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31 騎馬砲兵

 連休中に完結させたい……難しそう。

 

 

 

 飛び交う砲弾の音に大地が揺らぎ、闇夜に黒煙を塗りつける。

 弾薬と血が香る風の中で、ユリウスは手綱を握った。

 そして、レーヴェに来てから初めて前線で握ることになった指揮杖を強く振る。


「構え――撃て!」

 合図と同時に並べられた砲台の口が一斉に火を噴く。放たれた砲弾は弧を描いて敵戦列へと吸い込まれ、大地を抉る。それと共にアドラ兵士たちが吹き飛ばされ、直撃を受けた者は動かぬ肉塊へと変じた。

「狙いはやや上方に。弾は右方に集中させろよ!」

 弾の軌道と敵の速度を読みながら指示を出す。計算が狂えば、それだけ弾が無駄になってしまう。


「まったく、マリアの奴……!」

 半ば自棄になって呟いた独り言は、凄まじい砲撃音によって掻き消される。

 後方を見ると、ようやく歩兵の横隊が戦列を形成し終えたところだった。頃合いを見て、ユリウスは砲兵たちに移動の指示を与える。


 アドラにいる頃から、マリアが兼ねてより興味を抱いていたのは砲兵だった。上手く活用すれば効果的に打撃を与えることが出来、戦局を覆すことも可能だ。


 しかし、欠点は機動力の無さだった。

 大砲には車輪がついているとは言え、戦闘中に配置を移動することは不可能と言っても良い。通常、砲車を丘の上に上げるだけでも一日かかってしまう。


 その欠点を解消するために、マリアが取り組ませていたのが騎馬砲兵である。

 中・軽量砲に限定されてしまうが、砲車を馬に牽かせて移動するのだ。これにより、砲兵が機動力を持つことになる。今までの常識では考えられない戦術がとれるようになるのだ。

 欠点は一台の砲車に複数頭の馬を使ってしまうことだが、騎兵が発達したレーヴェでは問題なかった。


 歩兵が戦列を整えるまでの間、騎馬に牽引された大砲を敵陣に向けて乱射する。味方の援護を充分したあとは、迅速に砲車を移動させて、別方向からの攻撃も可能だ。

 思わぬ砲撃の乱射を浴びせられて、夜襲を仕掛けたはずのアドラ軍は逆に混乱していた。


 ユリウスはアドラ軍での素行が悪く、あまり評価されていないが、砲術に関しての成績は優秀だった。

 マリアはそこに目をつけて、レーヴェでの騎馬砲兵の実戦運用化の計画を一任していた。

 とは言え、まだ新設したばかりの騎馬砲兵は精度に難があり、ユリウスとしては、とても実戦に投入出来る段階ではないと思っていた。マリアはそれでも投入可能だと判断した。無茶苦茶すぎる。


 今回の作戦は裏をかいたと思っている敵の裏をかくこと。

 ユリウスにアドラとレーヴェの二重間諜をさせて、わざと情報を流させていた。けれども、それもバレている可能性が高い。他にも間諜がいないとも限らず、的確な情報を流すことが困難だった。

 それ故に、ほとんどの指揮官に作戦を伝えなかったのだ。時間稼ぎに必要な一部の大隊の指揮官と騎馬砲兵部隊にだけ詳細を伝えていた。


 レーヴェ軍が寝静まっていると見せかけて、マリアはハインリヒが夜襲を選ぶように仕向けたのだ。


 ハインリヒはまんまと策に嵌まり、夜襲を仕掛けたわけだ。そこへ、騎馬砲兵による集中砲火を浴びせて突破口を開く。もうじき、丘の下に待機させていた騎兵部隊によって突撃が行われるだろう。


「流石はユーリ様、素晴らしい手腕でございます!」

 馬上でラウドンが大袈裟に手を振ってきた。

 騎馬砲兵はまだ未熟で実戦投入の実績がない。熟練した騎兵であるラウドンの部隊も支援に当たっているのだ。


「あのさ、なに勘違いしてるのか知らないけど、僕は男だぞ!」

「わかっておりますとも。マリア様と同様、ご婦人が戦場で活躍するなど、レーヴェでは伏せなければなりませんからな」

「だから、そんなんじゃないってば」

「良いのです。謙遜なさらなくとも、貴女はそのままでお美しいのですから。男装の麗人であっても構わないではありませんか。劣等感を抱く必要などありませんよ。きっと、今まで辛い思いされてきたのでしょうね。しかし、馬上の貴女も可憐でございます!」

「……人の話聞けよ」

「なんと奥ゆかしい。照れていらっしゃるところが、本当に可憐です」

「頼むから、僕に近づかないでくれ」


 人の話を全く聞いていないラウドンにウンザリする。

 どうして、彼はここまでユリウスを女だと信じ切っているのか理解に苦しむ。マリアはなにも言ってくれなかったのだろうか。


 予想外の事態で、アドラ軍は大いに足並みを乱されたようだった。

 それでも、アドラ軍は着々と丘を登っており、撃破するには至らない。こちらの陣が崩されるのも時間の問題だろう。事前配置したレーヴェ軍は徐々に追い返されるように後退する。


 やがて、朝陽が昇り、暁に空が染まりはじめた。


「突撃!」

 レーヴェ側の陣形に乱れを見て、アドラの兵が一気に突撃をかけた。砲車を引いて次の場所へと移動しなければならない。

「退け! 一度退いて、立て直す!」

 退却命令を出しながら、ユリウスは馬の手綱を操った。だが、その隣で敵の弾に当たった兵が落馬する。


「おい、しっかりしろ」

 ユリウスは一瞬迷った後に、落馬した兵の横へ飛び降りた。幸い、銃弾は急所を外しており、手当てすれば問題なさそうだ。すぐに、他の兵の馬に相乗りさせてやった。

 けれども、馬上へ戻ろうとする頃には、敵兵が銃口をユリウスに向けて並べていた。


「発砲!」

 射撃の号令と共に銃声が重なり、無数の銃口から硝煙の白が噴き出す。ユリウスは逃げ場を失い、とっさに身を屈める。

 刹那、後ろから襟首をつかまれ、身体全体が不思議な浮遊感に襲われた。


「大丈夫ですか、ユーリ様!」

 いつの間にか閉じていた目を開けると、ラウドンが大袈裟に顔を覗き込んでいた。どうやら、走る馬上からユリウスの身体を引き上げたらしい。

「どんな馬鹿力だよ!?」

「愛の力でございます!」

 ユリウスが「僕、男なんだけど!?」と突っ込む間もなく、ラウドンは馬の腹を蹴り、全力で戦線を離れた。


「あ、ありがとう」

 迷惑だと思っていたが、今回ばかりは助けられてしまった。ユリウスは複雑な気分になりながら、ラウドンを振り返る。

 だが、ラウドンは額に大粒の汗を浮かべ、無言のまま手綱を握っていた。いつもなら、大袈裟に身振りを添えながら自慢話でもするはずなのに。


「ユ……ユー、リ様」

 眉を寄せると、ラウドンがもたれかかるように、ユリウスに身を預けていた。

「え……」

 精悍なラウドンの身体が馬から落ちそうになり、ユリウスは急いで腕を掴む。

 数秒後、ようやく彼の身体を穿つ銃傷に気がついた。

 

 

 

 騎馬砲兵が登場するのは七年戦争期で、フリードリヒ2世が導入したと言われています。せっかくなので、ネタにしてみました。

 馬めちゃくちゃ要るから維持費が馬鹿みたいにかかるっぽいですね。

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