「空母にのりますっ!」
隆子は朝の訓練を終えて、台所に立っていた。
『めずらしいミッションだったな』
逆さにしてあるコップひとつを手にすると、蛇口をひねる。
いっぱいになったところで、手の甲に汗が浮かんでいるのに気付いた。
『敵機要撃、空母着艦なんてゲームみたい』
隆子はコップを窓のサッシの所に置くと、両手で水をすくい、顔を洗う。
『空母なんて、ないのに』
W空軍基地に訓練生で配属されて半年。
毎日まいにちシミュレーターに乗って訓練を繰り返している。
シミュレーター……ゲームみたいで、本部から送られてくるミッションを毎日こなすのだ。
最北のW空軍基地、北方からの侵入機に備えたミッションがほとんど。
たまに首都圏防空なんてミッションもあったけど、「空母着艦」なんてびっくり。
『もうネタにつきて、本当にゲームになったんじゃ?』
隆子は3度顔に水をやったところで、顔を上げた。
『っもしかしたら……』
実は先日「テスト」があったのだ。
いつものミッションなのだけれども、終わってみれば「検定試験」のメッセージ。
「最初にテストって言わないのは卑怯だと思う」
つぶやきながらタオルで顔をぬぐっていると、さっき窓際に置いたコップが震えているのがわかった。
入れた水が震えて、波紋が浮かび上がる。
「!」
窓から見る外の景色。
かすかに聞こえてくるジェットの音。
管制塔を見れば、一人双眼鏡を手に南の方を見つめている。
隆子は外に出ると、南の空に目をやった。
すぐに一機のジェットが着陸してくるのがわかった。
エンジン音が低くなり、ギアダウン。
「F‐1だ……」
滑走路の端を目標にしたF‐1は、速度を落として微妙にふらつきながら、しかし最後には迷いなく接地を決める。
タイヤが一瞬煙を出し、滑走路を減速していくF‐1。
隆子の目の前を通り過ぎ、管制塔を通り過ぎ、さらに進んだところで止まった。
すぐにハンガーから車が出てきて、着陸したF‐1に向かう。
「!」
隆子は跳ね上がったキャノピーから一人飛び出すのを見た。
髪の長い……きっと女の人。
タラップなんか使わないで、コクピットから飛び降りた。
「すご……2階くらいの高さあるよね」
ぼんやりと見ていると、向かったジープがすぐに戻ってくる。
「あ!」
ジープはまっすぐ隆子の方に来ると、運転していたのはさっきの「髪の長い女」だった。
隆子は一瞬びっくりしたものの、すぐに敬礼。
F‐1で来た女の人は、隆子を見、書類に目をやってから、
「敬礼はいいから、西郷か? 西郷隆子?」
「は、はい、西郷です、西郷隆子です」
「そうかそうか、朝から早いな」
そう言いながらF‐1で来た人はジープを降りると、
「なんだ、まだ定時じゃないような気がするが、待機か?」
「え、えっと、時間前にシミュレーター3時間」
「おいおい、朝3時間もやるのか?」
「やれって宮本さんに言われているので」
「宮本さん……教官か」
「はい」
「そうか……いい感じでパイロットスーツ着てるな」
「はい、訓練でも着ておけって」
「まぁ、ゲームじゃないしな、ゲームみたいだけど」
隆子はしばらくF‐1で来た女の人を見ていたけど、
「あ、あの!」
「なんだ、どうした?」
「わたくしは訓練生の西郷隆子です」
「ああ、知ってる」
F‐1で来た女の人は笑う。
ちらっと胸に名前が見えた。
「坂本さんですね?」
「あ、ああ……私は坂本だ……しかし」
「?」
「私の事は龍子と呼べ、龍子、いいな」
「え、龍子って名前ですよね、いいんですか?」
「かまわん、それと私の方が階級は上だが、普段は普通に話しかけてかまわん」
「はぁ……」
「西郷隆子、今日からお前は空母勤務だ」
