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日夜子

私は殺された女。私は、中学生に、殺された、女。

 

 どうしようもなかったので私はやはり学校へ来ていました。私が何をしたって現状は変わらないし、学校のクラスメートの様子に少しだけ疑問もあったから、それを見極めようとも思いました。

 朝、昨日覚えた自分の席に着く前に、私は友人達に取り囲まれていました。やはり、日夜子ちゃんは人気もの。「おはよー日夜子」「おはよー」などとやり取りして、毎朝人気者も大変だ、と私は思っていました。なんだ、昨日の変な感じは気のせいか、とも思っていました。

 それはホームルームが終わり、一時間目の体育の時間でした。一人の男子生徒が見学していた私に声を掛けました。男子はサッカー、女子はテニスをしていて、私はテニスコートの近くの日陰で見学していたので、なにか問題でもあったのだろうか、と思いました。

 「日夜子ー。バンソコーくれ」

男子は私のところに小走りに駆け寄ると、そう言って手を出しました。なんと日夜子ちゃんは絆創膏を持ち歩くような女の子だったのか、と私は驚きました。

「ええーと、ごめん。忘れた」

私は日に焼けないように(夏は終わったといっても紫外線は侮れないので)木陰から腕の一本も出すか! と言う気構えでいましたから、男子の伸ばしてきた手を眺めるだけでした。

「そっかー。いつも持ってンのに」

男子は残念そうに言います。私はもう一度、ゴメンと謝りました。男子は擦り剥いた様子の膝を庇う様子もなく歩いてきたので、私は平気そうだと判断し、その場は何もしませんでした。

「今、川野くん、来てたね」

テニスをしていた女子生徒が、ラケットを持ったまま私に駆け寄りました。髪を後ろで結んでいる、初日に話し掛けてくれたあの友人です。

「何話してたのー?」

「怪我したんだって」

友人の質問攻めに私は「ははーん」と思いました。この子はあの男子生徒のことが好きなんだんな、と。

「大丈夫なの川野くん」

「大丈夫だよ。不安なら行ってあげたら、保健室にいると思うよ」

私は気を利かせたつもりでした。中学生の恋なんて、私からしたら甘酸っぱくて可愛らしいものです。好きだ嫌いだと、悩んで悩む恋なのでしょう。友人は両手を組んで、ハーと大げさに溜め息をつきました。

「いいの、日夜子の彼氏でしょ」

とても優秀な中学生日夜子ちゃんは恋愛もしてたのか。マセガキめ!! と私は思いました。恋も勉強も友情も頑張る日夜子ちゃんはもう完璧と言ってもいい、スーパー中学生です。感心する私をよそに友人は続けました。

「それとも何? 二人はもう終わってるってウワサ、本当だったの?」

私は友人の期待のこもった笑みを見逃しませんでした。縋るように、窺うように、口の端を少しだけ持ち上げた、醜い笑みを。

 私はどうしようか、と思いましたが川野くんを追うことにしました。二人の淡い恋愛がどうなろうが知ったことではありませんが、もし日夜子ちゃんが川野くんのことが好きだとしたら、私の行動一つで関係に修復出来ない亀裂を入れてしまうかもしれません。どうせ中学生の恋愛なんて、手を繋いでドキドキ! みたいなピュアなものなのでしょう。川野くんを追って一言謝る、もしくは心配する素振りをするだけでいいのです。しかし私の考えは甘かったのでした。


 「川野くん、大丈夫?」

 私は保健室で手当てを受けていた川野くんに声を掛けました。保健室の先生はにっこりと笑って、

「授業はどうしたの?」

と聞きますが、私はサラッと流して、川野くんの側に行きます。

「痛くない?」

「全然へーき」

川野くんは先生に貼ってもらった絆創膏の上から、わざと傷を叩いて見せました。大丈夫そうです。私は川野くんと一緒に保健室を出ました。

「まだ、怒ってんの?」

校庭に戻る途中、川野くんが私に聞きました。

「なんで?」

と私は聞き返します。もちろん、思い当たりがまったく無かったので。もしかしたら先程友人に言われた「終わってるってウワサ」に関係しているのかもしれないと、うっすら思いました。

「だって、アレから苗字で呼ぶじゃん」

「アレ……」

私はアレとは何だろうと俯き、考えました。川野くんにはきっと私が困って、まだ怒っているように見えたことでしょう。

「ゴメンって。でもお前は、俺の家に誰もいないって言った時、もうそういう事だって分かってると思ったから」

そういう事?

「普通さ、彼氏の部屋に入るんだったら、覚悟とかしてるんだろうなって思ったから」

私は自分の靴を見つめたまま、川野くんの話を聞きます。

「ゴメンって。でも、もうイキナリしないし。な、機嫌直せって」

中学生の恋愛って、手を繋いで、キャっドキドキ! とかそんなもんだろうと思っていました。私は急にスーっと自分の頭が冷めていくのが分かりました。最近の中学生ってマセてるな? 大人だな? いいえ、川野くんはガキでした。そして、日夜子ちゃんのまわりには、色々な不穏な気持ちが取り巻いていたのでした。私は川野くんに言いました。

