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19 敗走

 明日から仕事がはじまるので、今日のうちにもう数話UPしておきたいです。

 

 

 

「突撃!」

 レーヴェ騎兵が敵左翼へ突入した。時を同じくして、レーヴェ軍歩兵が敵右翼へ攻撃を仕掛ける。


 丘を騎兵で駆け上がらせるという異例の戦法に動揺したアドラ軍は自然と左翼へ注意が集中し、前面が疎かになっていた。左翼を荒らす騎兵をなんとかしようと、火力もそちらへ集中する。

 しかし、いくら奇策を用いた攻撃とは言え、騎兵部隊が蹴散らされるのは時間の問題だ。目的は陽動であり、手薄になった右翼から敵陣を崩すことにあった。


 だが、地形の不利もあり、期待以上の戦果が上がらない。

 丘を進むレーヴェ歩兵第一戦列は甚大な被害を受け、頂上に到達した部隊による一斉射撃もあまり意味を成さなかった。そこに付け込んで、アドラ歩兵は銃剣を振りかざしてレーヴェ軍への突撃を行う。

 レーヴェ軍が一斉に射撃しようとも、数の差で押し切られてしまう。レーヴェ軍の白い軍服に紅が散り、大地に屍が転がっていく。その屍を踏み越えてアドラの兵士が前進し、レーヴェ軍を追い立てた。