「えー!」
隆子が声を上げていると、
「こらー、西郷、お前なに勝手にジェットを……」
パンツにシャツ姿の宮本があくびしながら出てきた。
「おもちゃじゃねーんだぞ、おもちゃじゃ、スターファイターもここじゃ……って、あんた誰?」
宮本は龍子を見て嫌そうな顔をするのに、隆子が、
「あの、宮本さん、この人は坂本さんです、坂本龍子さん」
「さかもと? 坂本? ああ、昨日ファックスあった!」
「W基地のパイロットで教官の宮本だな」
「ああ、あんたが坂本さんか、そっか」
宮本はボリボリと腹の辺りを掻きながら、着陸したF‐1の方をチラ見して、
「坂本……さかもと……坂本……さかもと……」
つぶやいてから、急にシャンとすると敬礼。
「坂本大尉、ようこそお越しくださいました」
「ああ、もういいから、敬礼はよしてくれ」
「しかし上官でありますから」
「わかったから、敬礼はもういい、なおれ」
「はっ!」
宮本はパンツにシャツという、だらけた格好で、
「うちの西郷を引き取りに来たのはわかりますが、本気でありますか?」
「ああ、本気だ、と、いうか、私の一存ではない」
「と、いいますと?」
「先日西郷は試験を受けている、成績がよかったからだ」
「え? 西郷が? 成績良かった?」
「そうだ、教官冥利につきるだろう」
「本当ですか?」
「本当だ」
龍子が差し出すクリップボードを宮本が覗き込む。
「はぁ、確かに……」
「そんなわけで西郷はもらっていく、いいな」
「はっ!」
龍子は隆子に目をやると、
「5分で支度をしろ、すぐに出るぞ」
「え! でも!」
「大丈夫だ、空母の中に何でも揃ってる」
それを聞いてから、宮本が、
「坂本大尉、ちょっと確認したいのでありますが!」
「うん?」
「我が国に空母があるなんて聞いたことありません」
「……」
「ヘリコプターならわかります、しかし西郷は飛行機だけです」
龍子はうなずきながら、一度腕時計に目をやる。
「テレビはどこかないのか?」
「あ、テレビならこっちにありますよ」
隆子はシミュレーターのある建物に龍子を通す。
さっき顔を洗った台所に古いTVがあった。
龍子は腕時計を見ながら、
「ちょうどニュースやってる時間と思うんだが……」
画面が出ると、子供向けアニメが出た。
隆子はリモコンを向けながらチャンネルを変えると、
「ほら、これこれ!」
「!」
龍子が言うのに隆子と宮本は目を丸くした。
画面には「新型巨大空母」の文字。
宮本は龍子に向き直ると、
「大尉、これ、一体いつ?」
「つい先日」
「ど、どうやって!」
「船は造船所」
「そ、そりゃそーだが、家は大工さんみたいに言われてもなぁ」
「船は造船所で造る」
「大尉、それはそうなんですが」
最後まで画面を見つめていた隆子は、顔を上げるとニコニコして、
「空母ってそんなにすごいんですか?」
「……」
「わたし、この間シミュレーターでやったから……空母ってゲームの中だとよく出てくるから、普通にいるとばかり思ってました!」
「……」
「ゲームだと、点数高いんですよ」
あいかわらずニコニコ顔の隆子。
龍子と宮本はがっくり肩を落として、
「宮本さん……」
「なんですか、大尉」
「こいつはもしかして、すごい大物か?」
「ただの訓練生です」
滑走路の片隅で、龍子の乗ってきたF‐1が離陸を待っていた。
「あとちょっとで給油終わりま~す」
整備員が言うのに、龍子は隆子に、
「もう乗っとけ!」
「はい、龍子さん!」
って、隆子がタラップを登って後ろの席に行こうとしたら、
「あ、ちょっと!」
「はい、なんですか?」
「西郷はシュミレーターやってたんだろう?」
「はい、毎日乗ってました、朝も乗ってました」
