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33 それぞれの国

 戦後後処理。

 視点変わります。

 

 

 

 神聖暦一七四三年、十二月。


 シュトリーガウでの敗戦を待っていたかのように、アドラ国王が崩御した。戦死したハインリヒに代わり、王族として帰還したマティアスが王位に就く。

 国王マティアス二世は即座に交戦中だったレーヴェ帝国領から軍を引き、停戦を宣言した。

 停戦は、占領していたシロンスク州の返却を条件にレーヴェ側にも受け入れられ、講和条約が結ばれることとなる。


 会談の地であるシロンスクの州都ブレスラウへ向かう馬車に揺られ、マリアは窓の外を見遣った。


「これから大事な公務だって言うのに、なんて顔してるのさ」

 向かい側に座ったユリウスに諭されて、マリアは無理やり微笑してみせた。

「疲れているだけだ。馬車の中くらい、そっとしておいてくれ」


 久々に袖を通したドレスは本当に動き難い。だが、これが国際社会での正装なのだから仕方がない。会談には、一国の代表として相応しい姿で臨まなければならなかった。

 アドラを象徴する濃紺の生地に銀の刺繍が施されたドレスは清楚で、マリアによく合っている。ユリウスが一週間かけて選んでくれたものだ。

 アドラでは、軍服で歩いても別段問題ない。皆、マリアがそういう人物だとわかっている。祖国の楽しさを満喫していただけに、コルセットの束縛は呪いをかけられたようで気持ちが悪かった。

 一方、ユリウスは気に入ったドレスを脱がなければならず、華やかな生活が出来なくなって、不満を感じているようだ。


「コルセットくらいで、そんなに疲れるなんて。兵隊馬鹿のくせに体力ないのかい?」

「使う筋肉が違うんだ。流石に内臓の肉は鍛えていないからな」

「毎日着ていれば慣れるよ」

「断る。私の内臓を絞り出す気か」

「コルセット着けたからって、内臓は出ないよ!」


 アドラへ帰って三ヶ月が過ぎようとしていた。


 国内で停戦についての反対はなかった。大国に比べると領土の狭いアドラでは、同盟国の援助なしに、これ以上の戦争を続けることは不可能と判断されたのだ。シュトリーガウがアドラにとっても決戦の地だったということである。


 戦後のアドラを治めるのは骨が折れた。

 父王が質素な暮らしで溜め込んだ国庫は底を尽き、財政は火の車だ。戦争をしていたのだから、当然だろう。その他、ハインリヒを信奉していた貴族たちの取り込みなど、後処理は山ほどあった。

