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18 黒い影

 場面転換多め。

 視点移ります。

 

 

 

 夜明け前。


 斥候によってもたらされた報告が、レーヴェ軍を震撼させた。

 現在の駐屯地からほど近い丘の上に、会戦の準備を終えたアドラ軍を発見したのだ。

 数は四万。恐らく、日の出と共に奇襲をかけるだろう。

 対するレーヴェ軍は、明日に別部隊との合流を予定していたため、二万の兵しか揃っていない。


 進路を塞ぐつもりが、先手を取られていた。


「いったい、どうして気がつかなかったのです!」

 いつも場を和ませるラウドンが珍しく声を荒げた。マリアは地図を睨み、爪を噛む。


 まるで、こちらの動きが読まれているようじゃないか。


 ラーノが心配そうに、マリアの顔色をうかがっていた。しかし、今はそれどころではない。

 マリアは雑念を振り切って、表情を整えた。


「森の中を行軍したんだろう。夜には雨も止んでいた」

 丘の上を取られたとなれば、戦況は厳しいものとなる。

 砲撃しても狙い通りの効果は得られなくなるし、あちらからはレーヴェ軍は狙い撃ちにされてしまう。丘の上に陣を敷くことは基本的な戦術であり、レーヴェの持ち味である騎兵戦も封じられてしまった。


「迂回し、北へ抜けて退却しましょう。このまま遣り合っても意味がない」

「いや、こちらが退却することなど読まれている可能性が高い。現在地に陣を敷いて防衛戦をするのが賢明かと思います」

 各隊の将がそれぞれに意見を飛び交わせる。しかし、レデンはなかなか決断を下すことが出来ずにいた。


 このまま戦闘に入っても状況が好転する可能性は薄い。

 だが、恐らく敵は退路にも兵を配置しているはずだ。だからと言って、防衛戦を行っても充分な戦力を展開することは難しい。

 マリアは地形を睨み、覚悟を決める。


「こちらから打って出ましょう。急いで陣を旋回させて戦闘の準備を」

「この状況で!?」

「無茶苦茶だ」

 マリアの決断に誰もが目を見張る。保守的な将たちはマリアの策を無謀だと非難したが、彼女は首を横に振る。


「いいえ、現状では打って出る以外に考えられません。相手の軍勢はこちらの二倍かもしれないが、森に挟まれていて地形が狭い。数の利を活かし切れないでしょう。戦列を展開出来る幅や行動範囲はこちらと同じです」

