第二回魔王裁判
魔物の裁判所に女神は来ていた。自宅で黒ずくめの男の音楽を聞いて寝てしまい、起きたら裁判所にいた。女神が起きると勝手に六つ目の魔物が裁判を始めた。女神は怯えた。事情が分からない不安で辺りを見回した。しかし確認する時間はなかった。六つ目魔物のせいで。
「原告側から宣言書を読んだら座れ」と六つ目魔物が女神を指さした。状況把握が遅れる女神の元に青の子鬼が紙を運んだ。女神は青の子鬼の存在に驚き左手を前に身構えた。青の子鬼は女神の行動を無視し、紙を運ぶと部屋隅のドア横に戻った。女神は紙を訝しげに見た。そこには魔王に嘘をつかない誓いが書かれていた。
「早くよめ。女」どすの効いた声で六つ目魔物が女神を急き立てる。女神は自分が原告と理解して、手を挙げ宣言した。一つ息を吐き石椅子に女神は座った。
「次!被告側」六つ目魔物が指さした方向に人間の男が居た。黒衣を身に着け向かいの席に座っていた。黒衣の男が立ち上がった。
「・・・誓います」黒衣の男が宣言した。女神はこの人が被告と分かった。被告が石椅子に座った。情報収集に努める女神は向かいを入念に見た。被告の右横の椅子に奇妙な藁人形があった。その胸には“ゆうしゃ”と書かれている。女神は人形の存在と胸の文字に気持ちが悪くなった。
「原告は訴えを読み上げろ」先ほどの女神の気持ちを吹き飛ばす六つ目魔物の声。
「原告は」女神の右横から声がした。右に振り向く女神の目前に三つ目カラスの魔物が現れた。女神は驚きのけ反った。勢いで椅子が倒れそうになった。三つ目カラスは女神を気にせず話した。
「勇者裁判で行われたストーカー事件の判決に納得していません。勇者への罰が軽すぎです。罰が軽いためいつ襲われるか、被告は心配しています。罰の変更を訴えたます」勝手に訴える三つ目カラスを女神は見て呟いた。”訴えるって、私そんなこと頼んでない”思っている間も三つ目カラスは訴え続けた。
「罰の変更内容は地上の町出入り禁止を全世界に広めて欲しいのです。が・・・無理でしょう。その対策として勇者が女神に接近すると、電が落ちるのはどうでしょうか。原告に電撃系魔法を掛けるのです。勇者が百五十メートル以内に原告に近付くと発動するのです」
口が軽く開く女神。雷を掛けられる話に唖然とした。被告側は冷静に聞いていた。
「二点目は更生です。原告は勇者が更生しないと考えています。勇者に頭で理解させようとしても無理です。体で分からすのです。原告が被告にストーカーするのはどうでしょう。雷系魔法を掛けてです。ストーカーにはストーカーを。原告の気持ちを理解させるのです。以上が被告の訴えです」三つ目カラスを女神はずっと見ながら異議を唱えたかった。”勇者の顔など見たくない”ストーカーを強要しないで”しかし、魔物を恐れて発言できなかった。
原告の訴えが終わった。六つ目の魔物は紙に目を通していた。数秒後紙から目線を外した六つ目魔物は被告席を指さした。
「被告は弁護しろ」被告席にいた黒衣の男が立ち上がった。紙に目を通してから発言した。
「被告は勇者裁判でストーカー容疑の判決を受けました。それもしっかりした判決です。過去のストーカー判例と遜色ない罰でした。原告はこれを妥当でないと言いますが、充分だと協会と裁判所は思っています。被告はこれ以上重い罰を受けるのは不当として却下していただきたい」堂々と黒衣の男は告げて、席に着いた。六つ目の魔物はまた、別紙に目を通していた。紙を持って、
「質疑応答に入る。質問があるなら手を挙げろ。原告側、被告側どちらでもかまわん」と六つ目魔物のうなり声が響いた。
原告側の三つ目カラスが右羽を挙げた。すぐに六つ目魔物が指さした。
「発言許す。原告」許可が下りた三つ目カラスはお辞儀した。その後感謝を述べ、質問に入った。
