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14 麗しの君

 視点変わります。

 

 

 

 弦楽器が織り成す緩やかな旋律が広間に溢れる。

 数々のシャンデリアと銀で彩られた大広間を賓客が埋め尽くしている。

 相変わらず、古い様式にこだわって妙に荘厳な雰囲気は変わらないが、場の空気は賑やかで華やいでいた。誰もが皇帝の率いる軍の武勇を語り、レーヴェの勝利を喜んでいる。

 危機を脱したわけではないが、これで敵国側は慎重な行動を取らざるを得なくなっただろう。充分な牽制になっている。

 これまで、こちらの文書に返答さえ寄越さなかった周辺の国も少しずつ、歩み寄りの姿勢を見せていた。


 ここからが勝負だ。


「フリードリヒは私の従兄弟でして。レデン陛下にご紹介したところ、今回の戦果を収めた次第です。全く、自分としても鼻が高い!」

 デタラメなことを吹聴するラウドンの隣でマリアは黙って苦笑いした。

 この男の出任せと、それを語る話術には感服する。お陰で、男装したマリアを敵国の王女と同一人物だと疑う者はいないようだ。

 因みに、フリードリヒは正真正銘ラウドンの従兄弟の名前だ。ラウドン曰く、田舎で引き籠り生活を送っており、帝都に出てきたことは一度もないので、あまり問題はないらしい。


「そのとき、自分は敵の銃弾の数々を掻い潜り、馬で疾走しました。耳元で風が唸り、弾と擦れ違う瞬間は、もう言い表せませんな! そのまま敵陣へ突進し、ざっと二百名ほどの敵兵を槍で串刺しにしました」

「まぁ、勇ましい」

「恐ろしいですわ」


 ラウドンは物凄く脚色された武勇伝を集まった貴婦人たちに大声で語りながら、マリアの肩をバシバシ叩く。

 色とりどりのドレスを纏った女たちはラウドンの話を楽しそうに聞き、くるくると表情を変えて喜んでいた。


「フリードリヒ様は何人の敵兵をお倒しになったのですか?」

 ラウドンの話を真に受けた令嬢の一人が無邪気に語りかけてくる。

 だいたい、ラウドンは騎兵ではあるが、槍など持たない。それに、神話や文学の世界じゃあるまいし、一人で何百人もの敵を相手に出来るはずがないではないか。

 マリアはラウドンの脚色に度々修正を入れたかったが、楽しそうな場を壊すのも申し訳ないので黙っておくことにした。

 恐らく、彼女たちの頭には神話世界の英雄譚のような光景が浮かんでいるに違いないが……敢えて訂正して、夢を崩してやる義理もない。


「ラウドン殿には敵いませんよ」

「けれども、陛下から認めて頂いたのでしょう?」

「陛下は物好きなのです」

「まあ、陛下が聞いたら怒られてしまいますわよ」

 マリアは女でありながら軍務に就くという立場よりも、男である振りをする方が断然話し易いと感じる。女として敬語を使うのは慣れなかったくせに、男としてならスラスラ言葉が出てくる。

 やはり、生まれてくる性別を間違えているのだろうか。


 もう一人の性別間違い男は、相変わらずのドレスを揺らして楽しそうに過ごしているようだった。

 薔薇の花を模った真紅のドレスを見せびらかす、堂々とした振る舞いだ。

 苦労して選んだ割には、いつもの色だが。


「楽しそうだな、ユーリ」

 通り掛けのユリウスに声をかけると、彼は持っていた葡萄酒をかかげて笑顔を作った。

「まぁね。ああ、やっぱり僕は生まれてくる国を間違っているみたいだね」

 それを言うなら、性別の時点で既に間違っている。

 マリアが苦笑いしている間にユリウスは他の貴婦人に呼ばれて歩き去ってしまう。


「マリア様、マリア様」

 ラウドンが急に声を潜めてマリアに話しかける。人前では、フリードリヒと呼べと言ったのに。マリアは面倒くさくなりながら、ラウドンを振り返った。

「先ほどの方は、マリア様のお知り合いですか?」

 ユリウスのことのようだ。彼がなにか気になったのだろうか。

「ユーリは私の従者だが、なにか」

「そうですか、ユーリ様と仰るのですね。いや、本当に……可憐な方ですな!」

「はあ……はあっ!?」

「あの見事な着こなしとセンス、華のように可憐な容姿と愛らしい笑顔! 文句のつけようがありません! 嗚呼、お美しい。自分の好みです。話しかけても失礼ではないでしょうか」

 感嘆の声を上げたラウドンを見上げて、マリアは思わず目を剥いてしまった。だが、ラウドンは眼中にない様子で、赤面しながらユリウスの後姿を見ていた。


「お美しい王女様には、本当にお美しい女官が仕えるものなのですね」

「い、いや、ちょっと待て。ユーリは一応、お前と同じ職業だぞ!?」

「なんと、アドラでは貴女以外にも女性の軍人がおれられるのですか! ご婦人にしては背が高くて、凛としてらっしゃると思っていたら……きっと、軍服姿も可憐なのでしょうな! 嗚呼、ユーリ様。まさしく、麗しの君でございます」

