第9話:推しの動画を見ていたら、本物の(似の)男にスマホを没収されました
「……はぁ。昨日の今日で、社内の視線が痛すぎる……」
お昼休み。私は副社長室のデスクで、精神を安定させるために『SOLARIS』の新曲MVをスマホで再生していた。
画面の中で、KYLO様が濡れた髪をかき上げ、挑発的に微笑む。
(ああ、カイロ様……。あなたの完璧なビジュアルだけが、今の私の救いです……)
イヤホン越しに聞こえる、吐息混じりの低音。
その瞬間、背後にどしりとした重圧を感じた。
「――瀬戸さん。休憩中も、そんなに熱心に『俺』を見ているのか」
「ふぎゃっ!?」
心臓が跳ね上がった。振り返ると、神宮寺副社長が私の肩越しにスマホを覗き込んでいた。
眼鏡を外し、少しだけ目が据わっている。……供給。……至近距離での「嫉妬に狂う(勘違い)推し顔」の供給。
「あ、あの! これは、その……っ」
「……なんだ、この男は。俺に酷似しているが……動きが軟派すぎるな」
神宮寺さんは私の手からスマホをひょいと奪い取ると、画面の中のKYLO様を険しい表情で見つめた。
……待って。本物の(似の)男が、画面の中の推し(自分似)を検閲している。この構図、尊すぎてスマホが爆発しそう。
「……なるほど。君は、俺がそばにいない時は、この『紛い物』で寂しさを紛らわせていたのか」
(……ちがう! こっちが本尊で、あなたは実写版なんです……!)
神宮寺さんはフッと鼻で笑うと、私のスマホを自分のポケットにねじ込んだ。
「没収だ。こんな画面越しの虚像に、君の視線を一秒でも渡すのは不愉快だ」
「えっ、返してください! 私の命の糧が……っ!」
「命の糧? ……そんなものは、俺がいくらでも与えてやる。……こっちに来い」
神宮寺さんは私の腕を掴むと、強引に自分の方へ引き寄せた。
私の背中が彼のデスクに押し付けられる。逃げ場のない、いわゆる「机ドン」の状態だ。
「……瀬戸さん。君が愛しているのは、この画面の中の男か? それとも――」
神宮寺さんがゆっくりと顔を近づけてくる。
鼻先が触れ合う距離。彼の瞳には、余裕のない「オス」の独占欲がギラギラと渦巻いていた。
「――今、君の体温を感じている、俺か?」
(……無理。そのセリフ、KYLO様がファンミーティングで言ったら、会場の酸素がなくなるレベルのキラーワード……!)
神宮寺さんは私の髪を指先で弄りながら、さらに声を低くした。
「これからは、その男を見る時間はすべて俺に捧げろ。……君の瞳に映るのは、俺だけでいい」
(……独占欲が、大気圏を突破してる……!)
彼は満足そうに私の額に指先で触れると、「午後の会議の資料、用意しておけよ」と、何事もなかったかのように自分のデスクに戻っていった。
ポケットから少しだけはみ出している私のスマホ。
神宮寺湊は、自分が世界的なアイドルに嫉妬しているとは夢にも思っていない。
一方、私は確信していた。
(……このままだと私、推しへの『忠誠心』じゃなくて、この『天然な魔王様』への『恋心』で死ぬかもしれない……っ!!)
こうして、私のスマホ(推し)は奪われ、代わりに「本物(似)」による、より過激で甘い独占生活が加速していくことになった。




