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伯爵子息の甘い吐息

公爵家でダンス・パーティーが開かれてから、一か月ほど経ってから、伯爵家にて夜会が開かれることとなった。

「親友の夜会には出席せねばな!」というお父様に連れられて、私はフランがいる伯爵子息の屋敷に訪れていた。

だが、今日はまだ夜会の日では無く、フランの父と一杯飲みたいがためにお父様は遊びに来たというのは、私の目から見てもあからさまだった。

お兄様はお父様のそんな目論見が分かっていたのだろう、「伯爵にご迷惑がかかりますので、僕は明日出席しようと思います」と、父の誘いを断っていた。

お兄様としては、私も連れて行かせないようにしていた。しかし、お父様としては「子供がどうしてもフランに会いたかったから一日早く来た」という大義名分を使うつもりだったらしく、お兄様が断った後は、私の部屋に来て一緒に来るように頼みこんできた。

フランに会うのは嫌ではなかったため、そんなお父様と共に、私はフランのいる屋敷へ来たというわけだ。



無表情ながらも、どこか楽しそうにしているフランを見ながら、少々申し訳なくなる。主催側の者だから、間違いなく忙しいはずなのに、伯爵はお父様が、伯爵子息は私が拘束してしまっているからだ。



「申し訳ありませんわね、フラン」


「? 俺、退屈してた。だから、サーシャ来てくれて嬉しい。他の誰よりも歓迎する」


「まあ、そんなことおっしゃっては、私勘違いしてしまいそうですわ」


「勘違いって?」



フランの言葉に笑みをつけて返したところ、勘違いの内容を尋ねてきた。

フランはゲームと同じように、感情の機微というか、空気が読めないというか、子供をそのまま大人にしたような人だ。かなりの鈍感と言えば分かりやすいだろうか。

それと同時に、彼は人とは違う観点から物を見ることができるようなものなのだ。フランは貴族でありながら、研ぎ澄まされたその感覚を眠らせておくのは勿体ないという過去の私の発言により、芸術家としても成功している。

精巧なビスクドールを作ったり、彼が美しいと思う風景を描いたりと、彼は芸術の面では非常に多才だ。

彼を貴族であり芸術家と知らないものは、パトロンとなりたがっているが、彼はそんなことをされなくても、彼を肯定する親たちの支援があるのだから、活動に支障はないのだが。

まあ、お金はあって困るものではないので、フランは作品を売ることで小金稼ぎをしている。貴族にとっての小金が、平民にとって大金に当たるということは言うまでもないが。


私は悩んだものの、彼に答えることにした。



「その言い方ですと、フランがまるで私を嫁として迎え入れるときのようなお言葉でしたので、一瞬フランのお嫁さんになってしまった気持ちになったのですわ」



どうして、自分の勘違いをわざわざ言わねばならないのかと、やや赤くなりながら答えたところ、あまり表情を変えないフランの頬が、珍しく赤みを帯びており、フランの目はキラキラと輝いていた。その表情のまま、私に近づき腰に手を当て、もう片方の手は頬に添えるというアンヌに対しても、こんな甘い体勢しなかったよね、と言いたくなるくらいである。

フランの綺麗な瞳に射抜かれて、顔が火照るのが分かった。フランは一度自分を落ち着かせるように、大きく深呼吸した。その吐息が私の耳にかかって、フランがかっこいいやら、近すぎるやら、色々考えて頭が沸騰しそうだった。


「サーシャ、それいい考え」


「な、何がでしょうか? その、フラン、離れていただける?」


「サーシャが俺のお嫁さんになったら、きっと毎日楽しい」


「ふ、フラン」


「サーシャは、俺の光だと思う。俺を明るい道へ、正しい道へと導いてくれる優しい光。サーシャのおかげで今の俺がいて、許容されて、こうしていれる。居なくなったら、おかしくなっちゃう自信がある。ねえ、サーシャ、俺のお嫁さんになって」


「え、あの、フラン?」


「サーシャに出会ったときに思った。サーシャはきっと天界から落ちてきた無垢な天使か、またはその生まれ変わりだって。でも、最近のサーシャは無垢なのに、どこか翳りを纏わせる。その理由が知りたい。教えてくれなくてもいいから、俺が傍でその翳りを払いたい。駄目?」



駄目と言えない雰囲気である。だが、ここでイエスと言ったらどうなるんだ?

フランのノーマルエンディングではサーシャは全く絡まない。だからといって、フランと婚約していいのか?

というか、お兄様のことを考えたら、キューベレとの婚約が、フランに変わっただけだから、間違いなく、お兄様ルートが成立するようになってしまう!