「じゃあ、こいつのコクピットは同じ仕様になってるから、西郷が操縦だ」
「え! いいんですか!」
「操縦、大丈夫だろ」
「はい、お任せですっ!」
「何だか嬉しそうだな」
「だって宮本さん、ジェットはなかなか乗せてくれなくて」
「そ、そうか……」
「ジェット好きなんですよ~」
「西郷はジェット乗った事ないのか?」
「ありますよ、訓練で何度か」
「そうか……普段の実習はどうしてたんだ?」
「実際に飛ぶのはレシプロが多かったです」
「レシプロ……そうか」
「ジェット、いいですよね、エンジン音とか、大好き!」
「そ、そうか、操縦、よろしく頼む」
「でもでも、本当にわたしが操縦でいいんですか?」
「ああ、私はこっちに来るまで飛んで来たから、ちょっと疲れた」
「了解です、西郷、操縦しますっ!」
龍子もタラップを上がると、後ろの座席の落ち着いた。
隆子が思い出したように、
「あの、龍子さんっ!」
「今度は何だ?」
「わたし、なんの準備もなしで来ちゃいました」
「そうだな、なんだかんだで……」
「どうしましょ?」
「荷物はどんなのだ?」
「着替えとかです」
隆子の言葉に龍子は笑うと、
「なら大丈夫だ」
「どうしてですか?」
「空母にそろえてある、衣食住は揃ってるから、体ひとつでかまわん」
「え、そうなんですか?」
「ああ、制服、パイロットスーツ、下着もばっちりだ」
「そう……なんですか?」
「なんだ、一張羅あるのか?」
「いえ……別にそんな他所行きはないです」
「お気に入りがあるのか?」
「私服がちょっと……」
隆子の口調がちょっと沈んだのを聞いた龍子は、しかし見送りに来ていた宮本を見つけて、
「宮本さんに送ってもらえ」
「え! そんな事できるんですか?」
「ああ、寄港先が決まったら、そこに送ってもらえるようにしとけばいい」
それを聞いて隆子はコクピットから身を乗り出すと、
「宮本さーん!」
「何だ?」
「わたしの服とか、後で送ってください」
「ああ? 西郷、何か服とかあったか?」
「ありますよー!」
「パイロットスーツ以外に何か着てたっけ?」
「Tシャツとか」
「あー、ネコパンツ」
「!」
「クマパンツもあるな」
「!!」
「ほら、どうせ官品配給されるからいいだろ」
「ちょ、ちょっと、どうして宮本さんわたしのパンツ柄知ってるんですか?」
「だってお前、普通に干してたじゃねーか」
「う……」
「西郷、お前歳いくつだ、うちの娘も笑ってたぞ」
「いいでしょ、わたし、好きなんだし!」
「はいはい、送っておくよ、ネコパンツ」
「もう言わないでください、恥ずかしいからっ!」
隆子は叫ぶと、キャノピーを下ろしてしまった。
後ろの席に収まっていた龍子が声を震わせながら、
「西郷、お前、ネコパンツなのか?」
「いいでしょ! かわいいんだからっ!」
「ネコパンツなのか?」
「モウっ! 出ますよっ!」
隆子は唇をかみながら、スロットルレバーを倒した。
空に上がったF‐1。
隆子はもうすっかり「ネコパンツ」を忘れていた。
「ふふふ、超楽しい」
「おお、西郷は操縦、上手いな」
「そうですか? 宮本さんいつも注意してましたけど」
「いや、持ち上げてない、思った以上に上手だ、たいしたもんだ」
「どう思っていたんですか?」
「いや、訓練生は大抵、おっかなびっくりだからな」
「そうなんですか……なんで『おっかなびっくり』なんでしょう?」
「空に上がるってのは、緊張を強いられるもんじゃないのか?」
「えー、わたし、空を飛ぶのってすごい好きなんですけど」
龍子は目の前のモニターに目をやってから、
「西郷は……」
「あの、龍子さん」
「何だ?」
