女神ストーカー
第二回魔王裁判から一週間と三日。地上の町の食堂で女神は働いていた。正午を過ぎ客足が鈍る時間。一人の人物が食堂に入ってくる。
「いらしゃいませ」全店員が挨拶する。入って来た人物は全身緑。ハット帽子・布のマントとズボン。顔まで薄緑に食堂にいた全員が怪しんだ。緑の人物は周りを見渡し、女神に目が止まった。女神に緑の人物が近寄った。緑の人物と女神が向かい合って数秒会話した。それから食堂の外に緑の人物は出て行った。
追いかけるように女神も店員に休憩許可を得、外へ。緑の人物が店前の木に寄りかかり待っていた。女神が来ると緑の人物は手招きした。女神がそちらに行った。
「少し奥へ」と緑の人物が木々生い茂る森の方に歩いた。女神も付いて行った。五十メートル着たとこで緑の人物が歩みを止めた。
「ここでいいでしょう」女神と緑の人物は向かい合った。
「裁判所から派遣された方ですか」改めて女神は身元を確認した。
「はい」緑の人物は無表情で返事した。
「私は魔物が来るものと思っていました。警備員居なかったですか」と緑の人物に女神が聞いた。魔王裁判以後、女神は冒険者協会の警備員が一人派遣されていた。
「・・・」無表情のまま緑の人物は言葉を返さなかった。警備員の安否が余計、女神は気になった。それを知らずか、緑の人物はマントから手紙と腕時計らしき物を出す。
「どうぞ」必要最低限の言葉で女神に取り出した物を渡した。女神は受け取ると最初に手紙の封を解き、広げ、読み始めた。腕時計らしき物は手紙の下にして、右手で持った。手紙の内容は勇者へのストーカーについての指示だった。それは細かく書かれていた。
勇者に見られてはいけない。百メートル以内に近づいて行けない。監視役として緑の人物の同行。一月に一回のストーカー行為をすることなどだった。手紙に目を通し女神が緑の人物に声を掛けた。
「これはなにですか」腕時計らしき物の腕に巻きつける部分の端っこを、女神が持つ。ぶらんぶらん腕時計が吊られている。緑の人物は固まった表情で言った。
「これは勇者探知機。勇者に一キロ近づくと反応。数字出る。付けろ」言われるがまま女神は勇者探知機を左手に装備した。数字はまだ表示されていなかった。探知機の腕の装着具合を確認しながら女神は緑の人物に聞いた。
「ストーカーいつから始めるのですか」
「明日」抑揚のない声で緑の人物が言う。
「明日ですか」抑揚のある声で女神が返した。緑の人物は無表情で一切自分から話さない。間を空け、女神が話す。
「勇者の場所は分かっているのですか」
「明日分かる」
「明日なんですね。分かりました。・・どこで会いますか。明日」能面顔で緑の人物がゆっくり短く言った。
「ここ」
「ここですね」指を下に向け女神が尋ねた。頷き緑の人物は会う時間を言って、去った。緑の人物が去っていく姿を見て女神は警備員のことを思った。どこいったんだろう、もしかしたら緑の人物が消したのかと思考を広げていた。
翌日。家族には休暇旅行と言い、職場には休暇届を出し、女神は約束の場所に行った。警備員は昨日から姿を現さなくなっていた。約束の時間(昨日会った同時刻)より二十分早く行った。あまりにも積極的な自分に驚いた。勇者に復讐することは怖いはずなのに、興奮していた。約束の場所に緑の人物は先にいた。女神は笑顔で挨拶したが、無視されてしまう緑の人物に。女神は愛想笑いをした。緑の人物が話そうとしないので、女神が話の主導権を握った。
「勇者はどこにいるのですか」案の定、緑の男は必要最低限の単語で返す。