 勝算があるわけではなかった。

 しかし、いずれの戦法を取っても大きな被害は覚悟しなければならない。それならば、敢えて進んで意表を突くべきだ。


「陛下、ご決断を」

 マリアは未だに悩むレデンを見据えて静かに促す。

 臣下として彼の意見を仰ぎ、決断を待った。レデンはしばらく考え込んでいたが、やがて重い口を開く。




「マリア、どうなった?」

 緊急会議を終えたマリアに、ユリウスが駆け寄る。

 流石に行軍中は軍服に身を包んでいた。久々にドレスではなく軍服姿の彼を見たときは違和感があったものだが、今ではすっかり慣れて元の感覚に戻りつつある。

「こちらから軍を進めることにした」

「正気かい? でも……君らしい戦術だ」

 颯爽と歩くマリアの隣につきながら、ユリウスはニヤリと笑った。

 だが、急に白い顔から笑みが失せる。


「ユーリ、どうした?」

 様子の変わった友人を覗き込み、マリアは眉を寄せる。

「なにかあったのか」

 変だ。

 ユリウスはマリアから視線を逸らして黙り込んでいたが、やがて首を横に振る。

「なんでもないよ」

 逃げるように歩き去るユリウスの肩を掴む。ユリウスは不安げに視線を上げて、マリアを見据えた。


「マリア……気をつけて。死ぬなよ」

「え、ああ……当たり前じゃないか」


 今まで、そんなことを言われたことなどなかったのに、どうしたというのだろう。マリアは戸惑いの表情を浮かべるが、ユリウスは黙って視線を逸らした。


「おお、こんなところにいらっしゃった!」

 言葉を放とうとするマリアの後ろから声がかかる。振り返ると、ラウドンが逞しい身体を揺らして小走りしていた。

「騎兵隊の配置について揉めています。本当に、あそこでいいのか確認をして頂けないでしょうか……お話し中ということであれば、お待ちしますが――おお、ユーリ様!」

 ラウドンはユリウスの姿を見て顔色を明るくする。しかし、直接話しかける勇気がなくて大きな身体を、恥ずかしそうに丸めた。


「騎兵はあの位置で間違いない。待っていろ、すぐ行く」

 マリアは返答をしながら、ユリウスを見る。

 瞳を伏せて黙り込んだ顔に不安を覚えた。こんな顔のユリウスは初めてだ。

 なにか大切ことを背負っているのではないか。なにかを見落としているのではないか――。

 しかし、ラウドンを待たせているため、今は彼の話を聞くことが出来ない。


「また後で話そう」

 ユリウスに背を向けながら、マリアは嫌な予感を覚えた。これから戦闘だというのに幸先が悪い。


 こんな予感など、外れてくれればいいが。




 全軍に出撃と戦列形成が命じられた。

 レーヴェ軍は戦列の展開を終える一時間ほど、アドラの砲撃に晒され続けなければならなかった。それでも、兵は持ち堪え、思ったよりも早く攻撃に転じることが出来そうだ。

 マリアはレデンの隣で馬に跨り、手綱を握る。


「本当に、あんな戦法が上手くいくのか?」

 レデンに問われ、マリアは鼻を鳴らした。

「さあ。やってみないことには、私もよくわからない。いつものことじゃないか。戦場はなにが起こるか、わからないものだ」

「そうだった。でも、お前はそれでいつも勝ってきた。今回もきっと勝つんだろう?」

「どうだかな」


 今までに不利な戦況に追い込まれたことは幾度もあった。そのたびに、マリアは最善を尽くし、軍を率いるレデンを支えた。

 しかし、今回も運が彼女に味方するとは限らない。おさまらない胸騒ぎが仕切りに警告を発していた。

 ユリウスのことも気になる。ゆっくり話す時間が取れないまま、戦闘に入ってしまった。念のために後方に控える部隊に就かせたが、やはり気になる。

 なにか悪いことが起こるのではないか……。




 † † † † † † †




「あのお姫様は、本当に無茶な策をお立てになる」

 ラウドンは唇に笑みを描いて、手綱を巧みに操った。

 彼方より弧を描いて迫る砲弾が地面を穿ち、轟音を上げて破裂する。その黒煙を裂くように軍馬が疾風のごとく駆け抜けた。


 耳元で風が猛烈な唸りを上げ、顔のすぐ傍を敵の銃弾が通り過ぎる。

 彼に続く騎兵大隊は北側に配置された敵左翼に向けて真っ直ぐ突き進んだ。

 案の定、高地に構えられた砲台から集中砲火を受けるが、命令通りに『強行突破』する。


 騎兵は機動力に優れ、突撃による威力は大きい。

 しかし、火器には勝てない。高地に敷かれた陣へ突撃すれば、砲弾と銃弾を浴びてすぐに蹴散らされてしまう。火器の前において、騎兵はただの的に過ぎない。


 だが、高地を取ったことでアドラ軍は定石通り、騎兵による奇襲はないと踏んで正面に戦力を集中させる陣形を選択していた。そのため、側面は手薄になって、対抗する騎兵も多く配置していない。


 相応の犠牲は覚悟しなければならないが、突破出来ない壁ではない。

 丘の斜面を騎兵で一気に駆け上がるという異例の戦法がアドラ軍の動揺を誘う。


「本当に、いつも楽しませてくれるお姫様だ」

 危険な任務だが、それだけ遣り甲斐があるというものだ。せっかくの舞台を他人に譲ってなるものか。


「ユーリ様、見ていてください。このラウドン、貴女のために勝利を捧げてみせましょう!」

 ラウドンは好戦的な獣の笑みを浮かべると、軍刀を振り上げて、後に続く仲間を鼓舞してやった。

 そして、そのまま黒い塊となった騎兵大隊が、混乱するアドラ戦列へと流れ込む。

 

 

 

 騎兵戦はロマン。

 18世紀は火器の性能が上がり切っていないので、使いようによってはギリギリ騎兵が機能する時代という認識です。

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