「わたしは坂本さんの事を龍子って呼ぶから、龍子さんもわたしの事は隆子でどうでしょう?」
「むう、まぁ、そうだな」
「なんで『坂本』じゃなくて『龍子』なんです?」
「ああ、今から行くあの空母だが、整備に坂本ってのがいるんだよ」
「って、龍子さんの方が階級上じゃないんです? 整備の坂本さんがいるんですよね?」
「そうだな、私の方が上かな、でも、男と女じゃ女が下の名前っぽいんだよ」
「はぁ」
「だからわたしが龍子でいいんだ」
「わかりました、でも、わたしも隆子がいいです」
「別に……西郷っていないけどな」
「だって西郷って、なんだかいつも犬を散歩してるって思われるの嫌だし」
「あはは、わかった、隆子、たかこな」
龍子は改めてモニターに目を落とす。
新システムに改修されたF‐1……というかT‐2のコクピットの中に計器らしい計器はない。
液晶モニターに必要最低限の情報が表示され、任意に切り替えるシステムだ。
龍子の画面は「ナビ」が表示されていた。
普通に車のナビと同じだが、中央の点には高度表示がされている。
「西郷……隆子は画面の見方はわかるんだよな」
「毎日6時間くらいシミュレーター乗ってましたから、大丈夫です」
「ナビにレーダーとリンク情報重ねて飛んでるんだろ、周辺に他にいないか?」
「はぁ、レーダーにもリンクにも、他に機影ないですね、民間機も居無そうです」
「そうか、高度5000まで上げてS島上空まで飛べ」
「了解です……空母はS島北ですけど」
「島を見てから北に飛んだ方が目印あっていいだろ」
「ですね、そうです、はい」
「空母は北上しているから、南から降りないといけないんで、一度通り過ぎたいしな」
「了解でーす……あ、そうだ、燃料は大丈夫です?」
「おいおい、お前、シュミレーター乗ってたんだろ?」
「はい……で、ですね」
「なんだ?」
「基地では大体F‐104の設定だったんですよ」
隆子の言葉に龍子はちょっと視線を泳がせた。
「そうだ、さっき基地のハンガーにいたのは104だったな」
「実習もシミュレーターも104が多かったんですけど、実機とシミュレーターだと燃費がちょっと違って」
「むう、確かに実機とシュミレーターだと燃費は違うかな」
「だから、F‐1もシミュレーター乗ってますけど、どうなのかなって」
「さっき満タンにしたから、空母の位置までは大丈夫だ、無駄使いしなければな」
「ABちょっと使いたかった」
「おいおい、なんだ、お前、飛ばし屋か?」
「だってドカンって加速するの、楽しいじゃないですか」
「ま、まぁ、いい……じゃなくて、今はAB使う場合じゃないからダメだ」
「残念~」
隆子がうらめしそうに言うのに、龍子が笑っていると、モニターに「緊急」の表示が浮かんだ。
「龍子さんっ!」
「おう、何だこりゃっ!」
すぐに無線の声が飛び込んで来た。
『ドラゴン、応答願います』
隆子は首を振りながら、
「龍子さん、無線ですよ、ドラゴンを呼んでます」
「ドラゴンは私だ、龍子の龍だ」
「なるほど」
隆子は改めて首を振って周辺警戒。
龍子はマイクを首に押し付けて、
「こちらドラゴン1、どうした?」
『未確認機、接近してます』
無線を聞いていた隆子はナビからレーダーに画面を切り替える。
雲や鳥の白い表示があっても、飛行機の点は近くにはなかった。
龍子もレーダーを確認してから、
「こっちのレーダーじゃわからん、安物だろ」
『安物です、こっちでは確認しています、鳥……』
そこで無線は切れてしまった。
「龍子さん、レーダーに飛行機って、近くにはいません」
「そりゃそーだろ、そのタイミングを見て飛んで来たからな」
「はぁ」
「おい、隆子、そっちの無線はつながってないのか?」
