ボリス
本日四話目更新です。
平民ルートでの攻略対象であるボリスから情報提供代を要求された私だったが、現在居る場所が食事処であることから、どんな選択をしたのかというのは明らかだろう。
「いやー、悪いな! まさかこんな良いところで食べさせてもらえるとは思ってなかった」
彼独特の笑い声が食事処に響いた。少し贅沢したいときに食べるお店のようだが、彼一人分くらいの食事を支払うお金なら、私個人が所有しているお金でも事足りる。豪快にステーキを食べる彼を眺めつつ、母親に会うのは無理そうだと諦めることにした。母親にコンタクトをとって、アンヌと会わせてあげたかったが、代わりとしてゲームでは幼馴染的存在だった彼の話を聞いてから帰ることにしよう。
それに、彼の懐事情を勝手に知っている私としては、精の付くものを食べて、明日も仕事を頑張っていただきたい。いや、もしかしたら、今日も昼ご飯を食べ終わったら騎士団候補生としての仕事か、または違うしごとがあるのかもしれない。……うん、好きなだけ食べるといいよ、ボリス。
「いいわよ。情報提供代なんだから、遠慮しないで食べなさい。そのかわり、情報分しっかり喋ってもらうわよ」
「えー、まだ俺に話させるつもりなのかー? 意外と細かいなお嬢さん」
「そんな無駄口は叩かなくていいから、食べるか、聞いたことにだけ答えなさい」
「へーい、了解」
ボリスは私の方をまるでまぶしいものでも見るかのごとく、目を細めつつも笑顔をこちらに向けている。…正直なところ、少し居心地が悪い。そんな気持ちを振り払うように、ボリスに質問を始めた。
「貴方、名前はなんていうのかしら」
「ボリス。名字はないよ」
「じゃあ、“Die drei kleinen Schweinchen”の女主人または娘たちとの関係は」
「うーん、幼馴染ってとこかなー。アンヌもアンナもおばさんもよくしてくれたよ」
「そう」
「アンヌ達がどこへ行ったかっていうのは知らないの」
「さっきも言ったけど、俺は知らないよ」
「もしかしたら、さっきとは違う情報が聞けるかと期待したのよ」
「じゃあ、残念だったなー。あ、ちょっとご飯食っていい?」
「どうぞ」
見事にステーキを平らげたボリスだったが、まだ食べることができると云うのだから驚きだ。ボリスが次に注文していたハンバーグが届いたので、一時話を中断する。私も自分のお昼ご飯として注文していたオムライスを食べることにした。
卵がふわっとろっでとても美味しいとは思うが、ステーキはともかく、オムライスやハンバーグというのは、中世にはなかったと記憶している。
オムライスがこの店はケチャップライスである。トマトはコロンブスがヨーロッパに持って帰ったのだったか、それともバスコ=ダ=ガマなどのほかの人物だっただろうか。
ドレスなども袖口にチャックが付いているデザインが合ったり、ズボンの前にも付いていたりするし、化粧道具なども現代のものにかなり近い。
娯楽にしても、チェスやウノ、ビリヤードなどがある。
工芸品などではないが、これらもオーパーツのようなものと言ってもいいのかもしれない。スプーンに自分が映っているのをぼんやりと眺めた。
「よーし、次どうぞー」
「…早いわね」
「育ち盛りだからなー」
「貴方、年はいくつ」
「今は十八。お嬢さんは?」
「似たようなものよ。貴方、その服装って騎士団候補生の物よね」
「つれないなー。…うん、そうだよ。市井ではどの制服がどの階級のものかあまり知られてないと思ってたんだけど、お嬢さんは良く知ってるね」
ゲーム知識で知ってましたとか言えない。というか、これは知ってたらいけない情報だったのか? ……ボリスの言葉は無視の方向で行こう。気にしたら、質問できなくなる。まだ聞きたいことはあるのだ。
うーん、好奇心からの質問が騎士団関係で有るのだけど、後でがいいだろうか。しかし、騎士団のことを聞いても今なら変でもないだろう。聞いてしまおう。
「騎士団の一員になれそう?」
今までの質問には間髪いれずに答えていたボリスだったが、この質問はそうはいかなかったようだ。へにゃりと困った笑みをこちらに向けてきた。
「俺が質問。なれると思う?」
「なれるわよ」
「え」
「貴方のことは全く知らないから言わせてもらうけど、貴方騎士団候補生なのよね」
「うん」
「騎士団候補生の適正年齢は十八と言われているけど、貴方は新人のようには見えないし、実際貴方が身につけている騎士団候補生の服装も、着古したところがあるわ。だから、そろそろ騎士団の一員になってもおかしくないんじゃないかしら。どう、私の推理間違ってるかしら」
「……」
「でも、そうね、貴方のその服がおさがりだとするなら、貴方が図太い神経の持ち主な新人騎士団候補生の可能性もあるわね」
「えー、そりゃないよー。俺、そんなに神経図太くないって」
「初対面の人にお金を無心するようなこと、図太くないと出来ないわ」
「いやいや、そんなこと無いって! ってか、俺酷い言われようだなー。でも、推理はすごいと思った。それが大当たりになるように頑張るかね! って、いっけね、昼休憩そろそろ終わる!」
ボリスはハンバーグに付いていたスープを急いで飲み干すと、徐に立ち上がった。
「今日はありがと! お嬢さん、またこの町に来たら俺に会いに来てよ! 今度はたっぷりサービスするからさ! じゃあね!」
まるで一陣の風のように、颯爽と彼が去っていった後に、爽やかな風が舞い込んできた。彼を思わせる風だ……なんて詩人ぶったことを言っている場合ではない。まだまだ聞きたいことがあったのに、去っていくのが早すぎる。時間制限ありならありで、最初にそう告げてほしかった……。
ゲーム設定ありきで自分が考えた推理のように語った時間がかなり無駄だったように思える。こんなことなら、アンナのことをもっと聞けばよかった。
「お嬢様」
「なにかしら」
「こんなものが残っていましたが」
グレンさんが差し出した小さな紙には、住所が載っていた。携帯電話なんてない…そもそも電話すらもまだ存在していない時代なのだから、住所を教えると云うのも変では無いのか。この住所はこの町のどこに当たるのかは分からないが、会いに来てっていうのはお世辞では無かったのだと分かって、なんだか胸が暖かくなった。今日は無理だが、またこの町を訪れることがあれば、そのときには彼の元に尋ねてみるのも悪くはないかもしれない。




