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6 白の皇子

 

 

 

 事実上の軟禁状態が解かれ、マリアに庭を歩く許可が出た。

 最初は反発して引き籠っていようかとも思ったが、ここのところ運動不足が祟って身体が鈍っているように感じていた。

 それに、城の美しい庭を少しばかり堪能してみたいとも思ったのだ。部屋から見える庭も充分美しいが、やはり自分の足で歩きたいという欲求も沸く。

 最近、庭師が変わったのか、以前よりも念入りに手入れされている様子を見ると、尚更期待した。男のように育ってしまったマリアだが、流石に花を美しいと思える感性くらいは持ち合わせている。


 久しぶりに外へ出ると、室内では味わえない新鮮な空気に包まれる。

 爽やかな風に乗って、庭の花壇を飛び回る蝶と共に甘い芳香がふわりと舞い上がった。

 アーチ型の葡萄園や豊かな芝生は手入れが行き届いており、絵に描いたように美しい。幾多もの塔が空に向かって突き出る帝都の街並みを見下ろす景色も素晴らしかった。


 マリアは咲き誇る真紅のアドニスに手を沿え、軽く瞼を閉じる。

 こうしていると、幼少期を思い出す。

 あの頃は、よく家族で離宮の裏手に広がる花畑で遊んだものだ。母が奏でるフルートを聴いて眠ったり、兄のマティアスや弟のハインリヒと野を駆けて遊んだり。

 特にマリアは歳の離れたハインリヒの手を引いて歩くことが多かった。子供のくせに頭が良い弟は、難しい理屈を捏ねてよく周囲を困らせていた。

 今、どうしているだろう。

 祖国を追われたマリアには、知る術がない。

 ユリウスが無事に帰ってくるのを、願うばかりだ。


「消えゆく希望」


 不意に背後から声をかけられ、マリアは跳ね飛ぶように振り返った。

 春風に吹かれるセピア色の髪の下で、黄昏の瞳が微笑を描く。


「アドニスの花言葉です。こんなに美しいのに、毒を持っているんですよ」

 皇子ラーノはマリアの隣に歩み出ると、そっと膝を折る。そして、アドニスに手を伸ばしていたマリアの手を優しく包んだ。

 柔らかく笑う仕草が思い出の影と重なり、マリアは視線を逸らす。


「東方の神話では、女神に愛された少年が流した血によって咲いた花だと伝えられています。先人は、この花を儚く消えていく命に喩えたようですね」

 言われて、マリアはアドニスに視線を戻す。風に揺られる姿は美しいが、何処か寂しげで切なく思えた。


 消えゆく希望――なにを指しているのか。


 マリアは再び、ラーノを見る。優しげな横顔は、別人とは思えぬほどヘルマンに似ている。

 見つめれば見つめるほど、抗い切れない後悔の念に苛まれ、強がる心が軋む音を立てて崩れてしまいそうだった。

 やはり、忘れることなど出来ない。

 自分の犯した罪を、マリアは忘れることなど出来ないのだ。


「私の国では、この花は別の意味を持つ」


 マリアはすっと立ち上がると、ラーノに背を向けた。

 そして、噛み締めるように言葉を紡ぐ。


「真実」


 背後でラーノが立ち上がる気配を感じる。

「真実、ですか。私は知りませんでした……しかし、そちらの方が貴女には似合う。真実を知るには、時に覚悟が必要だ。貴女には、儚さよりも強さの方が相応しい。兄上が興味を持ったのも、少しわかります」

 楽しそうに笑うラーノを振り返り、マリアは眉を寄せた。

「兄上は不器用な人だから。短気で口が悪いけれど、貴女のことを気にかけていますよ。最近は、わざわざ早起きして貴女の部屋から見える庭を手入れしているんですから」

「庭を?」

 大帝国の皇帝が庭弄りをする姿を思い浮かべ、マリアは思わず噴き出した。


「代々、レーヴェの皇族は手に職をつける慣習があるんです。表面上は嫌々やっていますが、案外、土をいじるのが好きみたいなんです。私は人形技師をやらされたのですが、向いていなくて全く上達しませんでした」

 そう言えば、そのような話を事前情報としてユリウスから聞いた気がする。

 話半分で頷いていたが、まさか本当だとは思わなかった。庭師の皇帝というのも、なかなか面白みがあるかもしれない。


「どうか、兄上を支えてくれませんか。強がっていますが、心細いんだと思います」

「……私は人を支えるほど、強くはない。それに、あの男のことは苦手だ」

「そんなことはありませんよ。きっと、大丈夫です。きっとね」

 尻込みするマリアに、ラーノは柔和な笑みを浮かべる。


「では、私はこれで。よろしかったら、今度は夕食でもご一緒しましょう」

「ああ」

 ラーノは帝国式にマリアの手を取り、軽く口づける。マリアは何処か恥ずかしさを覚え、唇を引き結んで顔を逸らした。


「あ、今日のことは内緒ですよ。余計なことを言ったと知れると、兄上が拗ねてしまう」


 ――内緒ですよ。


 去り際に振り返ると、ラーノが明るく笑った。

 その笑顔が過去の面影と重なり、マリアの心を抉る。

 ラーノが去った後、マリアは口づけを受けた右手を握り締めて立ち尽くす。


「……私は強くなどない……」


 温かな春風にアドニスが寂しげに揺れていた。

 

 

 

 次回はユリウスが男装します! ※本来の正装です。

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