「えっと、『鳥』って聞こえたら切れちゃいました」
「むう……せめて方位でもわかればな」
「鳥ってなんでしょ?」
「鳥は鳥だろ、レーダー見ろよ」
「はい……鳥は南にいます」
「ああ、これな、確かに映ってる」
隆子と龍子はしばらくレーダー画像を見つめていたが、
「あ、龍子さん、みつけました」
「おお、隆子、やるな」
龍子はまだ画面に見出せないでいて、
「どれだ?」
「えっと、フィルターないんですか?」
「ああ、あるある」
「それかけるだけです、5秒毎のフィルターで浮かびます」
「隆子」
「なんですか?」
「ちゃんと訓練してるんだな」
「ステルス侵攻のミッションで練習しました、ステルスは『点は鳥』でも『速度は飛行機』」
「そうだそうだ……ってか、敵はステルスなのか!」
「みたいですね、敵って訳じゃないでしょうけど」
隆子は正面に問題の「ステルス」を捉えて、
「南からの侵入機です……龍子さん、これってシミュレーターでもなかったです」
「南から侵入ってなると、隆子はどう思う?」
「南には本土があるだけです、あるなら同盟国の……」
途端に隆子、龍子のモニターに「警告」の表示。
「ミサイルですっ!」
「撃ってきやがった!」
「龍子さん、回避行動に入りますよっ!」
「おう、レーダーは見てる、操縦は任せたっ!」
ロールして天地が入れ替わったところで降下するF‐1。
急降下の最中、隆子はきしむ機体に操縦管を維持しながら、
「ミサイルはっ!」
「追って来た! 追って来た!」
隆子は咄嗟にフレアを操作。
画面は「未装備」。
「龍子さんっ! フレア出ませんっ!」
「そんなの積んでねーっ!」
「えーっ!」
「敵が来るなんて想定外だからな!」
「そ、そうですよね」
隆子は垂直降下から機首を引き上げる。
Gがのしかかってくるのに表情をこわばらせながら、目では高度計の数字を読んでいた。
4桁から3桁、あっという間に2桁に入る高度。
そこでカウントダウンは止まった。
衝撃波が水柱を上げる中、F‐1は水平飛行に移行。
ミサイルは水柱に飲まれ消えた。
「ミサイル、回避しましたっ!」
「よくやった!」
「撃墜いきますよー!」
「え、あ、ちょ、ちょっと待てっ!」
「撃ってきたから、正当防衛ですよねっ!」
「ちょ、ちょっと待てまてマテMATEっ!」
龍子の言葉も聞かずに機首を敵機に向ける隆子。
アフターバーナーも吹かして今度は急上昇だ。
「バカ、同盟国の戦闘機だったらどーすんだっ!」
「でも、撃ってきたんです、正当防衛っ!」
「隆子っ! お前撃ちたがりだなっ!」
「ミサイル当たったら死んじゃうんですよ、ゲームじゃないんですっ!」
「でも、同盟国を撃墜したらダメだっ!」
レーダーの点と点が接近する。
龍子は、
「ともかく、待てっ!」
「えーっ!」
「敵機を確認したら撃ってよし」
「え? 撃っていいんですか?」
「ああ、隆子の言う通りだ、撃ってきたから撃ち返す、いいだろう」
「了解っ!」
「でも、敵の姿を確認させろ」
「と、言うと?」
「ステルスだ、機種確認くらいいいだろう?」
「はぁ」
「ともかく、敵機の姿を確認次第撃ってよし!」
「了解ですっ!」
「ガンカメラ録画しとくから、出来るだけ長く捉えろ」
「わかりましたっ!」
また、モニターに「警告」の文字。
正面からのミサイル。
隆子は加速の手を緩めなかった。
「龍子さんっ!」
「何だっ!」
「ぶつけますよ!」
「!!」
正面のミサイルが、オレンジ色のドーナツに見える。
隆子はちょっと操縦管を押し、そして引く。
押さえ込むGに二人は耐えながら、正面の空を見つめた。
「龍子さん、ミサイルは?」
「逸れた!」
「行きますよー!」
