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第六王子は天使に恋をする

掲載日:2026/04/11

 俺の朝は早い。まだ日が昇りきらない早朝に目を覚まし、専用に与えられた小聖堂に入る。そこに置かれた天使を模した偶像を、一切の汚れを残さぬよう丁寧に布で磨き上げる。それが終わると、今度は自分の身を清めるために沐浴を行う。天使像の前で、汚れた自分でいることが憚られるからである。

 そこまで終わる頃には日が登り始める。小聖堂の窓から差し込む光の中、天使像の前に手を組み跪き、祈りを捧げる。


「天使様、世界に光と恩寵をもたらす偉大なる者よ。恵みある日々を我らに与えたもうこと、感謝いたします。どうかこれからも永遠にこの世界を見守り下さい」


 格式張った定例文で天使様への感謝を伝える。しかしそれだけでは足りぬと付け加えるのは自身の願い。


「どうか天使様におかれましても、今日が良き日とならんことを願います」


 ただ一方的に救われ、与えられるだけでは天使様に愛想を尽かされてしまう。天使様が俺達人間の安寧を守ってくれるならば、せめて天使様も幸せに過ごして欲しいと、願わずにはいられなかった。

 微動だにせず、そのまま心の中で天使様への賛美と感謝を捧げ続けること三十分。ようやく俺は目を開き立ち上がる。


「さあ、今日も一日張り切っていこう!」


 自身に課せられた務めを果たすべく、小聖堂を後にした。




 リヒト・ブライトウェル、ラベリー王国第六王子、光の子、天の愛し子、全て俺の呼び名だ。しかし今は、ただのリヒトと名乗り暮らしている。

 第六王子、その上側室の子と、王位継承権とは縁遠く生まれた俺はそれはそれは気ままに、自由に育った。王宮では兄弟姉妹の王位継承を巡る暗闘が日夜繰り広げられていたが俺は全くの知らんぷり。関わる気も参戦する気も、さらさら無いと言わんばかりの俺の態度は彼らの毒気を抜くものだったのか、末の妹と共にそれはそれは可愛がられた。兄弟姉妹で争うことの虚しさを知りつつも、様々な事情でそうせざるを得ない彼らにとって、俺や妹を可愛がることが代償行為となっていたのだろう。

 

 思うままに過ごし、気付けば間も無く十歳を迎えようとしていたところ、国中を騒がせたある事件が起こった。死竜の襲来である。死竜とはそのまま、死した竜の成れの果てである。強い怨念が死という終わりを越えて竜の肉体を動かす。そこに竜が本来持ち得る知性というものはなく、ただ全てを破壊し尽くす災厄であった。

 国中のあちこちを破壊しながら、やがて死竜は王都へ襲来する。国軍、各地から集った貴族達の領地軍、腕利きの傭兵や冒険者など、動員できる戦力を全て投入するも死竜を止め切ることは叶わなかった。王城の間近へと迫った死竜は力を溜める。竜の代名詞、ブレスで全てを焼き払わんとしていたのだ。

 壊れゆく町、死にゆく人々、それを見てただ匿われていることに耐えきれなくなった俺は混乱に乗じて城を脱し、死竜と対峙した。何が出来るでも無かったが、何かをせねばならぬと、そんな使命感に駆られての行動だった。

 

 死竜に集まる力が景色を歪めるほどになり、それが放たれようとした瞬間、世界は眩い光に包まれた。そして俺はその光の中で、運命と出会った。

 まるで穂をつけた麦畑のような深い黄金の髪、空のように澄んだ瞳で俺を見つめ、背には純白の翼。死竜のことなど忘れ、ただただ彼女に見惚れていた。やがて光は収束し小さな球となり、俺の胸に吸い込まれた。途端に身体中に湧き上がる力、そして右手には輝く紋章が現れた。天使の祝福だった。

 成すべきことは紋章から語りかけてくる声が教えてくれた。その声に導かれるように俺は右手を伸ばした。放たれた光が死竜を包みこみ、やがてその魂は浄化され物言わぬ骸へと戻っていった。奇跡だと、誰かが言った。天に祝福された光の子、天の愛し子だと。町中が歓喜の声に溢れ、天使様と俺を讃える言葉が絶えなかった。