「その、フラン、申し訳ありませんが、私は現在誰かと婚約しようとは考えておりませんの」


「そういうことだから、諦めなよ、駄犬」


「お兄様!」


「いないはず。サーシャ、あれは幻」


「誰が幻だっていうんだい。サーシャ、こっちにおいで」



なんでお兄様がここに居るんだろうという気持ちは無くもないが、私がお父様に連れて行かれたことを知って、急いで追いかけたのかもしれない。それくらいはしそうである。

お兄様の言う通り、行こうとしたが、フランが顔に添えていた手も腰に回して、お兄様の元に行かせないという体勢になったので、それは叶わなかった。

あ、お兄様のお顔に怒りマークが見える。

そう私が思った時には、フランに向かって何かが投打された後のことだった。

私よりも頭一つ分高いフランの頭に何かが思い切りぶつかったことで、フランの手が緩んだので、フランが大丈夫か気になったものの、自分の身可愛さゆえに、お兄様のところへ行く。



「お兄様、どうしてこちらへ? お父様がお兄様からはすげなく断られたと申してましたわ」


「ごめんね、サーシャ。まさか、父上があれほどまでにここへ来たがっているとは思わなくてね。明日どうせ来るのだから、諦めるだろうと思ってしまった。でも、サーシャが来るのだったら話は別だよ。フランの傍にサーシャがいるなんて考えただけでも、気が狂いそうだよ」



貴族攻略対象三人から、「気が違える」、「おかしくなっちゃう」、「気が狂う」とのお言葉をいただきましたー。わー、ヤンデレフラグが立ってる。えー……えー……嘘でしょ。

半ば茫然としながら、これは私の勘違いということにはならないかと、どうにか言い訳というか、ヤンデレ台詞じゃないと自分を勘違い…ではなく、納得させられる理由を探した。



その日はハミルトン伯爵のご厚意に甘えて、私達三人は伯爵家の客室に宿泊した。


次の日は夜になるまでは、持ってきていた書物を読んだり、準備から抜け出してきたフランをたしなめて戻したり、お兄様と雑談をして過ごした。

夜になると、招待客が続々と集まってきた。夜会用のドレスへと着替えた私は、お兄様にエスコートされて、広間へと出た。

フランがすると言い張ったが、その主張を私に伝えるよりも前に、招待客に挨拶しろとお兄様に門前払いされていた。

不満そうな、しかし、フランをあまり知らない人にとっては、いつも通りの無表情な顔で招待客からの挨拶に対して無難な返事をしていた。

フランを補うくらい、彼の父親であるエルマー・ハミルトン伯爵が笑顔を振りまいているので、ここはあれで成り立っているのだから、いいかと思った。

大体の招待客が到着したようだが、まだ音楽が流されないので、招待客が歓談していると、客の注意を集めるための銅鑼のようなものが叩かれた。

あまり銅鑼というものは使われないのだが、重大発表をするときなどに使われる。

伯爵家の重大発表など……という雰囲気が軽く流れつつある中、ハミルトン伯爵が話し出す。



「このたびはご集まり下さり有難うございます。皆さま、フールという芸術家をご存知でしょうか」



ハミルトン伯爵からの問いかけに多くの客がざわざわと話し出す。知っているものは知らないものへと知らないのかと馬鹿にするように話し、知っているもの同士は、自分はそのものの作品を持っていると自慢するように話す。

一通り話すのに満足した人達は、伯爵がフールになったのかもしれないなどの予想を始める。

その反応を満足そうに見渡したハミルトン伯爵は、言葉を続けた。



「そのフールですが、実は我が跡取りのフラン・ハミルトンなのです。彼のその有り余る才能を惜しんだものが居たので、彼は作品を作ることを決意しました。そして、今回、こちらを作りました」



伯爵が指示して、ホールの真ん中に置かれていたものの布を使用人が一気に引き剥がすと、銅像が現れた。

嘘だろうと言っていたものたちは、作品を見て本物であると認めざるを得なくなった。


愚者の恰好をしたものに、羽が生えた美しい少女、おそらく天使が正しき道を教えていることに、愚者が感動しているという銅像なのだが、フラン、昨日、私の事、天使とか、言ってませんでした……?

しかも、フールってタロットでの愚者を指し示す言葉でもあって、うん、もしかして、自分と私の出会いを作品にしたんじゃないかという空笑いが出そうだったが、必死で抑えた。


ハミルトン伯爵がそれを今からオークション形式で売るという内容を伝えたものだから、大騒ぎになった。あるものは急ぎ、屋敷へ伝えて金を持ってくるように指示したり、今回の作品は諦めるが、息子と伝手を持ちたいと言う人がフランを探していた。

フランは銅鑼を叩いた時から姿が見えないので、今頃は部屋にでもいるのではないかと予測していると、「サーシャ、こっち」と手を引かれた。

その声は今考えていた人物だったので、予測は外れたと思いつつ、素直に手を引かれて客室への廊下を歩く。



「サーシャ、これ、受取ってほしい」


「まあ、可愛いですわ。天使ですか?」


「うん。サーシャに持ってて欲しくて、作った」


「ありがとうございます、フラン」



彼から渡されたのは先程の作品と同じような作りの、しかし、私の掌に乗るくらい小さな銅像だった。天使はデフォルメされており、とても可愛い。私のことを天使と言っていたことに、なにか関係があるのかと思ったが、邪推するのもいけないし、作品には罪はない。大事にしようと思った。



「家に帰ったら、早速飾りたいと思いますわ」


「うん。あのね、サーシャ」


「はい、なんでしょう」


「ありがとう」



フランが手を握ってきたが、それを振り払うこともせず、私達はしばしその状態のまま、伯爵家の庭を眺めるという時間を過ごしたのだった。




フール

タロットの大アルカナに属するカードの一枚である愚者(The Fool)より。

正位置の意味 自由、型にはまらない、無邪気、純粋、天真爛漫、可能性、発想力、天才。

逆位置の意味 愚行・極端・熱狂


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