「核ですっ!」
空母「たから」の艦橋にヘンリエッタが旗を掲げた……のをマルガリータとエルザはコクピットから見ていた。
「マルガリータさん、彼女は旗を!」
「本当にやりやがった……」
「こ、これからどうしたらよろしくて?」
マルガリータのドラケンとエルザのTNDはさっきから空母を中心にグルグル回っていた。
その背後には、龍子の「えふに」と信子の「F‐1」が張り付いている。
マルガリータはそんな背後の2機がさっきから「ついてくる」だけなのにヒヤヒヤだ。
旗の掲げられた艦橋には、何故か男に抱きかかえられたヘンリエッタがじっとマルガリータ達を見上げているのが見える。
「ヘンリエッタ……何で男に抱きかかえられているんだ?」
マルガリータはよく見た……ヘンリエッタは銃口を男の頬が凹むくらいに押し付けている。
「マルガリータさん」
「何? エルザ?」
「あれは……どういった事でしょう?」
「うーん、ヘンリエッタがお姫様抱っこされてるなんて、ちょっとこわいな」
「どういったシチュエーションなのでしょう?」
「わ、わからん、銃を押し付けている辺りからして、まぁ、ヘンリエッタが脅しているのはわかるんだが……」
そんなヘンリエッタの隣には、会議でよく顔を出している吉井の姿が見えた。
「あの、横に立っているのは……」
「ああ、エルザ、あれは吉井だ、テレビによく映ってる」
「ですわよね」
そんな吉井がサーチライトの横に立つと、ライトをチカチカ点滅させ始めた。
「発光信号!」
マルガリータはすぐに信号を拾い……拾えなかった。
「なんて言ってるかわからん……」
戸惑っているマルガリータに龍子の無線が入った。
「ちょっとそこの!」
「!」
「吉井さんは発光信号なんか使えん!」
「は?」
「格好つけているだけだ」
「……」
「それよりよく見ろ」
「?」
龍子の「えふに」がマルガリータのドラケンに並んだ。
そして龍子が空母を指差してみせる。
そんな仕草にマルガリータは空母に目を戻すと、さっきまでお姫様抱っこされていたヘンリエッタが、銃を突きつけられている姿が見えた。
「ヘンリエッタ!」
「ほら、仲間が捕まってるぞ、言う事を聞くんだ」
「!」
「とりあえず着艦しろ!」
「え?」
「着艦しろと言っているのだ!」
「は? いいのか?」
「何か知らんが、そうしろといわれているのだ、いいから早く!」
「し、しかしだな……」
「ほら、見ろ!」
龍子の声にマルガリータはまた空母を見た。
ヘンリエッタの頬にグイグイ銃口を押し付ける憲史がいる。
「わ、わかった、ともかく言われた通りにする!」
甲板の隅にはドラケンとTNDが並んでいた。
ブリーフィングルームではマルガリータとエルザが渋い表情で腰掛けていた。
「やあ、えっと……マルガリータちゃんとエルザちゃんですね」
「何故我々の名前を!」
「ヘンリエッタちゃんも知ってます」
正面の壇上に立った吉井はニコニコ顔で、
「ヘンリエッタちゃんに旗を掲げられてしまいました」
「……ヘンリエッタをどうした」
「この空母は、奪取されてしまったようです」
「だからヘンリエッタをどうしたのだ!」
「そうですわ、私達をどうするのですか!」
噛み付くように言うマルガリータとエルザに吉井はタジタジしながら、
「会議の時に君達の国には散々言われたが、国民性かな?」
そこに湯気をたてながら、パジャマ姿のヘンリエッタが姿を現した。
憲史がタオルを手に後を追いながら、
「ほら、髪をちゃんと拭く!」
「お風呂~気持ちよかったのだ~」
ヘンリエッタを捕まえた憲史は、彼女の髪をくしゃくしゃにしながらタオルで拭いていく。
「ちゃんとしろよ!」
「よきに~はからえ~」
「何がじゃ!」