「冒険者の町」ここから数日の場所と女神は心で呟き、想像した。行ったことのない冒険者の町を。女神の想像は、冒険者が街中で戦い、家を破壊。町中ボロボロ。そんなことを考えていると女神は怖くもなった。しかし、楽しみでもあった。地上の町を出て旅することが初めてだからだ。二人は地上の町を出た。
数日後、緑の人物と女神は冒険者の町付近にいた。二人は勇者の情報を待っていた。勇者が自宅に居ることまでは掴んでいた。緑の人物が魔法連絡していた。引っ切り無しに。女神は冒険者の町を寂しげに見る。町の中に行きたい衝動がそうさせた。
「行きます」緑の人物は立ち上がり走り出した。唐突に言われ女神は慌てた。緑の人物は一切説明しないで走っていく。見失ってはいけないと女神も必死に後を追う。緑の人物は女神の走る速度を無視してどこかへ向かった。
二人は冒険者の町近くの霊園に着いた。霊園の周りは人の背より高く大きい岩群で囲まれていた。口に手を当て緑の人物は誰かと連絡を取る。二度緑の人物は頷き、連絡を切った。女神がどうなっているのか聞こうとした瞬間。
「こっちだ」緑の人物が後ろ見ながら言って、女神の腕を掴んだ。緑の人物は女神の腕を引き、走り出した。二人は霊園横の岩群に向かった。霊園から離れた大きな岩。人間が隠れるのに丁度いい大きさだった。二人はその岩の後ろに身を隠した。勇者探知機が反応した。文字盤に一キロが表示された。
一分後、二人が霊園に来た。女神のいた場所からは遠くて勇者の顔が判別できない。緑の人物に尋ねた。
「あれは勇者」
「そうだ」緊迫しているせいか、緑の人物の返事は早かった。女神の緊張感が上がる。探知機の数字は八百メートル。勇者ともう一人が霊園の中へ消えて行く。
「行くぞ」緑の人物の掛け声で、二人は勇者を追う。
岩に隠れつつ百五十メートルを意識しする。五百メートル。勇者が一つの墓前で足を止めた。墓は四角い石で表面以外全部埋まっていた。三百メートル。勇者ともう一人が話していた。緑の人物が復讐の機会が来たと判断。女神に小声で合図して二人は勇者に近寄った。二百メートル。勇者に見られないよう忍び足。晴天の霊園上空に黒い雲が集まって行く。数秒で厚い雲になった。突然緑の人物は止まり、自分の腕を指して見せた。女神に探知機を見ろと合図していた。意図を理解した女神は探知機の数字を見た。百六十メートル。女神の心臓の鼓動が早くなった。緑の人物も女神の傍に来て探知機を確認し、指示した。
「十メートル。前方で勇者に落ちる」そして女神は本当に私やるのと自分に声を掛けた。答えは、やりたくないだった。帰ろうと女神は後ろを振り向く。
「どこを見ている」小声で監視者である緑の人物が女神を叱責する。
「本当にやるのよね」と逃げられないかと淡い気持ちで女神は最終確認を緑の人物にした。
「やる。復讐」緑の人物の復讐の単語で女神は決意を固めた。ストーカーされた記憶が蘇えたからだ。女神は歩みを進めた。百五十五メートル。勇者が墓の前で屈む。あと一歩。百五十一メートル。勇者が目を瞑り祈りを奉げた。目を瞑り女神は祈った酷いことになりませんようにと・・一歩を踏んだ。
「雷鳴」黒い雲から女神の恨みが落ちた。
勇者は墓石に横たわった。勇者といた人物が叫んだ。
「ゆうしゃ」勇者の体はぴくぴくしていた。生きのいい魚にも見えた。女神は口を押え、復讐の威力に驚いた。
「復讐成功」緑の人物の顔が不気味に微笑んだ。その姿を見ると女神は走り出した。岩を縫うように駆け、後ろを一度も振り返らずに去っていた。女神は走りながら、復讐したことを懺悔した。霊園にあった黒い雲も恨みのエネルギーを無くし存在は消えていた。