放蕩息子の帰還
あれから帰るに帰れない日々が続いた。なんでも使うという覚悟は一応認められたものの、根本的に相手より強ければ被害を少なくできるだろうという力こそパワー理論を振りかざされ、ぐうの音も出なかった。やっぱり放火はまずかった。火魔法の使用を禁止され、フェンリル様直々に俺に稽古をしてもらっていたからだ。
ある日の稽古終わりにこんな会話があった。
「だいたいお主は力への欲求がないから、小手先でなんとかしようとするのだ。それでは、決して自由にはならぬ。力がなければ利用され、利用する関係に縛られ続けることになるのだ」
深い。深すぎるよフェンリル様。伊達に一匹狼やってないですね。
言ってることは脳筋なのに、不思議!
俺はなんだかんだで、自分の限界に早々に見切りをつけていたのかもしれない。
前世でも限界まで追い詰められたこともなければ追い詰めたこともなかった。
「俺、いや私は、自分の限界を知るのが怖いのかもしれません」
「お主は無駄に賢いからのう。阿呆ならそんなこと怖がりもせん」
「そして、その阿呆は自分の限界を知らずにあっけなく死ぬのでしょう?私は寿命まで死にたくないのです」
これは俺の本音だった。前世で死んだことを思えば、無意味な死なんてごめんだった。
「のう、ロックよ、死とは案外身近にあるのだ。わしの気が変わって、今、おぬしを殺すこともでるのじゃぞ」
「でも、フェンリル様はそんなことしないでしょう?」
「信頼はありがたいがな。無駄だろうと抵抗はするじゃろう?」
「そりゃあ、まぁ」
「その生への執着こそ、力への欲求なのだ。本来、そういうものであるともっと自覚するのじゃ」
俺にはフェンリル様のいうことがいまいちわからなかった。黙っていると、もう会話は終わりだという風にフェンリル様が立ち上がって去っていく。
ポツンと一人残された俺は、自分にそんな力への欲求があるだなんて考えたこともなかった。確かにこの世界にきて、スキルというものが存在して目に見える力を得られることが楽しかった。
「そうか……みんなはもっとマジメだったんだな」
俺には二度目の思春期なんて来ないし、今、気付くことが出来てよかった。
もう少しマジメに生きよう。
スキルがあり力を過信する奴もいれば、俺みたいに不真面目な奴もいる世界なんだろう。スキルが目に見えることがこんなにも厄介だったとはなぁ。
それからの俺はスキルのことなんて忘れて鍛錬の日々だった。
そして気付けば3年ぐらいこの森に篭もっていた。
ある日
「ロックよ、あの日からお主は変わった」
「はい」
「最初にわしに言ったことを覚えておるか?」
「……強くなりにきました、と」
「そうじゃ。そしてお主は強くなった」
「フェンリル様のおかげです」
そうだ。俺は一番最初に強くなりたいと言っていたんだった。
本当にフェンリル様にはお世話になった。頭が上がらない。
「もう用は済んだであろう」
「はい。フェンリル様、ありがとうございました」
「うむ。たまには遊びにこい。魚を持ってな」
「はい。是非に」
そうしてフェンリル様との修行は終わった。
確かに強くなった。また別の場所でも強くなることができるはずだ。
その為にも、一度、家に帰ろう。
懐かしい町を歩いていく。なんかやたらと見られている気がするけど、多分、服がボロボロだとか髪の毛が伸び放題のボサボサだからだろう。すっかり野生児になってしまった。
家はいつもの場所にあり、店の方も相変わらず繁盛しているようだ。
なんだか、変わってなさ過ぎて逆にびっくりだ。でも、懐かしい。
店の前でぼーっとしていても仕方ない。行くか。
「ただいまー!」
「!!! ロック?ロックなの?ロックなのね?あーよかったわ!無事に帰ってきてくれて!」
そういって店番をしていた母に抱きしめられる。
「ご心配おかけしました」
「いいの。いいのよ。こうしてまた会えたんだから」
「みんな変わりない?」
「ええ、みんな元気よ」
