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11 戦姫の微笑

 モブ視点です。

 

 

 

 機は熟そうとしていた。

 歩兵たちの足音と雄々しい軍歌が天空へと舞いあがる。


 聞け、我らの軍靴の音色を、天を裂く猛き銃声を。

 恐れよ、我が軍勢を、我が祖国を。

 勇猛にはためく黒き旗の下、集い、進めよ、黒鷲(アドラ)の子らよ。

 死をも恐れぬ不屈の兵よ。


「いつでも出陣可能でございます」

「うむ、ご苦労」


 少しの狂いもなく隊列を組んだ自軍を馬上から見下ろして、アドラ陸軍中将デッサウは満足げに笑みをしたためた。

 報告では、レーヴェ軍は未だに部隊の展開を終えておらず、手間取っているようだ。

 長い平安の間に脆弱に成り下がったレーヴェ軍の脆さと、指揮官の無能さをよく示している。


 この戦は勝てる。


 自らが率いる本隊左翼を眺めて、デッサウは指揮杖を振った。

 濃紺の軍服で埋め尽くされた野は、今に、レーヴェ軍の白と鮮血で塗り替えられることだろう。


「前進!」

 号令と楽士の太鼓に合わせて、アドラの兵士たちが一糸乱れぬ歩みで前進する。大地を踏み鳴らす軍靴が轟き、掲げられた軍旗が血を欲するかのように風を叩いた。


 野を囲う森の木々が葉を散らしてざわめく。

 隊列を組んでいる途中のレーヴェ軍側から数発、砲筒が唸りを上げた。しかし、両軍はまだ砲撃の射程距離まで近づいていない。当然、砲弾はアドラ軍の手前で破裂し、大地を穿って黒煙を上げた。


 馬鹿が。

 浅はかな攻撃にデッサウはますます勝ち誇った笑みを浮かべる。

 大方、近づいてくるアドラ軍を牽制し、時間を稼ぐためだろう。もしくは、兵士たちの恐怖心を煽りたいのだ。

 だが、そんなものはアドラ軍の前では役に立たない。訓練によって鍛えられた不屈の兵士たちは恐れを知らぬ歩みで進んでいる。

 そんなことも知らずに、レーヴェ軍から再び砲弾の咆哮が上がった。デッサウは取り乱すことなく、前進を続けさせる――。


「なに!?」

 前進を続けていた味方の足元が抉れ、黒煙が上がる。

 砲弾によって頭や腕を吹き飛ばされ、肉塊となった兵士の身体が宙を舞った。

 砲弾は何発も撃ち込まれ、整然とした隊列の中におぞましい鮮血と肉片を散らす。

 予期せぬ事態に将校たちですら驚きの余り声を上げていた。勇猛に進んでいた兵士たちの間にも戦慄が走る。

 しかし、デッサウは落ち着いて声を張り上げた。


「怯むでない! 立て直せ!」

 飛んでくる砲弾の方向から推測するに、敵は野の左右に広がる森の中だ。実際、そんなところから撃っても照準が合っておらず、半分以上の弾は当たっていない。


 デッサウにはわからなかった。こんなことをしても意味があるのだろうか。


 レーヴェ軍の本隊との距離は充分に離れており、立て直しは容易だ。脅し以外の何者でもない。時間稼ぎだとしても、こんなところに砲兵を置くなんて、まるで最初から自軍の展開を間に合わせる気がなかったようではないか。

 嫌な予感がする。


 ――デッサウ卿、最初から勝てる確証のある戦はない。慢心は禁物だと覚えておくといい。私ならこの局面で、正攻法は選ばないだろう。


 何故か、皮肉に笑う王女の言葉が脳裏に浮かぶ。今、この瞬間に、どうして彼女のことを思い出してしまったのか。

 敵国に捕えられた王女が嘲笑っている気がするのは、何故だ。


「まさかな……」

 デッサウは雑念を振り払おうと、手綱を強く握った。


「閣下ッ!」

 部下の叫び声が、デッサウの表情を歪ませる。

 砲撃に紛れて、森に潜んでいたレーヴェ騎兵が、混乱するアドラの陣へ側面から突撃をかけていた。砲撃に続いて騎兵の奇襲を受け、兵士たちは混乱状態に陥る。

 デッサウは即座に歩兵に射撃を命じるが、隊列の側面への方向転換は時間がかかる。

 彼は自ら馬を走らせると、側面へ配置した騎兵大隊の前に立つ。歩兵が機能すれば、火力によってレーヴェ騎兵を蹴散らすことが出来るだろう。それまで、騎兵戦で持ちこたえる必要があった。


「続け!」

 デッサウは馬の手綱を握り、突撃の指示を出す。彼に続いて軍馬の群れが大地を蹴った。

 天高く嘶きが響き渡る。

 軍刀(サーベル)を抜いた騎兵たちが刃を鳴らす。野は瞬く間に濃紺と純白の軍服で入り乱れ、倒れた軍馬や兵の血で染まる。

 素早くて小回りの利くレーヴェ騎兵は巧みにアドラを翻弄した。まるで、東方で遊牧する蛮族のようだ。突撃しては、深く切り込まないうちに方向転換し、再び隊を襲う。西側では、あまり見ない。

 デッサウは繰り返される攻撃のたびに苦戦を強いられた。


「おのれ」

 敵兵の刃を弾こうと、軍刀を掲げる。

 しかし、彼の肩を銃弾が撃ち抜いた。無防備となったデッサウの眼前に銀の刃が迫り、斬りつけられる。

 顔の左側を深く抉られ、迸る鮮血と共に眼窩から眼球が飛び出す。視界が暗転し、高い馬の背から落下した。

 部下が彼を救出しようと声を上げる。

 視神経によって辛うじて繋がった眼球に構うことなく、デッサウは軍の指揮を執ろうと軍刀を振った。


「進――」

 将の声は銃弾によって掻き消された。

 

 

 

 戦場、後編に続きます。

 敵視点なので全然名前出てませんが、今回頑張ったのは、きっとラウドンの部隊です。

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