そんなヘンリエッタと憲史を見て、吉井もマルガリータも、エルザもポカンとして、まず吉井が、
「憲史、どうしたんだ?」
「あ? おしっこ漏らしたからお風呂ってうるさいからお風呂に入れてました、漏らしてなかったけど」
引きつった笑みで聞いてきた吉井に、ヘンリエッタは服を引っ張りながら見上げて、
「この男に~お風呂で~犯された~」
「憲史、どうしたんだ?」
「お風呂の使い方わからんと言われて……」
「お風呂で~陵辱~」
「……」
「わーん、もう~死ぬしか~」
憲史はため息をついて、
「もうその『わーん』聞き飽きたから」
憲史は言いながら、マルガリータやエルザを見た。
二人もなんだか、わかっているような様子だ。
吉井が目で、
『憲史、どうしたんだ?』
『もうお風呂ではしゃいじゃって、すごい久しぶりだって』
『余計な事はしていないだろうな?』
『司令、余計な事ってどんな?』
『……』
吉井と憲史が目で会話していると、ヘンリエッタはマルガリータ達に、
「わーん、マルガリーター、ワタシ、あの男に撃墜されたのだ~」
「……」
「わーん、戦場で散ったのだ~」
「……」
吉井はそんな3人のところに言って、
「ヘンリエッタちゃん」
「なんなのだ~、吉井~」
「君は憲史に陵辱されたと言ったね」
「そうだ~」
吉井が憲史を見、3人も憲史を見た。
憲史はとほほ顔でそんな4人の方を見ている。
吉井はニコニコしながら、
「本当にそうなら、ヘンリエッタちゃん、本当に死んでるから!」
「!!」
「憲史に抱かれたら、残念で死ぬから!」
「!!」
憲史は「え?」みたいな顔をして、ヘンリエッタ達はピクピクしながらうずくまってしまった。
「た、確かに~」
「あの顔では残念で死ねる!」
「残念と言うより……無念ですわ!」
「何、俺、すげー言われようなんだけど!」
ふてくされて行ってしまう憲史に、吉井は笑いながら、
「ヘンリエッタちゃんも、あんまり憲史をいじめないように」
「おもしろい~のに~」
吉井は胸元から封筒を出すと、マルガリータとエルザに渡した。
いきなり母国の命令書の封筒に二人は衝撃を受け、開封してさらに驚いていた。
吉井とヘンリエッタは、そんな二人をじっと見つめている。
マルガリータが引きつりながら、
「ここここれはどういう事だっ!」
「ワタシも~びっくり~」
「大体なぜこいつが命令書を持っているのだ!」
エルザが銃を抜いて、
「ウソですわ、これはウソですわ!」
銃を突きつけられた吉井は、相変わらずニコニコ顔で、
「エルザちゃんは……TNDにフック付いているのに変だって思わなかったんですか?」
「!」
吉井は言ってからヘンリエッタやマルガリータにも目を配る。
「前の戦争から、話をした方がいいみたいですね」
吉井は言いながら、近くの席に腰を下ろした。
エリーは滑走路に向かうタイガーのコクピットから、ハンガーの中にある機体に目をやった。
暗いハンガーの中にはナイトホークが収まっている。
しかし、一つのハンガーにはラプターがいるのがわかった。
「離陸を許可する、離陸を許可する」
無線の声に、エリーはスロットルを倒した。
加速するタイガーだったが、今日は大きなミサイルをぶらさげていていつもより鈍い出足だった。
よろよろと飛び立ったタイガーは北東に進路をとった。
カタパルトを前に隆子の「えふに」はエンジンを吹かしていた。
コクピットでチェックをしながら隆子は、
「あのー、坂本さん」
「何? 隆子ちゃん?」
「どうなるんでしょうね?」
「うん?」
隆子は飛行甲板に並んだドラケンとTNDをチラ見する。
坂本はそんな仕草にニコニコしながら、
「隆子ちゃんは知らないの?」
「は? 何がですか?」
「吉井さんはさ、この空母でしたい事があったんだよ」
