賢者の犬の招待状
女神裁判が終わり宿屋で寛いでいた賢者。そこへ招待状が届く。賢者の犬という人物からだった。賢者は手紙を読み衝撃を受け、走り出す。その目的地は・・・
賢者様へ。
拝啓、いつもお世話になっています。元気に魔物を倒していますか?最近のご活躍お聞きしています。私も精進しております。
この度手紙をお送りしました要件ですが、知り合いの飼われていた犬についてです。その犬が一ヶ月前に亡くなりました。亡くなった原因が、賢者様にあると。知り合いは小さな小さな医者なんですが、その子供が私に訴えてきたのです。医者は賢者様を訴える気はないと言っています。
犬が死んだのは寿命が尽きただけと言っています。私もそれ以上首を突っ込むのはやめようと思いましたが、医者の子供の涙を見ると耐えられませんでした。
賢者様。医者の子供と和解して欲しいと願っています。そのため賢者様には犬が亡くなった経過と、弁解を用意していただければ幸いです。互いの事情を知ったうえで、私が仲を取り持ちたいと思います。
三日後、小さな小さな集落医者の家。昼ごろ迎えの者を寄こしますので、お願い申し上げます。私の家で和解することを祈ります。
敬具
賢者の犬より
賢者は小さな小さな集落に着ていた。医者の家まで歩を進める間賢者は悩んだ。いつ医者の犬、黒犬を殺したのか?身に覚えがなかった。解決するため医者に黒犬のことを聞くしかないと思考していた。
医者の家の前に着いたが、ドアを開けようかで体が固まった。空ける一歩前の姿勢で。賢者は怖かった。黒犬を殺した事実、医者の子の悲しみを考えたらとてつもなく。魔物を殺す時は何も感じないのに、犬を殺したらこうも動揺するのか。同じ生物なのに。賢者の中で一つの疑問が刻まれた。
「ぎ~・・・・・・」医者の家の戸が開いた。賢者が開ける前に。
「賢者さん?・・・」暗い顔の医者が顔を出した。賢者の硬直が取れた。
「・・どうも。お久しぶりです・・」気まずい挨拶を賢者はした。二人に沈黙の時間が流れた。どう話していいか賢者は分からなかった。医者も動揺して言葉が浮かばない。沈黙の時間が延長された。
一分・・・延長。唾を飲む二人。一分・・・延長。
頭掻く医者と目線を下げる賢者。一言苦しいと賢者は心の中で呟いた。
一分・・・延長。汗が滲み出る二人。ため息が医者から出る。つられて賢者もため息が出た。我慢できなくなった医者が、
「勇者君は元気?賢者君も足の具合どう」と一番使うであろう他人と心を通じ合わせる方法。体調を聞くだ。医者にとってこれほど理にかなう物はなかった。
「はい。勇者は元気ですし、私も足は絶好調です。はっはっは・・」賢者は無理に取り繕ろった。笑ったことで、賢者の中の勇気が蘇り、真実に迫った。
「あの~この手紙を見てくれますか」と手紙を医者に渡した。手紙を読む医者の目が動いては止まり動いては止まりを繰り返した。
医者は賢者に手紙を戻した。
「君のとこにも、賢者の犬か・・」ため息交じりで医者は言った。
「中で話そう」と医者は賢者を家に招き入れる。家の中に子供がいるのではないかと恐る恐る賢者は入った。家の中には誰もいなかった。ふ~と口から恐れていた気持ちが息と一緒に流れていった。二人は椅子に座りお茶を飲みながら話した。
「賢者の犬を知っているのですか」扉の前での医者の言葉から賢者は推測した。
「一週間前の出来事だ」医者は回想を言葉で表現した。
賢者の犬の使いの者が家にやってきたのです。大きな黒ずくめの男でした。使いの者は犬について聞きたいと。なぜか犬が死んでいるのを知っていました。私がそれについて聞いたら息子が教えてくれたらしい。本当か?息子を呼んで聞いたが知りませんでした。使いの者も会ったこともないと言うので追い返そうとしました。すると使いの者は、待ってと手紙を渡してきた。読んでくれ、絶対にな。念を押してきたのです。私は受け取って後で捨てようと考えていたのだけど男が、
