16 上級魔法
上級魔法
魔物が操る空気のフライパンは使い勝手が少し違う。
熱い鉄板ではなく『空気の壁』という感触だ。
ホットケーキを裏返すように道具を動かすと意図を察したリザードが動かす。
俺は、どうにかホットケーキを焼き上げた。
それを、四人で(三匹と一人で)奪い合うようにして片付けていく。
アリサは子供達とすっかり仲良くなっていた。
でもその食欲の前にすぐにホットケーキの素が無くなる。
俺は、そこでまだ物欲しそうな四人のために追加を作ることにした。
すると、リザードは焚き火を消してしまう。
俺は『まだ焼くのに必要』と思っていた。
俺はリザードに抗議をしかけた。
「大丈夫、何を作るのかが判ったからもう必要ないわ」
リザードは、そう言うと元の洞窟に戻った。
俺たちは仕方が無く、リザードの後に付いて洞窟に戻る。
「これは、本来人間には秘密よ。あなた方が勇者だから教えておくわね」
そう言うと、立て続けに耳が痛くなる音が聞こえる。
俺は魔法が使えない。
それで判らないが、アリサは目を丸くしていた。
俺の目の前の空間に袋から粉が飛び出して固まる。
そして、いつの間にか砂糖とバターも引き寄せられていた。
そこに、水が加えられて練りこまれる。
その様子は、何もない空間にホットケーキの素が作られていく。
それらが、小さく分けられる。
すると、まるで電子レンジに入れられたかのように焼かれていた。
それは、火・水・風の重ね掛けどころかそれぞれを別個に扱う高度な呪文だ。
人間はそのうちの一つをかろうじて扱う。
それがやっとなのに彼女はそれを軽々とやってのけていた。
そして、出来上がったホットケーキは・・・完敗だった。
アランが作ったものでさえ太刀打ちできないものだ。
フライパンでは一面しか焼けない。
しかし、魔法で焼いたホットケーキは、オーブンで焼き上げたのと同様だ。
いや、オーブンでも熱斑がある。
電子レンジ型のオーブンで作られたようなものだ。
俺の技術では勝てるわけがなかった。
「ありがとう、子供たちが凄く喜んでいたわ」
嬉しそうなリザードの様子にアリサも俺も立つ瀬がなかった。
名人を相手に手ほどきをしたようなものだ。
「でも、こんな料理があったなんて、人間は凄いわね」
リザードの誉め言葉は俺たちを完全に叩きのめす。
かろうじてアリサは
「あの魔法はあなたたち全員使えるの?」
と質問する。
「魔法って、使えるものならみんな使えるわよ。人間は違うの?」
「いえ、そうではなくて、二種類以上の使い方ができるのかと」
「?なんのこと」
どうやら、アリサの言っている意味が通じない。
俺は翻訳をした。
「水と風と火を同時に別個に使っていたように見えましたけど」
「なんだ、そのことね。地区のリーダーをしているものならみんなそれぐらいは
当たり前よ」
アリサはその言葉を聞くと愕然としている。
「魔物の方たちはみんな魔法が使えるの?」
「ええ、アリサのお父様のお陰よ」
「父がなにかしたのですか?」
「あなたのお父様が、魔界の暗黒魔王を倒してくれたのよ。そのお陰で魔界の暗黒
世界から解放してくれたの」
その話は有名で、人間ならみんな知っていることだ。
ただ、その魔王が魔物達からも恐れられていた事を初めて知った。
「それでは、父が魔物達に魔法を教えたのですか?」
「違うわ、あなたのお父様はみんなに魔法の使い方の見本を見せてくれたのよ。
そして、あなたのお母さんは仲間の治療をするところをね」
「まさか、見ただけで・・・」
「みんな、あなたのお父様やお母様の活躍に憧れていたわ。だからそれを真似する
うちにいつの間にか使える様になっていたの」
その時、アリサは首輪のないのに気付いた。
先程、子供達と争っている時はずれてしまった。
しかし、今目の前のリザードとは平然と会話している事に気付く。
「首輪がないけど・・・」
「面白い魔法ね。あのような使い方があるのを初めて知ったわ」
目の前のリザードはアリサの首輪の魔法を見ただけで見抜いた。
そして、応用している。
アリサはがっくりとしゃがみこんでいた。
人間は会話が成り立たない魔物に対して低俗と無知を押し付けていた。
勇者が戦った以前ならそうだったかもしれない。
しかし、現実は魔力・知力のいずれもはるかに優れた者達だ。
今、その現実を知らされた。
アリサの衝撃は半端ではなかったと思う。
リザードは、そんなアリサを心配そうに見る。
「なにか、心配事でもあるの?」
俺は『あなた方の凄さにやられただけ』とはいえない。
俺自身、道具も無しでホットケーキを作る魔術にショックを受けていたからだ。
「いえ、大丈夫です。お母さんの話をされてちょっと思い出しただけです」
話の内容を逸らす為、アリサの心配するネタを少し出した。
アリサの状況を、正直に言うわけにはいかないからだ。
俺の軽い気持ちの発言だった。
「え?、あの英雄のお母様のお加減が悪いの?」
「ええ、魔王征伐で受けた傷がもとでそれ以来健康を害しているので」
「それは、大変!ちょっと待ってね」
リザードは洞窟の奥に入っていく。
リザードは五分くらいすると、薬草のような物を持ってきた。
「これは、首都に生えている薬草なの。魔王の毒に中った者の治療に使っていたも
のよ。効果があると思うから使ってみて」
そう言って薬草を渡される。
ちょっとまて! いま『首都』と言ったように聞こえたけど。
俺は、魔物の首都がこんな近くにあるとは思えない。
しかし、リザードが抜けていたのは五分も経ってない。
その時間で、遥かに遠くにあると思われるところまで行って来たことに気付いた。
それでも、念のために俺は確認する。
「首都というのは?」
「決まっているでしょう。魔王城のあるところよ」
「今、洞窟に入って行っただけでは?」
たまたま、部屋の奥に首都近郊に生えている植物があった可能性を捨て切れない。
「首都の転送場所の近くに生えているのを思い出したから取りにいっただけよ」
その言葉を証明するように、渡された植物は獲り立ての瑞々しさを保っていた。
「あのう、首都というのは・・・」
実は直ぐ近くに引っ越した可能性もある。
地下帝国で、ここは単なる出入り口という可能性だ。
「昔の魔王城と変わりないわよ」
マイケル卿に聞いていた位置と変わりないなら、首都は遥か彼方だった。
俺とリザードの会話は完全に食い違っていた。