「何ですか?」
「女の子だけの飛行部隊!」
「え?」
「だから、女の子だけの飛行部隊!」
「なんで?」
「俺もわかるんだけど、女の子だけの飛行部隊って華やかでよくない」
「男の人らしい発想ですね」
「そう?」
坂本がコクピットのコネクターに端末をつないで機体状態をチェックしていると、一台のジープがやってきて止まった。
運転していた龍子が駆けて来ると、
「私が後ろに乗る事になった」
「龍子さん……龍子さんの機体はダメなんですか?」
「さっきの飛行で調子が悪かったからな、隆子の後ろに乗るよ」
「別にいいですけど……でも……」
隆子は坂本に目を戻して、
「わたし、作戦聞いてないんですけど」
龍子は後部座席に乗り込みながら、
「Y基地からタイガーが出た報告があがってる、すぐに来るぞ」
「他の基地からの要撃はないんですか?」
「そうだ、うちからしか要撃は出せない」
キャノピーが降りて、坂本が「無理しろ」のサインボードを示しながら離れていく。
コクピットの中で隆子は、
「この空母って、すごいんですよね」
「まぁ、なぁ、世界一なんじゃないかな」
「なのに、誰も守ってくれないんですね」
「しょうがないだろ、いろいろあるんだよ」
「はーい」
射出位置につけた「えふに」。
すぐに信号が変わって打ち出された。
「あ!」
「どうした、隆子!」
機首を上げて、上昇していく「えふに」。
隆子は何度も左右の翼に目をやってから、
「要撃なのに、ミサイル積んでません!」
「あー!」
「どうしましょう?」
「隆子も着艦してすぐの要撃だからなぁ」
「はい」
「私と信子も着艦したてて、この出撃に間に合わなかったんだよ、機体準備が」
「それでわたしだけなんですか」
「まぁ、そんな感じだ」
龍子はレーダーを見ながら、まず、イジェクトレバーを引いた。
引いたら取れた。
取れてしまったレバーを見ながら、
「出撃したのはタイガー1機という事だ」
「あの、どうしてそんなのがわかるんですか?」
「そりゃ、Y基地に張り込みしているのがいるんだよ」
「なるほど……国内ですもんね」
龍子はあちこちレバーやらスイッチを触りながら、ことごとくダミーなのにため息をついていた。
「龍子さんはどうして?」
「うん?」
「何で一緒に?」
「ああ、それか……上がったのはタイガーだったんだが……」
「はぁ」
そこで隆子達のレーダー画面が真っ白になった。
「それと、さっき誰も要撃に出れないって言ったろう」
「はい」
「一応要撃には出てるんだ、ただ、間に合っていないだけだ」
「そのタイガーに対してだけ、どうしても手が足りないと?」
「そうだ……W基地から宮本さんだって上がってる」
「え! そうなんですか!」
「ああ、この間助けてもらったろう」
「はい」
「多分別働隊を見越して上がっているだと思う」
「みんな、空母を守ってくれてるんですね」
「そうだ」
隆子はレーダーが真っ白で、ナビも不調なのにコンパスを頼りに進路を定めながら、
「龍子さん、ちょっといいですか?」
「うん?」
「『前の戦争』って何なんです?」
「それ……か」
「はい、前の戦争とか、核とか、聞いてます」
「うん、それが?」
「わたし、学校の成績は悪かったけど、テレビのニュースや新聞くらいは見たんですよ」
「うん、それで?」
「龍子さんも、前の戦争に出たって聞いてます」
「……」
「憲史さんや坂本さんも、吉井さんも出てるんですよね」
「信子から聞いたのか」
「はい、話の中で、なんとなく」
「何が聞きたいんだよ」
「前の戦争って、龍子さんは子供ですよね?」
「ああ……私がいくつの時だったかな、うん」
龍子は後部座席の居心地の悪さに体をゆすりながら、
