検討2/殺害事件
女神が捕まって三カ月、勇者が上告裁判を起こした。その情報が六つ目の耳に入った。
「裁判はどうなった」
「勇者の上告は失敗に終わりました。黄が人間たちの読む新聞を入手しました。裁判の情報が書いています。新聞をどうぞ」青の子鬼が片膝を着き、両手に持っていた新聞を前に突き出し掲げた。六つ目はソファーからどっと立ち上がり、片手で新聞を受け取った。
「どれどれ」新聞を開き六つ目は記事に目を通した。青の子鬼は静かに姿勢を正し起立する。六つ目が新聞を読み終えるのを待った。
五分も経たない内に、
「人間の文字を見るのは面倒だ。賢者の犬を呼べ。彼奴に読ます」指令を受け青の子鬼は賢者の犬を呼んだ。
「六つ目様。ご要望に応え参上しました」全身が紫の服装で統一された賢者の犬が空間へ来、青の子鬼の隣に立った。
「これを呼んで見ろ」六つ目は新聞を放り投げた。賢者の犬は新聞を拾いにいく。その姿は本物の犬がボールを追いかけるように見えた。新聞を拾い上げ先程まで居た場所に戻った。
「勇者の裁判記事を読め」
「はっ。勇者の裁判記事ですね」新聞を開き探そうとした。記事はあっという間に見つかった。記事は表面の一番目立つ太字で書かれていた。六つ目は新聞の裏面を読み、勇者の記事を目を通していなかった。六つ目にとって人間の新聞は未知との遭遇であった。部下の手前もあり、記事を探せないとは言えなく嘘をついたのだ。
「勇者は裁判に負けた。第一回緑錆の海裁判と判決は変わらなかった。勇者の上告は却下。え~勇者の上告理由が書いてます」記事の細かい欄を賢者の犬が読む。腕を組み六つ目は話に引き込まれていった。
「勇者は新たな証人を裁判所に出廷させ証言を得る。証言は汚水を作った犯人を特定するものであった」
「で」
「勇者は汚水を作った人物が一番悪いと言ったそうです」
「ほ~凝りもせん。勇者は他人に罪を擦り付けているだけだ」記事の一部を重点的に賢者の犬は読んだ。記事の書き手は六つ目の意見と同じ見解をした。
「六つ目様。記事にもそう書かれております。さすが、すばらしい認識をお持ちです」賢者の犬は胡麻を擦る。早く自分の願いである元妻との再婚のために、六つ目の力沿いが欲しかった。
青の子鬼は賢者の犬が胡麻を擦る姿に燃えた。理由もなく。
「六つ目様は魔物の中でも、これだけ勇者の気持ちを理解している者はいません。勇者を倒すのに役立つでしょうし、魔王様も喜びます」言った傍から俺は何を言っている。見限る魔物にここまで胡麻を擦る必要があるのか。青の子鬼は疑問を感じた。
「ははは。そうか。勇者を知る一番の魔物」六つ目は高揚する。笑顔で賢者の犬の話を聞いた。
「勇者は新たな犯罪者を暴くことで、刑の負担を分散化しようとした。そのために犯罪者が汚水を作った経緯を述べたそうです」空間に居た全員が顔を見合った。
「おいこれは」
「私も関わった魔王裁判の経緯が書いています」賢者の犬が発言すると、六つの目が青の子鬼に向けられた。
「青よ。儂らの裁判が人間たちにも知れ渡ったぞ」
「はい。悲願達成です。おめでとうございます」敬礼を普段の倍きっちり、ぴっちり、青の子鬼がした。魔物たちの喜びもつかの間だった。賢者の犬が空気を換える言葉を流したため。
「待ってください。記事の続きに、勇者たちは荒唐無稽な魔王裁判をでっち上げたと」
「な~に。魔王裁判が作り話」六つ目の笑顔は消えた。記事は魔王裁判の存在を否定的な意見でさんざんに綴られた。後に二人の証人が、魔王裁判を受け人生が狂った談話が乗っていた。
この記事にも六つ目は怒り、青の子鬼に八つ当たりした。
「青よ。この話覚えておけ。儂らの裁判の悪かった点だ。人間たちが判決に従わない理由があるかもしれんぞ」青の子鬼を見ていた六つの目が賢者の犬を睨んだ。賢者の犬はぞっとした。
「賢者の犬も人生狂ったか」げっ。この問いはキツイ。賢者は気持ちと裏腹に話した。
「いいえ。私は感謝しております。六つ目様に従えられ、私の願いまで叶えてくださった」
「感謝。・・ふあはっはっ」六つ目の笑い声で一安心する賢者の犬だった。
「願いを叶えたと言ったな。しかし覚えがないぞ」しらっと賢者の犬は自分の願いを話し、六つ目に自分の願いを刷り込んだ。
「願いは叶えてやる。近い将来にだ」と再度約束を交わした。賢者の犬は内面では飛び上がるほど喜んだ。
記事の続きを賢者の犬が口にした。その記事は六つ目が喜ぶものだった。
「勇者はかみなりに打たれ、入院した。・・・・人工か自然かで裁判が揉めた」
入院。かなり勇者に痛手を負わしたぞ。満足だ。女神ストーカーの価値を改めて六つ目は認識する。
