第7話:推しの家で介抱されるなんて、前世でどんな徳を積んだんですか?
「……うぅ、飲みすぎた……。世界が、世界がSOLARISのロゴみたいに回ってる……」
気づけば、私は見知らぬソファに横たわっていた。
天井が高い。そして、漂ってくるのはあの「神宮寺副社長」――いや、KYLO様と同じ、清潔感のあるシトラスとウッディの香り。
(……待って。ここ、どこ。まさか、推しの(似の)家!?)
バッと跳ね起きようとして、頭に激痛が走る。
「あだっ……!」
「無理をするな。君はタクシーの中で、俺の肩を枕にして爆睡していたんだぞ」
横から降ってきた、低く、少し呆れたような、でも極上に甘い声。
視線を向けると、そこには「眼鏡を外し、シャツのボタンを三つも外した」神宮寺湊が、片手に濡れタオルを持って座っていた。
(……ぐ、ふっ……! 供給……! 鎖骨の、生の鎖骨の供給……!)
私の脳内オタクが白目を剥いて泡を吹く。
仕事中の完璧な彼もいいが、この「オフ」の、少し乱れた神宮寺湊は凶器だ。
「……気持ち悪いか? 水を飲め」
彼は私の背中に手を添え、ゆっくりと上半身を起こしてくれた。
至近距離。彼の吐息が耳をかすめる。
「……あ、ありがとうございます……。あの、私、とんでもない失礼を……っ」
「失礼? ……いや、可愛かったよ。寝言で『カイロ様、愛してる』と何度も囁いていたからな」
――時が、止まった。
(………………死んだ。今、私は社会的に死んだ)
最悪だ。推しの名前を寝言で連呼するなんて。
「カイロ」が「懐炉(使い捨てカイロ)」だと言い張るには、今の状況はあまりに甘すぎる。
「……よほど、俺を求めているんだな。夢の中でまで、俺を『暖めてくれる存在』と呼ぶほどに」
(……えっ、そっちの解釈!?)
神宮寺の脳内変換は、今日も絶好調だった。
彼は濡れタオルで私の額を優しく拭うと、そのまま指先を私の唇に這わせた。
「……瀬戸さん。君は俺をどうしたいんだ? こんなに無防備に俺の家に上がり込んで。……俺を、試しているのか?」
彼の瞳が、夜の海のように深く、暗く沈む。
「天然」の皮を被った「オス」の本能が、すぐそこまで漏れ出している。
「……あの、私は、ただ……っ」
「……俺は、もう限界だ。君が俺を愛しているのは痛いほどわかる。……だから、もう隠すな」
神宮寺が私の顔を両手で挟み込み、ゆっくりと顔を近づけてくる。
逃げ場はない。ソファの背もたれと、彼の胸板の間に閉じ込められる。
「……今夜は、君を帰さないと言っただろう? ……覚悟しろ」
重なる。
KYLO様と全く同じ、完璧な形の唇が、私の唇に触れようとしたその瞬間。
(……待って。このシチュエーション、去年のワールドツアーのアンコール曲『Midnight Secret』の演出と、完全に一致してる……!!)
オタクの業か。私は感動のあまり、唇が触れる直前で「ブフォッ……!」と盛大に鼻血を吹き出しそうになり、慌てて顔を背けた。
「……瀬戸さん!?」
「だ、大丈夫です! ちょっと、尊さが致死量を超えただけですのでぇぇぇ!!」
神宮寺湊の甘い夜は、ヒロインの「重すぎるオタク心」によって、またしてもシュールな結末を迎えようとしていた。