それから急遽お店を閉めて、みんなを呼んできて祝いの宴をすることになった。
あまりにも俺の格好が汚かったので、母に身ぐるみを剥がされ風呂に入れられた。
なんかえらい騒ぎになってしまったなぁ。
風呂から上がり、自分の部屋に行く。埃もなく綺麗なままだった。ちゃんと掃除してくれてたんだ。
その夜、家族全員が集まっていた。
「ただいま、じーちゃん、ばーちゃん、親父、母さん、ロニ兄。あと、えーっとマリー姉さん?」
「あんた私のことちゃんと覚えてないわけ?」
「だってほとんど家にいなかったじゃん。ってなんでいるの?」
「3年も行方不明だったやつに言われたくないわ」
「まぁまぁ。久々に家族全員揃ったんだし喧嘩しないで祝おう」
と、ロニ兄さんが間に入ってくれて、宴が始まった。
「ってまぁ、こんな感じで神獣の領域でフェンリル様のお世話になってた」
「「(((シーン)))」」
「え?なに?なんかおかしいこといった?」
「「はぁぁぁ」」
「や、やだなぁ。そんな溜め息つくことないんじゃない?」
「お前はあとで書斎に来るように」
報告しただけでお祝いムードがぶち壊れるってどういうことよ。親父から説教確定しちゃったし。なんかおかしくね?ここは感動するところじゃないのか?
その後、空気を読んだロニ兄さんがマリー姉さんに話を振り、クエストの話とかダンジョンの話をして、さっきの空気はなかったことにされた。
後片付けを手伝い、お皿を拭いてたら母さんからも書斎へ行くように言われた。
露骨な時間稼ぎはバレバレだったようだ。観念して出頭するしかない。
コンコン
「入れ」
「はい」
直立不動である。
「たいそうな置手紙を残し、三年も帰ってこなかった不肖の息子よ、申し開きがあるなら聞こう」
「自ら厳しい環境に飛び込み、鍛えなければ無理な条件だと思ったからしたまでです」
「お前は大きな勘違いをしている。3年前にスキルLV5なんてどうやっても無理なのだ」
「そんな!達成不可能な条件を出すなんて卑怯です!」
「まぁ待て。最後まで聞け。3年前、お前はまだ13歳の子供だっただろう」
「年齢がなんだというのです!?」
「いいか、LV5というのは一流の証みたいなものだ。確かにお前には才能があった。あの歳で身体強化魔法を使えて部分強化魔法まで使えていた」
「だからなんだというのです!」
説明が長すぎてつい癇癪を起こしてしまう。
「……所詮は子供の身体ということだ。大人と子供の身体では差があるのはわかるだろう?子供は決して一流にはなれないのだ。おそらくお前ならばLV4まではそれほど苦もなくレベルがあがったのではないか?」
バールのようなもので側頭部を殴られたような衝撃にその場にへたりこんでしまう。
そして追撃がくる。
「私はお前に”裏家業の修行をするなら考えなくもない”と言ったよな?」
「あ・・・・・・・」
「神獣の領域で、どう裏家業の修行をしたんだ?」
「……弁解の余地もありません」
「ロック、お前に足らぬのは忍耐だ。安易な考えのもと、危険な場所へ行き、運が良かったから生きて帰ってこれただけのこと。そんなことは死にたがりのすることだ。いくらどれだけの時間がかかろうと達成するという意志をこそお前は持つべきだった」
「・・・・・・・・・はい」
「私はお前が強くなるのは当然だと思っている。そして現にお前は強くなって帰ってきた。が、大事なのは強さだけではない。その事をわからせるための条件だったのだ」
超絶フルボッコだった。あの時、結構軽いノリだったじゃん。とか言えないほどに。まさか家出して修行してくるなんて親父に予想がつくはずがない。
たっぷり間をとってから親父から沙汰が告げれる。
「一ヶ月間の謹慎の後、三年間みっちり裏家業の修行だ。まさか三年も待たせておいて、嫌だとは言わんよな?」
「もちろんです。申し訳ございません」
「よろしい。もう下がってよろしい」
もう完全に俺はただの放蕩息子なんじゃないか。みんなに謝らないと……。