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明るめ短編集

夢の城

作者: 斉凛

 とある国に魔法がかけられた城があった。なんでも悪い魔女に呪いをかけられて、お姫様は100年目を覚まさないらしい。城の住人達もまた時間の止まった城の中にともに閉じ込められていた。幾多の王子が姫を救わんと立ち向かったが、魔女の魔法に阻まれて誰も帰ってこなかった。


 そして城に挑戦する事99人目の王子が、今日もまた呪われた城へとやってきた。外から見る限り蔦が生い茂り荒れ果てた様は、百年以上の歳月を感じさせた。

 勇気を持って一歩足を踏み入れる。すると意外な事に中は外観とは違い綺麗に整えられていた。


「お待ちしていました。王子よ。どうか姫様の目を覚まして下さい」


 王子キースクリフは出迎えた召使いの存在に驚いた。未だ若く見えるその召使いは、黒髪をきつくまとめ上げ、つり上がり気味だが形の良い目が血走るほどに、王子をじっと見ていた。


「どういうことだ? 城ごと呪われて城の住人達も眠っているのではないか?」

「はい。私達も呪われて、魔女の下で働くように強制されています。この100年ずっと。だから年もとらずに服も汚れずに、これこの通り」


 確かに100年もたったとは思えないほど、真新しい清潔な服を着ている。服の流行が古いのは100年前の流行のせいだろう。


「私の名はカミラ。最近はこの城の呪いに挑戦する方も減ってしまって、貴方様は久しぶりの王子様です。私は貴方に期待していますわ。さあ姫はこの城の最上階にいます。どうか姫の呪いを解いて、我々を解放して下さいませ」


 てっきり魔女の魔法や魔物が襲ってくるとばかり思っていたのに、すんなり階段を示されてキースクリフは拍子抜けをした。カミラが案内をするように先に立って歩いてくれる。

 それでもこの先に罠があるのかもしれない。慎重に辺りを警戒しながら階段を上っていく。しかし外から見たいかめしい外観とは裏腹に、城の中は本当に清潔に居心地よく整えられ、危険な香りはまったくしなかった。


 階段を登り切った先に一つの扉があった。頑丈な金属の扉が重く目の前に立ちはだかる。錆の一つもない、しかし磨かれていないせいか曇ったように見えるその扉をじっと見据えた。


「この扉の向こうに姫様はいらっしゃいます。鍵はかかって下りません」

「これは魔女の罠か? 何かあるのか?」


「これ以上の事は何も申し上げられません。それも魔女の呪いです」


 彼女もまた魔女に嫌々操られているのだろう。可愛そうに。早く解放してあげなければ。キースクリフは覚悟を持ってその重い扉を開けた。

 部屋の中は意外に明るく、開放感があった。部屋の中央に机があり、机の上には四角い箱と薄型の鏡のように映し出された何かがあった。そしてそれに向かっている背を向けた女性。まさか彼女が姫なのか?呪いで眠っているという噂だったのに……。

 その時彼女もまた扉が開いた事に気づいたのであろう。振り向いてキースクリフを見た。

 目があった。蜂蜜色の長い艶やかな髪と、空色の瞳と陶磁器のような白い肌。優美な程に整っていながら、暖かみのある愛らしい顔立ち。まさに理想の姫だ。


 そう思ったのは一瞬の出来事だった。姫の顔が恐怖の色で一色に染まった。そして再度背を向けると、机に向かってカタカタと音を立て始めた。

 何をしているのだろうとのぞき込むと、鏡と思った四角い物体に絵や文字が浮かび上がっていた。文字にはこう書かれていた。


『リアルの部屋に不信な変質者が現れた!!! ガチ怖い。ブルブル。どうしよう』

『おつ! 姫は人気者だね』

『もしかしてまた挑戦者? でも今度は久しぶりじゃね?』

『最後が6年前だったきがす』


 瞬く間に埋め尽くされていく文字の羅列。これは魔女の魔法か? 姫も何か呪いをかけられているのだろうか?


