦の中に……こんなデカイ風呂を作るか?」
マルガリータが言うのに、龍子は笑いながら、
「なぁ、マルガリータ、この空母はよその空母と比べてどうだ?」
「うん?」
「デカイだろう、だから艦内スペースも余裕あるんだよ」
「しかし風呂でこのサイズ……」
「デカイ風呂は嫌いか?」
「いや、好きだが……」
二人はかかり湯を浴びてから、湯船にザブンと浸かると、
「ふう、風呂はいいな、気持ちがやすらぐ」
「それはいいが……私はやはり、心配だ」
「なんだ、マルガリータは心配性だな」
龍子の言葉にマルガリータは神妙な顔で、
「あのゲームだ」
「ああ、シュミレーターな」
「あれで練習して、実際に飛ぶんだよな」
「まぁ、機体は出来ているのは見たんだろう……コクピットの改修は済んでいるから、飛んでもらうな」
「あんなコクピットで大丈夫なのか?」
「案外大丈夫だぞ、私も最初は計器がないのにびっくりしたが」
「だろうな……」
二人がシミュレーターの事で話していると、遅れてエルザとマリーが入ってきた。
「あの、エルザさん、早く」
「私、このようなお風呂は初めてでしてよ」
「大きなお風呂、入った事ないのですか?」
「いつもシャワーです……バスタブはありますけど」
「いいから、早く入ってください、作法は私が知ってますから」
「マリーさんはどうして?」
「まだ小さかった頃、こちらにお世話になった事があるんです」
「そうなんですの……」
「座ってください、お湯を一度浴びてから、湯船に浸かるんです」
「大きなバスタブですのね」
「ですね」
隆子とヘンリエッタは湯船に入ったものの、途端にヘンリエッタが、
「わ~い!」
伸び……と思ったら泳ぎだしたのに隆子が飛びつく。
「泳いじゃダメでしょ!」
「え~泳ぐだろ~広いし~」
「怒られますよ」
「誰に~?」
「……ですね、ここなら怒られませんね」
「楽しいぞ~」
「龍子さんや信子さんに怒られますよ」
「まだ体洗ってるから~大丈夫~」
「せめて大人しく泳いでください」
「りょうか~い」
平泳ぎで漂うヘンリエッタを見送っていると、マルガリータがやって来て、
「西郷、ヘンリエッタが手間をかけさせてスマン」
「あ、マルガリータさん、わたしの事は隆子でお願いします」
「そうか、隆子、隣をいいか?」
「はい、どうぞ、この艦にも慣れましたか」
「いや……正直風呂は一人でゆっくり入りたい」
「え?」
「今までシャワールームだったからな」
「あんな小さいお風呂より、こっちの方がよくないですか?」
「広すぎて、落ち着かん」
「ふふ、しばらくしたら、こっちの方がよくなりますよ」
「しかし……いいか?」
「?」
「隆子は龍子や信子と比べて、なんと言うか、軍人っぽくないな」
「わたしは訓練終わって、すぐに配属されたからだと思います」
「しかし、腕は確かだ」
「?」
「最初の空戦でヘンリエッタのドラケンに弾を当てたのは、お前だ」
「そんな事……あったような、なかったような、覚えてません」
隆子はしっかり覚えていたが、弾を当てたなんて言って空気を悪くするのが嫌で知らん顔をする。
でも、マルガリータはこの間のホーネットとの空中戦を言い出した。
「ガンカメラの映像見たぞ、ホーネットが油断していたのは確かだ」
「ですよ~、こっちがミサイル持ってないからって、油断してたらこっちは当て放題です」
ニコニコ顔で応える隆子。
でも、マルガリータはそんな隆子をまっすぐな目で見つめて、
「旋回しているホーネットをタコ殴りは、どう説明するんだ?」
「あう……それはですね……」
「それは?」
「運が良かったんですよ~」
隆子は愛想笑いしながら答えたが、マルガリータは目を逸らさなかった。
「どんな訓練をしたんだ」
「うーん……」
隆子が龍子の方に目をやると、ダメって感じでもないのに、
「それなら、返すようですけど、マルガリータさんはどんな訓練をしたんです?」
「!」
「多分……ジェットで訓練したんですよね? シミュレーターでもいいですよ」
「そ、そうだな、うん」
「わたしは鍾馗や隼で訓練したんですよ、ジェットはもったいなかったからなんですけど」
「鍾馗や隼って……レシプロじゃないか」
「はい、そうです、プロペラ機ですよ」
「そんなの、ジェットの訓練になるわけないじゃないか!」
「でも、ジェット燃料高いから、これでやれって言われたんです」
「それに、レシプロで……」
マルガリータはそこで気付いた。
「ミサイルなんてないんだ……」
「わかっていただきましたか」
「あ、ああ……それでGUN捌きがすごいわけだ」
「ほら、ジェットのHUDは、F‐1でも「えふに」でも弾道自動計算してくれます」
「うん?」
「ほら、ターゲットを捉えたら、照準がちゃんと追ってくれるでしょう」
「ああ、ガンサイトが動く事だな」
「でもでも、鍾馗や隼はそんなのないんです」
「!」
「一応HUDに表示されるようにはなっているけど、敵の距離くらいです、それもレーダーないから大きさで判別してるんですよ」
「それで訓練しているから……なのか?」
「きっとそうだと思います……わかってもらえましたか」
「た、たいしたもんだな」
「えへへ、でも……」
「でも?」
