魔王と勇者
和平裁判一週間後、魔王城に戻った魔王はある報告を待った。このころには魔王は前の城より引っ越しをしていた。ある事件が切っ掛けで魔王城に住んだ。
事件は女神の脱走。すぐに捕まったが城の警備の不備に怒り、自分から魔王は魔王城に居るべきだと主張。警備が厳重な魔王城に引っ越すのだった。五つ目は勇者が死んでいないのに魔王城に移るのはダメだろうと言い出した。だが、冒険者協会との戦いでその声も止んでいた。
報告を自分の部屋で待つ魔王、ソファーに横になっていた。三つ目カラスが部屋の窓より入って来た。
「青は帰らず王の様子を伺うそうです」
「帰らぬのか。そろそろ次の手を考えねばならんと言うに」イライラする魔王は、三つ目に和平裁判の王の行動を聞いた。
「青が言ってました。王は意見を纏める時、青が勇者は死刑で決まりですなと尋ねたそうです。王は勇者を殺したい気持ちを漏らしたそうです。しかし紙に書く時、青に書かせず女性代表に書かせたそうです。青は弁護士ですし、文章は私にお任せくださいと言ったそうですが、王はよい。こちらのご婦人に書かすと耳打ちをしながら書かせたようです。青はのけ者になった感じがしたと言っています。そして判決を聞かされ焦ったそうです」
魔王は王に完全に裏切られたのかと目が赤く染まった。魔王は人間に総攻撃を考え命令を下そうとしたが、裁判で勇者を殺したい気持ちは強く、自尊心が許さなかった。何とか勇者をまた裁判に掛けることを考えた。青の子鬼が居なくなり打開策は浮かばなかった。考えてもダメだ、動くことで策が閃くことを期待し実行に移した。それは勇者に会いに行くこと。王に頼るのは二度としないと頑なに決めていたので、選択の余地がなかった。
魔人間裁判所の横に魔人間刑務所が出来ていた。魔人間裁判所で裁判を受けたものが入る刑務所だ。その囚人第一号に勇者がなった。ただこの刑務所は急造で、魔法を使えなくする石の檻を土に埋め、勇者の顔だけ出した状態で監視する。更に勇者を囲うように魔法の檻が二重に巡り、監視兵が一日中見張っていた。
和平裁判二週間後、魔王は勇者に会いに来た。一つの檻を抜けた所で、監視兵にここから話してくださいと言われた。勇者との距離は二メートルあった。
「もう一つの檻は越えられんのか」
「規則ですから。ここより話してください」
近くで話したかったが、規則を守らずには、いられなかった。自分が作った規則だから。魔王はうんざりしていた。気を取り直し、魔王は勇者に声を掛けた。
「生きているか」
「死んではないな」細い声で勇者が答えた。
顔だけしか様子は分からないが明らかに弱っていた。魔王は勇者が牢獄で死ぬのではと心配した。自分の望む死に方でないのが許せなかった。
「儂には死んでるように見えるぞ。覇気が感じられん」
「覇気があれば俺は生きていると言うのか。変な奴だな。確かに俺は生きていないのかもしれない」
勇者が反抗的な態度をとらないことに魔王は戸惑った。かなり勇者は精神が弱っていると気付いた。
「聞くが、お前は何のために生きているのだ」
勇者は間をたっぷり開け答えた。
「そうだな。判決にしたがい生きていると言えばいいだろうな。それ以外は生きる目的はない」
裁判に従っているのかと、裁判の力に魔王は感動した。限界まで勇者を追い詰めているのだ。自分の理想の裁判で勇者を死刑にしたいと気持ちを確認でき、やる気が出てきた。
「他に生きる目的が出来たらお前はどう行動する。また儂らと戦うとか」
「もう争い事は生きる目的にはならない」
「なら儂を助けて人間を滅ぼすのはどうだ。あれだけひどい仕打ち受けたのだ。恨みが生きる目的にはならんか」
「バカが。争いには懲りた。それにお前を助ける訳ないだろ。とは言え人間のために魔物を倒すのもごめんだ」
生意気なことを言い出した。勇者はまだ何かを求めて生きているのだと、魔王は勇者を観察していた。勇者とその後も話したが結局裁判に掛ける案は浮かばなかった。
二カ月後、魔王は自分の部屋に居た。勇者とはあの後、三度面会に行った。会うたびに勇者の生意気な態度は見る見る回復した。顔色もよくなっていた。もう死ぬこともないだろうと魔王は思い、勇者に会うのはやめた。勇者を死刑にする裁判を考えるのに魔王城に帰っていた。
裁判を考えている魔王の元へ三つ目カラスよりとんでもない情報がもたらされた。
「勇者が攻めてきました」と魔王は耳を疑った。
「新たな勇者が攻めて来たのか」
「違います。和平裁判の勇者です」
「あのくそ勇者か・・・・四・五に守りを固めろと命令を伝えよ」
魔王は急いで部屋を出、指令本部を置く魔の椅子の広間に向かった。
勇者がどうして攻めてきた。あれほど争いはごめんだと言っていたくせに。頭の整理がつかないで魔王は早歩きをした。
魔の椅子の広間に魔王が付くと、カラス軍団を使い伝達と魔物の配備を進めた。
そこへ三つ目カラス戻ってきて、
「四つ目様は前線に出られました。しかし五つ目は人間に寝返りました」と衝撃的な内容に魔王は怒鳴りながら聞き返した。
「確かです。人間の軍隊に部下と共に五つ目が前線に出ていました。命令を伝える前に人間の軍隊に居たのです」
魔王は怒る気持ちが少し抜けて行った。魔王軍の現状では人間と勇者には勝てないと分かっていたが許せなかった。一矢報いたい気持ちが怒る気持ちを残した。
「三、命令するぞ。全力で戦え。勇者と五だけは許るさん。死んでも倒すのだ。全員が戦うのだ」
魔の椅子の広間には魔王だけ残った。魔王は勇者を死刑にしたら座ろうと決めていた魔の椅子に座る決心がついた。ゆっくりとゆっくりと椅子に座っていった。
尻、背中、腕、手、全身が椅子と同化した時、魔王は魔王になった。
裁判で勇者は死刑に出来なかった。だがこの椅子の座り心地は冷たく、硬く、怨念が体中刺してくるぞ。これこそ魔王になった実感がわく。これを味わえる時間は少しなのが不服だが。くそ勇者め。散々争いは嫌だ。判決が生きる目的と言っていたくせしよって。・・そうであったか。生きる目的がまた原点に戻ったのか。儂らを倒すことに結局辿り着くしかなかったのか。
「攻めてくるがよい。儂も見事に戦ってやろう」魔王は不敵に笑った。
勇者は魔物を倒しながら、
「女神はどこだ!」と叫んでいた。魔王城は黒い雲に覆われ雷が鳴っていた。
読んでいただきありがとうございました。勇者・魔王裁判の物語は完結です。