「被告側に尋ねます。罰が妥当と言いますがその基準を明確にしてください」黒衣の男が机上の沢山の紙に目を通した。その紙の中から一枚持ち挙手した。
「被告いいぞ。答えい」六つ目魔物に手を当てられた黒衣の男は席を立つ。
「勇者と同じ罰を受けた犯罪者の行動統計がここにあります」と先ほど持っていた紙を掲げた。
「資料によりますと、六割が社会復帰しています。過去十年前より実績があるのです」資料を見て黒衣の男が数字を指した。あと原告側・六つ目魔物に黒衣の男が資料を配った。資料に目を通し三つ目カラスが言った。
「社会復帰は六割だが残りはどうしたのですか」資料には四割の存在について、触れていなかった。
「それは・・四割の犯罪者は社会復帰できなかったのです」勇者に都合良く資料は書かれていた。三つ目カラスの目が光った。
「四割はどういう末路を辿ったのですか」黒衣の男が別の紙を見て答えた。
「え~一割は自殺。一割は別の犯罪で捕まり、二割は再犯です」黒衣の男の顔が曇った。その姿を見て、三つ目カラスは皮肉を言った。
「四割は罰の効果が出ていませんね。そんな罰じゃダメですね」皮肉を聞いた黒衣は言い訳した。
「他の犯罪の罰でも十割上手くいくことはありません」原告の訴えを被告側が間接的に言ってしまった。六つ目魔物は原告の訴えに傾いた。
「被告は原告の訴えに賛同するのですか」発言の意味を三つ目カラスが正す。黒衣の男は間髪入れずに返した。
「それは違います。私たちは完璧な罰はないと言っていますが、原告の罰は間違っています。それに、六割の成功例は勇者に有効です」被告側は資料の話を辞めた。勇者には有効な罰であることを前面に出した。
「勇者に有効な根拠はなんですか」羽をバタつかせ三つ目カラスが問う。
「根拠は三つです。一つ、勇者の性格。協会で勇者は、魔王を倒すまで原告と会わないと約束しました。二つ目は、勇者の更生プログラムに特別講師を付けます。この人の講義を受けた犯罪者の八割は社会復帰しています。最後は家族の監視。一ヶ月に一回の母への報告義務。これが一番効果を発揮します。女手ひとりで勇者は育てられ、母の悲しむ姿は見たくないはず。犯罪を留まるでしょう」被告の根拠が提示された。三つ目カラスは根拠を論破していく。
「被告の根拠はあいまいの一言です。勇者の性格も調べましたが、確かにそうかもしれません。しかし、正式な公文書に記しましたか?裁判ではその辺が不確かなのはいかがでしょう。講師が優秀だからと言って勇者が更生するとは限りません。家族にしても監視の目は届かないでしょう。一月の自由は大きいです。牢獄に入れるのでしたら別ですけど」全ての根拠が論破された。黒衣の男は口を瞑り座った。静まり返る裁判所。六つ目魔物は周りを見た。
「他に質問はないか」挽回しようと被告側は立ち上がった。
「原告の罰は明らかな処刑判決です」処刑の言葉に女神が反応した。
「雷はどれぐらいの痛さですか」
「死なない程度です」羽をバタつかせて三つ目カラスが解説した。
「百五十メートルくらいならビリッと倒れる程度です。距離が近づくほど威力が上がります。原告に抱き着きでもしたら死ぬこともあるしょう」恐ろしい話を聞いてしまったと女神は思い、目を瞑った。女神は妄想した。判決でストーカーになって勇者を殺す場面を。妄想をを振り払うように首を振っていた。
黒衣の男は原告側を捲くし立てた。
「死ね。死刑判決ですよね!それ。罰の重さが違い過ぎる。雷事態、非人道的だ。当然被告は受けられません」捲し立てる間黒衣の男は興奮で唾が飛んだ。感情を表に出し六つ目魔物に訴えた。原告はこの意見に反論しなかった。三つ目カラスは黙っていても勝てると思っていた。裁判所は静かになり被告と原告の質疑応答が終わった。