機体をロールさせながら軸線を戻した隆子は、HUDの向こうに敵の姿を探す。
龍子もガンカメラの映像を見ながら、敵との距離を測っていた。
「「いたっ!」」
隆子はHUDの中央に敵機を捕らえる。
機体を安定させて全速で突っ込んだ。
ぶつかると思えた刹那、敵機が機首を上げてやり過ごす。
「ナイトホークっ!」
「ですね!」
上昇中だったF‐1。
隆子は思い切りスティックを引いて、スロットルを戻す。
機体のきしみがさっきより重たい。
「おいおい、ぶっ壊れるぞっ!」
「大丈夫、1回くらいならっ!」
「誰がそんな事を言ったっ!」
「感ですっ!」
「うおーっ!」
宙返りを決めたF‐1は、改めて前方にナイトホークを捉えていた。
「龍子さん、撃っていいんですよねっ!」
「かまわん、撃てっ!」
隆子はHUDの中央にナイトホークを納める。
スティックのトリガーを引く。
コクピットの液晶画面に「ありません」の表示が浮かんだ。
「龍子さんっ!」
「なんだっ!」
「弾無しですっ!」
「女だからなー」
「冗談じゃないんですよっ!」
隆子はミサイルの発射ボタンも押してみた。
画面に「ありません」の表示。
「ミサイルもありませんっ!」
「あー、そうだな、敵が来るなんて思ってなかったしっ!」
隆子はカチカチボタンを押したが、その度にブザーが鳴るだけだ。
「龍子さん、どうしたらいいです?」
「どうしようもないんじゃないか?」
「何のんきな事を!」
「武器積んでないんじゃな~」
隆子はスティックを操作して、逃げるF‐117を必死に捉え続けていた。
旋回して逃げようとするF‐117にF‐1も喰らいついている。
「ぐぐぐ……」
ガンサイトの中央にF‐117を捉え、トリガーを絞る。
でも、ブザーが鳴るだけだ。
「シミュレーターなら撃墜してるのにっ!」
「だから、武器、積んで……」
「龍子さん、どうしたんですかっ!」
「ちょ、ちょっと酔った、自分で操縦してないからな」
「しっかりしてくださいっ!」
「人の戦闘機動なんて目が回るだけだし」
「しっかりしてくださいっ!」
隆子は一瞬戸惑ったものの、すぐに、
「敵機を追っかけるから、敵機を見ててください」
「お、おう、そうだ、そうする、うん」
「龍子さん、どうしたらいいと思います?」
「弾ないんじゃ、撃墜できないしな」
「どうしたらいいと思います?」
半分顔が青くなっていた龍子は、しかしすぐに顔色が戻った。
「隆子っ! ミサイル撃てっ!」
「だから『ありません』なんですってばーっ!」
「レーダー照射はできるだろう!」
「え?」
「レーダー照射はできるんだろう?」
「ちょっと待ってください、さっき引き金引いても……そっちでなんとかなりませんか?」
「おう、待ってろ、隆子はヤツを捉え続けろ」
「がんばります! でも!」
「でも、なんだ?」
「こっちも一杯いっぱいですっ!」
「わかってる!」
龍子は液晶を指でタッチしながら、
「しばらく変に機動するなよ、操作終わるまでそのままでっ!」
「それは敵に言ってくださいっっ!」
隆子が機体を維持しながら、龍子はパネルを操作してレーダーとミサイルの連動を切った。
「いいぞ、ロックしろっ!」
「はいっっ!」
旋回Gに機体が悲鳴をあげる。
隆子はそんな機体をなだめるように、スティックを微調整。
ガンサイトの表示が切り替わる。
敵機がHUDの中央に近付いたところで「捕捉」の表示が出た。
「発射っ!」
って、ミサイルはないんだけど、隆子が声を上げる。
途端にF‐117が炎を上げた。
「えっ!」
「おわっ!」
隆子と龍子が声を上げる。
旋回を止めたF‐117はエンジンから眩い光を発して再加速。