「私の父が、その部隊の航空隊隊長だったんだよ」
「はぁ」
「父が私の才能に気付いて、ずっと一緒に飛んでいたんだ」
「子供だったんですよね」
「なぁ、隆子、お前だって充分子供だろう」
「……」
「私が初めての、テストケースだったのは確かだ」
「初めて……」
「しかし、同盟国もエリー……エリーってマリーの姉なんだが、エリーも私と同じ歳で飛んでいたんだよ」
「えっと、エリーさんって今日のタイガーのパイロットですよね」
「まぁ、多分なんだがな、きっとそうだ、マリーも言ってたし」
龍子はパネルなんかを操作したけれども、後部座席でまともに使えるのはモニターと空調くらいだった。
「隆子、なんか食べるのないか、後ろは何も出来ん」
「あ、はい、おにぎりとかありますよ」
「くれ」
「はーい」
前の席からコンビニ袋が回されるのを受け取ると、早速龍子はそれを食べながら、
「最初は小さな内戦っぽかったんだよ」
「はぁ」
「出来ればO州も、隣国同士で解決したかったみたいなんだ」
「えっと、普通お金とか、他の国に助けてもらったりしませんか?」
「まぁ、なぁ、でも、借りを作ると返さないといけないだろ」
「はぁ」
「O州各国は、あんまりそれをしたくなかったんだよ」
「どうして?」
「なんだかんだで、利子がふくらんで、結局借りた国の言いなりにならないといけないだろう」
「そんなもんなんですか」
「そんなもんなんだよ」
「でも、借りちゃったんですよね?」
「そこなんだよ」
「?」
「国によって富める国、貧しい国ができちゃうわけだ」
「はぁ」
「で、持ってる国が持ってない国を支えているうちに、不満が募る」
「そこで戦争?」
「まぁ、ずっと工作してたみたいなんだがな……決定打が地下資源なんだよ」
「地下資源」
「そう、私もそこの詳しい事は知らないんだが、大規模な鉱脈みたいなのが見つかったんだよ」
「それを巡って戦争?」
「まぁ、なぁ、引き金になったのはそんな感じ」
「で、龍子さんや憲史さんや坂本さんはどうして?」
「遠い国での戦争だよな、それにうちの国は、戦争しないって事になっている」
「ですよね」
「最初は国際部隊の一員として、派兵する事になったんだ」
「そんな事が……」
「公になってないからな、それに、派遣するとき、全員国籍を移したんだよ」
「え!」
「うちの国の人間でなければ、うちの国が派遣派兵した事にならないからな」
「うえ……詭弁ですよね」
「まぁ、なぁ」
「都合、問題の戦争の張本人の国の人間・部隊になったんだよ」
「それってはめられたんじゃないですか?」
「いや、戦争を起こした国っても、全部が全部戦争やりたいってわけじゃなかったんだよ」
「あぁ」
「不満に思っている人間がクーデターで中央を牛耳って、それから戦争に突入さ」
「龍子さんはどっちで戦ったんです?」
「そのクーデターを起こした側」
「なんで!」
「当時の司令も吉井さんだったんだが……」
「はぁ、それで?」
「吉井さんは全権与えられていたんだけど、戦争には反対だったんだよ」
「それなのに、なんでクーデター側で戦争始めた側なんですか?」
「この戦争でぶつかったのは、クーデター起こしたのと、同盟国なんだよ」
「……」
「クーデターを起こした……とは言っても全権掌握した連中は、すぐさま独立しようとしていた地域に軍隊を投入して、その直後に地下資源がわかって戦争開始さ」
「なんで他の国は動かないんです? 隣国で戦争なんですよ?」
「クーデターでいきなり政変、いきなり戦争、実はクーデター起こした連中は青写真は出来てたみたいなんだよ」
「準備は出来ていたんだ」
「だな……で、すぐに対応できたのは、戦争したがっていた同盟国だけだったわけ」
