めでたし、めでたしか?
めちゃくちゃな魔王裁判は終わった。半年後、原告二人は黒い森の近くの町にそれぞれ住んでいた。
「こら。さっさと働け」みすぼらしい男に命令する道具屋主人の男がいた。
「お前は使えないな。早く売ってこい!」麻の袋に聖水を詰めて大きな木の家からみすぼらしい男は売りに出た。
「こんちくしょう」小声でみすぼらしい男は嘆いていた。半年前が懐かしい。あのお金のせいで人生真っ暗だ。贋金とは情けね。
騙す側から騙される側になり、雇う側から雇われる側になるとは皮肉だな。心の中の叫びが口から漏れた。
「親方にもどりてえ・・・」ゆっくりと歩くみすぼらしい男が思いに耽っていた。
「ぱん、ぱん」銅像に手を叩く道具屋主人がぶつぶつ言っている。
「魔王様、魔王様。願いが叶いました。聖水は飛ぶように売れました。魔物の方たちが努力してくれたおかげです。他の聖水を調べあげ、聖水がまかれた畑に魔物を派遣して効かないことを証明してくれました。徹底した調査、聖水の種類に合わしての魔物の選択。商人として大変勉強になりました。感謝しています。今や私の聖水は全国独占させてもらっています」長々と拝んでいた。道具屋主人は目線を下げるとあることに気付いた。
「しまった」道具屋主人は奥の部屋から小皿を持ってきた。小皿には真っ黒な液体が注がれていた。なぜか道具屋主人はガスマスクをしていた。
「魔王様。ついに完成しました。汚れた水です。完成に一年掛かりました。申し訳ありません。いかにして臭い香りと気持ち悪い肌触りを出すか、試行錯誤してしまいました。やっと量産体制に入れます」汚れた水を上げました。手を三回鳴らし、お辞儀をして小皿を下げた。道具屋主人は奥に小皿を置いて部屋に戻ると黒の子鬼がソファーに座っていた。
「おわっ」
子鬼が驚いてソファーが後ろに倒れた。ガスマスクの道具屋主人に驚かされた。
「大丈夫ですか」
「ばかもん。脅かすな」軽く怒りながら子鬼はソファーを直した。
「いい臭いがするな」鼻を膨らませる子鬼は部屋中に汚い水の臭いが、充満しているのを嗅ぎ分けた。臭いに刺激を受けた子鬼は踊りだし、ラップを口ずさむ。
「よ~。よ~。YO~。汚れた水は完成したのかい」疑問をラップで投げかけた。
「おっ~おっ~O~子鬼。鬼OKだよ。汚れた水」体でリズムをとる道具屋主人もラップで返した。
「へたくそ。リズムがなってね」半笑いで子鬼が叱った。
「毎回すいません。ラップは黒の子鬼様には適いませんな」ごまをする道具屋主人は顔には出さないが腹を立っていた。毎回、回答、倒壊、お前のラップ崩壊。しまった。道具屋主人は勝手に頭の中でラップを刻んでいた。
「できたか。早く持って来い」
「ただいま」奥の部屋に汚い水を取りに行った。子鬼は待ちどうしくソファーに座ったり、立ったりしていた。
「これです」小皿を持った道具屋主人が帰ってきた。子鬼は小皿を取り眺めた。
「これが汚れた水か。いいものが完成したな」
「ええ。苦労しました」汚れた水を触ったり、舐めたりして子鬼は確認した。
「よし。いいだろう。試しに十個作っておけ。小皿は六つ目の魔物様に持っていく。三日後に汚れた水を取りに来る」子鬼は家から出て行った。
「はは~」土下座して道具屋主人が送り出した。
黒い森の近くの町の郊外。勇者が黒い森を攻略し魔物が激減。人間が黒い森を侵食し大規模な畑が広がっていた。
「お~い。そろそろ休むか」麦わら帽子をかぶる男性が大きな声で合図した。
「そうするべ」三十人ほどの男女が一斉に最初に指示した男の元に集まった。みんな、汗と泥だけになっている。指示した男は腕を半回転して手首の外側を見た。数字が浮かび上がってきた。
「十二時か。じゃあ一時半にここに集合で。解散」集まった全員がバラバラに散らばっていく。
「あなた~お昼出来たよ」白い前掛けをした女がみんなに指示した男を呼びに来た。
「ああ。今いく」駆け足で男は女のところへ飛んで行った。二人は仲良く手を繋いで、歩いた。
「ねえ。畑は順調」
「うん。順調。怖いほどに、みんな働いてる」
「よかったね順調で。だからって無理はしないでね。体壊したら意味ないからね」
「体はだいじょうぶ。君のおかげ。おいしい料理で元気いっぱい」
「も~」女が男に寄り添って腕につかまってきた。
「今日の昼飯は何かな」
「あなたが好きなオムライス」
「本当。うれしい。幸せ」
