腹の探り合い
ある日、侯爵家の屋敷ではブリザードが吹いているのではと思われるくらい、寒い空気になっている一室があった。その部屋には三人いた。
一人はアラン・ブラッドリー。この屋敷の持ち主である侯爵の子息であり、この部屋の持ち主でもある。
いつもサーシャに見せている柔和な笑みでは無く、見るものを凍らせるような絶対零度の微笑みである。その笑顔もいいという奇特な女性も居そうだが、それは置いておこう。
二人目に、キューベレ・グレゴリー。現王の弟であるダレン・グレゴリー公爵を父に持つ公爵子息だ。
彼の面持ちはいつもと変わらずにこやかであるが、目だけが何を考えているか分からない、不穏なものを感じさせていた。目は口ほどにものを言うといったところなのだろうか。
そして、もう一人はフラン・ハミルトン。エルマー・ハミルトン伯爵の子息であるが、その点よりも、彼自身が芸術家であるということで、最近貴族の注目を集めている男性だ。
彼の表情の機微が分からない人が見ても、今の彼の顔は険しいということが分かるくらい、彼は苛立っていた。だが、前二人に比べると可愛いものだと思えるのは、感覚が麻痺してしまっているのだろうか。
最初は、三人だけではなく、サーシャも加えて四人でお茶会をしていた。本当であれば、サーシャの部屋で、サーシャとアラン二人で行う筈だったのだが、アポなしでサーシャに会いにフラン、キューベレが来たので、四人で行うこととなったのだ。
部屋は兄と二人だけで行うときと同じように、サーシャの部屋でするつもりだった彼女だったが、その兄からの反対を受けてサーシャの部屋では無く、アランの部屋ですることとなった。
サーシャがいるときは、三人とも腹の中で何を考えているかは分からないものの、表面上穏やかな時間が過ぎて行っていた。しかし、サーシャが体調不良を理由に部屋へと辞してからは、部屋の空気は一転してこのようになってしまった。
「サーシャは大丈夫かな? 心配だね。華がいなければ茶会も素直に楽しめないよ」
「そうだね、僕も心配だよ。だから、君たちはさっさと帰ってくれて構わないよ? というか、僕としてはその方がサーシャの具合を確かめに行けるから嬉しいんだけど」
「サーシャ、心配。俺、行ってくる」
「行かせるか、この駄犬」
「私が行けないのに、君に行かせるわけ無いだろう」
「アランも、ぐれごりーこーしゃくしそくもひどい。おーぼーだ」
「……ハミルトン伯爵子息。名前でいい」
「え、ほんと? でも、偉い人にはこんな感じじゃないと駄目じゃないの?」
「爵位が上のものを敬ってそうしないといけないが、あからさまに敬う気ゼロだしね、君。それに、ここは公式な場じゃない。非公式な場なのだから、私はそこまで咎めないよ」
「ありがと、キューベレ様。じゃあ、俺もフランでいいよ」
「二人して穏やかな会話をしてるところ申し訳ないのだけれど、君たちが会いに来たサーシャは居ないんだから「そう、サーシャは今居ない」
早く帰れと、もう一度言おうとしたアランを遮って、キューベレが発言する。何を当然なこと言ってんだコイツみたいな目でアランがキューベレを睨んだが、そんな視線はものともせずに、キューベレは言葉を続けた。
「だからさ、私は君たちの本音が知りたいんだよ。サーシャが私達をどう思っているか聞くのも野暮だから、君たちの気持ちを確認しようと思ってね」
「ふむふむ。じゃあ、アランどうぞ」
「……なんで、フランはキューベレに従ってるの?」
「きょーどーせんせんの場だと見た」
「共同戦線くらい、ちゃんと言いなよ」
「あと、キューベレ様いいひと。お菓子美味しい」
「ああ、ハミルトン家はブラッドリー家とは代々仲がいいんだったね。サーシャとともにお菓子を食べるうちに君も甘いもの好きになったというところか」
「サーシャ、甘いの好き。俺も好き」
「太ってサーシャに見向きもされなくなればいいのに」
「そこは大丈夫」
「それより、どうなんだい。一番最初に言うのは嫌なんだったら、私からでもいいよ?」
「……はぁ、仕方ないね」
サーシャも居なくなって暇な部分もあるので、アランはキューベレの提案を呑むことにした。
お菓子をひたすら貪っているフランを横目に、アランはサーシャのことをどう思っているか言うために、サーシャについて考え始めた。
少し視点を変えたお話。
キューベレはアランがサーシャに対して抱いている情がなんなのか、まだ把握し切れてません。
フランは他の人の気持ちは気にしてません。話を伸ばしてるのは、屋敷から追い出されないためです。