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自己暗示

どちらも用事がないときは必ず行うようになっているお兄様と私だけのお茶会を私の部屋で開催する。

前までは場所は決まっていなかったのだが、私の体調が心配だと兄様が言うので、倒れそうになってもすぐに寝台へ行ける私の部屋で行うと云うことになったのだ。

侯爵家というだけあって、出されるお茶は美味しいし、お兄様が公爵家からかっぱら……持ってきて下さるお菓子(ときどき公爵子息ご本人がもってくることもある)やお父様が買って来て下さるお菓子も大変美味しい。

そのお茶会には、やや問題があるのだが、その問題とは、言わずもがな。お兄様だ。


お兄様は優しい。これはゲームではあまり分からなかったが、私に対して本当に心から考えて行動してくれていることが私にも伝わるくらい優しい。

お兄様は怖い。ゲームの時のあのヤンデレを思い出すと、思わず身震いしてしまうほどに。

だが、それは兄である彼に振り向かなかったせいであるのだから、彼と結ばれればそんなことにはならないんじゃないか。

そんな考えが浮かんでしまうのだ。サーシャとしての意識だけでは到底思わなかったのだろうが、私の意識も合わさったことで、お兄様がそういう意味で、アリになってしまっている。

見た目的に好みであるに収まらず、このお茶会のときは、甘い。紅茶に砂糖十杯入れたんじゃないかというくらい、会話が甘い。

私が婚約などの話をしないためであろう、お茶会は穏やかに、甘く、私の胸を高鳴らせる。


しかし、こんなんじゃいけない。主人公がそろそろ出てきそうだというのに、私が恋愛に目覚めてしまっては、客観的な心で彼女を見れそうにない。

だから、貴族三人については、自己暗示をすることにした。自己暗示は心の中で思うだけでなく、口にして音にすることで、自分の耳から情報を聞くことで、さらに効果が高まるらしい。

侍女もいないので、完全に私一人なのだが、大きな声で言うことでもないので、私は部屋で静かに自己暗示をすることにした。



「お兄様、お兄様、アランは私のお兄様。胸が高鳴るなんて、そんなのは幻ですわ。目を覚ますのですわ、自分。こんな自分が知れたらどうなるかなんて分かりません。ポーカーフェイスを心がけるのよ」


「そう、そして、ゲームで婚約者になっていたあの方にしても、同じですわ。あの方は私以外にも同じことを言っているに違いありません。ええ、そうですわ。それなのに、私だけが心動かされるなんてもってのほかですわ。あれは私に向けて喋っているのではない、くらいの認識でいかねばなりません」


「フランに関しても、お兄様と同じですわ。勘違いなのです。そう、フランは犬。私の可愛いペットのようなもの。だから、アレは全てペットが主人に対して忠誠を見せているようなものなのです」



考えないで喋ったが、するすると言葉が出てきた。それゆえ、自分でない他の誰かから言い聞かせられたかのように、ストンと胸に落ちた。

基本的に、私は自己暗示は効きやす……あれ、効きやすかったっけ? 効きにくかったんだっけ?

どうして、自分のことなのに分からないんだと自分の名前を心の中で呟いて叱咤しようとして自分の名前が分からなかった。

なんで、いつから、わからなかった? と考えてみても、この世界がゲームであると気付いて、私を思い出して、そして、今初めて自分について深く考えた。それまではなにも疑問に思わなかった。

これはおかしいと最後の記憶を思い出そうとするも、通学途中? いや、通勤途中?と、自分が社会人だったのか、学生だったのか、親が居なかったのか、子が居たのか、自分に関する何もかもがわからなかった。

しかし、日本に住んでいたとか、どんな芸能人が好きだったか、そういうことは思いだせる。だけど、自分が全く分からない。自分が怖くなって、私は左腕の手首を、自然と右手で握っていた。

そうすると、不思議と動揺が収まって、冷静に考えられるようになった。冷静になると、自分の息が荒い事に気付いたので、大きく深呼吸した。息が整ったので、深呼吸を止めて、頭を働かせることにする。


自分の事が分からないというのは、なんとも気味が悪いが、サーシャとしての道程は全て分かっている。自分以外のことならば、記憶や知識もしっかりある。思いだそうとしても、無理に思いだせるものじゃないだろうし、あのゲームの展開を自分の手でやり直せるというポジティブ志向で考えよう。



自分に関する考えの結論が一応出たので、次に、恋愛フラグがなぜ立っているか、または本当に立っているのかを考えることにした。


お兄様は昔から変わらない。サーシャにはいつも優しい、素敵なお兄様だ。

ということは、サーシャも意識していないほど前の時に、お兄様の琴線に引っかかるものがあったのだろう。それとも、家族愛がいつの間にか親愛に変わってしまったタイプか。フラグが立っていても変ではない。



