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町へ

本日三話目更新です。

夜会が終わって三日ほど経った日。

私は今、とある町にいた。装いは一目見て貴族とは分からないように、平民と同じようなものを纏っている。だが、素材は違うものを使っているので、見る人が見れば貴族か金持ちの娘と分かるだろう。

わざわざ分かるようにしなくてもと私は思ったのだが、お兄様いわく、身分を隠しているつもりでも自分たちは平民ではないのだから、所作で分かってしまう。それならば、貴族であることを匂わせておいて、注意を払ってもらった方が良いとのことだった。

町に行きたいと頼んでいる立場なので、お兄様に文句など言わないが、貴族とばれるなら、誘拐とかも警戒しないといけなくなるんじゃないかと思った。しかし、お兄様は素敵な笑顔で大丈夫と言った。そのときの会話は今でも思い出せる。




「僕がサーシャについていきたいのはやまやまなんだけど、僕はどうしても外せない用事があってね。フランとキューベレも同様に少し出かけなければいけないことがあるんだ」


「それって、三人とも共通の用事なのですか?」


「そうかもしれないね」


「…お兄様はどちらへ行くご予定ですか?」


「僕は男爵のところかな」


「男爵というと、先日お兄様の元へ娘さんが不躾なことをおっしゃったバーナード男爵のところ、でしょうか」



お兄様はその言葉に否定も肯定もせずに、指をパチンと鳴らした。すると、お兄様の部屋をこんこんこんと誰かが叩いた。このタイミングからいくと、お兄様の指パッチンで参上したのは間違いないだろうけど、それにしても早過ぎないですかね。



「入って」


「失礼します」



お兄様の言葉を聞いてから、一人の男性が部屋の中へと入ってくる。隙のない身のこなしに厳しい目つき。これでサングラスをかけていたら、ボディーガードあるいはSPというに相応しかっただろう。



「彼はグレン・フォード。顔は怖いかもしれないけど、我慢してね」


「お兄様、フォードさんに失礼ですわ」


「いえ、構いません」


「こんな男でも役には立つよ。サーシャの身辺警護を頼んでおいたから、グレンからは絶対に離れないようにね」


「はい、わかりましたわお兄様」



フォードさんは、お兄様の言葉にも顔色一つ変えずにただ言葉を返した。お兄様もその言葉を至極当然のように受け止めている。これは、もしかしなくても、フォードさんはお兄様の影というのか、隠密部隊というのかは知らないが、そういう人なのではないだろうか。とりあえず、常日頃からお兄様に付き従っていると見て間違いないだろう。


それにしても、グレン・フォード、か。お兄様アランルートは、通常エンド、友情エンド、策士エンドのどれも迎えたが、この人は出てこなかった。だから、ゲームには出てこないけれど、私と関与しそうなイケメンというのはフォードさんが始めてだ。

この人とはゲーム関係なしに付き合うべきなのか、それとも、キューベレまたはフランの策士エンドで関わってくるとみなして、注意しておいた方がいいのだろうか。

フォードさんの方を窺ってみると、彼は私の方を見ていたようで、視線が合うと同時にきっちりと四十五度のお辞儀をしてきた。

ただし、お辞儀と共に視線は逸らされてしまったが。





そして、現在は町にいるのだが、傍らにはグレンさんがいる。敬称などは付けずにお呼びくださいと言われてしまったが、心の中でどう呼ぶかは自由だろう。

平民のような格好をしているものの、グレンさんはかなり背が高いキューベレよりもさらに背が高い上に、人を寄せ付けないその雰囲気で目立っている。私の方がおまけと思われるんじゃないだろうか。



「お嬢様、どうかされましたか」


「いえ、なんでもないわ。行くわよ」


「はい」



設定としては、お金持ちの我侭娘が使用人を引き連れて町を遊び歩く、ということになっている。だから、グレンさんは私のことを人目も憚らずにお嬢様と呼ぶ。お嬢様である私がそう呼ばせているという設定だ。



「グレン、ちょっと聞いてきて頂戴」


「はい」



食べ歩きながらも、アンヌとアンナの母親が運営していたパン屋を探すが、なかなか見つからない。しょうがないので、グレンさんに新たに何か購入してもらうついでに、話を聞いてもらうことにした。



「お嬢様、該当するパン屋というのは、この道を真っ直ぐ進むと大きな赤い看板が見えてくるそうです」


「そう、わかったわ。じゃあ、このまま進めばいいのね」


「はい」



道なりに進んでいくと、グレンさんが聞いたとおり、赤い大きな看板が見えてきた。看板には白字で“Die drei kleinen Schweinchen”と書かれている。おそらく、それがそのパン屋の店名なのだろう。近づいてみると、パン屋は閉まっていた。母親は具合が悪いとのことだったし、娘二人が居ないのだ、開いてないのは当然だろう。だが、それにしては人気がなさ過ぎる。



「グレン、中の様子を窺って来て」


「おー? 三匹の子豚に何か用かー?」



グレンさんに用事を言いつけたところで、男性の声がした。こ、この爽やかで明るいボイスは……振り返ってみると、私が予想したとおりの男性が居た。

その男性は、男子高校生などの制服である学ランが緑色になったものを身に付けている。その服の袖口には黄色で三本のラインが入っている。この衣装ということは、まだ爵位を賜ってないようだ。