 国王になった兄マティアスだけでは首が回らず、マリアも休む暇なく働いている。


 ハインリヒは、どんな想いで玉座に就いたのだろう。

 今では、わからなくなってしまった。

 彼がクーデターを起こし、戦争をはじめる原動力となったのは、国の発展を渇望する野心だった。そのために邪魔なものは全て排除してきた。


 それなのに、あのとき、彼は自ら頭を撃ち抜いた。


 ハインリヒはマリアに自分を止めて欲しかったのではないかと思える。

 多くの犠牲を払って、アドラは発展を遂げた。

 だが、それはハインリヒにとって大きすぎる犠牲だったのではないか。背負っていくには、大きすぎたのかもしれない。


 本当のことはわからない。マリアの勝手な思い込みなのかもしれない。

 だが、そうだとすれば……どうして、独りで背負ってしまったのだろう。

 彼もマリアと同じだった。独りで背負おうとしていたのだ。

 けれども、マリアは独りで背負わなかった。


「馬鹿野郎……」


 馬車が城門を潜り、ブレスラウ市内に入る。

 城壁に囲まれた小さな街の高台の上には大聖堂。そして、古い城がある。

 三百年ほど前は帝国第二の都として栄えた街に、当時ほどの輝きはない。けれども、未だに人々の活気は衰えないでいる。特に、占領から解放された今は賑わいも一入だろう。


 急な坂を上がり、城の中へ入る。

 少し傾いた馬車の中から、城に掲げられた銀獅子紋章の旗が見えた。

 あの深紅の旗を掲げて戦場を駆ける後姿が瞼に蘇る。いつも隣に立っているつもりだったが、今を思えば気がついたら背中を追っていた。

 いつでも先に飛び出すのはレデンで、マリアは笑いながら彼を追っていた。


 今回の会談への出席は、マリアが希望したことだ。

 会談ではアドラとレーヴェの和解と条約が締結される。

 今回は、皇帝であるレデンが自ら出向くことになっていた。アドラ側も、王族が会談に参加すべきだと考えたのだ。マティアスの代わりに、マリアが自ら出席を申し出た。


 いや、それは建前だ。


 本当は……もう一度、レデンに会いたかったのかもしれない。

 この機を逃せば、もう会えなくなってしまう。その前に、もう一度だけ。


 精一杯の我儘だった。


 嬉しかったのだ。レデンがマリアを必要とし、共に時を過ごせたことが。本気で人を想ったことが。

 唇を重ねた瞬間の渦巻く熱情と、押し寄せる想いが忘れられない。きっと、マリアは生涯この痛みに耐えて生きるのだろう。


 改めて婚約を申し込む旨を話したレデンの言葉に、頷くべきだったのだろうか。政略結婚という形で、レーヴェへ嫁ぐべきだっただろうか。


 けれども、マリアにはマリアの国がある。

 自分の責務を投げ出すような真似は出来ない。

 もう逃げない。決めたことはやり通す。

 だから、今日この場に赴くことが、ささやかだが、マリアの精一杯の我儘だった。




 † † † † † † †




 靴音が幾重にも響く石造りの回廊。

 レデンは古代の議場を思わせる丸天井の広間に踏み込んだ。

 天井を仰ぐと、中央の窓から射す陽が光線のように浮かび上がっていた。これにより、おおよその時刻がわかるよう造られているらしい。


「おお、これは素晴らしいですな!」

 レデンは大袈裟に呟くラウドンを睨みつける。どうして、こんな男を付き添いにしてしまったのか、自分でもよくわからない。


 シュトリーガウの戦勝で、いつものデタラメに磨きがかかってしまったらしく、今では彼も社交界の人気者だった。

 なにしろ、勇敢に戦い、生死を彷徨うほどの重傷を負いながらも帰還した英雄だ。軍の中では、『不死鳥のラウドン』とか呼ばれているらしい。

 そのせいで、護衛には彼が適任という認識が周囲に広まってしまったようだ。

 迷惑な話だ。

「陛下も苦労が絶えませんからな。安心して、自分にお任せくださいませ!」

「……ああ」


 先日、間諜を働いたラーノの処刑が執行された。

 皇族ということで修道院送りか幽閉が検討されたが、ラーノ自身が厳罰を希望したのだ。

 処刑に立ち会ったレデンを、ラーノは最期まで見ていた。互いに一言も発することはない。ただ、一つの命が散るまでの時間を無言で過ごした。


 結局、レデンは弟になにも言うことが出来なかった。

 ただ見守るだけ。

 しかし、それでもラーノが満足しているように見えた気がした。レデンの自己満足なのかもしれない。


 マリアはハインリヒを愛していた。ハインリヒもマリアを愛していた。

 同じように、確かにレデンもラーノも通じ合えたと思えたのだ。

 そう信じたかった。


「嗚呼、ユーリ様。貴女との別れは、神によって運命付けられていたというのですか。どうしても、我が国に留まれないと言うのでしょうか」

 唐突に天を仰いで祈りはじめたラウドンに呆れて、レデンは表情を引き攣らせた。

 アドラへ帰る直前まで、ラウドンはユリウスにレーヴェに残れと言い続けていたようだ。そのせいで、ユリウスがノイローゼ気味になったと、マリアから苦情も届いていた。


「ユーリ様と過ごした日々は忘れません。あの夜、貴女に触れた肌の温もりが、今でも腕に残っております。嗚呼、ユーリ様。叶うことなら、この手でもう一度……!」

「デタラメ言うな!」

 一人で大声を上げるラウドンに愛想を尽かして、レデンは頭を抱えた。


 レデンは、まだ現れないアドラの代表を待ちながら、古代風の円柱に身を預ける。

 マリアが自分の元を去ってしまう。

 いなくなってから、自分が彼女と本当に多くの時間を過ごしたことに気づいた。たった三年足らずだったのに、喪失感が胸を占め、自分の中が空っぽになった気がする。


 マリアがいたから、皇帝としての自覚が持つことが出来たし、戦場に立ち続けることが出来た。レーヴェの危機を脱することが出来た。

 この先、彼女がいなくなったら、どうなってしまうのだろう。

 だが、本来なら一人で立ち上がらなくてはならないのだ。マリアがいなくとも、レデンの力で国を動かさなければならない。


 今なら、敗戦を理由にマリアとの結婚を強引に押し切ることも可能だろう。そうすれば、マリアを傍に置き続けることが出来る。

 けれども、それは彼女との約束に反してしまう。

 マリアには、マリアの国が。レデンには、レデンの国がある。


「本当、馬鹿野郎だな」


 マリアが口にするであろう言葉を呟き、レデンは頭上を仰いだ。

 天井に差し込む日時計の光が眩しい。

 

 

 

 なんとか、仕事が休みの今日中に完結まで更新したい……難しいかもorz

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