「龍子さん達も戦争の準備は出来ていたんですよね」
「まぁ、武力行使する気満々だったな、確かに」
「でも、どうしてクーデター側なんでしょう?」
龍子はおにぎりを頬張って、しばらく返事をできないでいたが、
「クーデター側というより、その国に付いたんだよ」
「どうして?」
「孤立させない為……かな?」
龍子は指をおしぼりで拭いながら、
「クーデター起こした連中に肩入れするつもりはないが、その国には肩入れしたかったわけだよ」
「よくわかりません」
「うーん、私も確かに……なんでだろうかって思いはした」
「でしょ」
「最初はな」
「え? 今は納得してるんですか?」
「戦争して、その後結局地下資源の利権、かっさらったんだよ」
「うわ、あからさまだったんですね」
「戦争なんて、そんなもんだよ」
龍子はお茶をすすりながら、
「その地下資源を持っていかれた事で、結局仲が悪くなったわけだ」
「そりゃ、そうですよね」
「戦争も、よくよく考えると誘導されてるっぽかったわけだ」
「最初から、地下資源を狙ってたわけですね」
「まぁ……最初はまた別のモノだったかもしれんが、結果そうなったのかな」
「その戦争で核も使われたって本当なんですか」
「私の父はそれで消し飛んだ」
「むう……でも、わたし、テレビくらいは見てますよ」
「ニュースにならなかったって言うわけだ……まぁ、な」
「なにが『まぁ、な』なんです?」
「核の惨状は……ニュースにできなかったんだよ」
「?」
「あんまり酷かったんでな」
「そう……なんですか……」
「うん」
隆子も龍子も黙り込んでしまった。
しかし、龍子が蹴りを入れて、
「見えた、2時上方だ」
「!」
言われた方向を見上げる隆子。
タイガーの機影がポツンといた。
隆子は一瞬後ろを確認してから、
「他にいないんでしょうか?」
「みたいだな……っても視界の範囲でだが」
「レーダー真っ白ですよね」
「ちょっと寄せろ、どうせきっとエリーだ」
「え……撃ってこないです?」
「ばーか、見ろ、あれ」
龍子がタイガーを指差すまでもなく、隆子は目を凝らした。
タイガーの腹には大きなミサイルがぶらさがっている。
あとはドロップタンクを左右の翼に下げて、以外ミサイルなんかはないふうだ。
「攻撃機に護衛ないはず、ないですよね」
「普通はな」
「普通じゃないんだ」
隆子はイマイチ納得できないまでいたが、龍子の指示に従った。
タイガーの背後からその左翼に並ぶ。
龍子が呼びかけた。
「おい、エリーなんだろ、返事しろ」
しかし、龍子の声はノイズにかき消される。
「龍子さん、ジャミングかかってるから無駄ですよ」
「むう……」
「モールス、モールス! 発光信号、発光信号!」
「忘れた」
「吉井さんと一緒ですよ」
隆子はライトを出して、タイガーに発光信号。
「隆子、できるのか?」
「W基地でサバイバルゲームやってて、合図にちょっと」
「よーし、呼びかけろ、名前を聞け」
龍子に言われて隆子が発光信号。
返事を隆子が見て、
「エリーさんみたいですよ、あ、顔見えました、マリーさんとあんまり似てませんね」
言いながら隆子はまたライトを向ける。
しかしエリーの表情が曇るだけで、返事はなかった。
「おいおい、どうした、返事ないぞ、なんて言ったんだ」
「ミサイル破棄して、したがってくださいって言いました」
「そりゃ返事に困るわな」
するとエリーから返事が来る。
「捨てられないんだ……って言ってます」
「おいおい、そんは筈……」
龍子が言っていると、タイガーのコクピットでエリーが何か見せている。
手にしているのはイジェクトレバーだ。
龍子もレバーを見せながら、
「なぁ、隆子、アレ、どういう意味と思う?」