あっという間にF‐1を引き離した。
最後にロールしながら急降下に転じる。
「撃ってないのに当たったのかと思いましたっ!」
「リヒートしやがった、117なのになんだありゃっ!」
「ともかく追いますっ!」
「もう一度レーダーくれてやれっ!」
「了解ですっ!」
猛加速で急降下していくF‐117。
隆子の操るF‐1も遅れながらもダイブに入る。
加速Gに隆子の表情がこわばった瞬間、後席の龍子が叫んだ。
「隆子っ! ちょっと待てっ! 戻せっ!」
「は、はいっ!」
隆子は操縦管を引くと機体の水平を出して、スロットルを戻した。
「りょ、龍子さん、どうしました?」
「いや、レーダーに別の点が見えた、なんだこりゃ?」
「どれです?」
「前だよ前」
龍子の言葉に隆子はレーダー画面を見ながら、
「あ、これ、普通に映ってますね」
と、隆子が言うと同時にレーダーが真っ白になる。
「電子戦機だ、ホーネットがお迎えに来たんだ」
「うわ、レーダー全然ですよ」
「こりゃ、同盟国本気でケンカするつもりかもな」
「どうします?」
「得物もないから帰艦だ、ナビなくても航行できるか?」
「おおまかな方向わかってますから、近くま行けば無線とかはいりませんかね」
「いい答えだ、それで行こう、S島が見えたら北に向かえば見つかると思うし」
「了解でーす」
すると11時の方向が一瞬光る。
すぐにホーネットの機影が目視できるようになった。
行き過ぎてしまうホーネット。
二人の乗ったF‐1はだたまっすぐ飛行していた。
「龍子さん、来ちゃいました、ホーネット」
「ああ、まぁ、待て」
「こっちは武器、ないですもんね」
「ああ……帰還したらとっちめてやる」
隆子はクスクス笑いながら、しかし行き過ぎたホーネットの姿を首を振って見守っていた。
「あ、龍子さん、ホーネット、後ろに付けますよ」
「だな、まぁ、いい、ほっとけ」
「撃ってきませんか?」
「ホーネットに勝てるか!」
「はぁ」
隆子はちょっと考えてから、
「あの!」
「なんだ?」
「さっきのF‐117ですけど」
「うん、あれがどうした?」
「ホーネットに勝てないけど、さっきのには勝てました?」
「あー、どうかな、スピード勝負ならこっちって思ってたけど、リヒートしやがったから、あれは『特別』だったしな」
「はぁ、そうなんですか」
二人がそんな事を話していると、ホーネットが隣に並んできた。
回線が開かれ、
『大丈夫か?』
隆子がちらっと後席に視線をやる。
龍子はうなずくと、
「ああ、大丈夫だ、いきなり襲われてびっくりだ」
『そうか……』
「おたくが来てくれなかったら、やられていた、感謝!」
『問題なければいい……ちょっといいか?』
そこまで声がしてから、龍子はスイッチを切った。
回線が閉じられたのに、隆子が声を上げた。
「龍子さんっ! 聞きましたかっ!」
「なんだ?」
「あっちの人、女の人ですよ」
「だな、女の声だ」
「めずらしいですよね」
「私達だって女なんだけどな」
「ですね~」
「解っているようだが、隆子は黙ってろ」
「はーい」
隆子の返事を聞いてから、龍子はスイッチを戻した。
回線が再び繋がって、
「スマンすまん、さっきので、どこか壊れたみたいだ」
『そうか、ダメージでも?』
「古い機体だから、戦闘機動に悲鳴を上げたんだろう、被弾はしてない」
『ならいい……ちょっといいか?』
「うん?」
『敵の機体は、何だったんだ?』
「わからない、逃げるので手いっぱいだったからな」
『そうか』
「見ての通り、武装してないから空戦どころじゃあいんだ」
『……』
「燃料もないから、帰らせてもらう、助けてくれてありがとう」
『ああ、じゃぁ、な』
ホーネットはバンクすると離れて行った。