「賢者によろしく。・・・一週間と三日後楽しみにしている」変な言われ様なので手紙を捨てるのをやめて読みました。衝撃的な文が書かれていました。医者の子供の願いを叶えてあげましょう。一週間と三日楽しみに待っていてください。迎えを寄こします。賢者の犬と書かれていたのです。怖くなり、賢者さんに連絡を取ろうとも考えたのです。しかし、新聞に勇者裁判の記事が載っていたので。迷惑かけられないと、忘れることにしました。
医者の置かれている立場を賢者が理解した。
「賢者の犬についてはおおよそ掴めましたが、黒犬が死んだ理由と私が関係あるのか?教えてください」賢者の犬より黒犬の方が賢者は気になっていた。
「賢者君。これから話すことは君にとっては心に傷を残すかもしれない。それでも聞くかい」
「はい」賢者は真実を受け止める準備が出来ていた。医者は黒犬が死んだ日の真実を開かした。
「一月前、賢者を協会に連れて行く日の夜に事件が起きた。黒い森の近くの側道で魔犬を倒したろ」頷く賢者。
「私はもうちょっとであの世行きだったね。助けてもらって感謝している。ただそれにより、私たちは魔物に対して過剰に警戒してしまったんだよね賢者君」賢者は相槌を打った。
「風系呪文を二回使ったよね。一回目は魔犬。二回目は黒の森で蠢いた影に」賢者は記憶を辿っていた。
「二回目、犬の声が聞こえなかった?私たちは魔犬だと思ったけど・・・実は黒犬だったら・・・」はっきりとは言わない医者が賢者を気遣った。
「私たち全員の責任だ。誰も悪くない。確認を怠ったのはいけなかった。けど状況的に見ても反応が遅ければ魔物に襲われると考えるよ。誰でも同じ判断したはずだ。賢者君を責めるつもりはない」現実は厳しかった。悪くないと言われても賢者は許せなかった。自分を。
「すみません」と言葉を発してからは賢者は頭を下げ続けた。やめてくれと医者が言っても頭を上げなかった。
「賢者君。思いつめてはいけない。事故なんだ。誰も悪くない事故なんだ」
「いいえ。事故は事故です。私の過失、魔法過失です」頭の位置は変わらなかった。医者は強行手段にものを言わせた。賢者のツボを突くと頭の位置が上がった。
「はっ!」天上から紐で頭を引っ張られた感触を賢者は味わう。医者は人体を知り尽くしていた。
「さあ!墓参りに行こう賢者君」
「はい」元気な医者に刺激され、賢者は墓参りに行った。
黒い森付近、黒犬の墓に医者と賢者は手を合わせていた。墓は直径十センチの楕円形石が一つ建っていた。賢者は目を瞑って呟いた。
「黒犬。すまない。私の魔法のために。罪滅ぼしをしたいがお前はいない。私なりに考えてみる。罪滅ぼしを絶対。今は思いつかないがここに誓う。眠ってくれ。私が眠ったら一緒に遊ぼうな」目から涙が・・・出るのを耐えた。罪を滅ぼすまで賢者は涙を流さないと決意した。賢者の肩に手を掛け、医者が帰りましょうと言った。賢者は誘いを断った。賢者の犬の件で現場を調べて起きたかった。断られた医者は一人自宅に戻って行った。賢者は冷静になっていた。現場に痕跡はなかった。状況を頭の中で再現していた。一個、一個動作を交えていた。分からない。賢者は記憶を何度も巻き戻しは再生を繰り返した。徐々に鮮明になってきた。賢者が魔法を放つ姿と現場を合わせ、墓の位置を見た。賢者は記憶した映像を一時停止。”ここだ”賢者は心中で吠えた。違和感を覚えて仮説を立て始め・・閃いた賢者は走り出した。仮説を立証するために。