「姫。助けに来ました。怪しいものではありません。さあこちらを向いて」


 また姫はカタカタと手許の不思議な物をいじる。


『「怪しいものではない」だなんて言うセリフ、絶対悪人だよ。誘拐フラグだ!!!』

『とりあえず、もちつけ』

『その辺に案内したヤツいるんじゃね? そいつに丸投げで』


 姫は後ろを振り返り、カミラの方を向くと、ギロリと睨んだ。そしてまた謎の鏡を食い入るように見つめる。


「これはいったい……姫は口が聞けない呪いなのか?」

「いいえ。本人の意志で話さないのです。というより対人恐怖症? かれこれ100年は現実世界で人間と会話してませんから」


 カミラが淡々と説明する。しかしキースクリフの視線に説明不足と感じたのか、四角い箱を指さした。


「100年前魔女が現れてあの魔法の箱を姫に与えました。あれはネットゲームという名の悪魔の玩具。姫はそれに魅入られてしまったのです。それ以来玩具の世界に夢中で、現実世界に帰ってこられなくなりました」

「ね、ねっとげーむ?」


「はい。椅子から一歩も動かずに、世界中の人々と遊べる夢のような玩具です。しかもこの城は魔女の呪いで時が止まっていますから、寝る事も食事をする必要もありません。永遠に玩具の世界にひたれます。まさに姫はネトゲ廃人なのです」


 カミラの宣告にキースクリフは雷に打たれたような衝撃を受けた。ネットゲームがどんなものかは知らない。だが100年も夢中で続けるなど、まさしく悪魔の玩具。姫をその世界から救い出さなければ。

 使命感を胸に姫に声をかけるが、姫はこちらを見向きもせず、食い入るように鏡のような物を見つめて、手元をせわしなく動かす。

 肩を叩けば恐怖の表情で怯えられる。まともに意思疎通ができなかった。

 100年人と触れ合わなかったんだ。仕方がない気長に待とう。そう思い直したキースクリフだった。



 それからどれだけの月日が流れたのだろう。この城は時間が止まっているので、人の体内時計の感覚さえも麻痺させるようだ。

 今がいつかもわからない。だがこれだけは言える。キースクリフは寂しくて寂しくて仕方がなかった。

 初めは怯えられた姫も次第に慣れ、そしてキースクリフが何をしてもすべてスルーするようになった。カミラ達使用人は魔女の仕事の手伝いがあると、かまってくれなかった。城を出ようとするとなぜか道に迷い出られなかった。

 結局キースクリフはこの城でたったひとりぼっち長い時を過ごさねばならなくなったのだ。

 もはや初めの姫を助けるという使命感よりも、孤独を助ける救い主の到来を待ち望むようになっていた。


 そんなキースクリフの前に現れたのは、黒いローブと三角帽子を被った女だった。


「君の孤独を癒してあげようか?」


 女に話しかけられた。久しぶりに誰かに構ってもらえた喜びで、誰なのかという疑問すらキースクリフの頭には浮かばなかった。


「癒して欲しい」


 本気でそう思った。女がくるりと振り向いて歩き出すと、キースクリフもその後を追った。螺旋階段を下り城の中央部までやって来ると、荘厳で大きな扉が待ち構えていた。

 女はその重そうな扉を軽く押し開く。中からまぶしいほどの光が差してきた。キースクリフが眼を細め、開いた時には驚きで目を見開いてしまった。


 扉の向こうは本来は謁見室であっただろう、広大な広間があった。そこに無数の椅子と机が生前と並び、そのすべてに若い男達が座っていた。


「君の席はそこだ」


 女に促されるまま、一番隅の席に座ると姫が夢中で見ていた鏡のような物と、文字を打つらしき物があった。


『ようこそ、100人目の仲間』

『キリ番ゲット、おめでとう。マジ羨ましい』

『記念アイテムでレアものが手に入るらしいよ。どんな性能か教えてキボンヌ』


 次々と現れるメッセージに戸惑いながら、キースクリフは椅子に腰を下ろした。なぜか分からないがこの不思議なオモチャの使い方がわかった。


『はじめまして、よろしくお願いします。キースクリフです』


 すでにキースクリフは己の孤独を満たすため、悪魔の玩具に魅入られていた。


 そしてまた新たな犠牲者が一人誕生した。


 カミラは三角帽子の女の隣に立って話しかけた。


「魔女様、いいかげん私達にもゲームをさせてください」

「だめじゃ。ゲーム世界の管理者が必要だが、私はゲーム製作で忙しい。ゆえにそなた達使用人に管理者をさせているのじゃ」


「見ているだけでも楽しそうなのに、100年も参加出来ないなんてつらいですわ」

「初めに言ったじゃろう。あの姫を説得して辞めさせられる勇者が現れたらそなた達を解放しようと、そうしたらカミラにもゲームに参加させてやろう」


「絶対ですからね」


 カミラはゲームに参加する王子達に熱い目線を送った。あの中に混じりたいと願い続けている時点で、彼女もまたあのゲームに魅入られていた。

 いつまでも冷めることのない夢の城。電脳箱の世界で満ち足りた廃人達が集う城。

 冷めることのない永遠の夢が今日もまた続く。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは一言に尽きます。 「ネット中毒」怖いです。 大いに怖いです。 気をつけます(凹)←何かに響いたらしい
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