 亡国の危機を乗り越えた王国は、すぐに復興へと取り掛かる。天使教会からの大きな協力が得られたことで、想定以上の早さで復興は進んだ。天使教会が王国へ肩入れした理由は言うまでもなく俺の存在が理由であった。天使に祝福された王子という存在は教会にとって無視できないものであった。

 一方王国でもある変化が起きた。俺こそ次代の王に相応しいとする勢力が出てきたのだ。国教たる天使教会も認める第六王子リヒトこそ、国王の名を冠すべきだと。甚だ迷惑な話である。あれほど俺を可愛がっていた兄や姉達は、俺にどう接すべきかと悩み始めた。そして何より、俺自身にそんなつもりがなかったのである。天使様に、国も、家族も、自分自身も救われたことが俺の信仰心を大きくした。俺は天使教会に属する聖職者へとなりたいと考えていたのだ。


 国を割りかねないこと、王国が天使教会との結びつきを強めたかったこと、俺自身の希望、天使教会が俺の意向に賛同したこと、そして現界した天使様が俺の受け入れを表明したことで、晴れて俺は王位継承権を捨て、一人の人間リヒトとして、天使様への信仰の道へ進むこととなった。それから十三年後の今、俺は天使様に恩返しをするため、聖堂騎士として教会に属している。




「おはようリヒト」

「おはようございますルアナ様。本日もあなた様にお仕えできること、幸甚の極みでございます」

「もう、そういう堅苦しいのはやめてって言ってるでしょう?」

「いいえ、そうはいきません。ルアナ様に比べれば私など路傍の石も同然。本来ならこうして直接お話しすることすら、畏れ多いことと存じます」

「そんな風に自分を卑下しないで。あなたは私が祝福を与えた唯一の人。そんなあなたが自分自身をそんな風に言っちゃ、悲しくなってしまうわ」

「申し訳ありませんルアナ様、悲しませるつもりなど無かったのです。ただ、あなた様が私にとってどれだけ素晴らしい存在かをお伝えしたかったのです。慈悲深きお言葉、感謝致します。やはりルアナ様こそ私が信仰を捧げ生涯お仕えすべき方と、改めて確信致しました」

「ふふっ、褒めてくれるのは嬉しいけど、そんなこと言ったら本当に死ぬまであなたを離してあげないわよ?」

「望むところでございます。この身、髪一本に至るまで全て我が信仰に捧げると、あなた様の守護騎士の役目を拝領した時御身に誓っております」


 あの日からルアナ様は現界を続け、世界を見守ってくださっている。天使教会に見習いとして所属した当初から、ルアナ様は俺を見守り導いてくれた。俺にとってルアナ様は、時に信仰を捧げる尊きお方であり、時に母や姉のような存在であり、そして時に、抱いてはならぬ情念を向ける相手でもあった。尊きルアナ様は誰にも等しく慈悲の心を向けられる。自分が特別だなどという勘違いをしないよう、俺は自身を戒めながら、密かに、知られぬよう、ルアナ様への慕情を募らせているのであった。


「ねえ、リヒト?」

「何でしょう」

「リヒトは、今幸せ?まだ若いのに、戒律のある教会にいて、私に仕えてる。それは私にとってすごく嬉しいことだけれど、あなたにとっての幸せなのかしら?」


 その言葉に俺は酷くショックを受けた。これほどまでに仕えてなお、俺の心を疑うのかと。そしてそのように思わせてしまった、至らぬ自身の不甲斐なさに。思わずルアナ様の両手を取り、言葉を紡ぐ。


「無論です、ルアナ様。私は決して義務感であなた様にお仕えしている訳ではありません。こうなることも、今こうしていることも、全て私の心より出でた望みです。ただ、あなた様の近くで、あなた様への信仰を貫くこの時間こそ、私にとっての幸せなのです」


 どうかこの思いが伝わってくれと、真摯に伝えることしか俺には出来なかった。


「ぐふっ……ふひっ……」


 おや、何だか妙な声が聞こえたような気が……気のせいか?