「私もよ」二人は自分たちの世界と黒い森に入っていた。
黒い森の中に大きな家が一軒建っていた。家は二階建てのログハウスに煙突がついている。二人は大きな家の前で足を止めた。
「我が家はいいな」魔物が減り黒い森を切り開いて家を建てる者がいた。
「そうね。私たちの愛の住みかね」二人もその仲間だ。
「ふふふふふ」満面の笑みで男は溶けていた。
「ダンナ様。お帰りませ」溶けていた男は固体に戻った。木綿の服を着た顎髭が長い男が迎えた。
「村長。ご苦労。家の雑用は済ましたか」
「いいえ。まだ薪割が残っています」
「そうか。早く済ませろ。畑を手伝ってほしいから」
「はい。がんばります。あと村長と呼ぶのはやめてくれませんか」頭を下げる木綿服の男。
「すまない。元田舎村の村長様改め召使い様」皮肉を込めて男は言った。
「ダンナ様。ありがとうございます」
「いびるのはやめて食事しましょ」二人は家の中に入っていった。村長は家の裏で薪を割っていた。
「村長」薪を割り続ける村長。
「村長。村長」薪を割るのを止める村長。
「村長!」辺りをきょろきょろする村長。
「こっち。後ろ。村長」後ろを向く村長。
「誰だい」黒い森から聞こえてくる。目を細め村長は伺った。
「村長。こっちに来て」若い男が手招きしていた。
「何かようかい」招かれる方に村長は歩いた。
「あれ。みんなどうした」そこには若い男性以外にも二十九人の男女がいた。
「集まって私に用事かい」切羽詰まった顔で三十人の男女が、訴える眼差しを村長に向けてきた。手招きした男が口を開いた。
「助けてください。もうここで農業はできません」
「突然どうした」発言に慌てる村長。
「五か月我慢しました。でも全然待遇は良くなりません。このままじゃ未来がないじゃないですか」
「待て、待て。落ち着け」熱い若者を冷静にしようと村長は言葉を掛けた。自分にも。
「落ち着いてます。ここにはいられない。みんな同じ気持ちです。田舎村に帰りたい。魔物によって村は跡形もなくなった。けどもう一度復興したい。どんなこんなことがあろうとここよりましです」気持ちは村長に伝わった。村長も心は一緒だったが、口は違った。
「嫌というほど理解できる。しかし、だめだ。私たちは罪を犯した。つぐわなければいけない」納得できない全員が不満をぶちまける。
「そりゃないぜ」「そうだ」「罪は犯したけどいつまで続くんだ」「そうよね」「ここにいたら俺ら死んじまう」「死んじまう」「なあ村長。誰かがしなきゃ、畑が荒れていっちまう」「先祖が泣いちまう」「俺なんか子供の未来が不安です」「私たちの子に残したい。生きた証し」「ろくに飯が食えない子が今、六人いるんだべ」「ほんと。ほんと」話がこじれてきた。
「待ってくれ、みんな」若い男が話を制した。
「思いがすごいだろ。十分俺たちは償ったはずだ。いじめは良くなかった。わるかった。二度とこの悲劇は起こさねえから、帰ろう」悩みに悩む村長の顔はしわくちゃになっていた。全員は村長の顔をずっと見ている。
「う・・・わかった」決断した村長は手を握りしめた。村長の熱き魂に火が付いた。
「すぐには帰れない。でもダンナ様に訴えてくる。待遇改善を」
「待ってくれ。俺たちは帰りたいだけだ」あまりにもがっかりな結論で全員が嘆いていた。
「早合点するな。待遇改善がダメなら地元に帰ろう」数人が不満をぶちまける。
「改善されたらどうする」
「帰れねえてこと」
「牢獄にいつづけろって」
「「おかしい!おかしい」」全員をたしなめるように村長は提案をする。
「改善と半年後に帰れるよう頼んでみる」不満だった人たちがおとなしくなった。
「まだ半年留まるのか」鋭い突っ込みをする若い男にたいして、村長は解く。
「かわいそうで。ダンナ様は・・」村長はダンナ様の勇者裁判後から一年間の境遇を、こと細かに説明した。
「だから、一年」合点がいった若い男性は静かになった。
「原因を作ったのは私たちだ。人生を狂わした一年。いいか?行くぞ」早めに頷くもの、ゆっくり頷くもの、頷く速度は違えど全員が納得した。村長は全員の気持ちを背負い大きな家に戻っていった。
「お~い召使い」周りを見渡すダンナと呼ばれる男。
「そこにいたか。薪割り終わったか」真剣な顔で村長が答えた。
「すみませんが、大事な話があります。家の中で話を」
「いいけど。大事な話みたいだな」
家の中に入っていく二人を、黒い森の中から三十人の人間という魔物が見ていた。