お兄様
「いいかい、サーシャ、君は結婚なんてしなくていいんだよ」
「お兄様・・・ですが、私だってブラッドリー家の娘、貴族として生まれたものの義務くらい果たせますわ」
「いいんだよ、僕の可愛い妹よ。お前が結婚したいという人を連れてくるまでは、父上には僕から結婚の話ははねのけるように頼んでおくから」
「お兄様・・・! ・・・!?」
My Fair Lady ~今宵、君は僕の掌の上で踊る~
そんなタイトルだった。いや、何がってそりゃあれですよ。私が今居る世界ですよ。つい先ほどまで、いや、ホントにお兄様ことアラン・ブラッドリーとの話が一区切りつくまで全然思い出せなかったけど、間違いない。
ここは「My Fair Lady ~今宵、君は僕の掌の上で踊る~」の世界だ。
何故、私が確信できるかというと、お兄様は攻略対象であり、私もお兄様のルートには関係してくるからだ。
サーシャ・ブラッドリー。
ブラッドリー家の長女であり、アランのたった一人の妹。
アランはサーシャと二人だけだと優しいのだが、それは自分以外に向けるただの表の顔にすぎない。実際の彼はそんなに優しい人ではない。
彼について述べるよりも、先にゲームと彼ルートについて説明した方がいいかもしれない。
My Fair Lady ~今宵、君は僕の掌の上で踊る~ は18禁の乙女ゲームだ。イラストを好きなイラストレイターさんが描いていたこと、初回購入特典が豪華だったこと、豪華声優陣だったこと。この三つにつられて私はこのゲームを買った。買ってしまった。
この世界は中世ヨーロッパを舞台に作られており、モンスターなどは登場しないため、シミュレーションオンリーで話が進む。ストーリーはこうだ。
パン屋の娘である主人公アンヌ(名前変更可能)は、母とともに慎ましやかに幸せに過ごしていた。しかし、ある日突然母の具合が悪くなり、パン屋の仕事を一人だけですることになるが、上手く立ちいかなくなる。
そんなときに現れる豪華な馬車!
そこから降りてきた執事らしき人が彼女に言う。
「お迎えに参りました、令嬢」
まず、そこで最初の選択肢が出る。
→「人違いじゃありませんか?」
「あ、パンを買いに来た方ですか?」
上を選ぶと謙虚タイプになって、平民の人との恋愛ルートのみしかできなくなる。下を選ぶと天然キャラとなり、貴族の人との恋愛ルートしかできなくなる。友情ルートはどちらでも可能だ。どちらを選んでも、アンヌは迎えに来た馬車に連れられて実の父である男爵のもとで暮らすようになる。
どの性格でも見た目は変わらず、短髪元気っ子美少女で優しい。見る人を引き付ける太陽のような笑顔の少女。そんな少女と男性の恋が彼女が貴族の子供であったことが発覚したのをきっかけに、始まる。
アランルートの一週目の時は、舞踏会にて人ごみに酔ったアンヌをアランがそっと手を引いてテラスへと連れ出すイベントから始まる。
そこから、アランが妹のワガママをなんとかしたいという相談をアンヌにするというイベントが続く。真剣に妹について話を聞く場面や、解決策を出すアンヌにちょいちょいスキンシップをしてからかってみたり、ほのぼの甘と言ったところだろうか。三~四回そんなイベントだった気がする。
ルートの佳境になると、アンヌが何者かによって暗殺されそうになる。
それを颯爽とアランが助ける。その後のアランの調べで暗殺を仕向けた者はアランの妹だとわかるが、妹は既に逃げた後だったという。
そんなにアランの妹さんから嫌われてたんだ・・・と落ち込むアンヌの顔をアランは優しくその手で包み込み、「君のこと、ずっと近くで見守っていきたい。・・・それを許してくれないか?」という、告白をする。
そこで「はい」を選ぶと、アランは包み込んだその顔を近づけて、アンヌにキスをする。二人がキスをしているシーンはかなり身悶えてしまった。
ここまではね、よかったよね、うん。
それからがね・・・うん。
一度誰かをクリア済みだと、一番最初の選択肢に「・・・え?」が入る。それを選ぶと、「母が隠していた手紙の紋章のマークは男爵だった。内容は見ていないけど、もしかして・・・?」と考える。そして、やってきた馬車は男爵の物かもしれないと推測できるという知的タイプになる。