「ミサイルはシミュレーターで撃つばっかりで、あんまり撃った事ないんです」
「……」
「だから、ミサイルの方はさっぱりかもしれません」
「待て待て! ミサイルなんてロックオンして撃つだけだろう」
「マルガリータさんは、ミサイル、避けちゃいますよね、逃げ切れますよね」
「まぁ……な」
「機関銃でもなんでも、ちゃんと当たる瞬間があるんだと思います」
「たしかに、な……でも」
「でも?」
「そんな位置に付けるわけ、ないじゃないか!」
「!」
「ミサイル必中の位置なんて、そうそう付けるわけないぞ、ステルスくらいじゃないか?」
「そうだとしても……です」
「むう」
「それに、どんなに銃をあててもダメなんです」
「?」
「だって落ちませんもん」
「あ!」
隆子が悔しそうに言うのに、マルガリータは自分が見た映像を思い出していた。
確かに隆子の撃った弾は当たっているけれども、ホーネットが落ちる事はなかった。
「ミサイルで初めて撃墜できるんです、あんな大きいのが爆発したら落ちて当たり前です」
「そ、そりゃあ、確かにミサイルならなぁ」
マルガリータはうなずきながら、
「しかしな、隆子、あのシミュレーターは、隆子もやってるんだよな」
「はい、もう、毎日、暇があれば」
「あのシミュレーターはよく出来てるんだよな、「えふに」は飛んでもあんな感じなんだよな」
「はい」
「ミサイルを積んで、飛んだこと、あるよな」
「!」
マルガリータの言葉に、隆子は真顔になって、
「あります……けど……実際に飛んでもいますよ」
「この間の空戦の時だよな……びっくりだった、デコイになるミサイルじゃなくてミサイル撃ち落とすミサイルなんてな」
「そうです、あのミサイル積んで飛んでます」
「あんなデカブツ、積んで宙返りとかするのか?」
「!」
マルガリータは伸びをしながら、
「その、機動しているホーネットに弾を当てるのも、ミサイル無しだからだ」
「そう……なんだ」
「ミサイルなんて積んで重い状態でそうそう機動できるか、出来ても裸の状態とは比べ物にならん」
「そう……なんだ、でもでもイーグルとか!」
「バカだな~、「えふに」がイーグルにかなうわけないだろう、出力が違う違う!」
くらいつく隆子に、マルガリータは呆れ顔で手をヒラヒラさせるだけだ。
「あんな重戦車みたいな飛行機、ミサイル百発積んでも平気だ」
「百発はないでしょ」
「真に受けるな、バカ!」
マルガリータは隆子にチョップしながら、
「イーグルやホーネットやフランカーはへっちゃらなんだよ、大きさだって全然違うだろう」
「むー!」
隆子は口をへの字にしながら、
「だったらマルガリータさんは、イーグルとかフランカーに出会ったらどうするんですかっ!」
「!」
「命令ですよ、敵前逃亡は銃殺なんですよ、拒否権ないんですよ!」
言っている隆子からススっと逃げるマルガリータ。
「ま、待ってください! 逃げるなー!」
後ろから飛びつく隆子に、マルガリータは一緒になって湯船に沈んだ。
風呂を出たところで、隆子はしつこくマルガリータに、
「どうするんですか!」
「むう……」
マルガリータが着替えながら口ごもるのに、隆子はハッとした。
隆子の瞳に龍子とヘンリエッタが映っていた。
「ヘンリエッタはたいしたもんだな」
「そうか~」
「まだ小さいのに、パイロットだしな」
「背が~小さいのを~言うな~」
「子供でパイロットでエースなんてな」
「子供じゃ~ないぞ~」
体を拭き終えた龍子がパンツをはくのに、
「あーっ!」
隆子は叫ぶと、龍子にかみついた。
「なんで龍子さん、ふんどしじゃないんですかっ!」
「はぁ?」
「なんでパンツなんですか?」
「パンツくらい、はくだろう」
龍子は自分の尻をポンポン叩きながら、
「ノーパンは落ち着かんではないか」
「いや、じゃなくてですね!」
隆子はしゃがんで、龍子のパンツをにらむ。
ネコのワンポイント入りのパンツ。
「このパンツ、わたしのっ!」
「おお、そうだった、洗濯から戻って来たのを、何枚か貰った」
「えー! どうりで最近減ったかと!」
隆子は龍子の肩をつかまえて、
「なんでわたしのパンツ、持って行っちゃうんですかっ!」
「いや、隆子、かわいいのをはくな~ってな」
「なんで持って行っちゃうんですかっ!」
「で、洗濯から戻って来たのをはいてみたら、なかなかよかったんでな」
「わーん、ドロボー!」
「何を言うか、部下のモノは上官のモノだ!」
「ひ、開き直りましたねっ!」
って、それまで放置されたヘンリエッタが、しゃがんで龍子のパンツを見ながら、
「ネコパンツ~」
「ヘンリエッタさんは黙っててください、それはわたしのなんです!」
「おお~」
ヘンリエッタは隆子のはいているパンツを見て、
「隆子は~クマパンツ~」
「ヘンリエッタさんは黙っててください、龍子さんはどーしてわたしのパンツを!」
隆子はピョンピョン跳ねて怒ったけど、龍子はただ笑うだけだった。
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NCP2.5(2016)
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