私の代わりにグレンさんが受け答えをする。


「店に用事というよりも、ここを経営していた女性に用事があったのですが」


「んー? ってことは、アンヌ達か」


「いえ、そのような名前ではないです。妙齢の女性で、クラウディアという名前と聞き及んでいます」


「あ、おばちゃんの方か。でも、悪いんだけど、三人とも今は居ないんだよな」


「どなたも居ないのですか」


「そうそう。アンヌ…いや、娘二人はなんか迎えが来たって云うんでどっか行っちゃってさ。病気のお母さんを置いていくなんて酷い話だよなー」


「それで、母上の方はどうされたのですか?」


「最初は近所の皆で面倒見てたんだけど、これが不思議なことにある日忽然と消えちゃったんだよ! いやあ、びっくり」


「き、消えたですって!?」



驚きのあまり、ボリスに聞き返してしまった。私は人とは喋らないと決めていたのに、失敗した。



「うん、そう。探しはしたものの、俺らも暇じゃないから、今は捜索打ち切り」


「薄情じゃありませんこと?」


「うーん、でも俺らも厳しいところがあるんだよなー」



彼はなははーと笑いながら、苦笑いじみた顔をした。そうか、確かに今の彼に無理を言うものではなかった。ゲームでの彼の話を思い出した。



彼はボリス。名字はない。

平民ルートでの攻略対象である。平民だったが、騎士としての功績により爵位を得て、貴族の末端になった。

彼の家は子沢山であり、総勢十人子供が居る。ボリスはその家での三番目の子供であり、長男だ。ボリスの姉二人は子供達の面倒なんて見ていられないと、早々に相手を見つけて結婚のために家を飛び出した。

姉二人とは年がやや離れていたボリスだったが、弟達のためにも働き出す。働きつつも好きな剣の練習をしていたら、ボリスの才能に目を付けた人によって、齢十三にして騎士団候補生となる。普通は十八くらいに候補生になるのに加えて、騎士団見習いの期間もすっ飛ばしての騎士団候補生。やっかみを受けないわけがない。

剣の練習に加えて生活のために仕事をし、騎士団見習いである年齢は上の人からの虐め。ボリスの心はボロボロだったが、それを支えてくれたのはアンヌだった。

騎士団から貰えるはずの昼ご飯が、騎士団見習いの人たちのせいで食べられなくされたときは、アンヌは「お母さんには内緒ね」なんて言って、お店のパンを二人仲良く食べたり、アンヌの危機に颯爽と駆けつけてアンヌを守り、アンヌの感謝の言葉で騎士団の一員になることを心から希望するようになったり。

ボリスルートは過去編が多かったが、その分昔から彼女を守りたいと思っているのが伝わってきてよかった。

通常のエンドでは、アンヌに婚約者が出来る。「私、貴方と結婚したいの」涙ながらにそう告げるアンヌに、ボリスはいつもの笑顔で「大丈夫」とただ一言言って彼女を抱きしめるだけだった。

次の日、婚約者発表される広間にて、アンヌは泣きそうな気持ちを抑えながらも、婚約者が入ってくるのを待っていた。婚約者は到着が遅くなっているとの言葉を聞いて、このまま来なければ、婚約破棄にならないかしら。そう思っていると、広間の扉がゆっくりと開かれる。願いは届かず、婚約者が来てしまったのか。

アンヌが扉の方を向くと、騎士団の中でも功績がないと着ることが出来ない衣服を身に纏ったボリスが悠然と入ってきていた。

驚きを隠せないアンヌに、ボリスは「だから、大丈夫だって言ったろ?」と言って、彼女に婚約の証として、彼女に優しいキスを送った。

そして、婚約成立なのに、初夜かと思うくらい、甘ったるい情事が描かれる。

いや、爽やかなのにエロティックって、ありきたりかもしれないけど、最高でした……!

しかも、策士度を100にしたときに見ることが出来るおまけでは、彼が大事にしているロケットの中身がアンヌの写真だということが判明する。「なははー、ばれちゃったかぁ」と赤くなりながら頬をかくその仕草がスチルとして見られるが、これもまた良い。爽やかで照れるよりも、アンヌを照れさせることが多いボリスのテレ顔に胸がきゅんきゅんしてしまった。


そして、今の彼の格好は騎士団候補生の格好だ。過去編ではいつもこの格好なのだが、イベントの中盤になると、現代風の軍服のような格好に変わる。それは白シャツにネクタイ、スーツのような上着といったところである。さらに、功績を立てると、その姿に帽子と腕章と胸に勲章が追加される。その姿がまたかっこいいんだ、本当に。

本人は爽やかキャラであるから、親しみやすさもある。しかし、その服装のときは完璧に軍人のようにただでさえ見えるのに、真面目な顔をしているものだから、イケメンうわああああああという気持ちになった。というか、スチルで出てきたときは思わずそう叫んだ。叫んだ上に、床の上をごろごろと転がった。あのときの叫びは間違いなく近所迷惑レベルだったという変な自信がある。


もう少しで騎士団の一員になれるだろうが、そのときまでは基本的にボリスは薄月給である。だから、金銭にも時間にも余裕がない。無理言って本当に申し訳ない。

しかし、今更言葉を翻すのもおかしいだろう。このまま立ち去って、彼の記憶から私達の存在ごと抹消していただこう。



「じゃあ、もうここには用はないわ。行くわよグレン」


「お嬢様を歩かせてしまい、申し訳ございません」


「屋敷に帰ったら覚悟しておきなさい」


「はい」


「えー、帰っちゃうのか?」


「ええ。何か問題があるかしら」


「情報提供代ってないのかなー、なーんて思っちゃったり」



……これは、私はどう答えるべきなんだ?


閲覧ありがとうございました。

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