龍子が呆れた声で言うのに、隆子は怒った口調で、
「アレ、マリーさんと一緒です」
「うん?」
「マリーさんも脱出できなかったんですよ、それにミサイルだって暴発しました」
「!」
「エリーさんも捨石にされたんですよ、それも特攻です、自決です」
隆子が信号を打つと、力ない笑みを浮かべたエリーは銃をキャノピーに向けるも、それっきりだ。
「マリーさんの銃も使えませんでした、あれだと脱出も出来ません」
「むう……」
途端にレーダーが回復した。
同時にミサイルアラートが響く。
隆子と龍子がレーダーに視線を戻したとき、背後に2つの点が映っていた。
「逃げろっ! 隆子っ!」
「はいっ!」
左に捻りこんで急降下。
ミサイルはどんどん近付いて来た。
「あっちにも飛んでますっ!」
追ってくるミサイルの煙が二つに分かれていた。
一方は「えふに」に、一方はタイガーに向かって伸びる。
「エリーっ! 逃げろっ!」
無線で叫ぶ龍子。
すぐにタイガーは反応した。
右に捻りこんでから、「えふに」がしたように急降下に転じる。
「隆子隆子っ!」
「うわっ! こっちもっ!」
アフターバーナー全開で降下する「えふに」のコクピット。
隆子は一瞬後ろを見た。
さっきより、オレンジ色のドーナツが大きくなっている。
「頭に来たっ!」
隆子はスティックを引くと首を振って敵機を探す。
「見つけたっ! 尻尾を立てろっ!」
ミサイルをお供に機首を敵機に向ける「えふに」。
旋回Gに耐えながら、隆子はHUDに敵機を収める。
「隆子っ! 何する気だっ!」
「落とすに決まってるでしょ!」
「ミサイルとかー、ないんだけどー!」
後部席の龍子がGにヘロヘロになりながら言うのに、
「いいんです、レーダー照射っ!」
「ミサイル無」の表示にかかわらずトリガーを引く隆子。
しかし敵機の、ホーネットはピクリともしない。
「ほらー、見抜いてやがるー」
「龍子さん、さっきからどうしたんですか?」
「Gがーきついー!」
「旋回中ですからね」
隆子はまだミサイルとの距離があるのを確かめてからレーダー照射を続ける。
「避けませんね」
「あたりーまえー!」
龍子は一度つばを飲んでから、
「こっちがーミサイルーつんでないのー丸見えだー」
「でもGUNはたっぷりなんですよっ!」
「えーっ!」
隆子がトリガーを引くと、短く機関銃が火を噴く。
「まだ遠いっ!」
龍子が言った時、ホーネットに火花が見えた。
隆子は改めて引き金を引き直す。
次の連射、また当たった。
「おいおい、何で当たるんだよ!」
「こっちの銃はスペシャルなんです、余計飛ぶんですよ!」
隆子はアフターバーナー全開で、連射しながら突っ込んだ。
ホーネットの機体がバチバチ弾ぜるのがはっきり見える。
息を飲んで見ていた龍子が、
「おい、あんだけ当たって何で火噴かない……」
「豆鉄砲なもので……」
「何で弾がチョロチョロしか出ない……」
「もったいない……憲史さんが言ってました」
「そ、そうか」
思い出したように左右にブレイクする2機のホーネット。
「まず1機!」
隆子は右にブレイクした、近い方に集中攻撃。
弾けるだけのホーネットだったけれども、部品がボロボロこぼれ始め、煙を引くようになった。
翼にぶら下げていたECMポッドがポロリと落ちると、フラフラと降下を始める。
「もう1機!」
すぐに捻り込んで左に逃げたホーネットを追う。
龍子は振り回される機体の中で、
「バカ! ホーネットにかなうもんか!」
「龍子さん、いいですか、見ててください!」
「あん?」
「死ねーっ!」
旋回しながらトリガーを引く隆子。
短く連射すると、ホーネットの機体が火花を散らす。
「おお! 隆子! 当たってるぞ!」
「敵、旋回してますよね」