知的タイプはどのキャラも恋愛ルート可能となり、策士度も貯めれるようになる。選択肢だったりミニゲームだったりで増やすことや減らすこともできる策士度の上限は100で、下限は0だ。この策士ポイントと親密度によってエンディングは変化する。親密度の上限と下限は策士度と同じだ。
まず、親密度が25以下の場合は、ノーマルエンドとなる。
親密度が25から80の間ならば一周目でもクリアーできる友情ルート+後日談となる。キャラによって、あぁ、コイツ主人公のことが好きなのに告白できなくて友情になっちゃったんだなぁってタイプや、主人公のコミュ力をただ見習おうとしてたりと色々いて面白い。
策士度が99以下で、親密度が80以上の場合は一周目とは違ったエンディングを迎える。甘さがかなり増していて、好きな声優さんから、甘い台詞を吐かれて腰砕けになるかと思ったレベルだ。
そして、問題となるのは策士度100かつ親密度が80以上の場合だ。
エンディングは策士度が100以外の時と同じなのだが、それにもおまけがある。おまけといっても、友情ルートの後日談みたいな可愛いものじゃない。相手がどう考えていたか、どのような行動をしていたかが知らされる。
これだけ聞くと、後日談と同じように聞こえるかもしれないが、違う。
いや、平民の方は後日談に似たものを感じるが、貴族の方は違うのだ。全くもって違う。
アランルートのエンディングであるアンヌとの情事が終わった後、アランは眠っている彼女を起こさないように、そっと寝室を出て行く。向かう先はアランの部屋だ。アランはクローゼットを開けると、クローゼットの鏡を外し、そこにある階段を下りて行く。地下室へと繋がっている階段なのだが、これは現在実権を握っている彼の父親も知らない旨が書かれる。
そして、その地下へと続く階段を降りた先には扉がある。
ここで、選択肢として、扉を開けると、扉を開けないが出てくる。アンヌに関するものが秘蔵されてるのかな、と思ったし、続きが気になった私は扉を開けるを選択した。
すると、スチルが表示された。
そのスチルは恍惚とした仄暗い笑みで扉を開けるアランが一番奥に居た。
手前には猿轡を咬まされ、手足にはやわらかそうな布で手首などを傷付けないように、しかししっかりと縛られて目に涙を溜めた少女が転がされていた。その少女とは誰なのかとアランしか攻略していないものは分からなかっただろう。
だが、私は他の貴族も攻略済みだったため、彼女が誰か分かった。そう、その少女はアランの妹であるサーシャだったのだ。豪華な寝台ではあるが、いや、豪華であるからこそ、画面に映された彼女の状態がより過酷なものに見えた。
サーシャは兄であるアランに監禁されていたのだ。
そして、それだけでも衝撃的であるのに、暗殺もサーシャによるものではなく、アランがアンヌ暗殺を頼み、わざと暗殺失敗させたということと、暗殺は失敗してもしなくてもよかったのだということまで明らかになる。
アランはサーシャに近づいて猿轡を解いた。サーシャは兄の方をどんよりとした目、いわゆる○イプ目で見上げた。
「気分はどうだい、サーシャ」
「お兄様は、何故、こんなことをするんですの。お兄様にはアンヌさんがいらっしゃるのに」
「自分とアンヌを同列に語るつもりかい」
「ちがいます、ちがいますわ! でも、でも、お兄様がこんなことをするなんて、なぜなんですの!?」
「……さてね。それくらい自分で考えなよ」
「おにいさまのことが分かりませんわ」
「君は僕の掌の上で踊っていればいいんだよ」
そして、この後はめちゃくちゃ○○○したになるのだが、サーシャが可哀想すぎて泣ける。というか泣いた。
この貴族ルートで策士度100かつ親密度が80以上を見た人は、様々な意見が出た。そして、ネットでの議論の結果、このゲームにはバッドエンドへと至る選択肢が無い代わりに、策士度100がバッドエンドルートに至ることになるという結論を出した。勿論、バッドエンドとなるのは、貴族の時だけだが。
アランのバッドエンドを見たアランファンだった人は、ヤンデレも悪くないとか、禁断の愛って悪くないとか、アラサシャこそ至上というノマカプ好きが現れたとか……。
かくいう私もヤンデレ無しなら、アラサシャも有りだなと思ってしまった人だった。