「んんっ、分かりました。それにしてもリヒト、あなたはそんなに私のことが好きなのね?」


 いたずらっぽく聞かれた言葉に、ついありのままの思いが口をついてしまった。


「はい!大好きですルアナ様!」


 プツンと、何かが切れるような音がした。


「ルアナ様?どうされました?そのような怖い顔をされて。ルアナ様?ルアナ様あああああああ!?あっ…………」




 私の朝は早い。まだ日が昇りきらない時間に目を覚まし、こっそりとある場所へ向かう。広大な天使教会の土地の中に建てられた、高位聖職者に割り当てられた小聖堂である。その陰に隠れて、私は彼が来るのを待つ。


「来た!リヒト来た!や〜ん今日もカッコ可愛い〜!あーもうそんなに私を魅了してどうしようって言うの!普段は凛々しい顔が寝起きで少しぼーっとしてるのなんてもう犯罪!油断してる顔見せちゃって!悪いお姉さんに襲われちゃっても文句言えないわよ!?」


 丁寧に天使像を磨く手は、騎士としての訓練でゴツゴツと男らしい。あの手で全身をまさぐられたらと思うと、体がほてってくる。


「ちょっと、そこ変わりなさいよ像のくせに!私のリヒトがあんな、私以外の体を丁寧に、丁寧に磨いて……あっ、壊れる、だめ、戻ってこれない扉が開いちゃう!」


 我ながら像に嫉妬して新たな性癖の扉を開きかけるなんて呆れたものだった。そして像を磨き終わった後、お待ちかねの時間である。法衣を脱ぎ白い薄手の肌着になった彼は、井戸から組んできた水でその身を清め始める。

 

「あっ、服が濡れて張り付いて肌の色が……ああ、直接見るよりもなんて破廉恥な……はぁ、はぁ、こんな、こんなの眺めてるだけなんて生殺しじゃない!これはもう実質誘ってるってことよね?同意ありってことでいいよね?あぁっ、いけない!情欲に身を任せて襲いかかってしまったら、リヒトが私をどんな目で見るか!きっと蔑んだ目で、失望したような目で見られ……あれ?それはそれで、ありかも」


 一体私はこの一時間にも満たない間に何度新たな境地へ至ろうとしているのか!


「あぁ、我慢よ、我慢、我慢我慢……ふひっ、リヒトの体、逞しい、んふっ」


 私が必死で自分を抑えていることなど露知らず、沐浴を終えたリヒトは法衣を着直し再び小聖堂へと入っていく。先ほどの沐浴は情欲を満たすものだったけれど、ここからの時間は私の心を満たすもの。


「あぁっ、清らかな祈りが入ってくる!リヒトの思いで満たされちゃう!」


 リヒトは天使教会に属する者であるが、その実他の信徒とは信仰が少し異なっている。天使教会の信仰対象はその名の通り天使。つまり私に限らない全ての天使に対する信仰だ。人間の歴史において、天使は度々この世界に姿を現し人間を危難から救ってきた。その歴史から生まれたのが天使信仰である。しかしリヒトはあの日以降、その信仰を向ける対象が私のみに限定された。厳密に言うなら、リヒトの信仰は天使教会ではなく、ルアナ教会とでも呼ぶべきものだった。


「そんな、私も幸せにだなんて、私のリヒトいい子すぎ……だめ、可愛い、しゅきぃ……」


 彼の思いが、願いが、心に染み入る祈りの時間こそ私にとっての至福。


「うんうん、あなたの天使様は、あなたのおかげで幸せだからねぇ。う〜んちゅきちゅき。絶対婿にするからね。カッコよくて可愛くて純粋でいやらしい私のリヒト。リヒトが悪いんだからね?もうこんなの実質両思いだもんね?」


 ところでこの時間はリヒトにとって日課である。ということは、私も毎日こんなことを繰り返しているのだった。




 獣のような情欲を胸に秘め、リヒトにとって理想の天使様を演じる私に対して、彼はニコニコと全力の笑顔でこう言った。


「はい!大好きですルアナ様!」


 プツンと、何かが切れる音がした。理性の糸はもはやその意味を成さず、私は心に従って動いた。その結果がどうなったかと言うと、まあ、語るまでもないことだ。


 一年後、私の胸で背中から翼を生やした赤子が眠っているのを、優しい目をした旦那様と共に見守るのであった。

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