隆子は言いながらトリガーを引く。
GUNが火を噴き、ホーネットが弾ぜる。
その都度ホーネットはもだえるように機体を振った。
「えへへ、死ね死ねー!」
「えふに」はホーネットを逃がす事はなかった。
ただひたすらに銃火を浴びせるばかりだ。
短い連射。
ホーネットは被弾し、ジリジリとダメージを溜めていく。
「なぁ、隆子」
「なんですか、龍子さん、今、いいとこなんです!」
「何でこっちの銃は気持ちよく当たるんだ」
「そりゃ、ずっと練習したんですよ、それに……」
「それに?」
「わたし、W基地では鍾馗に乗ってたんです」
「知ってる」
「機関銃ならおまかせです!」
「しかしよく当たるなぁ」
「ふふ、敵機のパイロットはおバカですよ」
「うん?」
「真っ直ぐ全速力で逃げれば、こっちは置いていかれます」
「まぁ、ホーネットの方がダッシュも最高速も早いかな」
「いくらこっちの銃が遠くまで届くと言っても、マッハで逃げられたら当たらないです」
「むう……旋回していれば射程の中って事か?」
「えへへ、そうです、外しませんよー!」
「隆子、お前、感じ悪い」
「は?」
「こう、ネチネチと当て続けるの、感じ悪い」
「だって、これしか武器ないし」
「本当に豆鉄砲だな……さっきからかなり当ててるのに、全然火噴かない」
「そこなんですよね~」
「しかし敵さん、かなり嫌な気分だぞ」
「は?」
「豆鉄砲でも当たれば嫌な音がするだろう」
「そ、それはそうですね」
「さっきからずっと、被弾してるんだぞ」
龍子が言った途端、ホーネットのエンジンの一つが止まった。
フラフラとしだすホーネットを見ながら龍子は、
「あ、こっちのミサイルはどうなった?」
「!」
周囲を見回してみると、ミサイルは見えなかった。
龍子は首を振って周囲を見ると、
「タイガーはどうした?」
「!」
レーダーを見れば、すぐに見つかって隆子は後を追った。
「一瞬騙されたかと思いました」
「うむ、私も一瞬そう思った」
龍子は無線で、
「エリー、久しぶりだな」
「リョーコ!」
「おお、久しぶり」
「リョーコだたの?」
「ああ、エリー、そのでっかいミサイル、捨ててくれ」
「出来ないヨ」
タイガーのコクピットでは、手をヒラヒラ振るエリーの姿。
「信じられるか!」
龍子が叫んで言うも、返事はなかった。
隆子は後ろでカンカンな龍子に、
「あの、さっきも言いましたけど」
「うん?」
「エリーさん、ミサイル撃てないし、廃棄も出来ないんですよ」
「マリーと一緒……さっき言ってたな」
「きっとエリーさんも捨石です」
沈黙、隆子はタイガーの後ろに付けながら、
「龍子さん、どうします」
「むう……撃墜するのが一番なんだが」
「エリーさんって知り合いなんですよね」
「まぁ、なぁ」
龍子は後部座席から身を乗り出しながら、
「しかしミサイルを抱いたまま空母に向かわせる訳には……」
「あ!」
「どうした?」
「あのでっかいミサイルは対艦ミサイル?」
「……」
龍子はじっとタイガーの背中、抱えたミサイルを見て、
「ありゃ、核だ、きっと」
「え……って、やっぱり?」
「父がやられたのと同じヤツだろう」
「あのー」
「うん?」
「嫌な予感がするんですけど」
「嫌な予感?」
「あれって、時限信管とかじゃないです?」
「!」
「エリーさん、捨石ならありえませんか?」
「確かに!」
「どっちにしても、わたしは破壊に全部賭けます」
「は?」
「だって、どの道爆発しちゃうんですよね」
「……」
「だったら今破壊するのがいいですよ」
「……」
龍子は隆子の言葉にちょっと、ほんのちょっとだけ考えて、
「ミサイルだけ、壊せるか?」
「ふふ、お任せです」
さっきのホーネットへの攻撃を思い出しながら、龍子は一度小さく頷いて、