 敗走する第一戦列を見てマリアは奥歯を噛む。

 やはり、数と地形の差を覆せない。

 ここで持ち堪えて敵軍を押し戻せなければ、退却するしかない。しかし、この地形での退却は敵の追撃を許してしまい、想像以上の被害を覚悟しなければならないだろう。

 引き際を間違えば、軍は壊滅して体勢を立て直すことさえも難しくなる。


「おい、なにしてる。グズグズするな!」

 悩むマリアの隣でレデンが微笑する。

 どうして、この状況で笑っていられるのだろう。マリアは吸い寄せられるように、夜色を宿す瞳から目を離すことが出来なかった。

 レデンは望遠鏡を腰帯(サッシュ)にさすと、銀獅子紋章の描かれた真紅の軍旗を手に取る。


「今、前線に出るのは危険だ。お前は自分の身分がわかっているのか?」

「こういうときにこそ、俺が出なくてどうするんだ。帝位は飾りじゃないぞ」

 確かに、今のレーヴェ軍は士気が下がり、敗戦の気配が漂いはじめている。ラウドンが率いる騎兵部隊の陽動も、そろそろ限界だろう。


 マリアは諦めて唇を綻ばせた。

 どうせ、止めても無駄だろう。


「お前は国民から『死にたがりの突撃帝』とでも呼ばれたいのか?」

「それは、傑作だな。何度突撃しても死なない皇帝だろう?」

「こんな君主を持つと臣下も大変だということを思い知ったよ」

「頼れる人間がいるから、無茶が出来るんだ」

 真っ直ぐに見据えられ、マリアは思わず目を逸らす。

「私はお前の臣下なんかじゃない」

「わかっている、協力者だ」

 レデンもマリアから顔を逸らし、馬の鼻を進行方向に合わせる。


「だが、お前がいるから俺は前に進める。皇帝として生きる覚悟も出来た……昨日の花の名前だが――『希望(マリア)』だ」


 馬の腹を蹴りながら呟かれた一言を聞いて、マリアは思わず動きを止める。過ぎ去ってしまうレデンの背中を呆然と見つめることしか出来なかった。


 ああ、まただ。


 胸が苦しくて苦しくて堪らない。息が詰まって、気を緩めたら目に涙が溜まりそうになってしまう。

 それと同時に、胸の奥が明るい日差しに照らされたかのように温かくなる。辛くて苦しいと思うのと同時に、喜びを感じている自分に気づいてマリアは困惑した。


 私はこの男の傍にいたいんだ。

 彼の傍で支えていきたい。


 それがマリアの目的と意思に反することだとわかっていながら、その感情を否定することが出来なかった。

 ヘルマンの影を纏ったラーノの顔が頭を過ぎる。推し量れないほどの罪悪感がマリアを責めて縛り付けた。

 それでも、マリアは手綱を握り、レデンの後を追った。

 耳元で唸る風が、全ての雑音を掻き消してくれている気がした。


「前進! 陛下に続け!」

 敗走した第一戦列の兵士を取り込みながら、第二戦列が前進する。

 真紅の軍旗を振る皇帝の姿に勇気付けられた兵士たちは、敵軍の突撃をものともせずに挑んでいった。

 白と紺の軍服が入り混じり、戦場はたちまち混沌と化す。その中でレデンの背を追って、マリアも馬を馳せた。


 突き出される銃剣を軍刀で弾き、斬り結ぶ。

 純白の軍服に返り血が飛び散り、朱に染まっていった。倒れた兵士が馬の蹄で踏みつけられて息絶える。

 生きて戦う兵と、死んで動かない兵しか見えない戦場の中で、真紅の軍旗が鮮やかに映った。

 味方を鼓舞して翻る旗が眩しくて、その振り手に誰もが視線を吸い寄せられる。


「進め! この旗に続け!」

 耳の横で銃弾が唸る。それでもレデンの声をはっきりと聞き取ることが出来た。


 旗を振るレデンの黒馬が高く嘶き、そのまま地面に崩れてしまったのは、そのときだった。


 敵の銃弾を受けて馬から振り落とされたのだ。レデンはそのまま、硬い地面に投げ出された。その瞬間に、アドラ軍の兵士がレデンの首を獲らんと殺到する。


「大丈夫か!」

 マリアは急いで馬の腹を蹴り、群がる兵士たちを蹴散らす。

「おい、生きてるか!?」

「……なんとかな」

 馬上で叫ぶと、レデンが鈍い動作で起き上がる。目立った外傷はないようだ。どうやら、撃たれたのは馬らしい。


「俺を引き上げろ!」

 マリアの手を掴んでレデンが叫んだ。マリアは考える暇もなく、彼の身体を馬上へ引っ張り上げた。

 マリアの後ろに相乗りし、レデンは真紅の軍旗を高く掲げる。


「俺はここにいる! 構わず進め!」

 皇帝の無事を確認して、レーヴェ軍に走った緊張が解ける。そして、一層勢いを増して、アドラの軍勢を蹴散らしながら、押し戻していった。


 マリアの背に身体をつけ、レデンが旗を振る。

 背中越しに彼の熱を感じて、マリアは思わず頬を高潮させてしまう。

 声も、熱も、鼓動も、全てすぐ傍にある。

 ここは戦場なのに。それなのに、このまま時が止まってしまえば良いとさえ、思ってしまった――。


「陛下!」


 だが、時は止まらない。

 残酷な針は無常な時を刻み続ける。


「伏兵……だと?」

 乱戦状態の戦場に新たな兵が現れる。森の中に潜んでいたアドラ兵だった。

 彼らは一糸乱れぬ隊列を組んで、疲労の溜まったレーヴェ軍に向けて一斉射撃を行う。その様に圧倒されて、勢いづいていたレーヴェ軍が崩れていく。


「そんなはずは……」


 側面に伏兵がいることを読めなかった?