「いや、お、落ち着け! 私の話を聞け!」

 なにを勘違いしているのだろう。マリアは必死にラウドンの勘違いを解こうとするが、彼は人の話を聞かずに、浮かれた足取りでユリウスの元へ歩いていってしまった。

 レーヴェでは男性の女装が流行っているようだし、まさか性別が間違えられるとは思わなかったが……もしかして、他にもユリウスの性別を間違えている者がいるのだろうか。


「どうかされたのですか?」

 マリアは話しかけてきた令嬢を振り返り、微笑を作った。

 ラウドンがいなくなって、会話の対象がマリアに移ったらしい。マリアよりも少し年下の令嬢は可愛らしい笑みを咲かせて、話の続きを嬉しそうに待っている。

 だが、程なくして、令嬢はマリアの後ろになにかを見つけて、更に瞳を大きく輝かせた。


「俺のことを物好きだって言ったのは、誰だって?」


 突然、背後から肩を掴まれてマリアは口を半開きにした間抜けな顔のまま振り返る。すると、無愛想なレデンの顔がマリアを覗き込んでいた。

 夜色の髪と瞳を強調するような漆黒の衣装は地味だが、厳かで威厳のようなものを感じる。


「まあ、陛下!」

 マリアと話していた令嬢がレデンへと歩み寄る。周囲の者たちも吸い寄せられるようにレデンの周囲に集まった。

 会戦の前とは大違いだ。今やレデンは英雄となり、疑惑の皇帝などではない。


「お噂は聞きましたわ。ご立派になられましたのね」

「流石は神がお選びになった皇帝陛下ですわ」

「お若いのに素晴らしい」

 愛らしい令嬢の一人がレデンの隣に擦り寄る。レデンは少し眉を寄せるが、なにも言わず、無愛想な表情を心持ち和らげた。


 いつの間にか、マリアはレデンから視線が逸らせなくなっていた。

 胸が痛いのは、何故だ。熱くて苦いものが込み上げてくる。

 レデンから視線を外せず、マリアは戸惑った。

 それほどまでに、マリアは彼に羨望を寄せているのだろうか。強い彼に嫉妬しているのだろうか。

 マリアは軽く首を振り、奥歯を噛み締める。今は臣下の振りをしなければならない。


「宴の席とは言え、皇帝陛下が気安く歩き回るなんて感心しませんね」

 マリアはやっと言葉を搾り出したが、すぐに後悔する。

 言いたいことは、こんなことではない。すぐに前言を撤回したかったが、彼女の意思に反して唇から言葉が続く。

「英雄色を好む、と言ったところでしょうか」

 マリアの言葉を聞き、レデンの顔が曇る。彼はなにか言いたそうにする令嬢の一人を制止して一歩前に出る。


「相変わらず手厳しいな」

「なにかおかしなことを言いましたか」

「いや、少しも。そろそろ引っ込んでおかないと、大臣どもがうるさくなる頃合いだからな。有難く忠告を受け取っておくさ」

 マリアの焦りを感じ取っているのか、本当に大臣がうるさいのか、レデンは軽く笑ってその場を離れようとする。

 だが、その態度が気に入らず、マリアは唇を噛む。

 レデンが一層遠くなる気がした。


「お前には――」


 言いかけて唇を噤む。レデンが横目だけで振り返り、マリアを睨んでいた。

 マリアは小さく唇を開閉させ、拳を握り締める。そして、踵を返してレデンに背を向けた。


「気分が優れないので、失礼します」

 熱くて、辛くて、息が詰まる。身まで切り裂かれる気がして、思わず胸に手を当てる。

 嫉妬しているのだろうか。

 自分にはない才を見せつけたレデンのことを。あの戦場で軍旗を掲げた姿が頭から離れない。

 これはマリアの知らない感情だ。どうしてしまったのか、わからない。

 大きく高鳴る鼓動が耳まで響いた。




 † † † † † † †




 逃げるように歩き去るマリアの背を見て、レデンは頭を掻いた。

 面白くない。言い寄る貴婦人たちを無視して、大人しく玉座へ帰る。大臣たちが、なにやら口酸っぱく吠えていたが、それらも無視してやった。

 どうにも、虫の居所が悪い。


「嗚呼、麗しの君……」

 なにがあったか知らないが、ラウドンが陽気に鼻歌を口ずさんでいる。それを煩わしく思いながら、レデンは葡萄酒のグラスを受け取った。

「どうしました、陛下。ネズミを捕り損ねた猫みたいな顔ですよ」

「うるさい」

「マリア様の機嫌を損ねてしまいましたか?」

「向こうが勝手に怒って何処か行ったんだ。いったい、なにが気に食わなかったんだか」

 不貞腐れたレデンに対して、ラウドンは大袈裟に肩を竦めた。


「陛下は女性というものを理解していらっしゃらない……なにか相手が喜びそうなものを贈ってはいかがですか」

 なるほど。女に媚びるようで少し抵抗はあるが、一理ある。

 ラウドンの提案にレデンは思考を巡らせた。

「マリアが喜びそうなもの……そういえば、今朝、骨董商が来てたな。良い宝剣があったから、あれを」

「……貴方は馬鹿ですか! 女性には、そっと花でも贈って差し上げるものですよ。ほら、庭にいっぱい生えているじゃないですか。花束も良いですが、陛下が育てたご自慢の一本を差し出すというのも悪くありません」

「だが、マリアは絶対に剣の方が好みだと思うんだが。そうじゃなかったら、銃だな」

「陛下、同じ男として同情します。これだから、陛下は女を理解出来ないのです。花を贈られて、喜ばない女性はいませんよ」

「そういうものか?」

「そういうものです」

 レデンには女という生き物が理解出来そうにない。マリアの性格なら、間違いなく武具の方が喜ぶはずなのに。


「花か……」


 レーヴェ帝国はオーストリアをモデルにしていますが、文化はチェコを参考にしています。

 プラハの城や町並みはとても趣があって、ファンタジー世界や中世気分を満喫出来ます(物語の想定年代は近世ですが

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