お兄様の甘い看病
フランがフールであると発表したあの日。多くの人が招待されただけでなく、作品がどんなものか気になった人達が後から後からやってきて、伯爵家はたいへんそうだった。
そして、私はというと、次の日に熱が出てしまっていた。かかりつけの医者を呼んで、薬を処方してもらったので、熱が出た次の日には元気になったが、家族が心配してもう一日養生することとなった。あれだけ多くの人が集まったのだから、当然風邪気味の人もいたのだろうけど、どうして私にかかったかなと、自分の運の無さを嘆いていると、お兄様が入ってきた。
「サーシャ、具合はどう?」
「もう、すっかり大丈夫で、ごほっ」
「まだ全快じゃないんだから、起き上がらなくていいよ。サーシャ、水が欲しい?」
「お兄様、ほしいですわ」
「ちょっと待ってね」
お兄様は私の体をゆっくり横向きにさせてから、水を飲ませてくれた。私が水を飲んでいる間に、お兄様は横向きにさせるときにどかせた布を水に浸し、良く絞って水気を無くしてから、冷たくなった布を額に当ててくれた。
冷えぴたとか、氷枕が無いのは不便だけど、これはこれで気持ちが良かった。
だが、看病してもらえるのは嬉しいが、お兄様の言う通り、私はまだ全快していないので、お兄様に移ってしまうかもしれない。
「お兄様、わたくし、嬉しいですが、移ってもいけませんわ」
退出を促す私とは打って変わって、お兄様は居座る気満々で、持ってきてたらしい書物を取り出した。
気にしなくていいよという風に、ひらひらと手で振って書物を読み始める。
「もう、おにいさま、私の話し聞いてますの?」
「聞いてるよ。移るのを心配しているんだろう?」
「はい」
「サーシャからなら、移されてもいいんだけど、ね」
お兄様は水で潤った私の唇を人差し指でゆっくりとなぞった。
時間にしてほんの数秒だったが、そんなことをされたこともなかった私は、真っ赤になってしまった。
「ああ、ごめんね、サーシャ。熱が上がったみたいだ。僕のせいかな」
「間違いなくおにいさまのせいですわ……」
「じゃあ、サーシャの言う通り、僕は戻ろうか」
ジト目で睨んだのが良かったのか、お兄様は私の寝台の前に置いていた椅子から立ち上がって、部屋から下がろうとした……のだが、私はお兄様の服の裾を掴んでしまった。
自分でもびっくりしてしまったのだが、それ以上にお兄様がびっくりした顔でこちらを見ている。
昨日は家族とは誰とも会わなかったのが、自分で思うよりも寂しかったために、行動に出てしまったと気付いて、顔から火が出そうだった。
お兄様の驚いた顔は段々と、にやにやという擬音が聞こえそうなほど珍しく晴れやかな笑みへと変わっていった。そして、それと反比例するように、私は段々と布団の中へと顔を潜らせた。……裾を掴んだ手をそのままに。
「サーシャ、僕、これだとここから出れないんだけど」
「……」
「サーシャ」
「……」
「手、握っててほしい?」
「……はい」
顔は布団から出さずに裾を握っていた手を離すと、お兄様はその手を取って、優しく握ってくれた。お兄様の少しひんやりとした手が、熱を持って熱い私には心地よく感じられた。
手を握っていない方の手は、布団の中にしっかり隠れていなかった、私の頭を優しく撫でてくれた。
「お前は本当に可愛いよ」
優しく語りかけてくれるお兄様の声と、頭を撫でる手に、私はたくさん寝たはずなのだが、眠くなってくる。そもそも、眠りを促すために撫でたのかもしれない。
頭を撫でる手はいつの間にか止まっていたけれど、私が眠るときまで、繋いだ手は離されなかった。
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