13 嫉妬
ヒューネルンの戦勝に首都プラーガは久方ぶりに華やいでいた。
皇帝の死にはじまり、レーヴェでは明るい話題が絶えていた。そこへ、皇帝自ら軍を率いて、多勢の敵を打ち負かしたという報せは、国民を鼓舞するには充分だった。
プラーガ城では、帰還した皇帝と軍を持て成す祝賀会が催されることになる。
「おめでとう。久々の行軍は楽しかったかい? 兵隊馬鹿」
置いていかれたことを根に持っているのか、帰還早々ユリウスに嫌味を言われた。
マリアは疲れた溜息を吐くと、わざと黒い三角軍帽を従者の顔目掛けて投げる。帽子はくるくると回転しながら弧を描き、真っ直ぐにユリウスの手に収まった。
どうやら、怪我も良くなっているようだ。
相変わらずのドレスに身を包む姿にも流石に慣れてきたが、久しぶりに見ると、やはり変な感じだ。
「すごい戦果だったそうじゃないか。兵数に一万近くも開きがあったら、並みの指揮官じゃ勝利は難しい。やっぱり、君は生まれてくる性別を間違えてるよ」
「……私じゃない」
明るく振舞うユリウスに言い捨てると、マリアは自室の椅子に身を投げ出した。
「君が立てた策じゃないのか」
「当たり前だ。策は私が立てたし、その通り遂行された」
だったら、どうして。ユリウスは不思議そうに首を傾げる。
項垂れるマリアの瞼には、今もレデンの姿が焼き付いていた。
燃えるような夕陽を背に、馬上で旗を掲げた皇帝の姿。彼がいなければ、間違いなく戦は敗北していた。レーヴェ側の死傷者がマリアの予測を下回ったのも、彼の存在が大きく関係している。
マリアの力ではない。あれは間違いなく、彼の力だった。
レデンとマリアは似ていると思っていた。
それなのに、全く違うのだということ見せつけられた気がして、マリアは戸惑いを覚えずにいられなかった。
どうして、あんなに強く在れるのだろう。
どうして、マリアはこんなに弱いのだろう。
「またロクでもないこと考えてるの?」
「……悪いか」
「ロクでもないって自覚はあるのか。成長したんだね」
確かにロクでもない。他人のことを考えている暇などないのだから。
――だが、お前を見ていると、凄く辛そうだ。
考えないと決めた矢先に、間近に迫ったレデンの顔を思い出してしまう。
唇に触れると、まだあのときの熱が残っている気がして、顔から火が出るほど恥ずかしかった。
突然のことに驚いたとは言え、動揺しすぎではないか。仮にも元婚約者なのに。
マリアは首を横に振ると、必死に忘れようと務めた。レデンとは協力関係以外になにも要らない。忘れることが先決だ。
「また人の話聞いてなかっただろ。忘れてるわけじゃないよな?」
「な、なにを」
大きなリボンを揺らしながら、ユリウスが振り返る。マリアは返答しながら、彼の話をなにも聞いていなかったことに気がつく。
「衣装さ、衣装。祝賀会の衣装だよ。とびっきりのものを選ばないと」
「あぁ……それなんだが、私は軍服でいい」
ヒューネルンでの会戦の結果、マリアは正式に皇帝の補佐として軍隊の指揮を任された。
しかし、流石に敵国の王女が手を貸していることが知れ渡るのは不味い。このことは、ラウドンやラーノ以外には伏せられている。
幸い、マリアは皇帝が暗殺された日には短時間しか公の席に顔を出していなかった。そのあとも軟禁生活が長かったため、軍の関係者でマリアの顔まで知る者はいない。
彼女はフリードリヒ・リルケという偽名を使い、男として振舞うことになった。
「ふぅん。なんだ、せっかく君に似合いそうなドレスに目星をつけておいたのに、つまらないな」
「私は着せ替え人形か」
「顔は美人だからね、中身は兵隊馬鹿だけど」
「悪かったな」
マリアが顔を逸らすと、ユリウスはパッと表情を明るくして彼女の腕を掴む。真紅のドレスをふわりと翻った。
「だったら、僕のドレス選びを手伝ってくれよ。どれがいいか迷ってるんだ」
「別に今のでいいじゃないか、可愛いと思うが」
「君、それでも女の子なのかい?」
マリアが頭を抱えていると、ユリウスは大きな溜息を吐く。
「良いかい、身だしなみは大事なんだよ。君だって、一兵卒がだらしがない私服を着て訓練していたら注意するだろ。わざわざ他国の軍服なんか着ないだろ。違うかい?」
「それとこれとは」
「装備品だって重要じゃないか。ボロの銃や軍刀なんて使い物にならない。いつ暴発するかわからない銃で戦争したって意味ないだろ」
物凄い剣幕で捲くし立てられ、マリアは苦笑いする。
しかし、よくよく考えると彼の言う通りだ。整備不良で銃が暴発したり、馬の管理を怠っていたりしては、戦場では目も当てられない。弾薬や兵力の不足は死活問題だし、綿密な計算と装備は必要だ。
上手く丸め込まれた気がしないでもないが、マリアは渋々ユリウスの衣装選びを手伝うことになったのだった。