キューベレはどうだろう、と考えてみる。サーシャがキューベレと個人的に話したのは、彼が女性と抱き合って事に及ぶ直前を目撃した時だった。具合が悪くなって、休憩室に行ったら、サーシャが入った部屋にその二人が居たのだ。

これは少しアンヌと出会いが似ているかもしれない。アンヌと同じように、一方的に公爵子息を知っていて、そして、女遊びのところを目撃したという点が。


我が侯爵家では、お父様はお母様をたいへん溺愛しているので、愛人や浮気などが噂にすらなりもしないが、貴族の嗜みとして、愛人を作ったりすることは当然と分かっていたので、公爵子息と、とある侯爵の未亡人が抱き合っているのを見ても、サーシャは何も思わなかった。

だが、未亡人の方は、サーシャが入ってきてしまったことに気付くと、急いで休憩室を出て行ってしまった。出て行くくらいなら、最初から鍵をしっかりかければよいのに、と駆け足で自分の横を去った人に対して思った。

夜会やダンス・パーティーなどで出会った男女がそう言う関係に及ぼうとすることは、無くは無い。だから、主催側も中から鍵をかけられる部屋をきちんと用意するのだ。



「あー……今日のお相手が去ってしまった。もし、よろしかったら令嬢レディ。今夜、私と一夜の夢を見ないかい?」


「申し訳ありませんが、私、一夜の夢で無くて、永久の夢が見たいのですわ。お相手なら、他の方を探して下さいませ」



嗜みとして、女遊びや、妻以外の人と関係を持つのを理解はしているが、自分に関係するのなら、話は別。謝罪と共に、私は重い女です、というニュアンスの言葉を伝えて、未亡人同様、部屋から出ようとする。

公爵子息に対する態度としては褒められたものではないが、彼も名前を聞いてこなかったということは、公爵子息で無い、ただのキューベレとして遊んでいるので、身分は今は関係しない状態だから大丈夫だろう。

しかし、予想と反して、私の腕をしっかり掴むものが居た。



「…なんですの? お邪魔をしたのは悪かったと思いますけど、鍵くらいかけるべきですわ」


「それについては異論ないよ。今度からは気をつけることにするよ。でも、そうじゃなくて、私は貴方の名前が知りたいんだ」


「……私はブラッドリー侯爵の娘、サーシャ・ブラッドリーですわ」


「ああ、ブラッドリー侯爵のところか。ということは、アラン・ブラッドリーの妹か」


「そうですわ」


「私のことも知っているようだけど、挨拶させてもらおうか。ダレン・グレゴリー公爵の第一子、キューベレ・グレゴリー。その様子だと、私が誰か分かっていたようだね」


「はい、存じ上げておりましたわ」


「そう。すまないね、私は君を知らなかったよ」


「公爵子息ともなれば、私などよりもお会いする方が多いのも道理ですし、こうやって個人的にお会いしたのは初めてですから、当然のことですわ」



公爵子息は話を聞いているのかいないのか、観察するような、不躾な視線を私に向けた。そのような視線を向けられたのは、初めてでは無かったので、サーシャの態度は毅然としたものだった。

公爵子息はひとしきりサーシャを見つめて満足したのか、サーシャを引きとめることを止めた。



「すまないね、引きとめて……顔色が悪いね、この部屋、使うかい?」


「いいえ、ご遠慮させていただきますわ」



そして、違う休憩室にて、サーシャは一休みした。

公爵子息は、それからサーシャに声をかけるようになったので、最初の出会いの時のどれかを彼が気に入ったのだろう。誘いを断ったところだろうか。それとも、サーシャの返しが好きなものだったのか。キューベレしか分からないことだが、なにかしらフラグ要素が確かにあった。



フラン……フランは考えるまでも無く、色々なものが思い浮かぶ。彼の容姿の肯定や、彼の才能の開花、並びに後押し、彼の話をゆっくりと待つなど、数えだしたらきりがないほど、彼とフラグが立ちそうなものがたくさんあった。

だが、彼がこの前言っていた事を考えると、初めて会ったときのサーシャの姿に一目惚れして、あとは転がるように、どんどんサーシャを好きになってしまったと言ったところか。



勘違いといえないほどに、見事にフラグが立っていたが、錯覚、錯覚ということにした。好意を分かっていないで行動するのと、好意を分かっていて、好意を分かっていない行動を取るのとでは、きっと後者の方が上手く立ちまわれるから、確認してよかったのだ。

だが、今恋に落ちるのは、やはり危険なので、確認は勘違いで、錯覚であるのだと、もういちど自己暗示を繰り返した。


自己暗示は、意外と効くものです。

それがいいことかは別として。


閲覧有難うございました。

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