 何故、あんなところに伏兵がいる。あの配置になんの意味がある。

 まるで、マリアが取る戦法が読まれていたかのような配置だ。そうでなければ、全く生きない伏兵である。


 いずれにしても、マリアが負けた。

 均衡していた戦況は一気にアドラ側に傾き、レーヴェ軍は統率が取れずに敗走をはじめる。


「撤退して体勢を立て直すぞ。今のままじゃ駄目だ」

 判断が遅れるマリアの代わりにレデンが手綱を掴み、馬の腹を蹴る。

 しかし、飛んできた砲弾によって馬の足元が轟音を上げて破裂した。馬はそのまま倒れ、マリアとレデンは呆気なく宙に放り出されてしまった。


 舞い上がる土煙を吸い込んで、噎せ返る。強打した左肩に激痛が走り、頭が重くて持ち上がらない。それでも瞼を開けると、掠れて薄暗くなった視界の向こうにレデンが見えた。

 マリアは肩を押さえながら、彼の傍に身を乗り出す。


「おい、しっかりしろ!」

 息はしている。頬を叩くと瞼が軽く痙攣し、夜色の瞳がマリアの姿を捉える。

「……大丈夫だ。頭を打っただけだ……」

 だが、安心する暇はない。倒れた二人を見つけて、アドラ兵が銃剣を振りかざして迫ってきた。


 マリアは左肩の痛みを押して、落ちていた銃を拾い上げる。

 先端の銃剣を敵の胸に突き立てると、反動で肩に激痛が走った。マリアはそのまま痛みに耐えて、レデンの腕を掴んで起こす。


「ここは不味い。早く陣地へ戻るぞ」

 敵軍に囲まれたこの場から逃げなくては。

「く、ぁっ」

 だが、走ろうとするマリアの右足を銃弾が掠める。流れ弾か、狙われたのか、それさえもよくわからなかった。

 紅い血が噴水のように脹脛(ふくらはぎ)から迸り、地面に流れる。

 転倒しそうになるマリアをレデンが支え、そのまま抱え上げる。彼の行為にマリアは抗議の声を上げた。


「なにをしている! 私は置いていけ!」

「黙れ!」

 こんな状況で人を抱えて逃げられるはずがない。

 それなのに、レデンは傷ついたマリアを抱えて懸命に逃げ場を探す。

 生きているのか死んでいるのか、よくわからない屍の積み上がった野に、安全な場所など見当たらない。


「馬鹿野郎め、降ろせ!」

「うるさい、馬鹿女! 俺に指図するな!」

「嫌だ、置いていけ。足手まといになるくらいなら、死ぬ!」

 マリアがいくら言ってもレデンは聞く耳を持たなかった。案の定、すぐ敵兵に囲まれて逃げ場を失くす。

 このまま殺されるか、捕虜として囚われるか。


「陛下をお救いしろ!」

 息を呑んだ瞬間、軍馬の嘶きが敵兵を蹴散らす。

 レデンを救出しようとレーヴェが騎兵隊を再編成して突撃を敢行したのだ。味方の到着にレデンは安堵の表情を見せた。


「兄上!」

 駆けつけたラーノが馬上で右手を伸ばしてレデンの名を呼ぶ。どうやら、近衛騎士団長である彼の指示のようだ。

「無事でよかった。もう戦線は立て直せません、全軍退却しています。兄上たちもお早く!」

「すまなかった」

 ラーノに詫びるレデンの腕の中でマリアは青空色の瞳を伏せた。


 私のせいだ。


 伏兵を見抜けず、戦況を覆すことが出来なかった。

 否、あるいは最初から無理だったのかもしれない。会戦は避けるべきだったのか。

 それとも、――後悔の念が頭を巡り続ける。


 周囲を見渡すと、広がる野一面が軍服で埋め尽くされていた。

 積み重なった死体の山。それを踏み越えて進む兵士。屍の上に新しく折り重なる者。


 程近い場所で砲弾が直撃し、騎兵の頭が吹き飛ばされている。

 頭蓋骨が砕けて脳漿が飛散。折れた歯が白い輝きを放ち、千切れた肉片と共に宙を舞う。首を失った身体は数秒の間、小刻みな痙攣を繰り返していたが、やがて動きを止める。

 飛び出した眼球と目が合い、マリアは唇を震わせた。


 ――この事態を招いたのは一体、誰だ?

 

 

 

 この辺、いろんな会戦を混ぜた挙句に、参考にした資料がわからなくなってしまいました。クーラーの水被ってカビた資料の中にあるのかもしれません。申し訳ありません。

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