「やっぱり、もう終わりだね。私達」

もちろん最高の微笑みを忘れずに。私は川野くんの呆気に取られた顔を確認してから、走って校庭のテニスコートに向いました。


 さて、私はやはり、見逃しませんでした。テニスをしていた友人の期待と不安の混じった顔を。彼女に

「私、もう別れたから」

そう言うと、友人はパアっと顔を輝かせて、でもすぐに元に戻して、

「つり合わないと思ってたんだ。川野くんと日夜子。別れて正解!」

と私に駆け寄り、私を抱きしめました。スーパー中学生の日夜子ちゃんはこのことに気がついていたのでしょうか。きっと知っていたことでしょう。一番の親友が自分の彼氏に片思いをしていることに。彼氏は中学生らしからぬ恋愛を強制するヘンタイで、だけど今までは自分から別れられなかったんじゃないでしょうか。自分が「良い子」だから。「良い子」のレッテルのおかげで、自分からはフレなかった。

 しかし私は違いました。私は「良い子」の日夜子ちゃんではありませんでした。日夜子ちゃんに殺された私は日夜子ちゃんの「良い子」のポジションになんの未練もありませんでした。私は友人に言ってやりました。

「いいよ。川野くんはフリーだから、告白してみたら?」

もしかしたら私は意地の悪い笑みを浮かべていたかもしれません。



 やはり、先生は私を授業中、良く指します。

「後藤、お前なら分かるな」

そんな言葉を言いながら。私は社会人ですから、スラスラと答えます。数学だって中学生のものなんてまだ「算数」と言っていいほど、単純です。しかし中学生の日夜子ちゃんはきっと毎日がプレッシャーっだったはず。毎日「答えられなかったらどうしよう」と不安だったはず。答えられる自分に誇らしかったのは最初だけ。どんどん授業は進み、問題は難しくなる。きっと答えられずに口ごもり、俯く自分を想像しては恐怖したことでしょう。きっと。

 私は先生に言いました。「優等生な日夜子ちゃん」なら言えないことも、日夜子ちゃんに殺された私になら言えるのです。私は「優等生」なんてなりたくありませんから。

「先生、分かりません」

数学の二次関数のグラフの問題を解くようにと、私を指した教師は驚いた顔をしました。

「本当かー、後藤。お前が解けないような問題じゃないぞ」

「知りません、分かりません、答えられません」

実際その問題は初歩的で、ただ二本のグラフの交点を求めるだけでした。簡単に暗算で計算出来ました。しかし私はしませんでした。先生は私の態度に驚いたようでしたが、

「分かった」

と渋々納得し、その問題の解説を始めました。


 私は友人への態度も改めました。来るもの拒まず、ニコニコと受け答えするだけではなく、友人を選びました。自分に不利益な友人には近寄らないようにしました。取り合えず、川野くんに好意を寄せているあの友人とは口を聞かないようにしました。もっとも体育の授業が終わってからは、彼女は私には話し掛けようとしませんでしたが。

 中学生なんてこんなもんだ。と思いました。もともと後藤日夜子の友人が多過ぎていたのです。周りの人への態度が良すぎていたのです。八方美人過ぎたのです。少しだけ小さくなった後藤日夜子の世界は、とても居心地が良く、私はこれが正常だと思いました。



 数日が経ちました。その日は休日で、私は一人部屋にいました。ふと思いついて私はベランダに出てみました。黄緑色のカーテンの先には、大人が三人程しか立てないような小さなベランダがありました。ここに置いてあった鉢植えが私を殺したのだ。赤いポインセチア。しかしそこには何もありませんでした。ベランダには、植物のあった痕跡すら見当たりませんでした。

「どうして」

しかし答えは簡単でした。後藤日夜子が私を殺した直後に片付けたのでしょう。自分の犯行を隠すために。警察から逃れるために。日夜子は警察に「家では玄関前に置いてある鉢しか植物を育てていない」と言ったのです。だからその玄関前に置いてあった植木鉢で、犯人は被害者を殺したのではないか。と警察に思わせるために。

 私はズキズキと心が痛むのを感じました。フワフワとした吐き気のような苦痛。胸に突き刺さるのは、日夜子ちゃんに対しての憎悪。しかしそれは当たり前の行動とも思えました。

 ベットにダイブします。お昼過ぎなのにリビングに降りない私を心配してか、母親がドアをノックしました。私は「起きてるよ」と小さく言いました。

「私達、出かけるから、適当にご飯食べて」

母親はドアを開けずに、ドア越しに私に言いました。母親と父親は外出しました。

少しだけ寂しい気持ちになりました。きっと優等生の日夜子ちゃんが部屋の中にお昼過ぎまでいても、母親はなんにも心配いらないのでしょう。少し寂しくなりました。それと同時に警察に出頭しよう、と思いました。優等生が殺人をしたと、誰が信じるだろう。そしてその誰かの驚いた顔を、私は見てみたいと思いました。

 日夜子の周りの全ての人の、信じる日夜子が崩れる、その瞬間を、私は見てみたいと思ったのでした。

読んでくださってありがとうございました。


日夜子は美人ではないですが、社交的で、頭が良くて、生徒からも教師からも人気者です。

その人気ぶりをぶち壊すのは簡単?

分かりませんが、彼女は躊躇しませんでした。

日夜子の世界を壊していきます。

残るのは正しい日夜子の世界なのか、それとも……。


上記に書いたのはあまり次回には関係ないことです。

しかし書いてみました。

私が今ふと気になったことだし、なんだかミステリアスチックだし。


読んでくださってありがとうございました。

感動、ご指摘、宜しかったら、お願いします。

次回、完結予定。


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