嵐の前の日常
アラン視点継続です。
一人満足しつつ、サーシャに続いて部屋を入ると、フランがその部屋にいた。
やられた。キューベレが選んだ部屋なのだから、ろくなことが待っているはずがなかった。それにしても、フランとキューベレは一体いつの間に手を組んだのだろう。
「フラン!? なぜここにいますの!」
「……あ、サーシャ。 来てくれてありがとう」
サーシャの後ろに僕が控えていることを確認して、走り出そうとしたのをすぐさま止めたフラン。間違いなく、サーシャに抱きつこうとしたようだけど、僕の目が黒いうちはそんなことさせるわけないでしょ。
「いえ、こちらこそ招待いただけて光栄ですわ。長らく来られなくて申し訳ありませんでしたわ」
「ううん、今日来てくれただけでも嬉しい。体調大丈夫、サーシャ?」
「少し休めば治る程度ですわ」
一度僕の方を見てからは、ちらりともこちらに視線を向けずにサーシャと話し続けるフラン。
キューベレが邪魔するかと思ったが、キューベレはキューベレで二人が話している様子を静観している。キューベレに探りを入れようかとも思ったが、サーシャの前でするのはこちらの分が悪い。
そのため、今はフランに聞くことにした。フランは色々と画策するこちらの方が馬鹿らしくなるくらい、サーシャの前だろうとお構いなしの回答をいつもするからだ。
「……なんでフランがここに居る訳?」
「あ、そうでしたわ」
サーシャはフランと話すことに夢中で、最初に驚いたことを忘れていたようだ。フランが息もつかせぬくらい、話しかけるから、それも無理はないかもしれない。
フランが口を開く前に、キューベレにも釘を刺しておく。
「しかも、キューベレはわざわざここを選んで入ったよね?」
「そう睨まないでくれよ」
「睨むだなんて、人聞きが悪いな。ねえ、サーシャ」
「え、あ、はい、そうですわね」
顔の横に手を上げて、お手上げだという意を示すキューベレが白々しかったので、サーシャに話しかけた。自分の方に話しの矛先が向くとは思っていなかったサーシャは、僕くらいしか分からないくらい小さく、動揺の声をあげた。あたふたしているサーシャの姿も可愛い。
「実は母がフランの作品を欲しいと言いだしてね。かといって、オークションで作品を賭けて争うのも、公爵家としてどうなのだと父が反対したので困ってしまっていたんだが、それをフランに伝えると作品の依頼という形で引き受けてくれるとのことでね」
「まあ。フランとキューベレ様は仲がよろしいんですわね」
サーシャはキューベレの言葉を素直に信じたようだが、この男は勿論のこと、フランもそんな優しい男ではない。裏では一体どんなやり取りがあったことやら。
「キューベレ様困ってるみたいだから。それに、公爵家のお菓子には最近お世話になってる。だから、お礼」
「とのことでね。お菓子の礼だなんて釣り合わないにも程があるんだが、フランがお金は受け取らないと強情でね」
「ふふ、フランは頑固なところがありますから」
全くもって白々しい。だが、フランが頑固だと云うサーシャの言葉はある種正しくて、間違っている。基本的にフランは世捨て人のように一切に頓着しない。自分のことさえもどうでもいいと思っているのではないかというくらいだ。
だが、そんなフランも譲れないと思うものがある。譲れないものが関わっているときは、その頑固さが顕著に出る。だから、お金を受け取らなかったのは、お金のことを頓着しなかった、あるいは、譲れないものが関わっているか、だ。
「私は知らなかったが、どうやらそのようだね。だから、それ以外で何か手助けを、というわけだよ」
「きょーどーせんせーん」
幼子が喋るように拙い言葉で、共同戦線という単語を強調してくるフラン。この前のお茶会の時だけではなかったのかという苦い気持ちが湧き上がる。思わず愚痴めいたことを口に出してしまった。
先程僕がサーシャの声が聞こえたように、サーシャにもその言葉が聞こえたようだが、なんのことか分からなかったらしく、僕とフランを見てにこやかな笑みを浮かべた。