「気持ちいいぞ。勇者がやられて。魔王裁判の判決が影響を及ぼす。傑作だあ」魔王裁判が勇者を苦しめている事実が分かった。六つ目は満足したが、不満も残った。魔王裁判が人間たちに存在を疑われたからだ。それでも新聞の記事になり、名前は売れたと六つ目は解釈した。
情報・・・(万人が必要としている)それぞれ。(鮮度が落ちる時間)それぞれ。(媒体によって変化)人それぞれ手に入れた。
「捨ててこい」情報を得、鮮度が落ちて必要なくなった者。
「はい」情報を渡された者。
「人間の物らしき?を手に入れたよ」情報の価値が分からない者。
「頂戴」情報の価値を知る者の手に情報が渡った。情報の鮮度が戻る。
「バシ」情報の媒体は新聞。ぐちゃぐちゃな新聞を引き延ばしたのは女神だった。六つ目は情報を得ると黒の子鬼に捨てるよう命じた。黒の子鬼は何か分からなかった、けど女神なら分かると判断し持って来た。
女神も人間の情報が欲しかった。寂しさを埋めるように、生活環境が改善された牢獄で読んだ。牢獄は布が増えた。敷物しかなかったが、掛ける布が三枚になった。飯も人間が食える野菜や山菜が出るようになり腹を壊さなくなった。穴も蓋を被せた。匂いが少しは改善された。全て黒の子鬼が女神の指示に従い行った。たまにこうやって人間の物を黒の子鬼は女神に貢いだ。
女神も牢獄を出る策は思いつかず、三か月間、牢獄の生活向上に努めた。
「えっ」表面の記事を女神は読み驚いた。記事には緑錆の海裁判で勇者がかみなりで受けたことが載っていた。女神は勇者の生存が十割分かり胸を撫で下ろした。人殺しにはならなくてよかった。と気持ちに溢れた。
女神は裁判記事を読み終えた。と思ったら、裁判記事の片隅に補足記事が載っていた。女神は暇だったし情報に飢えていた。日頃なら隅々まで読まない補足にも目を通した。女神の目に補足記事の題名が飛び込んできた。えっ!となる衝撃を受けた。補足には地上の町、食堂女性店員、行方不明になって3ヶ月経過、今だ発見できず。両親の捜索続く。唯一の手掛りは、存在が疑わしい魔王裁判がらみで事件に巻き込まれた可能性ありと書かれていた。女神は補足を読んでいく内、涙が突然出てくる。
ぽつん・・ぽつん・・と記事が濡れ、ふやけた。“いけない”目を擦る。
記事をまた読む。・・・ぽつん。
“とまらない”記事が滲んだ。
女神は涙を止めようと手で拭う。それでもとまらない。両親の笑顔が浮かんだ。最も強く鮮明に母親の姿が現れた。女神の手は涙で濡れ、新聞を触ると濡れた。立ち上がり、新聞から距離を空けた。新聞をこれ以上見れなかった。見れば見るほど心が弱り、牢獄生活に耐えられなくなるからだ。光が小窓より牢獄に細く指す。光は大きく広く指すわけではない。なのに、真直ぐ力強い。弱った女神の心は光に魅かれた。光に導かれ小窓の前に立つ。女神は小窓より外を見る。外には無限の光が広がっていた。いつの間にか涙は止まった。体の奥、根っこ。力が湧き出し女神は呟いた。
「お母さん待っていて」
殺害事件
「惜しい方を亡くされました」
「あれだけ体が強かったのに」
「切り刻まれる痛みに、押しつぶされる痛みがあったらしい」
「苦しんで逝くのだから恐ろしい」
「勇者はほんに恐ろしい」
「関わりたくない」
魔物たちの中で勇者は病原菌のように噂された。噂が広まり恐れられたのは、勇者が滝の洞窟の主を倒したことにあった。滝の洞窟の主は魔王に次ぐ強さを誇っていたのだ。
勇者を避ける魔物が増える中、立ち向かおうとする魔物もいた。滝の洞窟の主に次ぐ強さを誇る六つ目魔物だ。滝の洞窟の主が亡くなると目より血を流した。
「七つ目は魔王様の左腕で儂は右腕と呼ばれ、ライバルで、同胞でもあった。勇者は許せん。七つ目の無念を晴らすぞ」と六つ目は部下たちの前で宣言。魔物たちの間で六つ目の評価が高まった。そして、六つ目は魔王裁判に勇者の召集を決意した。
「勇者は罪深き人間。七つ目以外にもたくさんの仲間を殺した!大量殺戮者。絶対許せん。裁判に呼ぶぞ」
「お~」魔物たちは勝手に盛り上がった。裁判の意味を理解する魔物はごく一部。あとは勢いで勇者を倒したい魔物たちだ。
一部の魔物の中には反対する者がいた。
「大量殺戮者で呼ぶのは無理です。私らも大量殺人を犯した。相こです」人間を知る三つ目カラスが言った。三つ目は日頃、普通のカラスのふりをして人間の傍にいた。身近で人間を観察した経験が反対意見を言わした。
それに、誰が勇者を裁判に連れて来るか揉めた。黒ずくめの男の情報は勇者たちに筒抜けだった。ことで勇者を眠らせて連れてくることは難しく、魔王裁判に出廷させるのが無理と分かった。もしも裁判所に来ても、勇者なら暴れだし魔物を殺すだろうと心配する声も上がった。裁判を開廷できず魔物たちは落胆した。裁判を提案した六つ目の評価は前より低くなった。
「うお~裁きたい」六つ目の不満が募る日々が続いた。