私はヤンデレは嫌いではない。
どちらかというと好きな部類と言ってもいい。だが、相手もヤンデレ、あるいはヤンデレを許容できる性格でなければ辛い。ヤンデレの部分も含めて愛する包容とか、お馬鹿すぎてヤンデレに気付かないとか、ヤンデレなのを苦痛に感じながらもでも、好きだから良いのだと思う健気などなど。
だから、純粋で可愛らしく、アランに対して恋情の気持ちを持っていなかったサーシャがあのような目に合うのを見るのはなかなかに酷だった。
バッドエンドにするにしても、アンヌが悲惨な目に合うのが普通と思うのに、開発者たちは何を考えたのだろうか。もしかしたら、雑誌のコラムか何かでその真意を語ったのかもしれないが、文章はいつも飛ばして雑誌を読むタイプなので、私は知ることはなかった。
ネット議論の結果が出る前に、知的タイプで他の貴族の人を攻略しようとしたら悪い予感がしたのでエンディングの軽いネタバレを探してみた。アランと同じようにバッドエンドになるかどうか、ということだけが載っているホームページが調べた結果見つかった。そのホームページによると、貴族ルートで親密度80以上策士度100だと、おまけで皆本性を表すらしい。みんなタイプの違ったヤンデレだそうなので、策士度100にしてエンディングを迎えるのは止めておいた。
ネット議論の結果を知ってから、ホームページが嘘じゃなかったことを確定して、二重に安心した。
私が好きなのは平民ルートだ。
大商人になってアンヌを迎えに来たジャックを初めとするアンヌの昔からの知り合いの人たち。ジャックだけでなく、平民だからアンヌとの結婚は認められないと言われていたが、騎士になって功績を立てることで爵位を得てアンヌと結婚するボリスもなかなかに良い。
ジャックは、親は平民であり自分も同じく平民だった。親は小さな店を細々と経営していたが、ジャックの手により発展し、大商人となる。金銭的援助が必要なほど切羽詰まっていた男爵家は、アンヌと彼との結婚を不承不承認める。
そして二人は結婚する、というエンディング。
そんな彼とのおまけでは、彼の部屋でアンヌが彼の日記を見つける。そこで、日記を見る、または日記を見ないという選択肢が出る。
日記を見るを選択すると、アンヌのために苦手な計算や経済のいろはを学んでいる、いつか大商人になってあいつを迎えに行くんだ、といったジャックの赤裸々な気持ちを知ることになる。
日記を読んでいるアンヌを部屋に入ってきたジャックが発見し、真っ赤になりながら、「アンタといたかったんだよ!」と、普段の余裕な様子をかなぐり捨てて、本心を曝け出す。
そのやり取りの後、二人の甘い情事へと至る。情事のあとで、「俺はいつもアンタの掌の上だな。……まあ、それも悪くないんだけど」といってジャックルート終了だ。
…平民と貴族の差、なんでだ。貴族もそんな感じじゃダメだったのか。
「どうしたんだい、サーシャ。顔色が悪いよ?」
「あ」
急に記憶を思い出したのでそれについて考えてしまっていたが、今目の前にいるのはお兄様だ。
自分がこれから遭うかもしれない出来事について考えていた時よりも、更に顔から血の気が引くのが分かった。
「サーシャ、辛いなら部屋に行った方がいいよ」
「ひ、ひゃい」
「一人で行けるかい?」
「だ、大丈夫ですわ」
そう言って座っていた椅子から立ち上がろうとするも、ふらついてしまった。机を挟んで向かいに座っていたアランに肩を掴まれることで、転倒は免れた。
しかし、しかし、この状態は私の心的不安がさらに増したということは言わないでもわかってくれると思う。
「ちょっと、ごめんね」
そういうがいなや、アランは私の顔に自分の額をつけて、瞳を閉じる。熱を測っているのだとは分かるが、アランのその麗しい顔がこんな近くにあることで、熱が上がった。アランはその状態のまま、瞳を開けると、私に目を合わせてくる。
「ちょっと高いかもしれないね。僕に寄りかかって良いよ。一緒に部屋まで行こう」
「ごめんなさい、お兄様」
「いいんだよ、僕の可愛い妹よ」
今までのことを思い出すと、お兄様はいつも、いつでも優しかったという記憶しかない。ヤンデレさえなければ、顔は一番好みなんだけどなあと思いながら、今後どうすればいいか考えるのであった。