何がサーシャの琴線に引っかかったのか分からないが、サーシャのその笑みを見て相好を崩していたキューベレの足をとりあえず踏んでおいた。サーシャに見えないように、ということは言わずもがなってところだけど。
癪ではあったが四人で簡易な茶会をすることとなった。
夜会で親しくもない貴族と話すよりもよっぽど楽しそうなサーシャを見て、僕の気持ちさえ考慮しなければ、今の状態はサーシャにとっては良いものなのかもしれないと思った。フランは伯爵家ではあるものの、最近は王族からも依頼があったようで、一目置かれ始めている。キューベレなんて本人が国王の血筋である。この二人と距離が近ければ、サーシャを守る盾が増える。
そこまで考えてから、同時にサーシャを害そうとする剣も多くなる可能性に気付いた。最近、気を揉む事例があったからと言って、これでは頭が働いていないにも程があるな。
これでは、大切な時にサーシャを守れない。
「いけませんわ、そろそろオークションが終わる時間ではありませんこと?」
「……俺、行きたくない」
「そんなこと言わずに。フランにお会いしたいと思っている人が大勢いると思いますわ。それに、作品を手に入れた方だって、フランに一言言いたいと思うかもしれませんわ」
「…俺は、サーシャにだけ会えればいい」
サーシャが嫌がるフランをなだめすかせているが、フランは頑なだった。しかし、サーシャの言う通り、オークションはそろそろ終わってもおかしくない時間だろう。
しょうがない。サーシャに聞こえないようにフランに囁く。
「芸術家としても、貴族としても、どちらも中途半端じゃサーシャを守る力たりえないね」
「そんなこと、ない」
「僕からしてみれば、そう見えるけど」
フランは何も僕に言い返さなかった。
「サーシャ、俺、行く」
「まあ、本当ですか?」
「うん。俺、えらい?」
「はい、偉いと思いますわ。それでは、行きましょうか」
「うん」
「そうだね、ここで過ごす時間は楽しいけれど、なにごとも終わりが来るのが常というものだからね」
「私も楽しかったですわ。でも、夜会にいらしたのに、お時間をとってしまい申し訳ありませんわ」
「そんなことを言われてしまうと、少し悲しいな。楽しいという言葉は嘘じゃないのに」
「キューベレ様はお優しいから、気遣ってくださってくださったのだと思いましたの。決して、キューベレ様の言葉を疑ったわけではないんですけど、申し訳ないですわ」
「うーん、やっぱり、フランやアランみたいにというのは難しいみたいだね」
「勿論ですわ」
「叶うなら、時間を巻き戻して、もっと早く君に会いたかった…っ!」
「さ、行こうかサーシャ」
「うん、行こう」
「はい、わかりましたわ。あら、キューベレ様行きませんの?」
「キューベレは気にしなくて大丈夫だよ」
「うん、急ごう」
「? そうですわね、急ぎましょう」
顔が微笑みの状態で固まってしまったキューベレを横目に僕たちは部屋を出た。寸分違わず、同じところをやったつもりだけど、情けない声を出さなかったところだけは感心するね。
それにしても、オークションが終わるときだけ行っても、始まる時に居ないのではどちらにせよ中途半端だね。僕は何もフランに優しくしたいわけでは無かったので、そのことについては黙っていた。
途中で追いついたキューベレを含めた四人で広間へと入る。
サーシャと話している時を除いて、キューベレは終始フランに文句を言っていた。共同戦線を組んでいたのに云々と合流してからずっと言い募っていたが、フランの胸にいつもでたっても響かないことを認めて口を閉ざした。
広間ではオークションが丁度終わりかけであった。
最後まで争っているのは、因縁が深いとある伯爵家と侯爵家だった。伯爵家の方は先見の目があると云うのだろうか。パトロンとしてついた芸術家などが大成するものばかりで、支出よりも収入が多くなり、懐はいつ暖かいので、更に芸術家育成に精を出し、その芸術家たちが大成し…というサイクルがずっと続いているので、伯爵家だからと言って、馬鹿に出来ない。また、現在当主であるものは、女性だからといって馬鹿にされることが多かったらしいが、その分報復もきっちりしてきたので、現在彼女を馬鹿にするものはいない。芸術家を目指している者たちは、ここにパトロンについてもらえれば、成功は約束されたも当然とされているらしい。