隆子は回線を切ってから、
「龍子さん、ウソついてましたね」
「バカ、あっちが探り入れてきたから『知らない』って言ったんじゃないか」
「でも、ばれてますよね?」
「だろうな」
龍子はひとつため息をついてから、
「でもF‐117だったなんて言えるか!」
「どうして?」
「言ったらホーネットは口封じで『フォックス2』だ」
「あのですね」
「なんだ、隆子」
「わたしがホーネットのパイロットで、F‐117の仲間だったらですね」
「うん」
「問答無用で『フォックス2』です」
「言われれば、そうだな」
「なんでわざわざ、あんな事したんでしょうね?」
「うーん、言われると、そうだなぁ」
隆子は左手に微かに見える陸地を目印にF‐1の進路をとる。
会話の止んだコクピット。
しかし、龍子は思い出したように、
「なぁ、隆子」
「はい?」
「お前、着艦はした事は?」
「はい、シミュレーターで何度か、テストも空母でしたし」
「実際にはないんだよな……」
「はい!」
「操縦、代われ、いいから!」
「はぁ?」
隆子はまぁ、代われと言われれば代わってもいい……くらいだ。
でも、後席の龍子は声を上げる。
「なんだこりゃーっ!」
「ど、どうしたんですか?」
「操縦管が取れた!」
「は?」
「操縦管が取れた……」
「あ?」
龍子の声が震えているのが隆子にもわかった。
「嫌だーっ、脱出だーっ!」
「ちょ、龍子さん、取り乱さないでください」
「空母にぶつかるくらいなら、イジェクトだっ!」
「大丈夫ですって、何度も練習してるから」
「ダメだ、着艦は難しいんだ、隆子はミスって『ボン』だっ!」
「信じてくださいよ」
「あーっ!」
「今度はなんですか!」
「イジェクションレバー取れた」
「ぷっ!」
「た、隆子、今、お前、笑ったろう!」
「ギャグですよね、ふふふ」
「なんだとー! お前のレバーも引いてみろ!」
「嫌ですよ」
「引いてみろってばー!」
隆子は龍子がしつこいのに、ため息ひとつついてから、
「こっちのレバーはしっかりしてるみたいですよ、取れたりしません」
「ならレバー引け、脱出だ」
「嫌ですよ、ほら、S島見えました、北に……」
隆子は機体の向きを変えながら、キラキラ輝く海を見渡した。
光り輝く海面に真っ黒い影を見つける。
「龍子さん、空母ってアレですか?」
「あ、ああ、着艦はいいから、脱出だ、イジェクトするんだ!」
「もう、取り乱さないでください、ちゃんと着艦できますから!」
「だって龍子さんだって『初めて』ってあったでしょ!」
「うっ!」
「今日はわたしの『初めて』なんです、アドバイスお願いします」
「むう~」
「ア・ド・バ・イ・ス・!」
「ぬう~」
「ひ・と・こ・と・!」
「ぬぬぬ~」
空母の姿が次第にはっきりしてくる。
隆子は何度もやったシミュレーションの通りに着艦準備に入った。
空母の後方からアプローチしていくF‐1。
「なぁ、隆子」
「はい?」
「レバー引いて脱出しよう、F‐1なんて再生機だし」
龍子の言葉に隆子は唇を歪めると、
「龍子さん、信じてませんね」
「だってシュミレーターだけなんだろう」
「大丈夫ですって」
「イジェクトしようぜ、な」
「あ!」
「どうした、やっぱりイジェクトする気になったか?」
隆子は手を上げて……「取れたレバー」を見せた。
「わたしのレバーも飾りでした」
「うわ、死んだ!」
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NCP2.5(2016)
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