「では、ハードポイントを破壊できるか?」
「!」
「で・き・る・か?」
返事もなく「えふに」の銃が火を噴いた。
ミサイルと機体の間で火花が散り、ミサイルが剥がれる。
「ふふ、この距離なら外しません」
「たいしたもんだな」
隆子は機体をロールさせながら、背面飛行で落ちていくミサイルを確認して、
「龍子さん、どうします?」
「下は海か……いいよ、空母に帰ろう」
「爆発しませんかね?」
「私も考えた、もう、どうでもいいや」
「?」
「爆発する時は爆発するし、しないときはしないし」
「ダミー?」
「最悪で核って思っただけだ、対艦ミサイルかもしれないしな」
「でもでも、対艦ミサイルだったら外れないなんてないですよね」
「だったらダミーなんだよ、ダミー」
機体を戻しながら隆子は一瞬唸ってから、
「うーん、ですね、考えてもしょうがないですね」
「相手次第だって事さ」
「だったらですね、わたし達に出来る最善ってなんでしょう?」
「そりゃ、あれが核で爆発したら被爆しないように全力で逃げる」
途端に加速し、タイガーを追い抜く「えふに」。
龍子は無線で呼びかける。
「エリー着いて来い、マリーも待っている」
無線に応えるようにエリーのタイガーも加速した。
宮本の乗った鍾馗がゆっくりと旋回を続けていた。
モニターはさっきから荒れていて、ジャミングでデータリンクもナビもダメな状態だ。
宮本はうんざり顔で海面すれすれを飛びながら、上空をチラチラ見ている。
「要撃って言われて何で鍾馗って思ったが、2時間待たされるとはな」
ぼやきながら……空に点を一つ見つけた。
真っ黒い三角のシルエットにニヤリとする宮本。
敵機の進路を先に行くように舵を取る。
「ふふふ……なんでロケットモーター積んでるかと思ったらコレか!」
頭上を通過するナイトホーク。
宮本は機首を上げ、ロケットに点火した。
加速Gにシートに押し付けられながらも、宮本は操縦管を保ち続ける。
照準にナイトホークを捉えながら、
「なんでもアフターバーナー噴かすらしいからな、真っ先にコレだっ!」
トリガーを引く。
次の瞬間ナイトホークの機体が激しく弾けた。
宮本はトリガーを引いたまま、ナイトホークの背後に付けるとエンジンを狙い続けた。
そんなエンジンが一瞬火を点したと思ったら、左側が爆発。
「おらおら、豆鉄砲でも全弾命中じゃ!」
エンジン爆発を見てから、宮本はフラップを砕いて自由を奪った。
「おおっ!」
しかしロケットモーターが思いのほか続いて、鍾馗がナイトホークに追い付く。
機首上げで交わすと、上昇しながら敵機の様子を伺った。
画面を見れば、ロケットはそろそろ切れる。
宮本は鍾馗を翻して、
「武士の情けじゃ!」
言いながらトリガーを絞った。
エンジンに被弾して身動きが取れないナイトホークの左翼を銃火が襲う。
豆鉄砲に耐えていた翼も、集中弾で蜂の巣になると吹き飛んでしまった。
しかし、まだ残った部分でなんとか持ちこたえるナイトホーク。
宮本は改めてバックに着くと、照準に機影を収めた。
トリガーにかかる指。
でも、発砲される前に、残りの右エンジンも爆発して、ふらふらと降下を始める。
宮本は落ちていくナイトホークを見守っていたが、
「お、こっちも燃料ねーや、帰るか」
もう復活したナビを見ながら、
「O基地が近いか、M基地までは持ちそうにないしな」
宮本は南に向かって舵を切った。
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NCP2.5(2016)
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