そして、侯爵家の方はコレクター癖があり、様々なものを手に入れては、それを周囲に披露する夜会が開かれている。一種の自慢会だ。馬鹿馬鹿しいとは思うが、そこの家系はなにかを集めずにはいられないそうなので、生まれ持った業であるから、しょうがないという認識で付き合っている。また、現当主もその業を例にもれず持ち合わせてしまっているが、人は良く、慈善事業に精を出しているので、お優しい性格をお持ちの貴族からは好かれている。
そんな伯爵家と侯爵家がなぜ因縁が深いかというのはここでは省略するが、その当主同士が現在争っていた。視線だけで人を殺せるのならば、この人達の視線がそうだろうと思いつつも、争いの行方を見守っていた。
値段がどんどん上がっていくも、どちらも引かない。だが、侯爵家が一気に値段を釣り上げると、伯爵家の当主は言い渋った。勝利を確信して笑みを見せた侯爵家当主だったが、伯爵家当主はにっこりと笑みを浮かべ、更にその上の金額を告げる。それと同時にオークション時間終了の銅鑼が鳴った。
いつまでもオークションが続いては困るので、オークションは時間が決められているのだ。その時間を把握していた伯爵家当主に軍配が上がったのも当然のことか。
悔しそうにしている侯爵家当主の姿に、ざまあみろと思ったのは、いつもつまらない夜会に付き合わされているもの全員だっただろう。
伯爵家当主はフランの描いた絵画を恍惚とした表情で眺めている。こっちもこっちで業が深そうだと思っていると、彼女はフランに話しかけていた。
「貴方が貴族であるのが惜しいと言わざるを得ません。ですが、私達はいつでも貴方の力添えが出来ればと思っています。それと、お時間が合えば…いえ、今回は止めておきましょう。此度はこちらの作品をありがとうございます。これからも応援しています」
「……」
淀みなく紡がれる彼女の言葉に、フランはただ頭を下げただけに留めていた。それは首肯に見えなくもないが、彼女はフランがそんな人間ではないと分かっていたようで、苦笑を浮かべてフランに言葉を続けようとしたが、その言葉を遮るように銅鑼が鳴った。
オークション終了の銅鑼は先刻鳴ったばかりだ。今までのハミルトン伯爵開催の夜会では、そう立て続けに鳴らされなかった。
どんな痴れ者が叩いたのか。銅鑼のある場所を向くと、叩いたと思われる男性が見えた。その男性はアラステア・バーナード男爵だった。まさか、自分のところで夜会やダンス・パーティーを開く金が惜しいからと言って、フラン関係で最近は人が訪れるのが多いハミルトン伯爵のところで銅鑼を叩くとは思わなかったよ。
考えていた事案の一つが無駄になったことが分かったので、苛立ちと侮蔑を含んだ視線を男爵に向けた。僕以外にも冷たい目線で見ていたが、バーナード男爵はそんな視線をものともせずに話し始めた。
「本日は私、アラステア・バーナードから皆様のお耳にいれておきたいことがございます。実は、行方が分からなくなっていた、私の娘たちが見つかったのです!」
バーナード男爵が大仰に手を後ろへとやると、顔のよく似た女性が二人、暗がりから出てきた。報告で会った通りの見た目なので、男爵の娘として迎えられたものたちであることに間違いないだろう。本当に男爵の娘かどうかは別として。
令嬢というものは、切り札と考えている貴族がいる。男爵も例にもれずその口だろう。または、切り札ほどでもなくとも、切れる手札は多いと思って、父親が分からない平民の子を迎え入れても不思議ではない。
だが、今、彼女達がバーナード男爵の血が流れているか否かは重要なことではないだろう。それよりも、彼女達がどんな行動を取るか。それが僕にとって懸念事項であり、一番重要なことだ。
僕は彼女達の一挙一動も見過ごすまいと、注意を彼女たちの方に向けた。
本日中に残り三万字弱書けるか否か。
次回もアラン視点です。
閲覧有難うございました。




